8 長くて黒くて硬いもの
夜襲をかけてきた魔族たち。俺は彼らに対して真の名乗り上げをさく裂させた。そのつもりだった。
実際には前世の記憶に引きずられたのか、見るも無残な失敗となった。今の名乗りを聞いていたのは魔族二人だけだな。よろしい、こいつらは殺そう。名乗りあげの失敗を他の誰かに伝えることなど許さない。こいつらはこの場で確実に殲滅する。
これは決定事項である。
ここから先は戦闘フェイズ。
俺は思いっきりキザなポーズで手招きして、魔族コンビを挑発した。盾役ってのはヘイトをとってナンボ、ダメージを受けてナンボの商売だ。二人の攻撃を俺に集中させてアルシェイドに挟撃させられればベストだ。
逆に一番マズイのは二人そろってアルシェイドを攻めに行かれること。実は俺は蜘蛛糸の壁を維持するためにこの場から大きくは動けない。牽制以上の長距離攻撃力がない俺では、この場で遊兵になりかねない。
「退路をふさがれましたか。仕方ありません。ガング、名無しはあなたがおやりなさい。刀とは私がやります」
「ヌゥゥゥゥ。お前が仕切るな!」
「蜘蛛はお嫌いですか?」
「そうは言っとらん」
俺の相手はゴリラか。良くもなし、悪くもなし。
俺の名乗りをスルーしてくれた事はとっても良し。
口封じは別としても、俺もこの辺で名のある敵の一人ぐらいは討ち取っておきたい。生まれてこのかた、スッキリ倒した敵はゴブリンとオーガーのみ。このままでは雑魚つぶしのムサシとか、善戦マンとか呼ばれかねない。
「来いよ、ゴリラ」
「ヌゥゥゥゥ。ゴリラ言うな!」
ナックルウォークで突進して来る。これでゴリラでないと主張しても無理があるぞ。
ガングはこれといった武器を持っていない。これまで戦った相手と違ってリーチの差で押されることはない。俺は両手の爪を構えた。
あっという間に懐に入り込まれた。こいつ、インファイト専門のボクサーか?
殴られた。
左からのフックが入った。意識が飛びかけた所へボディブローの連打が続く。
ゾイタークの粘着榴弾にやられたように、蜘蛛の装甲は斬撃には強いが衝撃は意外に徹す。魔力は減らない代わりに体力を削られる。
蜘蛛糸の壁にそって後退するが、魔族はぴったりとついてくる。
ヤツのパンチが見えない。
近距離すぎてモーションを見極められない。これに対応するのはボクシングの経験者でもなければ難しいのでは無いだろうか?
俺の前世(?)は格闘技の知識は持っているが、本格的に修行したことは無いようだ。
ふとひらめいて、俺は蜘蛛糸の壁の一部を『ほどいた』。ほどいた糸をガングに絡みつかせる。
わずかな間だけ動きを止めるのに成功した。その間に距離をとる。
「ヌハハハハァァ。貧弱、貧弱ぅぅ」
糸は力任せに引きちぎられた。
自分の優勢を確信したのか、ガングは勝ち誇っている。
その間にアルシェイドの様子をチラリと見る。あちらも苦戦しているようだ。
ランス突撃VS太刀の斬撃。
一撃の威力も武器のリーチも相手が上。相性は決して良くない。
飛び道具の雷撃を放っているが、それも出現した障壁のようなものに阻まれている。
ミュリエラちゃんが助けに入ろうとしていて、それをアリアちゃんが押しとどめているようだ。
それが正解だよ、アリアちゃん。この場面で手を出されたら男のメンツが丸つぶれだ。
とは言え、男のメンツを押し通すためには勝利が欠かせないんだよな。
俺は今にも胸を叩きだしそうなゴリラを眺める。
俺は弱い。その認識がある。
俺の弱さは経験の少なさから来るものであり、格闘戦の技能が生まれながらにインストールされていない所から来るものである。武器の優劣を抜きにした同条件でも俺は対戦相手にかなわない。それはたった今、証明された。
ならば、俺が勝つための材料はどこにある?
