2 初めての『HENSIN』
ファンタジーな感じの異世界に転生(?)した俺。
そんな俺の前に現れた老人は変身ヒーローだった。
何を言っているのか分からないと思うが、俺にもわからない。何、この闇鍋?
ただの武術の達人だと思った老人は、どっかのバッタ男を思わせる姿となって俺の前に仁王立ちしている。
とりあえず、俺はその腹の部分を殴りつけてみた。
変身ヒーローは何の防御もせずに俺の攻撃を受け止めた。
痛かった。岩でも殴ったかと思った。
革のつなぎのように見える部分を殴ったのに、俺の拳にはただただ硬い感触が残っていた。
俺は涙目になりかけて拳をおさえていた。
「相手が戦闘形態になったのに無策で攻撃するとは、やはり知能に問題があるようですね」
そこの外野、うるさい。
変身、にどの程度の意味があるのか試してみただけだろうが。
「それを俺もできると?」
「同じ人造戦士。出来ない理由は無い」
「それにしても、変身するたびに服を一着ダメにするのか?」
「品位を保つために、貫頭衣とパンツ一枚づつなら消費しても良い事になっている。遠慮する必要はない」
そうでしたか。そのための貫頭衣でしたか。
掃除が大変そう、とか言うのはやめておこう。俺が掃除するのではないことを祈るのみだ。
「今の変身ポーズを忠実に再現しなければダメなのか?」
「初回なら自分で登録できる。一度決めたポーズは変更できないから注意しろ」
ならばもっと小さな動きで変身できた方が便利じゃないか?
そうは思ったが、日常動作の中で勝手に変身してしまったらそちらの方が問題か。
やって見るか。
そういう事なら、こちらのポーズにして見よう。最近の変身ヒーローのポーズはオモチャが必要だから再現できないしな。
俺は両腕を左に向けて勢いよくふった。そこから弧を描くように身体の右側に持ってくる。
「HEN・SIN」
俺の視界が光に包まれる。そして、俺の脳裏にシステム音声的な何かが響いた。
『変身ポーズ登録完了。第一魔力炉、起動します』
足元が爆発した。真っ白い粉塵が吹き上がる。
「変身ポーズが終わったら、軽くでいいからジャンプするのを忘れるな。でないとそういう事になる」
「すまん、気をつける」
爆発したと言っても俺にダメージはない。そして、なぜこんな現象が起きたのかもだいたい見当がついていた。
ついさっきまで俺は裸足だった。今は変身後という事で重そうなブーツを履いている。このブーツの分だけ足元の物質が押しのけられて爆発になったのだろう。
「今の現象を利用して敵にダメージを与える強者もたまには居るが、そういう大道芸は慣れてからにするように」
「了解」
俺は粉塵の雲から逃れ、身体に付着した分をはたきおとす。
ヘルメットの目の部分から視覚情報を得ているのか視界は良好。暑さや動きにくさも感じない。変身ヒーローのスーツアクターの悲哀は味わわずにすみそうだ。
変身した自分の姿を確認する。
「ん⁉︎」
バッタ男風のモトサトに比べて、なんだか地味だ。
ニチアサヒーローの第1話限定フォームどころか、奇声をあげてヒーローに襲いかかるひと山いくらで倒される連中に近い。
「あれは旧型ですか?」
「旧型と言うより素体だな。ゴートめ、外装の設計を終わらせる前に居なくなったようだ」
「実はあのボディが凄いパワーを秘めているなんて事は?」
「無い。とは思うが、モトサトよ、試してみよ」
「はっ」
バッタ男が攻勢に出る。
一瞬の踏み込み。そして拳。
フェイントも何も無い真っ正直な攻撃だ。俺は難なくガード、したつもりで後方へ吹きとばされた。
もの凄いパワーだった。
俺はコンクリートの壁に背中から叩きつけられた。変身、していなかったら即死だったと思う。
「やり、やがった、な」
俺は床に崩れ落ちそうになる身体を無理やり立たせた。
今のは相手の勢いに俺の体重が対抗できなかっただけだ。超スピードでの攻撃は正面から受け止めるのではなく、横から受け流さなければならなかった。参考にすべきはスーツアクター同士が殴り合うヒーローバトルではない。どちらかと言うと中の人などいない竜の玉の方が現実的だ。
などと俺は反省・考察したが、そんな事は遅すぎたし意味など無かった。
モトサトは動きの鈍った俺の両手を掴んだ。
手四つの体勢にされる。
力比べだ。
俺だって変身している。超人的なパワーの片鱗ぐらいはあるはず。
全力で押し返そうとするが、大ベテランヒーローの身体は微動もしない。
「身体能力は私の7割といったところでしょう。正しく素体そのもの。本人の鍛錬と改造次第で私と同程度までは到達できるはずです」
「ソレがお前ほどになる頃にはもっとずっと強い改良型が配備されているだろう。そんな半端な戦士は必要ない。魔力炉を回収しろ」
「どうしても、か?」
「命令だ」
「わかった」
なんだよ、今の不穏な会話は。
俺の体内にあるらしい魔力炉を回収する? それって外科手術をするって意味じゃないよな?
