6 休日のプリティファイター
魔王軍との戦闘を潜り抜けてみたら見事な負け戦だった。
そして俺は上級士官不在の中で指揮官役を押しつけられていた。この町への反逆を宣言してからまだいくらも経っていないというのに何故こんな事になったのか、訳が分からない。
とりあえず、俺は自分たちが防衛した部分以外の城壁を見て回ることにした。情報と戦力、どちらも不足している。
「我々はこの後は?」
「死体の処理が終わったら、半舷休息。いや、ここがどんな編成になっているか知らないが、ともかく半数ずつ休憩をとらせろ。民兵だろう、一度家に帰っても構わない。ただし、敵の活動限界が24時間なら、まだまだ余裕で範囲内だ。魔族の再度の襲撃に備えるのを忘れるな」
「了解しました」
ホーマン飛行士の敬礼に送り出されて俺たちは歩き出す。
俺たち?
雷鳴の勇者アルシェイドも俺の後をついて来ていた。
こんな男になつかれても嬉しくもなんともない。鬱陶しいだけだ。いっそ、書籍化とかアニメ化とかでこいつの事を『残念美少女勇者アルちゃん』とかに改変してくれないかな? そうしたら少しは我慢できそうな気がする。
城壁の上を歩いて隣の陣地に入る。
俺たちの簡素な貫頭衣を見て、みんな敬礼で迎えてくれる。
ここには勇者はいなかったようだが、ゾイタークのような高位の魔族も来なかったようだ。ま、勇者の方は変身せずに一般兵の間に隠れているだけかもしれないが。
ざっと見た限りでは兵士たちの中に作り物めいた美形の不審人物はいなかったのでそこの陣地はスルーする。
二つ目の陣地にはフルチンで呆けている勇者がいた。
一発鉄拳を叩き込んでから衝立の向こうに蹴り込んでやる。何やら抗議の声を上げたので、「文句があるならせめて前を隠してからにしろ」と言ってやる。
三つ目の陣地は酷いありさまだった。
城壁自体が大きく崩れている。生き残った兵士の数も多くない。
そして、瓦礫の間に突き立てられた銃剣の上に人形のように整った顔立ちの首が飾られていた。ここの勇者は破れたようだ。
「! ゼルクトフ」
「知り合いか?」
「俺の後輩だ。素直でまじめな奴だった」
「そうか」
アルシェイドはその首に敬礼を送った。俺も少しだけそれに付き合った。
俺たちは変身ヒーローみたいな姿と能力を持っているが物語の中の存在ではない。約束された勝利など存在しない。それを肝に銘じた。
最終回近辺で死亡したヒーローの一人や二人、俺でも出てくるしな。
そして、四番目の陣地で俺はまた別の勇者と出会った。
その男は簡素な貫頭衣を身に付けていたが、これまで出会った勇者たちより一回り大柄だった。
顔立ち自体は端正なのかもしれないがもじゃもじゃの髭がそれを台無しにしている。彼は量産型っぽいどこか放心したような勇者を三人ほど引き連れていた。
「おお、我以外にもまともな心を保った勇者がいたか。と思ったが、あまり歓迎されざる男のようだな」
もじゃもじゃ髭は俺をギロリと睨んだ。
「もしかして、俺の事は各方面に通達済みなのか? もとから反逆している俺には勇者本部とやらの壊滅などもちろん問題じゃないさ」
「道理であるな。無論、そなたの事は聞いている。で、反逆者よ、ここで何をしている?」
「戦争に巻き込まれて魔族と戦った。その流れでもう少し手を貸しても良いかと思っている所だ」
「敵ではないと?」
「敵扱いするのはむしろそちらだろう」
俺は後ろのアルシェイドをちらりと見た。
「なるほど。雷鳴を下したのであれば戦力としては十分そうだな。魔族と戦ったというならその礼も込めて名乗る。我は獅子の勇者ゴウレント。覇王などと言う二つ名で呼ぶ者もいる」
「俺に名は無い」
「34番であったな。弟よ」
「おと……」
「うむ。我もロクト博士につくられた身である」
「お兄様とでも呼んでほしいのか?」
「それは気色悪いであるな。だが弟よ、名が無いというのは不便である。無いのであれば今すぐつけるがよい」
「今すぐか?」
「もちろんである。ともに行動する者に名前がないのは不便である。つまり名が無いまま放置するのは周囲に迷惑をかけ続ける行為である。そのような悪行、兄として許すわけにはいかんのである」
正論だ。
でもな、自分に名付けろと言われてすぐに出てくる者がいったい何人いる?
