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116.ナノの決心

 ガンク達が待っている部屋へイルマと向かう。


 今後の重要な打ち合わせを夜に予定していたのだけど、オレとの話が予定よりだいぶ長くなってしまったようだ。


 ガンク達待ちわびちゃって先に寝てないかな。


 コルテとガンク達は何の話して待ってるんだろう。一緒にオレも聞いていたかったな。後でどんなこと話したのか教えてくれたら嬉しいんだけど……。





 ホテルの部屋の前に立ち、イルマがドアを引き開ける。

 でもドアの前までの通路から中の物音の変な感じが気になっていたんだけど、なんだろう?


「いるか? 待たせたな、入るぞ」

「どちら様かしら?」


 ドアを開いた先には女性が立っていた。怪訝な顔で固まるイルマ。


 誰だ? 


 でもこの女の人、どこかで見たことがあるようなないような……。



 部屋を間違えたと判断したイルマは、慌てて「すまぬ、失礼した」と扉を閉めた。



 何度か扉横の部屋番号が書かれた表札を確認してみても、やはりこの部屋は今夜取った部屋で間違いなさそうで、オレの上でイルマが首を傾げる。


 不審がりつつ扉を再度開き、中を窺うイルマだ。


「あら、私に何か用があるのかしら? こんな夜遅くに」

「失礼。

 こちらは俺達の部屋の筈だと思うのだが……」


 女は答えず、反応を窺っているような様子だ。


 唇の端がピクピク動いている。嘘付いて楽しむように。女の翡翠色の綺麗な瞳も部屋にやって来た不審者を見るというより面白がるような目の色に変わっていく……。


 あっ。


 そこでオレは気付いた。


 この女性、コルテだ!


 よく見れば耳の先端が長い。これってエルフの耳だよな。左右両方向に広げた翼のようにとんがって伸びている。


 何より、目の前の女性からコルテと同じ匂いがするのだ。姿は変わってもオレの鼻は騙されないぞ。突然だったからさっき見間違えちゃったけれど。



 イルマはまだ気付かない。


「……誰だ?」

「ウフフ、“司令官”の名も些か名前負けかしらね。節穴の目では辿り着く着地点も最良から外れていくもの……。まだまだね」

「なにっ、どういうことだ?」


 より目を細く見据えるコルテ。


「先程お会いしましたのに、もうお忘れですか。

 あたしはコルテ。コルテッチ=セイマリント」

「な!?」


 度肝を抜かれているイルマだ。



 唐突に奥のドアが開き、「イエーイ騙されたー」とナノが姿を見せた。その後ろでガンクが舌打ちしながら悔しそうに指を鳴らしている。


「やったー、アタシの勝ちね。

 ほらガンク、言ったじゃん。案外イルマは鈍いんだって。

 魔法まで使えば見抜けちゃうんだろうけど、普段は女の子の見た目の変化になんて疎いのよ」


 見た目の変化って、髪を少し切ったり普段と少し違うファッションの女の子の変化に気付けたかどうかとか、そういうことをナノは言ってると思うけれど。コルテの変化は少しどころかだいぶ違うぞ。


 これはちょっとっていうか、変身だ。


「ちぇっ、俺の負けだ」

「まだまだ修行不足ね」


 イルマがコルテだと分かるかどうか何か賭けていたようだ。



 一緒にご飯を食べた時のぽっちゃり型の幼女体型からスラリと長身になり引き締まった聡明な顔付きの美女に姿を替えたコルテ。彼女はナノと手を打ちながらさも残念そうにイルマを見やる。


 ドッキリされていたことにやっと合点がいったイルマはというと、驚きのあまり細かく震えている。


 うーん、これは大丈夫かな。ちょっとおフザケが過ぎるような気がしないでも……。





 イルマがナノとガンクへにじり寄る。


「何なのだ、コレは。貴様ら俺を騙していたのか? しかも何やら仲間内で賭け事までして……。俺を嵌めて楽しめたか?」

「ちょ、イルマ?

 ごめん、ただの遊びだからね? 分かるよね?

