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5 戦いの最中に色々と終了していた件

 俺と中ボス魔族との戦いの最中に新たなヒーロー雷鳴の勇者アルシェイドが乱入。

 中ボスは撤退したが、そのあとアルシェイドが俺に攻撃をかけてきた。

 なぜ攻撃してきたかはわかるんだが、この男の状況判断力の悪さだけは絶対に理解できない。絶対にだ。

 大事なことなので二回言ったぞ。





 モード蟷螂(マンティス)


 俺の視界が光に包まれる。

 俺は新たな姿をとる。

 初期から二番目三番目の変身形態なんて番組開始から半年もしたら見向きもされなくなるような弱小フォームかも知れないが、今の俺にとっては貴重な戦力だ。


 フォームチェンジを終えた俺の手には左右に一本ずつ異様な刃物が握られていた。

 カマキリにふさわしい確かショーテルとか呼ばれる刀だ。曲がりを大きくした逆刃刀のようなもの。相手が持つ盾を回り込んで攻撃することが出来る武器だ。


 今度のフォームは近接アタッカーらしい。

 自分の能力の把握もそこそこに俺は唖然としているアルシェイドに遠慮なく斬りかかった。


「な、何だ、それは」


 雷鳴の勇者の反応は鈍い。

 俺の剣技なんて拙いものだが、奴の太刀をこえてその装甲を容赦なくえぐる。


「何って、仕切り直しだよ。こちらの魔力は全快。大技を連発したそっちの方が残量がとぼしいんじゃないか?」

「バカな、変身しなおしたらすべて元どおりだと? そんな事はありえない」

「そっちの魔力炉は一つだけか? ローコストの量産型は辛いな」


 同情してやるが、同時に容赦なく攻めたてる。

 見た目ほどこちらが有利なわけではない。モード蟷螂(マンティス)はスピードと近接攻撃力は上がったが、防御力は低下している。アルシェイドが冷静になったら俺の素人剣術を突破して致命傷を負わせる事は十分に可能だ。


「勇者様がた、内輪もめしている場合ではありませんぞ」


 とうとう生き残りの兵士の中から制止が入った。

 うん、俺もそう思うけど、攻撃されたからには仕方ない。


 が、兵士たちの多くは俺たちではなく別の方向を見ている。

 アルシェイドとの戦いに集中しすぎて周囲への警戒がおろそかになっていたようだ。

 煙幕が薄れている。離れた場所が見えるようになった。


 ひどい有様だ。

 城壁の防衛に失敗したところが何カ所かあるようだ。オーガーや魔獣たちが通れそうな大穴がいくつも空いている。

 だが、兵士たちが見ているのはそちらでは無かった。

 町の中央にそびえる俺が誕生したビル、そちらを向いてざわついている。

 一見するとビルには大きな損傷はないようだが、最後に見たときからどこか変わっているような気もする。


 俺は戦う手を止めて、手近な兵士に話しかけた。


「おい、あのビルに何があった? みんな何を騒いでいる?」

「は?」

「あ、俺はついさっき完成したばかりであのビルの元の姿をあまり見ていない。だから皆が何を見て驚いているのかわからない。何があったのか俺にもわかるように解説してくれないか?」

「はっ、中枢翼船(セントラル)が消えているのです」

中枢翼船(セントラル)?」

「はい、本来なら勇者本部の屋上には大型の飛空船が合体しているのです」

「飛空艇が飛ぶのは別におかしな事じゃないだろう。単に敵の迎撃のために出撃したんじゃ無いのか? たとえ攻撃力が無くとも戦況を上から見れるだけでかなり有利になるはずだ」

「いいえ。アレは戦闘に参加することは一切考慮されていません」

「では逃げたか」

「おそらくは」


 城壁が破られ市街に敵が侵入してきたのを見て専用の飛空艇で逃げ出した、か。

 あの悪魔神官どものやりそうな事だ。


「逃げた、逃げた、逃げた、逃げた、逃げた、逃げた、逃げ、逃げ、逃げ、逃げ、逃げ……」


 雷鳴の勇者は壊れたレコードへの再変身を果たしたようだ。

 こいつは放っておこう。


 すると飛空艇が逃げ出したからゾイタークは退いたのか?

