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9 光の巨人はどこにいる?

 町の中に攻め込んで来た魔獣軍団を勇者・戦巫女連合軍で完全撃破。

 うん、前回は何の疑問も困惑もない展開だったぞ。俺の新装備、『英傑の破城銃』の入手も含めてすっきり爽快、ってな。

 だが、すべて終わったと思った時、急を告げる鐘がふたたび打ち鳴らされた。今度は何があった?





 城壁の上に灯された魔法の明かりだけが頼りの暗い町に非常事態を告げる鐘の音が響く。


「今度は何よ!」


 ミュリエラちゃんが叫び、ドルモンが不安そうにあたりをキョロキョロ見る。この場にいる中で戦闘能力を持たない者は彼だけだからその反応も分からないでもない。


「どうする? 飛空艇を呼び戻すか?」


 アルシェイドの建設的な提案。ちょっとびっくりだ。

 しかし、こちらから飛空艇は翼の発光が確認出来るが、あちらから地上を見るのは難しいのではないだろうか? 魔獣の群れとは大きさが違う。


「出来るのか?」

「やるぞ」


 雷鳴の勇者は緑色の信号弾を打ち上げた。

 あんな方法があるんだ。後で教えてもらおう。


 飛空艇が降下してくる。通りまで降りてこられないのは先刻と変わらない。屋根の上に着地する事になりそうだ。

 二階建てや三階建ての屋根に上がるぐらい、このメンバーなら難しくない。重量級の荷物を持った俺が一番きびしいだろうか?

 そう思った時に気がついた。


 あの長大な大砲が無い!


 あたりを見回し、ポケットを探るように自分の身体をパタパタとたたく。

 そのぐらい取り乱していた。もちろん、あの長大な兵器がポケットに入る訳はないし、そもそもヒーローの素体ボディにポケットはない。


「破城銃を探しているのか?」

「ああ、モード蟷螂(マンティス)を解除したあたりまで担いでいたのは覚えているんだが……」


 ドルモンが笑いをこらえるように俺を見ている。

 不安を忘れた様なのは何よりだが、笑い物にされるのは好きじゃないぞ。


「どこへ行ったんだ?」

「そこだ、その腕輪だ。破城銃はもうお前の武器として登録された。以後は必要だと思えばそこから取り出せる」


 確かに俺の素体に見覚えのない腕輪が追加されていた。アイテムボックスみたいな物か。

 しかし、使わないときはブレスレットになるって、等身大ヒーローの武器じゃないぞ。せめてベルトに収納できないか?


 軽い騒ぎの間に飛空艇が俺たちの頭上で停止した。着地する手間もかけないつもりらしい。


「乗ってください」

「お先!」

「失礼します」


 女の子二人が華麗に飛び乗った。スカートの中身は見えそうで見えない。残念。


「どうする? 一緒に来るか?」

「飯は食えるよな?」

「勇者の靴底亭の仕出し弁当が出ると思うぞ」

「行こう」


 ドルモンの同行が決定した。

 夕食も食えずに隠れていたのかと思うと涙を誘うが、城壁では命や手足を失った者が続出したのだ。そのぐらいは我慢しろ、って気もする。

 横から手が出てきて彼の身体を抱き上げた。


「私がお運びしましょう」

「アルシェイドか、任せる」


 ドルモンがアルシェイドに対しては偉そうだ。これが本来の勇者と研究員の力関係なのだろう。

 雷鳴の勇者は戦巫女たちのように一度のジャンプで飛び乗ったりはしなかった。抱き上げた一般人に対する衝撃を考慮して、屋根やバルコニーを経由して飛空艇に乗り込む。


 俺も同じルートでアルシェイドに続いた。

 別にジャンプ力に自信がないからじゃない。一度の大ジャンプを華麗に決められるほど力加減がよくわからない。生身と素体と二つのモードですべて敏捷性が違うからややこしい。速さでは、生身<蜘蛛<素体<蟷螂だと思うがひょっとしたらどこか間違っているかも知れない。