 楽しませようと思っただけでね?」

「俺も判らなかったから安心しろよ、同じ同じ。

 ちょっとした遊び心でイルマも判るかな~って考えたんだよ。悪ィ!」


 ナノとガンクにイルマの雷が落ちたのは言うまでもない。






 それにしてもまるで見た目は別人だ。

 コルテは魔法を使って幼い頃と成長した現在の姿を入れ替えることが出来るらしい。凄いや。


 こんなことが可能な魔法使いなんて大魔法使いじゃないのか?


 エルフって寿命が長い種族だっていうのは前世からの知識だけど、コルテの今の見た目はどう上に見てもアラサーくらいだ。歳の取り方がまた違うのかもしれないな。


 オレからは年齢を尋ねることは不可能だし多分ガンク達にしても女性にそれを質問するのはさすがに無礼だって理解出来てるだろうしな。気になるところだけれど。


 変装なんてレベルを遥かに越えてる。話からするとナノは変身したコルテが判別出来たってことなのかな。


 でも衣服までは替えることが出来ないようだ。だからワンピースを着ていたのだと納得した。

ただし、デカくなった今はその裾は腿の上まで上がっていて、艶やかな格好になって目のやり場に困る。


 にしても性格までは変えられないと思うんだけど、どっちが本来のものなんだろう。大人の状態の今は落ち着きある口調だけど、幼児体型になっていた時のあのハイテンションぶりはまさか演技じゃないよね。


 そんなことを考えていると、コルテが説明してくれた。


「元々はこっちが主体というか本来の姿なのよ。幼女型の時は魔法使えないし。

 でも街で普通に生活する分には使う機会なんて滅多に無いじゃない。それに幼女型の時の方が面倒な目に合うことも少ないし」


 耳を隠して過ごすことは可能というか、上手にやれるらしいけど仕事柄どうしても興味もない変なおっさんに言い寄られることも多く迷惑するそうだ。

 それに、余程のこと以外は彼女が出張るまでもなく仕事が進んでしまうのがラウルトンさんだ。


 だからラウルトンさんはコルテのことを非常勤という扱いで雇い、また囲い護っているそうだ。そう話してくれる。


「えっ、じゃあコルテはラウルトンさんの女ってことなの?」

「まぁそうなるわね」

「へぇ……」


 ナノとガンクが大人の女を見る目でコルテを見る。彼らは顔をひねり息苦しそうに身を捩らせながら体勢をしきりに調整していた。


 彼らは今お怒りのイルマさんに部屋の布団で体をぐるぐる巻きにされ隅に纏めれていた。。二匹の白い芋虫みたいになっている。





「無駄話はそれくらいにしておけ。

 夜も暮れる。打ち合わせを始めるぞ」


 酒の入った杯を傾けガンク達が纏められている方向を見下ろしたイルマ。向かいには大人の体型のままのコルテが同じく片手に酒杯を掲げ妖艶な姿勢で腰を下ろしている。


 エルフって森を好み気高く清廉清楚なイメージがあったけれど、コルテは何か違う。決定的に何か俗っぽさみたいな雰囲気を醸し出している。


 オレはイルマ達とガンク達の中間のベッドの上に陣取り、双方へと視線を行き来させていた。


「じゃあこれほどいてよ。

 ごめんってばイルマー」

「駄目だ」


 無下に断るイルマは頬をやや弛緩させて寛いでいる様子だ。なかなか意地が悪い。


「悪かったよ、ほんの出来心なんだからさ、いい加減許してくれよ」

「あら、ナノちゃんなかなか可愛くてよ。愛らしく感じる。

 にしても、縛るのがお上手なのね、イルマは」

「だろう?」


 部屋のテーブルセットで晩酌中の二人が変な会話を始めたぞ。


 実際イルマはガンクとナノを拘束するのに手慣れた印象を受けた。入念に手首足首を紐で縛りその上から布団を巻いて縛るという頑丈さだ。イルマの怒りの度合いが窺い知れる。



 部屋の隅でどったんばったんもがくガンクとナノ。結構暑苦しいんだろうな。

 あれだけ念入りに全身を布団で巻かればそりゃあね。ちょっと見ていて面白い。


イルマはその様子に満足気に笑う。


「懲りたのならいいがな。今後、二度と同じことはするなよ。

 ランド、ほどいてやってくれ」


 よしきた!