 それだけだと、理由としてはちょっと弱いな。あのビル、勇者本部とやらが目標ならあり得ないとは言わないが。


中枢翼船(セントラル)とやらの発進にはさっきみたいなすごい音がするのか?」

「いいえ。年に一回、デモンストレーションを兼ねて訓練飛行を行っていますがあのような音は立てません。緊急発進なら少しは違うかもしれませんが……」


 俺は薄れてきた煙幕を透かしてなるべく遠くを見まわした。


「あれだ。あそこから立ち昇っている煙は町の外からじゃないか?」

「確かに」


 兵士たちの表情がかたい。

 実際、これは見るも無残な敗戦、だよな。

 俺は自分が負けたという気は全くしないし、この町に対する思い入れも大きくないからさほどの衝撃はないが。


「逃げ出した中枢翼船(セントラル)に対して待ち構えていた強力な対空魔法でもぶっ放したかな?」

「そんな、アレの対魔結界が破られるはずがない」

「敵のボスが逃げ出すと読んで、手ぐすね引いて待ち構えていたのならやりようはあるんじゃないか? あるいは先月にあったという襲撃の時に内部に侵入されて破壊工作されてた可能性もあるか。セントラルの破壊を戦略目標にしていたなら無駄な消耗を嫌ったのも納得できる」

「……」


「君は名前は?」


 俺が唐突に尋ねたのは人心掌握の術を試してみたくなっただけだ。たいした理由はない。


「は、ホーマン一等飛行士であります」

「覚えておこう。……て、飛行士?」

「はい、セントラル勤務の期間が先日終わって通常勤務に戻る所でした。今は民兵に混ざって戦っていますが、本業は空の上です。ところで、勇者殿の名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

「すまない、まだ無い」

「は?」

「ついさっき完成したばかりで名前は付いていないんだ。名称募集中、って所だ。ロクト博士の34番とか呼ばれていたが」

「それで名無しですか」


 ホーマン飛行士は壊れたレコードを気の毒そうに見た。


 あ、変身が解けた。

 壊れたレコードはフルチン大王にクラスチェンジした。


 これも放置、したいけどちょっとまずいか。

 若い女の子が真っ赤になって横を向くのはともかく、おばさん兵士がチラ見したりガン見したりしているのはいたたまれない。

 ま、ここまでのスプラッタな戦いに神経をやられてまったく無反応な女性も多いんだけどな。


 首とアレを切り落として城壁の下に投げ落とそうかと思わないでも無いが、武士の情けでそれは勘弁してやる。

 俺は惚けたままのアルシェイドの頭をスポカーンとはたいた。


「いつまでその格好でいるつもりだ? さっさと正気に戻れ」

「逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ、いないいないいないいない、無い無い無い無い無い……」

「文字数稼ぎはいらないから、とっとと話を進ませろ!」


 もう一度、ボカリとやる。


「命令を出す者がいなくなったんだぞ、どうして平気でいられる⁉︎」

「俺は最初から離反しているからな。俺には関係ない」

「あ」


 少しはまともになったようで何よりだ。

 上位者の命令が届かなくなった時点で自爆する、とかの鬼畜設定が無くて助かった。


 こいつに服を着せなければならないのだが、どうしたものか?

