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3 俺の名を言ってみろ

 変身ヒーローになって、お約束通り俺を造りだした組織から離反したら魔王軍と鉢合わせした。

 何を言っているのか分からないと思うが、俺にもやっぱり分からない。

 第三勢力との遭遇なんて、普通はもう少し後にやるものだろう。





 町の外に布陣した魔王軍はオーガー軍団を主力にしているようだ。

 オーガーたちは巨大な盾を並べてファランクスのごとき陣形をつくっている。右手に持っているのは槍ではなくハンマーだが、これは城壁の破壊を狙っての事だろうか?

 巨体のオーガーの隙間を埋めるように緑色の小人たちが足元をうろついている。オーガーを戦車とするならば彼らの役割は戦車随伴歩兵だろう。

 オーガーの巨大な盾がこちらからの銃撃を防ぎ、白兵戦距離に肉薄されたなら重装備で動きの鈍いオーガーをゴブリン部隊が掩護する。多くのRPGで序盤の経験値にされるゴブリンだが、時間稼ぎ程度は可能なはず。

 オーガー、ゴブリン混成軍の後ろには魔獣たちが続いている。オーガーよりもさらに巨大な四足の生き物たち。彼らの役割は城壁を破った後の蹂躙戦だろうか? なんとなくそれだけでは無いような嫌な予感がする。


 こちら側の軍は城壁上に展開している。

 見た目は全員普通の人間。変身後のヒーローもエルフやドワーフのような異人種も存在しない。

 武器は小銃のようなもの。サブアームとして短めの剣や手斧を持っている者もいる。城壁上からの銃撃を主力としながらも、最終的には白兵戦になだれ込むことを想定しているようだ。全員がほぼ同じデザインの軽い鎧を身に付けている。


 そこまで観察して、おかしなことに気付いた。

 兵士としては少々若すぎるのではないかと思える少年兵と老兵が混在している。女性兵士の割合もかなり多い。

 兵士たちはいっせいに配置についたのではなく、今もパラパラと追加でやってきている。そして、あとからやって来るものほど若すぎたり老いすぎたりしている。


 これは、この町の一般市民まで城壁の守りに動員されているという事なのか?


 確かにあの魔王軍を見たら、非戦闘員が保護されるなんて気は全くしない。生き残るためには銃を持てる者はすべて前線に出る。そんな状況なのかもしれない。


 やばいな。

 俺を造りだした者たちから離反した以上、彼らと一緒に戦う理由は無いんだが、この戦場から逃げ出そうという気が全くしない。

 せめて布陣している軍勢が同じ人間の物だったら、異世界人同士の争いはお前たちだけでやってくれ、とも言えたんだが。


 俺も戦争に参加するしかない、かな。


 そもそも、あの魔王軍の間をすり抜けてこの町から逃げ出すのは難しい。

 魔王軍の後ろに見える世界が壊れた部分、あれが本当にこの世界の終点で、ここはこの町を中心にしたドーム型の極小の世界だという可能性もないわけじゃないし。


 新しくやってくる兵士たちが俺の方をチラチラ見ていて鬱陶しい。


「指揮官殿、俺はどう動けばいい? 正直な所、全く見当もつかない」

「見慣れない勇者の方だと思いましたが、新規に配属された方ですか?」

「新規と言うか、ロールアウトがついさっきだ。年齢0歳どころか0カ月0日だ」

「テスト中でしたか。でしたら一度、本部へ戻られた方が良いのでは?」

「この最前線から後退するのはまずいだろう」


 鬱陶しくはあるが兵士たちのまなざしには俺に対するあこがれや信頼が混ざっている気がする。たぶん俺がこの場にいる中で最大戦力だ。

 その俺が逃げ出してしまったら、士気(モラル)の崩壊まであと一歩だ。


「そうですね。感謝します」

「その上で、何か助言は無いか? 後ろで堂々と立っていればいいのか?」


 指揮官の職業軍人らしい男は俺を上から下まで眺めた。


「本官も勇者の方については詳しくありません。ですが、勇者の方々がその鎧をまとっていられる時間には限りがあると聞いたことがあります。戦闘の最初から前線に出ないのも時間制限を限界まで使い切るためだと」

