115.通り名とオレの目標
「ご飯、ご飯♪」
「静かに待てんのか」
「イジメ?」
「違う。少し静かにしていろ。俺は頭痛がする」
コルテッチはオレ達に随伴して飲食店までやって来ている。
昨夜までと同じくクーレントさんの工房で泊まらせてもらう訳にもいかないので、今夜は久しぶりに宿を手配することにしている。
クーレントさんは優しいダンディーガイだから、ちょっとだけ変わり者の彼女のこともきっと受け入れてくれるだろうことは予想出来る。けれど、ガンクと主にイルマがクーレントさんに迷惑かけることは忍びないとしたのだ。
苦笑いしてガンクが言う。コントのように見えなくもないけれど、イルマが心からウンザリした顔してるからな。ガンクは少し皮肉る。
「イルマ、随分と仲が良い様子じゃねーか」
「どこがだ?」
「これからこれから」
コルテッチは意に介さず楽天的だ。顔を喜色させて続ける。
「あたしガンク組のこと詳しいんだよ?
ちゃんとみんなの話はラウルトンから聞いてきてるからね。
まず、“天限のガンク”でしょ」
「おほっ! 遂に俺も通り名で呼ばれるようになっちまったか。いやー照れちゃうなー」
喜ぶガンクにコルテッチが付け加える。
「あ、でも巷では”無責任ガンク“っていう呼び名も有ったり無かったり」
「ざけんな! デマだそりゃ」
机を叩いて激昂するガンク。気にせずコルテッチは別方向に指を向ける。
「次に”司令官イルマ“。こっちは評判上々だよ。
なんで一つのグループにリーダーが二人もいるのか、世間の皆さんは不思議に感じているらしいよっ」
「リーダーは俺だ!」
「ガンク、お前も少し静かにしてくれ」
机をガンガン叩き打つガンクに店員さんが、「お客さん困ります」と注意する。テーブルへ頼んだ料理が並べ置かれる。
「ひゃほー。美味しそう! いっただきまーす」
「ねぇ、アタシはアタシは?」
もぐもぐとキノコ尽くしの料理を口に入れながらコルテッチがナノにフォークに刺したえのき茸を向ける。
「むぐむぐ……。おいひー。
青いローブの美少女魔法使い、”魔術砲のナノ“!」
「きゃー、やったー! 嬉しい、聞いてよランドちゃん。美少女だってさアタシのこと。ひゃー照れるっ」
嬌声を上げて髪を振り乱し喜ぶナノだ。栗色の豊かな髪が舞い広がる。
余程嬉しいんだろうな。それに“魔術砲”ってカッコイイな。
ナノはサーモアンの町で魔族軍相手に大砲のような物凄い魔法で応戦していたんだろうな。
それで、オレはどうなんだろう。期待していいよね?
ワクワクしながら待っていても、マッシュルームのソテーをぱくぱく口に入れ続けるコルテッチ。
「ねぇねぇ、ランドちゃんは? ランドちゃんは何て呼ばれてるの」
「ん?」
ナノがオレを持ち上げた。「ほらこの子だよ」とコルテッチに示す。なんと、彼女はオレの存在に気付いていなかったようだ。悲しいぞ。
「えっ、ウソ!? 本当にあれやったのってねこだったんだ。信じらんないけどだったら面白ーい。
うんとね、黒ねこちゃんはねー、”黒嵐猫ランド“!