 というか、あの本部ビルからガメてきた貫頭衣はどこへ行ったかな? 戦闘開始前にどこかに置いたのは憶えているのだが。


「着替えならあそこのつい立をお使いください。貫頭衣もちゃんと置いてあります」

「助かる、ホーマン飛行士」


 変身解除後に全裸になるヒーローがいる時点でそれ用の準備は整っているわけだ。

 俺はアルシェイドの髪をつかんでつい立の陰に引っ張りこんだ。

 酷い絵面だが、俺は断じて腐ではないぞ。


 備え付けの貫頭衣をアルシェイドに投げてから、俺も変身を解除する。

 のろのろとしか動かない壊れた勇者と違って、手早く服を着る。足元はサンダル履きになるようだ。


「勇者殿、ですか?」

「ああ、どうした?」


 つい立てから出た俺をホーマンたちは驚いたように見つめた。

 生まれてから一度も鏡を見たことがないが、別に目の数・鼻の数は違ってないよな? 自分の顔を撫でまわしてしまう。


「いえ、個性的な顔立ちですね」

「そうか」


 まるで作り物のようなアルシェイドの美形面を思って俺は憮然とする。


 いいんだ、いいんだ。

 男の価値は顔じゃないんだよ。


 座り込んで「の」の字を書きたくなった。

 が、それより早く俺の腹の虫がグウと鳴った。


「おや、お昼がまだでしたか?」


 朝も昼も夜も、まだ一度も食ったことがないよ。





 俺は涙を流していた。

 食事という物が快楽であると初めて知った。腹の中にものを入れるという事は、こんなにも快い事なのだな。

 塩味のきいたビーフジャーキーっぽいものと硬いビスケット。その二つをほんのわずかにアルコール分を含んだ水で流し込む。

 可能なら空に向かって口から怪光線でも撃ちたいぐらいだ。


「美味い、美味いぞ。ごちそうだな、これは」

「勇者様、大丈夫ですか? どこかに異常を来したのでは……」


 うるさい。

 普通に考えればこれが粗末な戦闘糧食でごちそうでも何でもないのは分かっている。俺の知識もそう言っている。

 だがな、俺は石棺の中で目覚めてから今まで水一滴口にせずに動いていたんだ。俺の完成時点で俺の胃の中が空だったと仮定するなら、そろそろ飢えを感じたり脱水症状を起こしてもおかしくない時間が経過している。

 どんなに粗末な食事だって、飢えているときならものすごいごちそうに感じるんだよ。

 別の事で口を動かすのに忙しいから、わざわざ解説してやったりはしないけどな。


「初めての食事だし、軽めですますべきだな。このぐらいでいいだろう」

「すでに二食分は食べていますが」


 黙殺する。


「さて、これからどうするつもりだ? どこかから伝令でも来たか?」

「いいえ。こちらの様子を見に来た兵士なら何人もいますが、正式な命令をもった者は来ておりません」

「指揮系統の上位は壊滅しているっぽいな」

「はい、どういたしましょう?」

「俺が指揮を執るのか?」


 俺と最初に話した士官らしい男がいるだろう。

 そう思ったが、彼は屈強な衛生兵に手当を受けている所だった。ゴリゴリと音を立てながら砕かれた手足を戻している。


「彼の具合はあまり良くありません」

「だろうな」


 彼の手足がゾイタークの殉教者の茨で砕かれたのなら、戦線復帰より社会復帰を心配しなければならないレベルだろう。

 発狂していなければ、それだけで御の字だ。


「俺は俺で指揮系統の範囲外だと思うんだが」


 しかし、周りの視線はすべて俺に集まっている。

 明確な指揮官がいなくなったときにその場で最強の戦闘能力を持った者にすがるのは理解できなくもない。

 でもな、アルシェイド。お前まで俺を見ているのはどういう事だ?


「ま、いい。暫定指揮官ぐらいは引き受けよう。補佐役は頼むぞ、ホーマン飛行士」

「はっ、勇者殿の副官を拝命いたします」

「まずやらなければならないのは見張りの態勢の構築だ。城壁外を見張る人間を選抜、夜間の分までローテーションを組んでくれ」

「了解しました」

「あとは周辺の陣地と連絡を取りたい。そちら担当の勇者もいるなら顔つなぎぐらいはしておきたいしな」

「それは既に行いました。ですが、勇者の方々は……」

「壊れたか」


 俺は覇気を失ったアルシェイドをチラリと見た。


「あの方はまだマシなようです」

「ぶん殴って蹴飛ばしてでも正気に戻せとつたえろ。フルチンで動き回っているようなら切り落としてやれ」

「そう伝言しておきます」

「負傷者の手当てと死体の片付けは指示を出すまでも無いようだな」

「慣れていますから」


 味方の遺体は死体袋へ、敵の死骸は城壁の外へ。

 慣れていないのは敗戦の痛みか。


「これからの戦略目標をどうするかが最大の問題だな」

「どうしました?」

「いや、これから誰か上位者が指揮系統を再構築してくれるなら、これだけで良いんだ。敵の再度の攻撃を警戒しつつ秩序を保つ。ただの前線指揮官としてならこれだけで満点だ。問題は上位者が誰も残っていなかった時だ」

「どうしたら良いのでしょう?」

「俺には判断しようがない。何も知らないからな。この町の住人を連れて脱出することが可能なのか、どのぐらい持ちこたえたら援軍が期待出来るのか、さっぱりだ。条件次第では墜落したセントラルの残骸らしい物に突貫する事も……いや、これは無い」