「マジか?」


 思わず自分の身体にカラータイマーが付いていないか探してしまった。

 等身大で時間制限付きのヒーローと言うと、チッチッチの変身しない方が強いと言われたお方を思い出すが、あそこまで時間制限が酷くないとは思う。アレだったらとっくの昔に爆死しているし。


 落ち着いて自分の体内に注意を集めてみる。

 魔力炉らしい輝きを感じる。二つ稼働しているどちらも無理をしている様子はない。第二魔力炉を持っているヒーローが俺だけだと仮定すると、俺の持久力は他のヒーローたちを圧倒しているのかもしれない。

 魔力炉が二つある分、消費も二倍だったりするとシャレにならんが。


「とりあえず、体感ではそれは問題なさそうだ」

「そうですか」


「魔族、動き出します」

「第一隊、攻撃準備。他は待機。まだ撃つなよ」


 オーガー、ゴブリン混成軍が前進を開始した。

 城壁がそのまま歩いてくるような迫力の軍団だ。


 こちらの部隊の三分の一ほどが城壁の縁で銃を構える。残りの兵士はいつでも交代可能な態勢をとっている。


 今現在、俺にできることは何もない。モード蜘蛛(スパイダー)に長距離火力はほとんどない。蜘蛛糸を弾丸のように固めて撃ち出すことは出来るが、アレの威力は素手でぶん殴った方がましなレベルだ。

 よって俺は皆の後方に立つ。何の不安も感じていないように悠然と立つ。

 仮面によって素顔が見られないのがありがたい。


「距離300」

「まだだ、まだ先頭が射程に入っただけだ。もう少し引きつけるんだ」

「距離250」

「よし、撃て!」


 銃撃が開始される。

 兵士たちが持っていたものはやはりただの銃では無かった。撃ち出されるものは銃弾ではなく炎の塊だったり光の弾丸だったりする。

 魔弾銃? それとも銃の形をした魔法の杖だろうか?

 小銃の形をしているのは狙いをつけやすくするためなのだろう。


 銃撃の効果はあまり高くない。

 撃ち出された魔法の大半はオーガーたちの巨大な盾に止められている。生身の部分にあたっても致命傷にはなっていない。

 周辺のゴブリンにあたった魔法だけが敵の数をわずかに減らしていた。


 中にはオーガー数体を一度に吹き飛ばす大魔法を放った者もいるようだが、撃った者の姿は俺の位置からでは見えなかった。

 きっと木製の杖を持ったとんがり帽子の昔気質のお爺さんだろうと想像する。


「交代。第二隊、前へ」


 銃撃するメンバーが入れ替わる。

 鉄砲三段撃ち?

 ちょっと違う。彼らが撃っているのは弾丸ではなく個人の魔力。交代して休息を入れることで魔力を回復させているようだ。


 人工の魔力炉を二つも埋め込まれている俺はきっと魔力チートなのだろう。

 彼らから銃を借りて撃ってみれば良かったかとちょっと思う。


「敵後方、魔獣が動きます」


 複数の頭を持つキメラたち。その中のドラゴン型の頭部が持ち上がっている。


 読み違えた。


 先ほどは城壁を破った後の突撃蹂躙用戦力と思っていた魔獣たち、彼らの真の役割は戦車か自走砲だ。砲撃戦力なのだ。

 持ち上がった口から炎の吐息や光の玉が撃ち出される。

 こちらに向かって飛来する。


 間にあえ!


蜘蛛糸の壁(スパイダーウォール)


 間一髪、俺が展開した防壁がファイヤーブレスや光弾を受け止める。


 うまくいった。


 だが、それが可能だったのは俺の周辺だけだ。俺の能力では城壁全体に防壁を巡らせることなど出来はしない。そもそも、俺が視認できない所からも攻撃は来ていた。左右どころか後方からも爆発音が聞こえてくる。


 炎に巻かれて焼け死ぬ者、爆死する者がいったい何人出ただろう?