「全員乗りましたね? 出します」


 飛空艇がふたたび加速をはじめる。

 翼を強く発光させて一点に停止しているのでは対空砲火のいい的だ。スピードを上げ、城壁の内側を旋回しながら高度もあげる。


「上から見ても特に変化はない?」

「はい、ですが先ほどから翼が……」


 ホーマン飛行士の答えが歯切れが悪い。


「翼? 気流が乱れている?」

「いいえ、風は素直なものです。浮遊の魔法が不自然にざわついています」


 乗っている俺には何の異常も感じられないが、プロの技とはそういうものだろう。


「まったく、いつまでも鐘なんか叩きおって。アレは非戦闘員の避難と戦闘配備の為のものだ。今アレを鳴らしても何の意味もないだろうに」


 忌々しそうに言ったのはドルモン。

 戦巫女の二人は同じ方向を見ていた。


「たぶん、あちらです」

「何か見える?」

「いいえ。魔力の異常がそちらに」


 言われて魔力を感知する感覚を自分の体内から外へと広げてみる。

 なるほど、彼女たちの示した方向に引っかかりのようなものを感じる。


「魔力の感知で敵を見つけることも出来るのか。一つ勉強になった」

「馬鹿を言うな。夜の闇の中とはいえ、目で見るより遠くから感じられる魔力異常などそうそうあってたまるものか」

「現にある。中枢翼船(セントラル)を落としたのはこいつだと思うか?」

「かも知れない」


 ドルモンはゾクリと身を震わせた。

 俺は闇に目を凝らす。何かが動いた、ような気がする。

 瞬間、光が走った。

 城壁から目標の方向へ照明代わりに光弾を撃ち出したようだ。その光に照らされて一瞬だけだがそいつが闇の中に浮かび上がる。


 でかい、と思った。


 そいつの足元をうろついていたのはゴブリンだろうか?

 そうだとしてもそいつの身長は10メートルぐらいはある。

 それともオーガーだったろうか?

 それならば身長20メートルを超える。


 あんなのが進撃してくるのかよ。

 等身大ヒーローが相手にするにはちょっと辛いサイズだ。


「第五位階の魔族……」

「五、なんだ」

「別名魔将級。これまでの討伐成功は一例のみ。都市攻略戦に出てきた記録はありません」


 俺以外の皆も息をのんだ。

 どうやら巨大魔族はゾイタークより二つ上の相手らしい。


 闇の中に再び光が生まれる。

 今度は城壁からではない。巨大魔族自身が生み出した光。


 巨大魔族は先刻のソーレスと似た形態だった。四足の下半身に人型の上半身。しかし、下半身は馬と言うよりは象だ。短くて太い足がその巨体を支えている。足元にいたのはやはりオーガーだった。モビルスーツ以上の大きさであることが確定した。

 巨大魔族の上半身は人型と言うより、その大きさ以外は人そのものだった。

 鍛え上げた筋肉が盛り上がった身体。威厳のある顔立ち。ゼウスとかポセイドンとかを絵に描けばこんな顔にするだろうか。


 ゼウスもどきは光り輝く槍を振りかぶっていた。俺の破城銃以上の魔力がそこに込められている。

 光の槍が投擲される。

 城壁に着弾。

 城壁を護る抗魔結界が光の槍に抵抗する。突き破られた。

 爆発する。

 その部分だけ城壁の高さが3分の2程度になった。そのあたりを守っていた民兵たちがどうなったかは考えるまでもない。


「あれでもまだ全力ではないはずです。あの程度では中枢翼船(セントラル)を落とすには足りない」


 ホーマン飛行士の操縦がかすかに乱れた。


「全力でないという事は数を投げられるって事だぜ」


 英傑の破城銃で撃ち返してやったらどうなるだろう? ダメージは通る、と思う。だが、あれだけ巨大な相手を仕留められる気がしない。


 第五位階魔族は今度は全身から微光を放った。

 その怪異な姿が闇の中に浮かびあがる。着ぐるみなどではない人そのものの上半身がかえって不気味だ。

 その身体が膨張を始める。巨大怪獣化、などと言うレベルでは無かった。超巨大化。その頭の位置が空を飛んでいるこちらと同じ高さまでくる。


 !


 俺は身構える。

 破城銃は素体のままで撃てるだろうか? 眼球に撃ちこめばそれなりの痛みは与えられるだろう。


「ムサシさん、落ち着いてください。あれは幻影です」

「幻?」


 巨大な立体映像なのか?