「自分で名づけるのが難しいならば我が付けてやろう。そうさな……」
「わかった、自分で考える」
こんな男に名付けられたらいったいどんな名前になるか分かった物じゃない。
まともな名前が付いたとしても、名付け親としてこれから先ずっと大きな顔をされるのも気に入らない。
でも、どんな名前を付ければいいんだ?
俺はロクト博士の34番。
6と34。
634。
ん、ものすごく安直な名前が浮かんだぞ。
いくらなんでももう少し捻りたい。
「さっさと決めろ。あと5秒だ」
獅子の勇者め、カウントダウンまで始めやがった。
モード蟷螂は二刀を使うし、まぁ良いか。
二天一流は片手剣法であって二刀流ではないという話を聞いた記憶があるし、巌流島では本当は弟子を連れて行ってタコ殴りにしたという説もあるようだが、そのあたりには全部目をつぶる。
634。
「ムサシ、俺の名はムサシだ」
「うむ、良い名だ。後は勇者としての称号を考えねば」
「そっちはまたいずれな」
「大事なことだろう」
「今後の方針を話し合うより大事なことがあるのか?」
「むぅ」
ゴウレントは唸ったが否定はしなかった。
「まず現状のすり合わせをしよう。最重要は指揮官だ。お前たちに命令を出す者は誰か残っているか?」
「居らんな。少なくとも我の所には何の命令もない。本部ビルには誰か残っているかも知れないが、ビビって隠れているのだろう」
「魔族たちの襲撃に対する迎撃、もしくは逆襲のために戦力を集めておく必要がある。この認識は共通で良いか?」
「それこそ正に我が今やっていることである」
「ではこのまま勇者たちの取りまとめは任せて良いか? 俺が指揮官におさまるのはどう考えても筋が通らない」
「その割には我は今、命令されている気がするである」
「気のせいだ。参謀や相談役になるなら問題ない」
「可愛い弟のために誤魔化されてやるである」
ロクト博士という人物は規格外の勇者しか作っていないのだろうか?
いや、堅物アルシェイドが誰の作か俺は聞いていないけどさ。
「では勇者たちはそちらで」
「雷鳴はムサシ、お前に預ける」
「え?」
「正気の勇者が我以外いるかどうか疑問であるが、もし居たらお前が敵でないと証明する者が必要になる。そやつならうってつけであろう」
鬱陶しいヤツを押し付けるつもりだったが先手を取られた。それに、間違ったことは言ってない。
俺は不承不承うなづいた。
だからアルシェイド、そこで目を輝かせるんじゃない! ケツの穴が心配になるだろうが。
「で、勇者たちの掌握を我に任せてお前は何をするつもりなのだ?」
「気になっている物はいくつかある。一つは勇者本部のビル。俺が目覚めた所はコンクリート造りだった。あそこは飛空艇ではなく建物部分だろう。つまり主要な研究室はまだ残っている事になる。ま、これも俺が直接行かない方が良いかもしれないが」
「そうであるな。誰か人をやって状態を確かめさせた方が良かろう」
「次に中枢翼船だが……。俺がいた場所からでは煙しか確認できなかった。そちらからは見えたか?」
「うむ。何か強力な火箭が伸びて、見事に叩き落とされたな。落ちた場所は都市結界のすぐ外側あたりだ。生存者はいるようだが」
「見えたのか?」
「いいや。だが、あれだけの煙が昇っている。意図的に煙幕を張って脱出を図っているとしか思えん」
?
ああ、そうか。
空を飛ぶ機械が落ちて盛大に煙が上がるのは当たり前だとしか思っていなかったけれど、飛空艇が内燃機関を使っている様子は無かった。ジェット燃料とかは搭載していない可能性が高い。
前世(?)の記憶に引きずられたな。
「それだけ分かっていても我ひとりで突撃する気にはなれなくてな。見捨てる形になってしまった」
「それは仕方ない。偵察に行くにしても無策のまま行くべきじゃない」
俺は続いて次の行動方針を話そうとした。
が、それを遮るように脳天気な声が飛んでくる。
「むさ苦しい連中が雁首並べて何してるの? お通夜?」
女性の声。いや、子供か?