海上に暗黒の嵐を発生させた暴威の化け猫らしいじゃん。実物はこんなにちっこいのにとんでもなーい」
なんだそれ。噂がだいぶ尾ひれ付いてないか心配になってきたぞ。
確かにそれに近いことはしたけれど、バカ野郎のソルノに暴走化させられたせいだし。それにその暗黒の技を働かせたのは前世のオレだしな。
なんだかなー。
ガンクが訝しい目を向けている。その視線はコルテッチに注がれ彼女は満面の笑顔で注文したメロンをしゃくっていた。
「でイルマ、その子は一体何で連れてきたんだよ?」
イルマは息を吐いた。腹が満腹になって出る息じゃないようだ。
「ラウルトン氏に案内人として紹介されたとは言ったな。コルテッチは彼の元で非常勤として務める一人らしい」
「コルテでいいよ」
「それが何で俺達にくっついて来ることになるんだよ」
「知らん。ラウルトン氏に聞いてくれ。
分かってることはコルテッチがエルフだということくらいだ」
エルフだって? この世界に来て初めて耳にした名前だ。
ガンクもナノも驚きを隠せないみたいで、目を瞬かせてイルマの隣の少女のことを眺めている。
多分、これはオレの中の前世の知識だと思うけれどイメージが間違っていなければ、エルフって言えば弓矢や魔法に長けている種族で森の中で暮らしている妖精のような一族でもある筈だ。
さらにその特徴は長命で耳の先が尖っているんだっけ、確か……。
そう思ってコルテッチの方を見てみても耳はごく普通の形だし、小柄で悪く言えば寸胴な体型の少女だ。何て言うかその見た目はエルフっぽくはない。
色白のぽっちゃりした指先が彼女の白みがかった金髪の先端を摘まんで弄る。コルテッチはふて腐れているようだ。
「コルテでいいってんのにさ。分からず屋ばっかじゃん。あーあ、ガッカリだよ」
「なぁ、イルマが言うように本当にエルフの一族なのか?」
目を細めガンクを睨むコルテッチ。
「なぁに? “天限の……”もとい“無責任ガンク”さん」
「俺は無責任なんかじゃねえっ!」
「じゃあ、あたしのこともコルテって呼んでくれない? 意地悪するならあたしも考えちゃうんだから」
「くっ、分かったよコルテ」
「ふふーん。意外と素直~。本当に噂の無責任で自堕落なリーダーだったらどうしようかと思ったよ」
コルテッチ……じゃないコルテは溜飲を下げる様子でにこやかに笑う。ガンクもイルマ同様俯いて頭を抱えてしまう。
凄いなコルテ。オレは感心半分呆れ半分に思った。
メロンの果汁で喉を潤しながらコルテッチがスプーンをヒラヒラ宙に動かす。
「その通り、あたしは確かにエルフだよ。今は姿を幼児体型にして変装してるんだ。魔法でね。だって目立つの嫌いだし~。
後で魔法を解いて証拠見せたげるよ。誰もいないとこならおっけーだからね」
「何が目立つのは嫌だ、だよ。大歓迎そうじゃねーか」
「フン、色々とあんのよ。ぬるま湯の中で暮らしてきたこの国の人間には気持ちは理解出来ないよきっと!」
コルテは髪を振り唇を尖らせてしまう。戸惑いながら謝るガンクは少し不憫だな
エルフの国か。
オレは、もしかしたらコルテも獣人達と同じ様に、迫害や故郷を侵略された悲しい運命を背負っているのかもしれないな、と考えた。
その夜久しぶりに宿泊することになった宿は動物と一緒に泊まれるなかなか豪勢なホテルだった。疲労している訳じゃないから寝ることさえ十分であれば良かったけど、急で空きが無かったこともある。
二階の宿泊客専用ラウンジに来ているオレとイルマは対面して向き合っていた。
ガンクやナノも共に話を聞きたいと主張したけれどイルマはそれを退けた。ガンク達は一緒に泊まることになったコルテの相手をしている。
オレは若干気が重くなりながら、よく沈むソファの上で座りイルマの背後の鮮やかなハイビスカスが活けられた花瓶をなんとなしに眺めている。
夏っぽい彩りの花だな。
