4 偉大な勇者、颯爽登場
魔王軍の前線部隊と交戦していたらピエロのような中ボスキャラが喧嘩を売ってきた。
うん、今回は俺にも理解できるまっとうな繋がりだ。
俺は挑発的な物言いをしたが、ゾイタークは気色の悪い笑い声を上げた。
「いいね、いいね、あなた。そうやって定型から外れてくれる人は私は大好きだよ」
「喜んでもらえて何よりだ」
挑発の失敗に失望と元ネタに対するわずかな罪悪感を感じる。
4本腕の魔族は腕のうち二本でお手玉をはじめた。投げているのはさっきの赤い玉。遊んでいるようで、いつでも攻撃に転じられる構えだ。
残る二本の腕ではどこからともなく取り出した杖を持った。槍ではなく刃を持たないただの杖だが、重甲冑に対しては打撃武器の方が有効だという話もある。油断はできない。というか、拳についた爪しか持たない俺が油断して良い武器などない。
ゾイタークが赤い玉を四方に投げる。
無差別攻撃? ではなかった。
今度の玉は煙幕弾だった。赤い玉は破裂すると大量の黒煙を発生させた。
黒煙は生き物のように蠢いて俺たちの周りを取り囲む。
「無粋な邪魔が入ったらつまらないからね。外部との連絡は絶った。さあ、ここで存分に愉しもうじゃないか、名無しの勇者」
「お心遣い感謝するよ、道化野郎」
俺には援軍なんていない。
俺は構えた。
あの赤い玉はあと何種類あるか知らないが、おそらく牽制以上の効果は無いだろう。ならば、警戒すべきは杖の方だ。
杖の間合いを突破して拳の攻撃レンジに入り込む。それが出来なければ俺には有効な攻撃手段がない。
四本腕の道化は軽快なステップで幻惑するように俺に接近、杖の打撃が来る。
横薙ぎ、突き、打ちおろし。
すべて回避する。
ゾイタークの動きはゴブリンどもよりは速い。だが、俺に追えないほどの動きではない。よって回避はたやすい。
反撃するつもりが無ければ。
このままでも逃げ回って生き延びることは出来る。しかし、勝つことは出来ない。
それではつまらないな。
俺の心の基本となっているのは現代日本人の知識と常識だが、人造戦士としての心にも影響されているようだ。
日本人としてはほとんどあり得ないほど好戦的になっている。
俺は糸を飛ばして自分と魔族とをつなごうとする。
チェーンデスマッチ化を狙ったが、俺の糸は杖の一閃で断ち切られた。
「攻め手が少ないですよ、名無しの勇者」
「そっちの攻撃だって当たってない」
「その不満はすぐに解消しましょう」
ゾイタークは赤い球を二つほど、山なり弾道で俺の後ろにほうった。
逃げ道をふさぐつもりだ。
そのうえで軽くジャンプして打ちかかってくる。
チャンス、と思った。
タイミングを合わせて蜘蛛糸の壁を発動すれば絡めとれる。
が、奴は空中で文字通り宙を蹴って加速した。
物理法則完全無視。
どこかに向かって抗議したいが、ここはファンタジーな世界だった。いや、特撮な世界でも空中で不自然な運動量の変化をおこす奴は珍しくないか。
俺の迎撃は間に合わなかった。
それでも杖の先をギリギリで回避する。
回避しきれず、先端が俺の装甲をかすめた。
痛みがあった。
あまりの痛みに頭の中が真っ白になった。
苦痛が俺の脳を塗りつぶす。
一瞬だけだが、自分の身体を制御することも出来なかった。
俺は倒れた。かすめただけだったのが良かったのか、その一瞬のみで自分を取り戻す。
くるりと一回転して立ち上がる。
今のは何だったんだ?
