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106.邂逅

 オレのことを手元に呼ぼうとするソルノ。無表情から変化して、その顔付きから感情を読み解くことは多少は容易になったとしても思考まで判断することは出来ない。


 心を読むことが出来るチューリットちゃんだったなら、ソルノみたいな解り辛い奴だって理解出来るのかもな。

 でもチューリットちゃんはこんな危険性が高い人間には絶対に近付かないよな。ただでさえ他人のことをを怖がってしまう性格だし。





 躊躇しているオレを見て濁った目を細めたソルノ。


「どうしました? こちらへ来て下さい。

 ……その惑いは果たして、どちらの魂によるものか」


 何言ってんだ、ソルノの奴は。



 オレの近くに駆け寄り眼前で護るように立ち塞がったガンクはソルノを睨み付けた。


「どうした?

 ガンクに何かしようってのか?」


 オレは射抜くようなソルノの視線を感じたまま乗っていた手摺の上から下りてしばらくガンクの足元で身を隠していると、ガンクは腰を落としてオレの背中を撫で付けてくれた。


 強く、そして温かなぬくもりがオレの背中をゆっくり何度も移動した。


 オレに触れたガンクのその手からは庇護感みたいなものが伝わってきた。

 いや、もしかしたらそれはナノがオレにするようなものなのかもしれなかった。

 オレにはよく分からないけれど、オレの毛の肌触りに快楽というか安楽を求めるようなやつだ。ナノの言う『もふもふ』っていう。


 でも、オレの体を撫でるガンクの手からは、オレを庇い守ろうとする意思が感じられてならなかった。そのことがオレを複雑な思いにさせた。


 オレはガンクの仲間だ。

 ガンクに大事にされて護られるようなペットや子供なんかじゃないよ。そんなふうに扱われることは心外だよ。


 そう、もっと対等な存在として見てほしいんだ。


 ガンクの手から感じた感覚が、オレの勝手な思い込みであってほしい。





 でもそれとは裏腹に、オレはこうしてガンクの後ろでその背中に隠れていられることから安心感が湧いてきていた。

 オレのことをしっかりと驚異から守り、立ち塞がってくれる存在がいることに安堵していた。……子ねこのように。



 つまり、オレは何なんだ? ねこだってことは分かっている。ねこの身体をしているのだから。


 でもオレの頭は、心は……。




 それは、メールプマインで猫人のターニャと一緒にいた時にも感じた迷いにも通じている。


 オレはねこだ。

 ねことして獣型の猫の姿のターニャの魅力に触れて好きだと思ったのかな。動物として、交尾して子孫を残したい本能が疼いたのかな。

 それともオレの頭にある【転生者】の前世からの心は、獣人型の人の容姿のターニャに興奮して彼女に恋い焦がれたのかな。


 分からないよ。


 オレは詰まるところ、何なんだろう?









 見上げるとソルノの鋭い目はまだオレへと投げ続けられていた。


「何をするとなど、決まっています。

 お祓いをするのですよ。ランドもきっと、身に覚えがあるでしょう。非常に重要なことです」

「お祓いだと?」

「はい」


 ガンクは訳が分からない、とちんぷんかんな顔でオレとソルノを見比べていた。


 お祓い?


 ソルノがまた趣旨不明な話を始めだしたみたいだ。オレは深く考えるのは一旦中止して、頭を真っ白にしてみた。


 でもオレにも何のことなのか全く分からないし、身に覚えがあるだろ、なんて言われたって。


 !


 ハッとした。

 もしかして、さっきの怨霊のどれかがオレに取り憑いたってことかな。


 だったとしたら嫌だ、怖い!


「ほら。どうやらやはり自覚がある様子。

 ガンクも気付いているのではありませんか? そちらの黒ねこの魂の淀みに」


 ソルノはオレが取り乱しながら、辺りを行ったり来たり歩いているのを勘違いしたまま納得したらしいぞ。


 何だよ魂の淀みって。


 オレの魂は淀んでもいないし濁りもないぞ。


 悩みはあるけどな。

 多分、これはオレ自身のアイデンティティーの問題だ。思春期によくありがちな深くて浅く、浅くて深い厄介な苦悩の一つみたいなものだと思う。




 ソルノは続けた。今度はガンクを見ながら。


「……もしや、気付いていないとでも?

 だとしたら愚かだと断じざるを得ないのですが」

「なに?」


 ソルノはため息をついたようだ。


「ランドは深い闇を魂の奥底の部分で内包しています。それが感じられました。

 旅をしながら長く供に過ごしていれば、たとい思慮浅くとも滲み出た深甚なる悲痛の声を聞き届ける機会があったのではありませんか?」

「あーっ、もう分かんねぇ。もっと解りやすく言いやがれ!」


 ガンクは頭をガリガリと掻きむしっていた。ソルノの言葉はイルマ以上に解りにくいしな。真意まで遠回りして伝えようとする節があるみたいだし。


 それにオレに闇がある、だって?