俺は焦った。
アドレナリンが大量分泌されるのがわかった。
どうすればいい?
すでに組み打ちの態勢になっている。スペックデータでも格闘技量でも劣っている以上、脱出もままならない。
このまま捻り潰されるのを待つばかりか?
「お前も人造戦士の端くれなら、この程度のピンチは生き延びて見せろ」
そんな事を言うなら手ぐらい抜いてくれ、とは思うがこの爺い、そんな事をしそうな気がしない。
手四つのまま振り回される。両足が床から離れた時に持ち手を切られる。そのまま、打ち上げるような掌底が俺のボディに吸い込まれる。
打ち上げるような?
とんでもない。それは正しく俺を打ち上げるための物。空中コンボの起点だった。
空中で動きのとれない俺に向かって、モトサトは腰をおとす。
あの構えからの攻撃は飛び蹴りだろうか? その攻撃が必殺の威力を持っている事はなんとなく理解できた。
俺はこのまま爆発四散か? いきなり必殺技なんて、それはないぜ。
ここで生き延びるには、蹴り技を食い止めるための壁か受け止めるだけの装甲が必要だ。
『了解。第二魔力炉起動。形態選択、モード蜘蛛』
俺の視界がふたたび光に包まれる。
おい、システム音声、第二形態なんて物があるならチュートリアルぐらい用意しろ!
それにしても、蜘蛛の怪人かよ。蜘蛛とかコウモリだとバッタ男に勝てる気がしないんだが。トカゲだったらワンチャンあるか?
などとボケをかましている暇はなかった。
俺の二段変身を見てモトサトはわずかにためらったようだったが、すぐさま必殺の蹴りを放ってくる。
応手は俺の脳に自動的に湧いてきた。
「蜘蛛糸の壁」
飛来するバッタ男に対して手をかざす。そこから蜘蛛の巣状のエネルギーの壁が出現する。
輝く光をまとった蹴り足が蜘蛛糸の壁を半ば以上突き破る。だが、そこで引っかかって止まった。
チャンスだ。
モトサトは身体をひねって蜘蛛の巣から逃れようとする。空中に打ち上げられていた俺が一足早く着地する。
俺は拳を握った。再変身により俺には重厚な甲冑状のパーツが追加されている。握った拳の先から爪が突き出ていた。
蜘蛛糸の壁を消し、落下してくるバッタ男をアッパーカットで突きあげる。
奴は天井まで飛んだ。
天井で跳ね返り、床に叩きつけられる。
これでノーダメージとは言わせない。
俺の心にどす黒い殺意がわいた。
もう一丁、追撃に行く。
だが俺は世界的に有名な赤い蜘蛛男ではない。
あんな軽装・高機動型ではなく重装甲タイプだ。俺がもう一度間合いに入るより早く、モトサトは立ち上がろうとする。
構わず蹴りを入れる。
ダウンからの起き上がり際に攻撃するのはたいていの格闘技では禁止されている危険行為だ。
だというのにモトサトは俺の蹴りをきれいに受け止めた。あまつさえその力を利用して俺から距離を取って立ち上がった。
さらなる追撃の為の手順を考える。
「やめておけ」
「何をだ? 最初に俺を殺しに来たのはそちらだろう。力関係が逆転したなら殺される覚悟ぐらいしてもらおう」
システム音声は『第二魔力炉起動』と言った。モトサトが自分の七割だと評した俺のパワーは単純計算だと1.4倍になっているはずだ。
「お前はすでに力を示した。そうである以上、お前に対する処分判定は撤回されるはずだ。……そうですね、ライゼン博士」
「そうだな。二段階に変身するシステム、そんなものを用意した理由は興味深い。是非とも調べてみなければ」
ライゼン博士は鋭い目で俺を観察する。
最初に俺に出会った男女はホッとした顔をしている。この二人の感性はまともなようだ。
しかし、俺は胃がムカムカしてきた。