「お気に召しましたか? これは『殉教者の茨』、当たった相手に純粋な苦痛という物を伝達する呪術兵装なのですよ。どんなに頑丈な装甲で身を守っていても関係ありません」
「痛みを与えるだけの嫌がらせ武器か?」
「そう馬鹿にしたものではありませんよ。これをしばらく当て続ければたいていの人間は廃人になります」
確かにな。
一瞬とは言え、自分でくらったから納得できる。あの痛みは精神力とかでどうにかできる水準を超えていた。麻薬中毒に対して精神力だけではどうにもできないように、あの杖を受け続けたら脳の構造そのものを損壊させられそうだ。
触れることもできない杖とか、あんな物と格闘戦が出来るか!
「貸せ」
俺は手近にいた兵士から魔法の銃を奪い取った。
腰だめに構え、引き金を引く。
俺から銃へ魔力が流れるのを感じる。だが、弱い。
光弾が出た。
俺の狙いは確かだった。光弾はゾイタークに次々に命中する。
命中しただけだった。
光弾はそこで消える。抵抗された?
魔族は笑い出した。気色の悪い笑いではなく、それは失笑だった。
「もう脳に異常を来しましたか? 一般兵士用の魔道銃が第三位階の魔族に通じるはずがないでしょうに」
悪かったな。
そっちにとってはそれが常識なのかもしれないが、俺はそんなことは知らないよ。
せめてこのぐらいは役に立て、と銃剣と敵の杖とを打ち合わせる。
グニャリ、と曲がった。
本当に役に立たない。
「あなたの能力は集団戦の中にいればそこそこ厄介ですが、一騎打ちには致命的に向きませんね。そろそろ、覚悟を決めてもらいましょう」
殉教者の茨が乱打される。
触れることもできない俺はなすすべもなく後退、城壁の縁に追いつめられる。
「終わりです」
「まだまだ!」
とどめとばかりに振り下ろされる杖、俺は両手の間に蜘蛛糸をまとめて五本ほど創り出した。
束ねた糸で受け止める。
そのまま杖に糸を絡めて拘束する。
「こっちの番だ」
ゾイタークの手元に蹴りを入れる。
奴の手から杖が離れた。蜘蛛糸ごと城壁の外へ投げ捨てる。
「甘く見すぎましたか」
「!」
魔族は今度は向こうから組打ちを挑んできた。
四本の腕のうち二本が俺に掴みかかり、残り二本はどこからか取り出した大ぶりなナイフで突いてくる。
俺は二本の腕だけで両方に対抗しなければならない。
パワーは俺の方が上のようだから何とかなるが……
腹部に何かが当たる感触。
見ると鳩尾のあたりに赤い球が貼りついていた。
腕は四本とも全部さばいていたのにどうやって?
ゾイタークが俺から手を離し、離脱する。
離れ際に背中の触手がひらひらと動いていた。
赤い球が爆発する。
至近距離での爆発でも大きなダメージがなかった攻撃だが、今回は至近距離どころか貼りついている。粘着榴弾のようなものだ。
衝撃が装甲を抜けてきた。
内臓にダメージが入る。
装甲の内側が剥離して体の中に飛び散っている、なんて事は無いと思いたいが確信は無い。
俺は後ろによろけ、倒れかけた。
その背中を支える手がある。
「そろそろ限界か? 半端者にしてはよくやった」
そいつは普通の兵士の一人だった。
普通の兵士の中に紛れ込んでいた。
彼はマスクのように顔を覆っていた布を外した。まるで作り物のような端正な顔立ちが現れる。
作り物のような男はダメージの残る俺を背中にかばった。
「変身」
彼の両腕が鋭く動いた。そしてジャンプ。
空中で彼の身体が雷光に包まれる。身につけていた装備が爆散した。
もちろんそれは変身だった。
モード蜘蛛の俺ほど重装備ではない。が、素体に鋭角的なパーツを取り付けたシャープなシルエットになっていた。
新たなヒーローは場の中心にスタッと降り立つ。
彼がその手を天にかざすとそこに雷光が収束、一振りの太刀となった。
「この城壁の守護を任されし真の存在、雷鳴の勇者アルシェイド見参」
おい、この男、俺より主人公らしくないか?