 そうとは思えない質感がある。ま、あんな光の巨人でさえ最終回か劇場版でなければ戦わないような化け物、本物だったら逃げの一手が定石だろうが。


 超巨大魔族が口を開く。

 幻影だという話なのに、そこから実際に声が発せられる。


「悪逆にして非道なる者ども、そしてその者たちに導かれた無知にして愚かな者どもよ。汝らに我が姿を見、声を聴く栄誉を与えよう。狂喜乱舞し平身低頭して聞くが良い」


 乱舞しながら低頭するのは難しいと思う。


「我は第五位階魔族、人類征伐将ジーオルーンである。この名を心に刻み込め。これが汝らを殺す者の名であり、生かすことのできる者の名である」

「悪逆なる者どもの生き残りには言うまでもないことであろうが、無知なるものが無知のまま留め置かれているのは汝ら自身の責任とも言い難い。慈悲ぶかき我が世界の真実について少々解説してやろう」


 ジーオルーンはニヤリと嗤った。


 俺はこっそりと仲間の様子を確かめる。

 アルシェイドとミュリエラちゃんは戸惑っているだけだ。この二人は魔将が言おうとしていることに心当たりがない模様。

 アリアちゃんは、保留。敵の言う事を興味深そうに聞いている。もし可能なら質問の為に手でもあげそうに見える。

 ホーマン飛行士は『不味いな』とか言い出しそうな顔をしている。あれは明らかに何か知っている顔だ。

 そして、ドルモン研究員は『悪魔崇拝がばれた顔』だ。思いっきり挙動不審。逃げ場を探すように視線があちこちに泳いでいる。


「哀れなる無知の民よ、汝らは我々魔族が侵略者であるように聞かされているのだろう? 魔族が出現したことで外界が危険に満ちたものとなり都市間の連絡が遮断されたと。実際は違う。魔族出現以前の世界において別世界への扉を開く研究がおこなわれていた事は事実であり、その研究は当時の世界が抱えていた多くの問題を解決するものだと期待されていた。しかし、その扉を開いてやって来たのは魔族では無かった」

「では何だったのか? 研究者たちが扉を開いた先にあったのは魔素であった。もともとこちらの世界にあった魔素とはけた違いに強力で濃密な魔素であったのだ。それを無防備に浴びた者たちは即座に絶命した。扉が開いた先にあったのはそれほどまでに強大な、強大すぎる力が渦巻く世界であったのだ」


 原発事故でも起こしたようなものか? 現実には原発三つが吹き飛んでも事故前に言われていたほどの被害にはならなかったようだが。

 こちらの世界で起きたのは福島で言えば使用済み核燃料まで全部まとめて吹っ飛んだぐらいの被害か?


「異世界からの魔素は世界中に広まっていった。魔素に触れた動植物のほとんどは死んだ。ごく一部の生物のみが魔素を利用する術を身に付け、大きな力を手に入れた。我々魔族の先祖たちは自らも魔素に侵されながらもそんな動植物を研究した」

「もう察しが付くであろう? お前たちは魔素がひろがる中、魔素を遮断する結界を、今日都市結界と呼ばれるものを開発して生き延びた者たちの子孫である。我々は魔素に耐えうる肉体を、魔素により超人的な肉体を手に入れた者たちの子孫である。根は同一の親戚であるのだよ、我々は。だと言うのにお前たちの中には我々は都市結界の中に入るときにその場で『生成』されるのだと信じている者もいるとか。実に嘆かわしい」


 ジーオルーンは両腕を大きく広げた。


「では、なぜ我々は親戚を攻撃するのか。そう疑問に思う者もいるかも知れない。それに対して、我は同じ問いを返そう。なぜ、お前たち都市の者どもは我々魔族を攻撃するのか、と」

「いや、理由は分かっているぞ。我々魔族の能力は都市に住む者たちの力を大きく上回っている。少しでも数を減らしておきたいと思うのは理解できる。……もちろん、納得はできないがね」

「外を歩いているとね、一位階や二位階の魔族たちは攻撃されるのだよ。飛空艇で高所から一方的にね。ちょっと多くの人数が集まっていると勇者の攻撃部隊が襲ってくるしね」


 俺はドルモンの肩をがっちりと捕まえた。


「ところで、魔族たちは今までこの情宣活動をしなかったのか?」

「本来ならこんな幻影など町に近づけたりしない。妨害して終わりだ。長々と演説などさせるものか」

「いろいろと腑に落ちるお話です」

「という事は、学校で習ったのは嘘なの?」

「結構よく行くぞ、ゴブリン狩り」

「……」

「今更、勇者本部なんてところに何の期待もしてはいないが、市民に正確な情報も与えずに戦争を継続していたのか? 呆れたものだ」


 ま、民主主義の政体ではないんだろうがな。


 第五位階魔族の演説は続く。


「さて、我々魔族に諸君らの命を尊重する義務も義理も一切ないことは理解してもらえたと思う。そちらが男も女子供も区別なく殺しにくる以上、我々も同じことが出来るわけだ」