 多少の魔力チートがあったところでたかがヒーロー一人の戦力では戦争と言う局面の中では「だから何?」なレベルだ。


 幸い魔獣どもも今の攻撃を連射は出来ないようだ。動きを止めて魔力の回復に努めている。


 かわりと言っては何だが、動揺した味方の銃撃の手が止まった隙をついて、オーガー、ゴブリン混成軍が城壁に取り付いてきた。

 オーガーの持つハンマーが破城槌となってコンクリートの壁面を叩く。


 あれは破城槌と言うより、もはやビル解体用の鉄球に近いな。


 当然、オーガーを排除しなければならないのだが、敵のもう一つの戦力も馬鹿にできなかった。


 ゴブリン。

 最弱クラスのモンスターとして知られる存在。

 それがゴブリンの定義なら、いま迫ってくる醜い緑色の小人はゴブリンでは無かった。あえて言うならば人外転生系主人公の配下のレベル100ゴブリンだ。


 彼らはまるで猿だった。

 コンクリートの城壁をオーガーたちがえぐった傷跡を手掛かり足がかりにして登ってくる。


 小さくて軽い身体は伊達じゃない、って事だ。


「来るぞ、突き落せ!」


 指揮官の号令が飛ぶが、ゴブリンたちの身は異様に軽い。

 城壁を登り切る直前に跳躍したり横へ跳んだり、味方の兵士たちの銃剣を回避する。スカイラブかよ、ってツッコミを入れたくなる動きをするコンビまでいた。


 チャレンジャーの半数ほどが城壁上に降り立つ。


 乱戦になった。


 ゴブリンどもを相手にしていたらその間に城壁を破壊されるのだから、時間をかければかけるほどこちらが不利になる。だが、目の前に敵が来た以上、こいつらと戦わないという選択肢はなかった。


「乱戦に巻き込まれた、か。ミスった」


 俺は手の届くところまでやって来たゴブリンを素手で叩き潰した。

 変身ヒーローの身体能力ならこの程度の相手は瞬殺できる。ゴブリンたちがいかに曲芸まがいの動きをしようと、俺のスピードとパワーから逃れられはしない。俺がその気になればこの辺りにいるゴブリンどもをあっという間に全滅させることも可能だろう。


 乱戦でなければ。

 あるいはゴブリンたちと交戦中の一般兵たちを巻き添えで殺しつくす覚悟があれば。


 その覚悟がない今の俺は手が届く所へ来た敵を一匹ずつ倒していくしかない。

 それは俺のスペックからすれば苛立ちだけが残るチマチマした作業だった。


「勇者殿」


 気が付くと指揮官が俺のすぐそばに来ていた。


「この戦場に勇者殿のお力はいりません。勇者殿と我々は同じ戦場では戦えない」

「しかし」

「この場は我々だけで維持します。勇者殿は勇者殿にしかできないことをやってください」


 見たところ、城壁上の戦況は有利とは言いがたい。一部では至近距離のゴブリンに対して発砲し、同士討ちが発生している。

 ここで俺が抜けたら全滅さえあり得る。

 だが、だからこそ俺と言う戦力がこの場で足止めされていてはいけないのかもしれない。


「分かった。さっさと行って片付けてくる」

「深入りは避けてください。あなたはすでにかなりの魔力を消費しているはずだ」

「了解した」


 本当なら敵の本陣まで攻め入って大将首を狙いたいが、残念ながらその本陣が見当たらない。敵将がどこでどうやって指揮を執っているのか全くの謎だ。


 城壁の縁へ移動する。

 かなりの高さだ。普通の人間が落ちたら即死はしないまでも無事では済みそうにない。

 だが、ビルから落ちたぐらいで死ぬヒーローはいない。

 蜘蛛糸の道(カンダタロープ)を使っても良かったが、スピードを優先。そのまま飛び降りる。


 狙ったわけじゃない。が、地面より先にハンマーを振りかぶるオーガーの頭が近づいてくる。


 殺る。


 俺は瓦でも割るようにオーガーの頭に正拳を思い切り振り下ろした。

 頭蓋が割れた。

 脳にまで損傷を与えたのは間違いない。


 オーガーは吠え叫び頭を振りまわす。

 さすがオーガーの生命力、この程度では死なないか。と思ったが、考えてみれば普通の人間だって大脳皮質に傷がついたぐらいでは死なない。人格に異常が出るだけだ。


 殺すならばこちらだ。


 俺はオーガーの角をひっつかんで背中側に回った。後頭部めがけて拳からはえた(バグナク)を突き立てる。大脳と違って脳幹から脊髄にかけては生命維持に欠かせない部分だ。

 オーガーは朽ち木のように倒れていく。


 周辺にいた数体のオーガーが俺に注意を向ける。城壁よりも俺の方にヘイトがたまったようだ。


 さて、こいつらをどうやって撃破したものか?