ボクシングの試合をしたら勝てない。異種格闘技戦を挑んでもそれは同じだろう。足技や関節技を絡めてもこいつに勝てるビジョンが思い浮かばない。
やるなら奇襲、奇策の類だ。現に蜘蛛糸による妨害は少しだけだが通じた。
蜘蛛糸を使って出来る事をもう少し増やせないだろうか?
『可能。魔力操作により糸の動作・強化が可能』
だからシステム音声、そういう事はもっと早く説明しろ。
俺は自分の体内へと意識を向ける。稼働中の二つの魔力炉と休眠中の一つがなんとなく感じられる。
要はここから流れ出す魔力をいわばマニュアルで操作すればいいんだな。さっき蜘蛛糸の壁をほどいた時もそんな感じだったし。
「ヌゥゥ。おまえ、まだ何か隠しているなぁ」
お、ガングが鋭い。頭が良さそうには見えないが、動物的直感で動くタイプか。
まぁ、何か隠していたのでは無く、やれそうな事を今見つけただけだが。
「ヌオオォォォォ、俺にもあるぞ。晶結散弾!」
先手を取られた。
俺が自分の能力を確認するまで待ってくれるほど呑気じゃないのは当たり前か。
ヤツの体表に無数の透明な結晶体が浮き上がる。次の瞬間、ガングの身体が爆発したように錯覚した。結晶体が一度に撃ちだされたのだ。
結晶体の散弾が俺の装甲を破れるかどうかは分からない。だが、『破甲の』ガングの名は伊達ではあるまい。
地面に身を投げ出して散弾をかわす。肩や背中に幾つか命中した様だが、大きなダメージはない。
虚仮威しか?
そう思った時に気付いた。ガングの姿が見えない。どこへ行った?
上だ!
地に伏せた俺を攻撃するのに最良のポジション。俺は目で確認する手間はとらずに横へ転がった。
爆音が響いた。
俺が転がっていた地面にクレーターができた。落下して来たゴリラが拳を打ち下ろしたのだ。その拳にはまるでグローブの様に結晶体がへばりついていた。
俺は両手の力だけで跳ね起きた。
右手から蜘蛛糸を出す。魔力を操作して強化する。ロープ状になった蜘蛛糸を鞭としてふり回す。
ガングは鞭を警戒してわずかに距離をとった。
こちらの鞭の能力が分からないからの警戒。実の所、この鞭はほとんどハッタリに近い。命中したところで、ちょっとは痛いかも知れないが大きなダメージにはならないだろう。
この鞭は誘いだ。
ガングが使った散弾と同じく、相手の思考と行動を限定させる為のもの。拳が届かず鞭は届く、そんな間合いで戦い続けることを嫌ってもらう。
ほら、突進してきた。
ガングが選んだタイミングではなく、俺が望んだ時に突進してきた。
呼吸を合わせて俺も斜め前に出る。ゴリラ野郎と交差、その横をすり抜ける。
すり抜ける瞬間に左手からも鞭を出す。この鞭は実は鞭ではない。機能としては触手に近い。慣性で振り回すだけではなく俺の意のままに動かすことが可能だ。名付けて『勝利の腕』。こいつを通じて電撃とか震動波とかを流せればベストなんだが、それは今後の課題という事で。
すり抜けざまに俺は左右の勝利の腕を魔族の身体に引っ掛けた。
本来なら決して手が届かない位置から敵の捕獲を完了。
「ヌゥッ!」
俺は自前の腕と蜘蛛糸の腕、両方の力を使ってガングの足を地から浮かせた。
踏ん張りを利かなくしてから、夜空に向かって捻りを加えて投げ上げる。
「スパイダーきりもみシュート!」
こいつがゾイタークの様に空中を足場に出来る能力を持っていても、回転しながらでは上手くいかないだろう。
とは言え、いくら高く投げ上げても落下ダメージだけでこいつを倒せると思うのは楽観がすぎる。
戦巫女の二人も雷鳴の勇者も飛空艇から飛び降りて平然と着地した。着地に失敗した俺ですら大きな怪我はしていない。
だからこうする。
「チェンジ、モード蟷螂」
俺の姿が変わる。
装甲が薄くなり、蜘蛛糸を操作する能力も消える。代わりに両手に一振りずつ、鎌の様な刃物が生成される。
第三魔力炉からの魔力を操作、生成されたショーテルを更に強化する。
「ヌヌヌヌヌ!」
ガングは慌てて手足をジタバタさせるが、それでどうなるものでもない。せめてもの抵抗か、体表に結晶体を生み出して鎧とする。
「シザースブレイク」
落下して来る巨体を挟み斬る。結晶体の鎧など、強化されたショーテルの前では何ほどでもなかった。ガングの身体は真っ二つになって地面に転がった。
驚いたことに、その上半身はまだ生きていた。力の入らない腕であがく。
「ヌヌヌゥゥゥ。俺はここで死ぬのか」