そう言えばこの辺りは季節ってあるんだっけ。今の気候は夏みたく暑い季節とは思えないけれど。
イルマが、「さて」と話を切り出した。「ソルノから聞いたことなのだが……」と。
どこまでオレ自身のことについて窺い知っているのか不明だけれど、オレはなるべく正直に応じようと心に決める。
信頼ある大切な仲間に隠し事はしたくない。質問に答えるといってもイエスかノーで尾を振るか振らないかしか返答は出来ないけどさ。隠すことと答えられないことはまた別の問題だしな。
イルマは両手を前に組んでオレを見据えた。
「率直に訊く。ランドは【転生者】か?」
オレは尻尾を振った。イエスってことだ。
イルマは、「やはりそうか」と、訊ねる前より神妙な顔付きになる。
「悪いとは感じたが。
以前ラウルトン氏が作成した俺達ガンク組の調査資料があったろう。それのランドのものを確認させてもらった。ガンク達の同席を控えさせたのはこの為だ。いくら信用置ける仲でも、否、そうだからこそ他人に明かされて困る過去は誰にでもあるだろう。
ランドのそれを知り得た俺のことを憎むなら憎んでくれても構わぬ。その点だけは申し訳無く感じている」
頭を下げるイルマにオレはどう反応することが正解なのか対応に窮した。だからとりあえず首を傾げておく。
オレにしてみれば、イルマが何故それほどまで謝罪するのか意味を図りかねたのだ。
オレが未だ知らない、知られたら憎く感じるような未知の事実がその調査資料に記載されていたのか。あるいは、逆の立場でイルマがそれをされたとしたら憎悪の対象に陥ってしまう程のものなのだろうか。
イルマがことの経緯を淡々と語っていく。
ソルノから伝わっている内容は幾分変な方向に誇張されてはいたものの、前世のオレが負の感情を抱いたまま死んだこと、それを転生した現世のオレの魂にまで一部受け継いでしまっていることは事実だ。
ソルノはその事実を前世のオレの魂を引っ張り上げたあの時に、【転生者】であると確信したらしい。
なんとかしてソルノはオレの負の感情を祓いたかったみたいだったけれど、魔力枯渇のせいで不本意ながら放棄せざるをえなく、結果としてガンクが荒ぶる前世のオレの魂を鎮めたのだ、と。相違は無いように思う。
イルマはそのことの確証を求めてラウルトンさんに相談というか解答を求めたという。
おそらく、自らの内省的部分まで網羅した調査資料をラウルトンさんが作成しているから、彼ならオレの前世のことや【転生者】であることまで既知であるだろうと予測したのだとオレは考えた。
イルマは深く吸い込み重く息を吐いた。
「真に【転生者】だったか……。
異世界より生まれ変わりこの世界へ訪れたという彼らは、波乱をもたらす者達だとも伝えられる存在だ。
俺も、自分でも数奇な運命を辿っているものだと自覚していた。が、お前はそれ以上だったのだな……」
オレはイルマの話に耳を傾けるだけに留める。
「ランド。お前はこの世界に混沌をもたらす者か、あるいは人々の生活を飛躍的に向上させるような奇才者か。一体どちら側だ?
フ、どちらにせよ同じパーティメンバーとして、頼もしく思うことにしようか。
これからもよろしく頼む」
オレのこと、受け入れてくれて安心してしまう。
気味悪がられなくて良かったよ。隠していた訳じゃない。「波乱をもたらす者」だなんて言われたら拒絶されても仕方無いしさ。
オレは快く尻尾を振る。
「このことはまだガンク達には伏せておく。
ランドはねこの身だが、いつか俺達とも会話を可能とすることが出来そうに思うか?」
いきなり何言うのかな、イルマ。出来るも出来ないも、『ガンク達と会話をする』っていうのはオレの目標だぞ!
だからオレは激しく尻尾を振った。
「フ、その時が訪れたらガンク達にもお前から打ち明けてやるのだぞ」
口の端を吊り上げるイルマ。相変わらずニヒルだな。
オレはイルマの傍に跳躍すると、しっかり体を彼に擦り付けた。