振りかえって見るとそのどちらでもあった。
10代前半ぐらいの女の子が二人、こちらに歩いてくる。軍服も鎧も身につけておらず、普通のワンピース姿だ。
声をかけて来たのは先に立って歩く赤い衣装の子らしい。青のワンピースを着たもう一人が袖を引っ張りながらたしなめている。
「厄介な奴らが来おった」
ゴウレントはその髭面をそむけた。苦手にしているらしい。
「何者だ?」
「戦巫女だよ」
「あれが? 戦闘要員には見えないぞ」
「だから厄介なのだ。戦いの気構えも何も出来ていないくせに、戦闘能力の高さだけで戦場に出て来て場を引っかき回す。面倒この上ない」
俺は二人をしげしげと眺めた。
特に変わった所はない普通の女の子たちだ。手足も細いし武術を修めている様子もない。ちょっとは可愛いかも知れないが、この程度なら年齢的に身綺麗にしていれば普通にいるレベルだろう。
「何よ、この人。勇者なの?」
「この男はムサシ。我の一番下の弟だ。知っているとは思うが、我らの創造者は先月行方不明になっていてな、こいつは調整が不十分なまま完成している」
「そうか、大変なんだ」
同情のまなざしは要らないけどな。
悪い子ではなさそうだ。ロングヘアの青い子が赤い子の後ろでペコリと頭を下げた。
「はじめまして、ムサシ様。私は戦巫女のアリア。こっちのうるさいのがミュリエラです」
「うるさいって言うな!」
「はじめまして、アリア、ミュリエラ。ムサシです」
「ねぇ、おっさん。アンタより弟さんの方がずっと礼儀正しくない?」
「そなたに言われる筋合いはないのである」
おっさんたち、仲がいいな。
ロングヘアのおっとりした発育の良い娘がアリアで、性格も身体もボーイッシュな赤い女の子がミュリエラらしい。
「お前たち、我らは今、真面目な話をしている所である。とっととお家に帰って……」
「ボクたちだって真面目な話をしに来たんだよ。城壁の守りは自分たちプロに任せて欲しいと言っておいて、この有様は何? 散々突破されて市街地にいた私たちは大忙しだったんだよ」
「面目ない」
「挙げ句の果てはア、レ!」
ミュリエラちゃんは本部ビルを、正確には無くなったその最上階を指さした。
「あんたらの親玉が尻尾を巻いて逃げ出すって何事よ⁉︎」
「ミュウ、やめなさい」
「それは、あんたらも見捨てられた方だろうけどさ」
「構わん。我にはその言葉を聞く義務がある」
「それで、おっさん達にはまだ戦う気があるの?」
「無論である」
「その後ろの死んだ目をした連中も?」
赤い少女は貫頭衣美形軍団を見た。確かにこいつらに比べるとアルシェイドの病みっぷりがまだマシに感じられる。
「創造者たちに従うようにと付けられた条件付けが悪い方に作用している様であるな。なに、彼らとて勇者。敵が目の前に来れば戦わないという選択は無いである」
「条件付けの問題なら、ゴウレントさんやムサシさんはどうして平気なのですか?」
「ムサシにはそんな条件付けは無い様である。調整不十分がプラスに働いた形である。そんな義務も無いのに魔族と戦ったムサシは義にあつい男である」
「アンタは俺が戦っている所を直接は見ていないはずだが?」
「なに、魔獣たちの砲撃を蜘蛛の巣で受け止めた所は見えたである」
少女たちも得心した顔をしている。
蜘蛛糸の壁は相当に目立っていた様だ。
「じゃあ、おっさんはどうして平気なの?」
「我は、鍛えた筋肉と根性の賜物である!」
高らかに宣言したおっさんをジト目が集中砲撃した。
そんな訳、無いだろう。
「嘘ではない。嘘ではないぞ。我にも条件付けはされている。ただ、我の条件付けはしょっちゅう矛盾と衝突を起こすのである」
「?」
「例えば、戦いにおいては常に効率を優先すべし、という条件付けがある。同時に、より強い敵と対等に近い立場で戦うべし、という条件付けも付与されている。両方の条件を一度に満たすことは難しいであるな」
「何よ、それ?」
「あの、頭の中がそんなだと色々と困りませんか?」
「困るであるな」
髭面の偉丈夫は平然と言った。
なんだか『獅子の勇者』という称号が彼にふさわしく感じられる。