俺は一時的に脇役に退いて雷鳴の勇者と道化の魔族との対峙を見物する。
これは一時の屈辱だ。今は雌伏の時。ダメージの回復に専念すべき時間だ。
「勇者の方がもう一方いらっしゃったとは、ちょっとびっくりしました」
「今言った通り、俺が正規の勇者だ。そこの男は生まれたばかりでここへ入り込んだ半端者。勇者の風上にも置けぬ存在だ」
「これはこれは、ずいぶんなお言葉」
「単なる事実だ。ま、俺が思っていたよりはずっとマシな奴だったし、それなりに役に立ってくれたのは認めるがな」
「漁夫の利を狙うとは勇者らしくありませんよ」
「勝てばいいんだよ、勝てば」
戦闘が開始される。
その姿は先ほどまでの俺とゾイタークの戦いの裏返し。殉教者の荊を失った魔族はリーチの差で雷鳴の勇者の太刀に抗しえない。一方的に攻められる事になる。
組打ちに活路を見いだそうとしても、雷光を束ねて生み出された太刀に触れてみたいと思う者がいるだろうか?
ゾイタークは赤い玉を投げた。
それがまだ空中にあるうちに雷光が迎撃、爆破する。
「あの程度の杖がお前のメインウェポンで、爆弾付着が奥の手か? ケチな魔族だ」
「おや、自慢の武器だったのですがね」
「余裕を見せているつもりか?」
「実際、その通りですから」
「お前がどんな手を隠し持っているか知らないが、それを見せないまま死ね」
アルシェイドが増速する。
不自然なほどのスピードで横一文字に太刀を振るう。
ゾイタークはかろうじて両断されるのを避けた。
かわりに腕の一本を切り落とされる。切断面から血が流れていない所を見ると致命傷には程遠いようだが。
「一閃、金剛の太刀。そして、無限刃」
勇者の太刀が分裂した、ように見えた。
無数の斬撃が魔族をズタズタに切り裂いた、ように見えたがこれもまた幻覚か残像だった。
ゾイタークは今度は無傷でかわしている。
「危ない危ない。これは私も本気を出さなければならない……」
言いかけた時、爆音が響いた。
相変わらずゾイタークが作り出した煙幕が辺りを覆っているのでなんの音かはわからない。が、それは俺をビクリとさせるのに十分な音量であり、それを聞いた魔族は哄笑した。
「何がおかしい⁉︎」
「いえいえ、何もおかしな事などございません。予定どおりな事が予定どおりにおこっただけです」
道化の魔族は優雅に一礼した。
優雅であるがゆえにこちらを小馬鹿にしたとしか思えない仕草だ。
「用事は済んだようですので、私はこれでお暇させていただきます。あなた方との決着はまたの機会という事で」
「逃すと思うか?」
「逃げるのではありません。目的を達成したから帰るだけです。もっと言うなら、見逃して差し上げるのです」
見ると観戦していたゴブリンたちも撤退を開始していた。
秩序正しく整然とした撤退。最後尾の者たちが決死の覚悟で武器を構えている。
俺のダメージもだいぶ回復してきた。
その気になればゴブリンたちを蹂躙することも可能だろうが、別に彼らに恨みがあるわけでは無い。
俺は手を出さなかった。
アルシェイドはその太刀を上段に構えた。
ゾイタークの手から赤い球がばらまかれる。今回の物は煙幕弾だ。魔族本人の身体を覆い隠し、ゴブリンたちの撤退も掩護する。
嚇声とともに雷光の太刀が振り下ろされる。斬撃だけでなく広範囲に稲妻が放出されたが、数体のゴブリンが悲鳴をあげただけだ。それ以上の手ごたえはない。
「絶刀、重雷斬。……しとめ損ねた、か」
アルシェイドが嘆息する。
俺の感覚も敵の気配が急速に離れていくのを感じる。
どうやら一段落ついたようだ。
とはいえ、いま奇襲を受けたら大間抜けだからもうしばらく警戒を怠らないようにしよう。
俺は大間抜けだった。
とてつもなく重い拳が俺の顎を捉えていた。
俺は空中に舞い上がり、空中で一回転して落下した。