「都市に住む人間どもなど皆殺し。そう主張する魔族は多い。しかしながら、我は慈悲の心をもってこう宣告しよう」

「わが軍門に下れ、と」

「都市結界の内側に入るのは我々魔族にとっていささか疲れることだ。よって、我らはまた七日後にまたここを訪れる。その時までに決断を下しておきたまえ。その時に結界が解除され、武装を解除してあったなら我は汝らに慈悲を与えるであろう」


 轟轟と何かの音が響く。その音がジーオルーンの声にかぶさり妨害する。

 人の声のようにも聞こえるが、人の声帯からでは到底出せないような大音声。俺にはそれが何なのか分からなかったが、他の者たちはすぐにピンと来たようだった。

 アルシェイドが言う。


「獅子の咆哮」


 獅子。

 獅子の勇者ゴウレントか。城壁のどこかからおそらくは魔法によってこの声を発しているようだ。

 轟音はやがて意味が取れる言葉へと変化する。


「ふ、ざ、け、る、な」

「その声は覇王ゴウレント殿か? 貴君の事は聞いているよ。悪逆非道な勇者の中で少しはマシな男としてね。戦う力を持つもの以外は殺さないそうではないか」

「我の事はいい。それより、お前の宣告のどこが慈悲であるか? 都市結界を解除したら普通の人間は生きていけないのであるぞ」

「獅子の勇者よ、我の慈悲はそれで終わりではない。町の者たちに我らとともに生きることを許そう。第一位階からの出発になるが、別に構わんだろう?」

「ゴブリンに変化して生きなおせと言うのであるか?」

「それを選択するのは汝ではないぞ、勇者よ。醜い姿となって生き延びるか、それとも確実な死をむかえるか。選択するのはこの町の住人たちだ。慈悲ぶかき我は新たに変化した同族ももとからの同族と全く同じように扱うと約束しよう」


「ね、ムサシさんは何も言わないの?」

「あの二人の会話に割り込むには声量が足りないな」


 ミュリエラちゃんのささやきに対して小声で返す。いや、都市を震わせながら続く二人の会話の前ではどんなに大声を出しても意味は無いのだが、なんとなくな。


 俺は勇者の組織からは明確に脱退しているしこの町に所属しているかどうかも怪しい。倫理的な問題に巻き込まれずに済んでほっとしている。

 城壁で虐殺したゴブリンやオーガーたちも人であると判明したわけだが、それぐらいは仕方ないな。日本人的価値観が俺の心をチクチクするが、非戦闘員を殺しまくった訳じゃない。


 雑談の間にゴウレントとジーオルーンの会話は完全に決裂した様だ。

 巨大な拳の形をした光の塊が夜空に向かって打ち上げられる。光の拳はジーオルーンの幻影を撃ち抜く。

 幻影は揺らめき、ゆっくりと崩壊していく。


「勇者たちの返答は確かに受け取った。汝らは敵として確実に葬ってやろう。町の住人たちよ、諸君らはもっと賢明な判断をすると期待しよう」

「う、る、さ、い。黙って消えろ!」


 二つ目の拳が撃ちあがり、幻影の崩壊を加速させる。

 消えていく幻は余裕の笑みを浮かべていた。


「七日後だ。忘れるな。七日後に我々は再び訪れる。その時まで、さらばだ」


 幻影は完全に消滅。

 気が付くと俺たちはただの星空の下を飛行していた。


 また来週、か。


「勇者様、これからどうします?」


 ホーマン飛行士の問いに『魔族の撤退先を見つけるために追跡する』『後退中の部隊に追撃をかける』といった考えをもてあそぶ。

 が、俺はゆっくりと首を横に振った。


「俺たちは今夜はもう十分に戦った。こんなに派手な降伏勧告をした直後だ。魔族だってしばらくは襲って来ないだろう。着陸してくれ。どこかで仮眠をとる」

「こんな時に眠れるの?」

「眠れなくとも身体を休めるんだ。夜が明けたらまた別の戦いが待っている」


 人間の心を相手にした戦いが、な。


 小人閑居して不善をなす。


 ここでこの言葉を使うのは本当は誤用らしいが、この場合は誤用こそが正しい。

 七日という暇をもらった奴らはたぶんロクなことをしないぞ。

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