 闇……。闇……。




 そういえば、ハストランの冒険者ギルドで意識を無くしたことがあったような。そんなことを思い出した。

 何かぼんやりと朧気な記憶があるぞ。オレが意識を無くしたことも何故意識を失ってしまったのかも、思い起こそうとしても霞みがかっているけれど。



 確か、あの時にオレは緑髪のお姉さんに手渡された冒険者証を目にして、初めて【転生者】だって事実を知っんだ。



 そして、オレは記憶の糸を辿っていった。



 深い深い記憶の底の蓋を開けていき、オレはさらにその先の場所へと進んでいった。



 ソルノは風に吹かれ揺れ動いた髪を後ろに払い除けた。


 オレはガンクの背中に隠れながら底無しの泥沼のような記憶の奥底に落ち込んでいっていた。既に温かなガンクの手の感触も感じられない程に。



「口上するよりも実際に引き出しお見せして差し上げた方が理解は早い……おや?

 これはいけません。ランド自ら魂を呼び起こしに掛かったご様子です。早々に処置を施さねば、膨れた魂が暴発しかねませんよ」

「ソルノ、ランドに何しやがった!?」

「まだ何もしていない!」















 ……ここはどこだ?


 オレは薄暗がりの中にいた。真っ暗で何も見えなかった。周囲には誰もいないようだ。


「助けて!」

「誰かいないの?」

「ここから出してよ!」

「ここはどこ!?」

「ねぇ! 誰か!」


 誰かが叫んで、声を必死に上げていた。金切り声を上げている。


 濃密な死の気配が漂っていた。オレの周りにまでまとわり付いてきて、安全なこの場から眺めていることすら憚られオレはたまらず目を背けたくなった。


 でも絶対に相対しなくちゃならないような気がした。逃げちゃダメだと思えるのだ。


 立ち込める血の臭いにも気付いた。生臭くない乾き始めた血の嫌な臭いだった。





 オレは浮かびながら暗闇の中にいる一人の人間を俯瞰して見ていた。


 なんとなくだけれど、あの懸命な声を出している人間がオレだってことを理解していた。前世を生きていたオレ自身なのだと。


 オレとその人間は意識が繋がり変に絡まっているようだった。上手く結び付けて太く強靭にすることも拒絶して断線させることも出来そうにない。

 それは自分の意思でどうこうするのは不可能な強固な運命的な鎖のような意識の繋がりだった。






 オレと前世のオレが同じ深い記憶の中でリンクしていた。



 意識が二重にあるような奇妙な感触のせいでオレの心はその負荷に静かな悲鳴を上げていた。俯瞰して前世のオレを眺めている今世のオレと、前世のオレの意識と近い位置でその強い意識に絡め捕られているオレとに意識は分断されまた重なっていた。


 ただし現実的な身体の痛みを感じることは出来なかった。その痛みの代わりに激情が心を激しく貫いてくるのだった。


「寒い」

「寂しいよ」

「なんで俺がこんな目に合わないといけないんだよ」


 体を真っ暗闇の中で必死に丸めて、自分以外の全てから身を守り激しく抵抗していた。虚しい抵抗を見せていた。


 そして諦めていた。絶望してしまっているようだった。他者の助けを求めながら同時に拒絶を繰り返していた。


「俺が何した?」

「俺は何も悪くないのに、こんな仕打ち酷いよ……」



 オレの心へ憎しみが溢れてきた。

 自身の無力さ、世界への絶望、必要無いと見放されてしまったような孤独感。それらを感じながら一歩ずつ確実に忍び寄る死神の足音に震えているようだった。


 ツラい。


 どうしようもないくらいに、激しくつらいよ。






 オレはそんな前世の自分を中空から眺めて見下ろしていた。


 光の全く無い暗がりの中でもその姿だけは圧倒的な存在感を放っていた。


 思考が上手く働かない。制御が難しかった。

考えようとしてもあそこにいる人間に、前世のオレに全ての努力を邪魔でもされているようだった。



 なんとかして助けてあげたい。


 助けてやることなんて無理だってことは解っている。遠い過去のことだ。

 けれど、なんとか今世のオレが救いになってあげられれば……。



 歯痒いまま何も出来ずに、状況は何一つ変わらないまま時間は過ぎていくばかりだった。

 その間にも着実に死が迫ってきていた。前世のオレから今世の、現在のオレへと連結される瞬間が今にもやって来そうでオレはなす術無く身悶えていた。




 その時、オレの頭の中に声が響いた。


「悔魂摘出の法、祓魔術、聲魂の位!」


 それはソルノの声だった。

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