 オレは芋虫ナノに乗っかり笑っちゃうのを堪えながら毛布に封をしている紐に歯を当てた。






 足元に落とした視線を辿っていく。地図上で見れば近距離だし平坦だ。だけど現実的には沢山の不安要素を含んだ土地らしい。


 ワユビュリュの森から広大な湿原地帯を抜け、北西に進んでいくと行き当たるのは山脈地帯。カダストロフ山脈と記載がある。


 カダストロフ? ……カタストロフとかじゃないよね? どこか地名から終末染みた響きが感じられてより不安を煽られるぞ。なんか嫌だなぁ。



 ガンクがコルテに尋ねる。


「この山脈地帯まで大体何日くらい掛かるんだ?」

「整備されていない道なき道を進むことになるわ。それを考えれば馬車で一月の経過は見ておいた方が無難かもね。行った試しは無いからあたしにも分からないよ。

 けど予めラウルトンに聞いた話だと、それくらいじゃないかって言ってたわ。彼の読みがよく当たるのはもう知ってるでしょ? 

 もちろん順調に進行出来た状況下ならの話で、調査も含めれば二,三ヶ月費やすことになるかもね」


 確かにラウルトンさんは色々と言い当てているし、彼が言うのなら信憑性は高そうだなぁ。


「町はあるのか?」

「何も。人里離れた場所よ」

「じゃあ休めそうな場所はそうそう無いってことか。キツいな」


 展望はだいぶ怪しくなってきたみたいでコルテ以外全員が、うへぇと顔をしかめる。


 それでも顎に手を当てしきりに地図と睨めっこするガンク。イルマは何か考えているのか漆喰の白い壁の虚空を見ている。


「オアシスの二つ三つならあるんじゃないかしら」


 ワユビュリュ湿原の先に広がる砂漠地帯をコルテが指差した。地図に指で大まかに円を描いたその辺りは活火山の影響を受けた地熱のせいで熱気を伴った乾燥地帯となっているそうだ。


 そして国境には危険な竜が住まうとされる火山帯の山の麓。……本当にこんな場所で建国出来るのだろうか。


「にしても地理情報少ねーな。リスクしか見当たらねー」

「ほぼ未開の土地だしね。でもだからこそなんでしょ」

「まぁそうなんだけどさ」


 いかんせん、そちら方面へ旅する者や冒険者の存在が無いため情報が乏し過ぎるのだ。活きた新鮮な情報が少ない。


 山脈は突き当たりにしてそのままアーバインの国外となっていく。そこを目的地にする者がいたとしても非常に限られているし、引き返して情報を戻してくれるような強靭で奇特な者はいなかったそうだ。




 未開の地イコール冒険の場所だと考えることも出来る。

 でも何故それをする者が今まで存在しなかったかというと、まずギルドがこの場所この地域を調査するような名目が無かったことが挙げられる。よって冒険に出発しても報酬も支払われることがない。

 さらに、好奇心のみで探求するには余りにも過酷な場所であったし、遠征して魔物を討伐してギルドへ持ち込むにしても見返りに対してあまりにハイリスクだからだ。


 だから初めてこの話をラウルトンさんから聞き、コルテは何故そのような場所が候補地に挙がったのか理解に苦しんだという。


 そして何故随行員に自分が選ばれたのかも。


「分かり易く言うまでもなく不毛な土地よ。

 湿原を越えた先の砂漠からはそれまでが天国に思えるような土地だし、そこでそれでも棲息している魔物の強さは想像に難くないでしょ。

 それを越えて見えてくる山の麓から山岳地域までも、もちろん厳しいんだけどさ。

 おまけに山は高熱の火山で入ればわんさかと竜種と出くわすという噂だしね」

「ハハ……、笑えねー」

「まぁその竜種が一つの目的になるかというならなるかもしれないけど。

 あたしの魔法は攻撃向きじゃないの。だからそれ程お役に立てないと思うのよね」


 得意とするのは補助系魔法だというコルテ。ずいぶん昔の頃には、森に住んでいた頃なら妖精の加護を得て今よりもっと幅広く魔法に長けていたのよ、とどこか自虐的に語る彼女は物憂げな目をしていた。