「遺言があるなら言え。無ければすぐに介錯してやる」
「貴様らごとき、悪逆非道な輩に……」
「? そうか、お前たち魔族もお前たちなりの理由があってこの町に攻め込んでいるのか。憶えておこう」
魔族の側にどんな理があろうとも、今現在攻め込まれている側の町にいる以上、俺に迎撃をためらう理由はないけどな。
魔族と人間が同じ言葉を話し似たような文化を持っている以上、両者の間に密接な関係があるのは確実と言っていい。それは元から分かっていた事だ。
加えて、勇者と第三位階の魔族が同程度の戦闘能力を持つとなれば、両者が実は同じものだったとしても俺は驚かない。それはむしろお約束と呼んで良いだろう。どこかの等身大ヒーロー的に。生まれた時から上位者への服従を条件づけられている『勇者』など、敵対者から見れば怪人○○男と何も変わらない。
「俺は死ぬ。だが、お前は生きろ、ソーレス!」
魔族は最後の力を振り絞って鎧に使った結晶体を飛ばした。
それは力ない攻撃だった。モード蜘蛛の装甲など無くとも二本のショーテルだけで簡単に払いのけられた。そもそも、それは俺に向けられた攻撃でさえなかった。
あ、やばい。
もともと、俺がモード蜘蛛を解除したことで薄れつつあったもの、蜘蛛糸の壁が結晶体に引き裂かれていた。
もう一人の魔族、疾駆するソーレスがこちらを見た。
このままでは逃げられる。それでもかまわない、と思わないでもないが、俺がモードチェンジできるという情報を持ち帰られたくない。あと、名乗りあげの失敗はそれ以上の秘匿情報だ。
もう一度、モード蜘蛛に戻そうとする。
『現在、第二魔力炉は休眠状態に移行中』
だから、システム音声! そういう事は早目に伝えろと何度も!
つまりモードチェンジは一瞬で出来るが、一度チェンジしてしまうと元のモードに戻すにはクールタイムが必要、と。
あたふたしている間に蜘蛛糸の壁が完全に消える。
人馬の魔族がこちらに駆けて来る。アレを倒そうと思ったらすれ違う一瞬にどうにかするしか無い。
無理だな。
ソーレスは俺の横をすり抜けるつもりじゃない。完全に俺をめがけて駆けて来る。
ランス突撃。
ヤツのランスは俺のショーテルより長い。俺にはランスに貫かれるか、避けて道を開けるかの二択しかない。
ランス突撃が来た。
俺はギリギリで見切って反撃しようとするが、届かない。ソーレスの通過を許してしまう。
逃げられる。
「ムサシさん、これを使って下さい!」
アリアちゃんの声。
振り返るとミュリエラちゃんが大きな長い物を振りかぶっていた。普通の人間には持ち上げるのも困難であろうそれを投擲する。
俺はショーテルを手から離してキャッチ。予想以上の重量に振り回される。
それは城壁の民兵たちが使っていた魔法銃をスケールアップした物だった。そのサイズはアンチマテリアルライフル、いやどこかの巨大ロボットが使っている長大な大砲を人間サイズにしたものに近い。
『英傑の破城銃』こちらの文字でそう刻印されているのが読めた。
こんな物を一体どこから取り出したのか分からないが、今やらなければならない事はわかる。
安全装置を解除して巨大な銃口を敵に向ける。こいつの銃身は長すぎる。バイポットでもあればともかく、手持ちで撃つには腰だめにするしかない様だ。
体内の魔力を操作して大砲のような銃に通わせる。
昼間に使った一般兵用の銃とはまるで違う。あれはすぐに魔力が満杯になった。これは魔力を注いでも注いでもいっぱいにならない。勇者専用の装備なのだろう。
ソーレスが逃げていく。直線の通りを駆け抜けるのにいくらもかからない。
「当たれよ。破城銃、ファイア!」
魔力の奔流が打ち出される。戦巫女たちの合体必殺技に劣らない威力。氷炎の螺旋撃とは違って一点に集約されたそれは、レジストされる気配もなくソーレスの馬体を打ち抜いた。
魔族は倒れ、走っていた勢いのままに転がり、突き当りの城壁にぶつかって動かなくなった。
俺の後ろでいくつもの歓声が上がった。
この辺りにはもう敵は残っていない様だ。
それを確認して俺はモード蟷螂を解除する。完全に裸になるわけにもいかないので素体モードで魔力消費の節約を図る。
「さすがムサシさん、つよーい!」
駆け寄ってくるミュリエラちゃんは満面の笑み。その後ろでアリアちゃんがはにかんだ笑顔を見せている。アルシェイドは変身を解いていないが、いいところを見せられなくて憮然としているような気がする。
?
