自慰
妻は退院後、荷物をまとめ出ていった。
わずかひと月共に生活しただけのアパートから出ていった。
もちろん私は自分に出来る限りの言い訳を言い、三十半ばにした大の大人が恥ずかしいくらいの涙を流し説得もしてみた。
妻の気持ちは変わらず気がつけばアパートのなかで1人物思いにふけっていた。
妻の名前は楓と言う。楓は名前の通り穏やかで、どこか暖かい感じがする女性であった。
住んでいるときはとても狭く感じていたこのアパートも、いざ1人になってみればとても広く感じた。
まるでコンサートホールの中に1人で佇んでいるような感覚だった。
私は1人になったアパートで楓のことを想い自慰行為をおこなった。
寂しくて淋しくて何度も何度も楓との性行為を思い出し自慰行為をおこなった。
気が付くとカーテンの隙間から日が射し込んできた。
放心状態で自慰行為を行っていた私は我に返り窓を開け早朝の秋風を部屋一面に吹き込んだ。
これからは1人なのだ。
いくら考えてみても楓が戻ってきてくれるとは思えなかった。
時計を見ると七時半。
私はこれからの事を考えてみた。
独りになったのだから無理に仕事を探す必要もなく、私は暫くはスロットで生計を立てていこうと考えた。
しかし、さすがに今日からスロットを打つ余裕はなく、私は楓の匂いが残るこのアパートで楓の事を想い自慰行為に明け暮れた。
何度も。
何度も。
・・・・・・夢を見た。
私は自分でも気が付かないうちに眠っていたようだ。
私は眠気眼に夢を思い出していた。
そこはとても懐かしくて暖かい場所。
ここは市民公園のベンチ。
初めて楓と出会った場所だ。
私がベンチに座り仕事をサボって当時お気に入りの缶コーヒーを飲んでいた時だった。
前のベンチに三人組のOLが昼食を取っていた。
1人はポッチャリ体系の女。
私は心の中で勝手に関取とあだ名を付けた。
そして、体系は普通で、顔は綺麗目な女。しかし、どこか冷たそうなこの女には雪女とあだ名を付けた。
そして真ん中に座っていたのが楓だった。
髪はサラサラのロングで清潔感がだだよう清楚な感じの女だった。
男ならこういったタイプの女にはみんな弱いと思う。
私も一瞬で惹かれていた。
だが最初の出会いはそれだけで終わった。
楓と話すようになるのは、それから数ヶ月後の事だった。
楓に惹かれた私は仕事の昼休みや、仕事の営業中に市民公園によく足を運ぶようになっていた。
楓に会える確率は約10分の3。
毎日、昼食に市民公園を利用するわけではないらしく、晴れた日の水曜日に会う確率がもっとも高かった。
楓と初めて会話したのは市民公園の自動販売機で一緒になったときだ。
と言っても楓が自動販売機に行くのを見掛けて私も偶然を装い飲み物を買いに行っただけなのだが。
驚くことに声を掛けてきたのは楓の方からだった。
「よく会いますね。お昼はいつもここなんですか?。」
私は楓の言葉に緊張して
「はっはひ。」
と答えたのを覚えている。
それからは市民公園で会う度に軽く会釈するようになっていった。
たまに、関取や雪女が変な変な目で私を見てたような気がする。
彼女らには私が楓目当てでこの公園に来てるのを見透かされてたのだろう。
私と楓との距離は軽い会釈程度から中々縮まらなかったが、それでも私にとっては唯一の楽しみであった。
・・・・・・夢を思いだす筈がいつの間にか楓との出会いを思いだしていた。
私にとって楓という存在の大きさを改めて思い知った。
私は枕を抱き締め、また自慰行為にふけった。