 彼女も色々な事情があってこのメールプマインに流れ着き暮らしているのだろうか。


「だからそんなに期待しないで頂戴。

 ある程度は、いえ、ラウルトンから手渡された道具を使えば殆どのことなら対応策として賄えるとは思うから」


 コルテが独り話の輪から外れていたナノに話し掛ける。


「だからナノちゃん、呪いなんかあたしともらった秘密の道具でなんとかなるから心配しないで。

 ナノちゃんが不安なのは竜の呪いなんでしょ?」

「……そう」

「大丈夫。あたしがしっかり守ってあげるから。ナノちゃんも皆も」


 コルテが動き、ナノの横へ座った。体を寄せナノの肩に手を回すとどこかで見た聖母様のような雰囲気で優しく包み込んでいるように見えた。


「竜達は強いよね。出会えば決して一筋縄ではいかないけれど、皆で協力しあえば乗り越えらるよ。ね?」

「……うん」


 オレもナノの隣へ歩いていき膝の上へ乗って顔を見上げた。ナノは何かと戦っているような決意めいた表情だった。強くて険しいものに孤独に立ち向かっていくような戦士の顔だ。


「……ちょ、ちょっと。ランドちゃん?」


 オレは寝間着の裾から潜り込みするする進むと、襟から顔を出してナノの首元に頭を擦り付けた。

 安心させるためだ。


 ナノはビックリしたみたいで最初驚いてしまったけれど、分かってくれたのか逆に頬をオレの耳の後ろ辺りに押し付けてくる。


 これは、ねこのオレにしか出来ないとびきりの癒し作戦でもあると思うんだ。効いたかな?


「ありがとう、ランドちゃん。ちょっと勇気湧いてきちゃった。

 ……よし。分かった。気遣ってくれてありがとう、コルテさん。

 もう大丈夫、アタシも調査行く!」


 良かった。効いてくれて癒し作戦大成功だ。



 なんかナノ、一人で戸惑って不安と恐怖に押し潰されそうになっていたから。


 オレ達は仲間だからしっかり助け合うし、それは現在もこれまでの過去もこの先の未来もだ。イルマがオレのことを受け入れてくれたように、オレもナノのどんな過去だって受け入れてやるんだ。


 ナノに抱き締められながら彼女の肩にまわされたコルテの手にふと目がいった。その手の平には文字が走ったメモ書きが握られていた。


 その紙でコルテがナノに何かを提示したらしい。




 イルマが軽快に両膝を叩き、ガンクが手頃な冒険を前にした少年のような笑顔を見せる。


「漸く準備が整ったな」

「おう! いざ出発ってな。

 もしナノが気に病んでたままだったなら、今回のこの計画を一度おじゃんにしちまってもいいって考えていたんだ、俺はさ。

 でも踏ん切りついてくれて安心したぜ」


 ナノはガンクのその言葉に笑顔で応える。


「ゴメンね、でも危険な場所なのよ」


 ナノはやっぱり、その場所について何かを知っているようだった。イルマが訊ねる。


「ナノ、もしかして……」

「詳しくはまだ伝えられないけど……、行けば否でも分かることになるしアタシもみんなに打ち明けられると思うの。

 だからゴメン、それまで待ってほしい」


 ナノは何かを隠しているようだ。


「分かった。

 言い方は変かもしれねーけど、その打ち明け話も楽しみの一つにしとこうぜ。な、イルマ」

「うむ、それも悪くはないな」

「ありがとう」


 これで旅に、ワユビュリュ北西部の調査に出られるな。ナノの決心してくれて準備万端かな。


 でもナノ、涙がオレの耳の穴に流れ落ちてきてるぞ!





更新にだいぶ穴をあけてしまいスミマセン。面白い小説に出会ってしまって夢中になったり、自分のものと比較して書けなくなってしまって……。


スローペースになるかもですが、お付き合いいただけると嬉しく思いますm(._.)m

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