三人のさらに後ろにもう一人いる。
どこかで見たような気がするが思い出せない。民兵たちが身に付けている鎧とは少し違ったデザインの高級そうなアーマーを着込んだ若い男だ。
「あの男は?」
「あれ、ムサシさん知らないの? なんかムサシさんの事をよく知っているような口ぶりだったけど」
誰だろう?
俺は本気で首を傾げた。
「お前の知能にはやはり問題があるようだな、34番」
「なんだ、お前だったのか悪魔神官」
「コラ、誰が悪魔神官だ」
「それはお前たちの制服が悪役にしか見えないっていう話だ」
「先祖伝来、由緒正しい抗魔力ローブになんてことを!」
戦巫女の二人が急に笑い出した。たぶん、箸が転がってもおかしい年頃だからだろう。
「お二人は本当に仲良しさんなんだね」
「「それはない」」
俺と悪魔神官の声がなぜかハモった。不機嫌なにらみ合いになる。
「念のため言っておくが、お前の事を思い出しても『誰だ?』っていう感想に変わりはないぞ。お前の名前なんか聞いた記憶は無いからな」
「その脳みそには他人の名前を尋ねるときにはまず自分から名乗るものだ。ロクト博士は常識はインストールしなかったのか?」
「そうだったな。お前に名乗る名前は無い」
「なんでそうなる?」
悪魔神官は『話が進まないだろうが』とか何とかぶつくさ言っているが、俺の側はこいつと話したいことなど何もない。
そんな事を思っているとアリアちゃんの目が三角になった。
「ムサシさん」
「ハイ」
「こちらの方は勇者本部の研究員でドルモンさんと言います。セントラルが逃げ出したとき、同行しなかった立派な方です」み
そうなのか? 乗り遅れたとかじゃなくて?
そう思ったが、口に出すのはやめにした。ひょっとしたら、戦巫女は勇者よりずっと強いのではないだろうか? アリアちゃんの怒りが恐ろしい。
「ドルモンさんは本部ビルの中でその大砲を見つけて届けてくれたのです」
それは確かに少しは感謝するべきかも知れない。
「そうか、悪かった。俺はムサシと名乗る事にした。協力を感謝する」
「いきなり素直になるな! 気持ち悪いだろう。破城銃はロクト博士の遺品を探っていたら出てきただけだ。別にお前に渡さなきゃならない物じゃない」
「それだと何でこんな所に居たんだ? 城壁まで行けば勇者の誰かは居るだろうし、ゴウレントの居場所なら誰に聞いても教えてもらえたはずだぞ」
そもそも俺に直接渡すつもりでも、こんな所で合流するなんてどんな偶然だよ、って話だし。
特撮補正でも働いたか?
「べ、別に研究員だと知られて白い目で見られたとか、逃げ出したとかではないぞ。本当だぞ」
お、目が泳いでいる。そして納得。
逃げ出した連中の仲間扱いされて城壁ではいたたまれなかった訳だ。それで路地裏にでも隠れていてこの戦いに遭遇した、と。
ちょっとだけ、和んだ。
いつまでも和んでいる暇は無かった。
急を告げる鐘が、またもや打ち鳴らされる。
今度はいったい何があった?