 俺には遠距離攻撃の手段だけではなく強力な攻撃手段という物がそもそもない。ひょっとして、俺って盾職なのか?


 群がってくるゴブリンどもは無視する。こいつらが持つ軽い刃物では俺の装甲は貫けない。

 俺は掌を上に向ける。そこを起点に得意の技を発動する。


蜘蛛糸の壁(スパイダーウォール)。水平展開バージョン」


 縦の壁ではなく水平に広げた蜘蛛糸の壁(スパイダーウォール)

 俺の力場に敵の身体を切断するような能力は無い。だが、これが正しい意味での蜘蛛の巣の使い方だ。オーガーたちは蜘蛛の巣にからめとられ、身動きが取れなくなる。

 所詮、蜘蛛の巣に過ぎないので彼らのパワーならさほど時間をかけずに抜け出すだろう。だが、そんな時間を与えてやるつもりは無い。


 俺は鬼たちのアキレス腱を狙った。爪を使って切断し、抉り取る。

 一体、二体、三体、四体、五体まで。

 殲滅完了。

 蜘蛛糸の壁(スパイダーウォール)を解除すると、彼らは立っていられなくなった。仰向けにうつぶせに倒れ、あるいは膝をつく。戦闘能力を奪うのに成功した、と言っていいだろう。


 俺は膝立ちになったオーガーを踏み台にして跳躍した。

 城壁上へ戻る。

 今の戦闘でスタミナをどのぐらい消耗したか調べてみたかった。


「ほぉっほほほほ」


 いやらしい笑い声が聞こえた。

 同時に上から赤い球が降ってきた。

 何事? と思う間もなくそれは爆発。俺をよろけさせる。

 爆発そのものは大したことがないが、見ると俺の装甲に傷がついていた。破片飛散型の手榴弾か。


「今のが効きませんか。硬いですね、あなたは」


 敵。それもこちらと話が出来るような中ボスクラス?

 いつの間に出現したのか俺には分からなかった。


 そいつは一見、ピエロの仮面をかぶった背の高い人間のようにも見えた。腕が四本あって背中から触手をはやした人間がいれば、だが。

 あの触手が伸びてきて相手にエロい事をするんだな。TS転生してなくてよかったぜ。


「申し遅れました、わたくしは第三位階魔族のゾイタークと申します。狂乱の道化などと言う二つ名をいただいているようです」


 こちらを小ばかにするような一礼。

 いきなりのボス戦だ。見たところ相手の方が敏捷性は上と思える。離れて攻撃する手段も持っているようだし、いったいどうやって戦ったものか。


「だんまりですか? 名乗り上げぐらいしてくれても良いと思いますが」

「名乗らなきゃいけないのか?」

「それが作法だと思いますが」


 馬鹿々々しい。

 が、生き残りの兵士たちは期待のこもった眼で俺を見ていた。ゴブリンたちまでが戦う手を止めて俺と魔族とを遠巻きにしている。

 どうやら俺は一騎打ちを挑まれているらしい。それもこの戦いの勝者がこの戦場のすべてを手に入れるような無双の英雄同士の一騎打ちをだ。


 俺はどう返せばよいのだろう?

 俺は助言がほしくて指揮官殿の姿を探した。


 見つけた。ゾイタークの足元に。

 死んではいないようだがその手足はあり得ない方向に曲がっている。多少なりとも言葉を交わした相手の無残な姿に俺の心は冷えていった。


「お互いに名乗りを上げての一騎打ち、それがここの作法か。そんな作法があるのなら最初からチャンピオン同士の戦いですべて決着をつければ良いものを」


 俺は大げさなぐらいのジェスチャーを交えて話した。

 素顔が見えないスーツアクターの演技は大げさなぐらいの身振りを入れるのがちょうどいい、などと言う豆知識を頭に浮かべていた。


「だが、まあ、せっかくだから言ってやろう」


 俺は間を置き、魔族をピタリと指さした。


「貴様らに、名乗る名前は無い!」





 元ネタと違って誰に対しても名乗る名前なんて無いけどな。

 今すぐ自分に名前を付けろなんて、無理。

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