 横で聞いていたアルシェイドが目を輝かせたのを見て俺は慌てて打ち消した。


「無いのでありますか?」

「本来ならばやらなければいけない事だ。生存者の救出と貴重な資材・資料の奪還、あるいは処分。理由はいくらでもある。だが、今それをやれば確実に魔族との戦闘になる」

「勝てませんか?」

「当たり前だ。ビルの上から戦場を俯瞰して見ていた奴らが勝てないと判断して逃げ出したのだぞ。それも城壁に頼って防衛戦をやっていて、だ。野戦を挑めば確実に負ける」


 それに、俺に全軍の指揮権があるわけじゃ無いしな。


「だから、基本方針としては二つだ。籠城するか、脱出するか。ただし籠城は援軍のアテがないとジリ貧にしかならないし、野戦で勝ち目がないのに脱出するのは半分自殺みたいな物だ。どっちも無理ならあとは降伏するしか無い」

「降伏はありえません」

「そうか?」


 言葉は通じるのだから不可能では無さそうだが。


「魔族に蹂躙された都市で生き残りが確認された例はありません。多頭魔獣のパーツとしての利用ならありますが。また、魔族が人間の子供をさらって行く姿も散見されます。あれはゴブリンなど一位階の魔族の材料に使われているとの噂があります」

「それは、知りたくなかったな」

「同感です」

「では、脱出すると仮定して、この町の住人すべてを乗せられるだけの乗り物はあるか? それとも徒歩で行きつける範囲に別の都市は?」

「まず申し上げておきますが、都市結界の外を徒歩で移動するのは不可能です。それが可能なのは勇者殿か戦巫女の方々だけです」


 戦巫女に都市結界。知らない言葉が出てきたが、文脈からして戦巫女は勇者の女性版だろうか? 都市結界と言うのはアレか? 魔族が出てきた時の空間の破れ目。

 そう尋ねるとホーマン飛行士は曖昧にうなずいた。そんなことも知らないのか、と言っているように見えるのは俺の被害妄想だろうか?


「はい。都市結界には魔族の侵入を阻止する効果とともに、強引に侵入された場合でも長時間の滞在を抑制する効果があります。効果に個体差はありますが、1日を越えて町の中に居続ける事は出来ないと言われています」

「つまり町の外なら魔族は無制限で襲って来れる、と。それを避けるためには飛空艇が必要?」

「そうです。空を飛べる魔族は多くないため、飛空艇は比較的安全な乗り物だとされて来ました」


 過去形、か。

 俺はちょっと考えこんだ。

 飛空艇の数はいくらなんでも町の全住人を乗せられるほどは無いだろう。つまりこの町からの大脱出は無理だという事。そして中枢翼船(セントラル)という最強クラスの防御力をもった飛空艇が落とされたという事は、よそからこの町に飛空艇がやってくることも難しい? 少しぐらい落とされても問題ないぐらいの大艦隊で来れば良いのだろうが、今まで安全であった飛空艇が落とされるという事態に対して応手が短時間で用意されるとは考えない方がよさそうだ。


 詰んだ。


 ホーマン飛行士からの情報を総括すると戦略レベルで有効な手立てはない。

 降伏も撤退も出来ず、この場に踏みとどまって玉砕する。それ以外の選択肢がない。

 こちらが生き残る可能性は魔族側が都市の破壊を重要視せず見逃してくれる場合にしかない。


「気に入らない」

「はい?」

「敵側に生殺与奪の権利を握られているなんて気に入らないと言っている」

「申し訳ございません」

「少し歩く」

「どちらまで?」

「何をするにしても戦力を揃えなければ始まらない。城壁のよその部分にも勇者が居るんだろう。喝を入れてくる」


 あと、調べなければならないのは俺が『こいつになら指揮を任せても大丈夫』と思えるような優秀な指揮官がいるかどうかだ。

 存在すれば良し。指揮権を引き渡す。


 いなかったら?

 俺がこのまま全軍の指揮権を強引にでも掌握する?


 想像しただけで胃が痛くなるような立場だ。

 だが、それをやらなければならないような気もする。


 俺は頭を抱えようとして、途中でその手を止めた。

 自分に頭髪が生えているかどうか、確かめる勇気がなかった。

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