俺は、つい今しがたまで自分の事を淡白な性格だと思っていた。状況に流されて周りに波風を立てずに生きていくことを良しとする、日本人らしい性格だと思っていた。
どうやら違ったらしい。
俺は反骨の相の持ち主だったようだ。
「お断りだ」
「何だと?」
俺は右手にエネルギーを集めた。
蜘蛛の巣にはせずに、それを一個の弾丸として射出する。
標的は悪魔大神官。
モトサトが超スピードで動いた。
俺が放った弾丸をその腕の手袋の部分ではじき返す。
「狂ったか」
「俺の殺害を決断したのはそこのライゼンと言う男だろう。俺の標的に含まれないと思い込む方がおかしい」
悪魔神官風の研究者たち。俺たちの造り主であろう者たちは唖然としている。
自分たちが造りだした作品が反逆する、そんな事はあり得ないというのが彼らの常識なようだ。
転生者だか何だか知らないが、いわば脳改造が終了していない俺に同じ基準を適用するのが間違いだ。
悪魔神官たちは真っ青になった。
言葉が出ない彼らをモトサトが背中にかばう。
「そんな事をすれば世界を敵にまわす事になるぞ、34号」
「その世界からたった今、排除されかかったところだろうが。モトサトさん、アンタはまだしもまともな様だからあえて問う。自分たちを簡単に『処分』する相手に仕える事に抵抗はないのか?」
「それは戦いのため、秩序を保つために必要な事だ」
「それがアンタの正義か」
俺は変身ヒーローに見える彼を見つめた。
彼は始まりの勇者と名乗ったが、某有名番組の1号さんではない。当たり前のことだが、なんだかそれが悲しかった。
「アンタにとっての正義をわざわざ否定しようとは思わない。だが、俺に同じ正義は無理だ。自分を造りだした者たちを盲目的に信じることは出来ない。俺は彼らに『反逆』する」
それがヒーローのお約束、だしな。
「ロクトめ、人造戦士の基礎人格プログラムを書き換えたのか。あやつはなぜ、どうやってこんな怪物を造りだしたのだ? ええい、モトサト! 誕生したての戦士などお前の敵ではないはずだ。さっさと処分してしまえ!」
「そうはおっしゃいますが、私と彼が本気の戦いを始めたら周囲の被害が馬鹿になりません。私はあなた方を人質に取られている形なのです。私に戦えとおっしゃるなら、さっさと自力で逃げていただけませんか?」
「腰が抜けた。動けん」
コントをやっている二人は横に置いておこう。
俺だって無理に人殺しがしたいわけじゃない。敵の本拠地であるここで戦い続けても戦力差で押しつぶされるのは予想できる。
俺が『ロクト博士の34番』だと言うんだ。人造戦士の生産数はそれなりの数だろう。週に一人倒しても一年では終わるまい。
つまり、俺はここで逃走を選ばなければならない。
辺りを見回し、モード蜘蛛の能力と組み合わせて逃走経路を選択する。
「蜘蛛糸の壁」
モトサトたちとの間に壁をはる。これだけで数秒の時間は稼げる。
壁際に積まれていた貫頭衣らしい物をいくつか引っ掴む。サイズを選んでいる暇はないが、人造戦士のために用意された物なら俺にも合うだろうと期待する。
本当なら行き掛けの駄賃に現地通貨も手に入れたい所だが、あいにく財布らしい物は落ちていなかった。
道場の窓を開く。
このビルの壁面から街を守る壁へ意識をつなぐ。
「蜘蛛糸の道」
俺が思った通りの位置にエネルギーのロープが張られる。
手すりも何もない名前の通りに頼りない橋だが、変身ヒーローの身体能力があれば問題ないだろう。
「あばよ、おやっさん」
慌てふためくモトサトたちをしり目に空中へ。
頼りなく見えたロープは足に吸い付くような感触があり、速足で歩いても何の問題もなかった。両足を同時にはなすと不味そうな気がする。
追撃はなかった。