逃げたと思ったゾイタークの奇襲? とんでもない。
「立て、名無し。なぜ殴られたかわからないとは言わせない」
「言わねえよ。今こんな事をやっている場合じゃないのはお前の方だとは言いたいがな」
俺は身体を跳ね上げて立ち上がる。
俺に見事なアッパーカットを決めたのは雷鳴の勇者だった。あの太刀を使わなかった分だけ手加減してくれたようではある。
「察するところ、俺の捕縛任務を受けた直後に警報が鳴った。防衛戦を優先して城壁へ来たら俺と鉢合わせた、って事だろう?」
「だいたい合ってる。逃亡者とはいえ、市民を見捨てず魔族と戦った功績は認めよう。口添えはしてやるから、今すぐ本部に出頭しろ」
「まっぴらだ」
「なぜだ?」
「なぜ、と聞くのか? 自分を簡単に処分しようとした組織を信用しないのがそんなにおかしな事か?」
「それはお前の能力を知らなかった間だろう。お前の力は戦力として有効活用できる。処分などされない」
「そういう問題ではない。俺は彼らを信じるに足りないと言っている」
「お前の言っていることが分からない」
「アルシェイド、俺にはお前の事が少しわかった気がする。お前たちの事を本当に哀れだと思うよ」
人造戦士たちは洗脳か脳改造か、いや先天的にそのように創られているのだろう。ともかく、彼らは自分たちの造り主を疑うことが出来ない。
ただ俺だけが何の因果か現代日本の知識と常識をもって生まれてしまった為にその呪縛から逃れている。
「俺とともに来ないと言うのなら、俺はお前を斬らねばならない」
「もう一度言うぞ。今のお前には俺に構っている暇など無い」
ゾイタークが退いたのは何故なのか? 彼が達成したという戦略目標は何なのか? それを調べる必要があるはずだ。
だが、雷鳴の勇者はその太刀を構えなおした。
「魔族はこの場にはいない。お前はいる。ならば俺のやるべき事はひとつだ」
「馬鹿か、お前は」
「これが最後の警告だ。長時間変身を続けたお前の魔力はもう尽きている。勝ち目はないぞ」
「あいにくと命の危険がある程度で手のひらを反すようなケチな意地の持ち合わせは無いな」
「この分からず屋が!」
「どっちがだ!」
まずい、と思う。
確かに俺のカラータイマー(仮想)はすでに点滅を始めている気配がある。使える大技はせいぜい一発か二発といった所だろう。
間合いに差があるのは先刻と同じ。
加えてアルシェイドの太刀に対しては蜘蛛糸を何本束ねようと防げる気がしない。十本でも二十本でもまとめて切断されそうだ。
ゾイタークと同じく何とか煙に巻いて逃げる、それが最善だろう。
投げ網。
俺は蜘蛛糸の壁を前方に撃ち出す形で創り出してみた。
「一閃、金剛の太刀」
ほぼ同時にアルシェイドの最速の剣技が発動する。
俺の投げ網は切り裂かれた。
雷光の太刀がそのまま俺本体を襲う。
両腕の装甲でブロックしつつ後ろへ跳ぶ。
装甲に大きく傷がついたが、肉まで届いてはいない。
まだ、やれる。
もともと魔力によって具現化していた装甲が自動的に修復される。
『第二魔力炉、負荷限界値に到達。魔力炉停止します』
システム音声が俺の脳裏に響く。
変身がとけていく。
幸い全裸はさらさずに済んだ。解除されたのはモード蜘蛛のみ。
「魔力が尽きても一度に変身解除にならず素体モードになるのか。さすが新型。俺にもほしい便利機能だ。が、単なる素体がこの雷鳴の勇者に通じるとは思わないでもらおう」
「まったくだ。今の一撃をくらったとき、水ポチャでもするんだった」
近場には池も川も無いようだけどさ。
俺は軽口を叩きつつ、どうしたものかと思案する。
何故だろう? 大ピンチのはずなのにピンチになったという気がしない。
俺は誰にともなく言った。
「まだ、戦えるか?」
『可能です。第三魔力炉、起動します。モード蟷螂、スタート』