「だが、いつも矛盾に悩まされている我だからこそ、こんな時にも困らないのである。大変だ大変だと騒ぎたてる条件付けを押し殺して魔族との戦いに集中できるのである。獅子の勇者ゴウレントの名にかけて、我は最後の瞬間まで魔族との戦いを諦めないのである」
「意外に立派」
「惚れなおしたであるか?」
「全然!」
ミュリエラ・ゴウレントの漫才は横に置いておこう。
そう思ったのは俺だけではなかったようだ。青い子が声をかける。
「ゴウレントさんが戦い続ける意思があるのは分かりました。でも、私たちが知りたいのはその後です。どのように戦うおつもりですか?」
「どのように、であるか?」
「はい。これから先の行動の予定を知りたい、という事でもあります」
「当座は散らばった14人の勇者たちの安否の確認に動くつもりであったが……。そうだ、ムサシ、お前には何か考えがあったはずであるな。話が戻って来たぞ」
俺に丸投げかよ。
「短期的な行動目標として、勇者たちの集結と城壁の守備力の維持がある。今夜から明日にかけて魔族側はこちらに再度攻撃をかける能力を間違いなく維持している。来るか来ないかは相手次第だが、それへの対応は必要だ」
「そうですね。次からは私たちも城壁の守備に加わりたいと思います。戦巫女の能力は長距離戦に向いていますからそちらの方が市街戦より有効です」
「その後の事は、正直な話、情報が少なすぎて決めかねている。とりあえず飛空艇を出してもらって、魔族側の布陣を確認したいと思うのだが」
「それは危険ではありませんか? 中枢翼船以上に守りが堅い飛空艇があるとは思えませんが」
「魔族の対空攻撃に対しては俺が対処する」
「あの蜘蛛の巣ですか?」
俺はうなずいた。
「俺の蜘蛛糸の壁でダメだったらその時は諦めてもらう」
「そのぐらいの危険は仕方ありませんね」
「敵が引いていくようならこちらに追撃をかける余力はない。その時には別の都市に助けを求めるなり、戦力の回復に努める。魔族が徹底的に戦うつもりなら、飛空艇による空襲や勇者たちのゲリラ戦で敵の戦力を削り取る」
「おお、素晴らしい戦略であるな」
「おっさんと違って頼りになるね」
「うるさいわい!」
行動方針の立案、という役目は何とか果たせたかな。
俺はちょっと疑問に思ったことを聞いてみた。
「俺の知識には無いんだが、戦巫女の人たちも変身するのか?」
貫頭衣軍団のこちらと違ってお洒落な私服姿なのが気になる。
するとアリアちゃんは豊かな胸元を隠すような仕草をした。
「変身する、と言えばしますけど、勇者の方々のような変身ではありません」
「エッチ」
え、いや、そういう意識はほとんどない。たぶん。
たじろぐ俺にアルシェイドが久しぶりに声を出してくれた。助け船、感謝する。
「戦巫女の変身は我々のような装甲を具現化するのではなく、身体を守る結界を張る装身具を出現させることで行われる。髪飾り、イヤリング、手袋、アンクレット、服のひだひだ。きらびやかな衣装に変身する戦巫女ほど強い」
「なるほどな」
「我々と違って戦巫女は一般人の女性の中から神々によって聖別される。だいたい十代前半の女性が選ばれて一年か二年でその資格を失う。そんな風なので戦闘技能はあまり高くない者が多い。まれにいつまでも資格を失わない者もいて、そんな巫女は戦女神と区別されることもある」
「はあ」
「ちなみに資格を失うのは純潔」
ゴツンと音がした。
ミュリエラちゃんが跳びあがってアルシェイドの顔面をグーで殴っていた。
アリアちゃんが冷たく言う。
「それは俗説です」
「そうだぞ、雷鳴。孫までいるお祖母さんが変身した例もある」
「それは閉……」
雷鳴の勇者は実に勇者らしく何か言いかけたが、アリアちゃんの一瞥で押し黙った。
それが賢明だと思うぞ。
ここまでの話を総合すると戦巫女と言うのは、『十四歳前後の女の子が選ばれ』『ひらひらキラキラの衣装で戦い』『長距離攻撃系の必殺技を持つ』わけだ。そして勇者と違って二人以上のチームで動くようでもある。
これが何を連想させるかなんてわざわざ言わない。
俺が疑問に思う事はひとつだ。
五色に色分けされた連中はいつ出てくるんだ?