モトサトが蜘蛛糸の道上を追いかけてくる様子はない。遠方から狙撃されるのが一番やばい攻撃だが、初代バッタ男らしくモトサトは遠距離攻撃の手段を持っていないのかもしれない。
おかげさまで、町の上を遊覧歩行できた。
飛空艇はあるのになぜか自動車は無いようだ。通りを人力車や馬車のようなものが動いている。引いている動物は馬ではなくもっとガッチリとした動物のようだが、俺に見分けがつかないだけで案外サラブレッドではない原種に近い馬なのかもしれない。
あちこちに屋台が出ている。
今はお昼時を少し回った時間らしい。帰りの客が多く、休憩に入っている主人もいる。
あの屋台にどんな食い物があるかちょっと楽しみだ。
もっとも、屋台を冷やかすより先にどうにかして路銀を手に入れなくてはならない。
この世界でもモンスター退治とかでお金を稼げれば良いのだが。
空中を歩く俺を見上げる者もいる。
特に騒ぎにはならない。手を振ってくれる子供もいる。
俺のような変身ヒーローっぽい存在はこの町では日常の風景になっているようだ。
という事は、この町はそれなりに危険だという事か?
ヒーローがいるならばそれと戦う悪の存在も不可欠であるはずだ。
などと考えていたら、どこかで鐘が打ち鳴らされた。
鐘の音は別の鐘の音を呼び、あっという間に町全体が激しく打ち鳴らされる鐘の音に包まれる。
どう聞いても、これは緊急事態を知らせる警報だ。
あっという間に通りから人が居なくなり、屋台が片付けられる。
ひょっとして、俺の逃走がこの警報につながった?
人造戦士とやらはここでは軍事物資らしいし、制御不能の戦車が町の中に解き放たれたと思えばこのぐらいの対応は当然かもしれない。
「ちょっとのんびりしすぎたか」
俺は大急ぎで蜘蛛糸の道の残りをわたった。
町を守る城壁の上に降り立つ。
そこにはすでに軽い甲冑をつけた兵士たちが集まっていた。
変身ヒーロー風の相手はいない。
一般人の兵士だけなら数がいても蹴散らせるだろう、と期待する。
兵士たちが向かって来ない。城壁の外を向いている。
上官らしい一人が俺にきびきびと敬礼した。
「ご苦労様です。素早い対応、ありがとうございます」
俺はヒーローの仮面の下でかなりのアホ面をしていたと思う。どう対応すればよいんだ?
「偶然だ」
俺はかろうじて時間を稼いだ。
この後どう続ける? 俺の方が彼より階級が上っぽいが。
「状況は?」
「はっ、前兆現象はすでに終了。魔族の生成が始まっています。ご覧ください」
魔族なんて物がいるんだ。
見ると城壁の外で世界が崩壊していた。
いや、比喩抜きでそう見えた。
のどかな田園風景が広がっていたはずの場所、そこがまるで書き割りの背景だったかのようにひび割れ砕けていた。
世界が砕けた向こう側からやって来る者たちがいる。
醜い緑色の小人たちがいる。
巨体の鬼たちがいる。
頭が3つある獣が吠えている。
こういう連中をなんと呼ぶか、現代日本人の心を持つ者なら答えはひとつだろう。
「魔王軍」
異形の軍勢は陣形を整えつつある。
オーガーと呼称できそうな鬼たちが巨大な盾を並べて最前列に配置されている。
こちら側、城壁の上では兵士たちが配置についている。
彼らが手に持っているのは銃、なのだろうか? 機関部が俺が知っているどんな銃とも似ていないので、火薬で鉛球を発射する方式ではないのかもしれない。
その銃もどきに銃剣を取り付け、白兵戦に備えている。
ここは戦場だ。
どこからどう見ても安全な場所などではない。
熱くなってきた鍋の中から逃げ出したら、炎の中に落っこちた。それが俺だ。
この戦場から逃げ出す道は見つかりそうになかった。