姉と僕の交換ノート3
姉さんに交換ノートを渡したその日の昼、最早恒例になりつつあるが、僕は牧都さんと二人で音楽室で昼ご飯を食べていた。
織都さんは、何か思いついたらしく無我夢中で絵を描いているため、昼ご飯を牧都さんと二人で食べることは珍しいことではないが、ニコニコといつも笑っている牧都さんが、無表情で呆然としているのはとても珍しい。
……悩みでもあるのだろうか?
「どうしたの、牧都さん」
僕は思わず首を傾げながら言えば、牧都さんは笑ってこう言った。
「……知っているんだろう?」
僕はその問いに答えなかった。
すると、牧都さんは、
「自分で探さなきゃ意味がないってことなんでしょ、わかってる。自分の歌で泣いてくれたあの子は何処か君に似ていた。今の僕の中で、あの子よりも大切な弟が大事に思っている君の“兄弟”だったとしたのなら、ぼくは君の血縁だとしか思えなくなる。
わかってるよ、いつまでも朱李に依存してばかりじゃダメになるって。
織くんは、柚くんに依存していても大丈夫だけれど、僕はこのままではダメになるタイプだから、いつか朱李を依存しすぎて、朱李すらもおかしくしてしまうこともわかってる。僕はともかく、朱李は幸せになってもらわないと困るんだ。
朱李の彼女は、凄くいい子なのはわかってるんだ。……でも、このまま朱李が僕のことを忘れてしまうんじゃないかと思うと、狂ってしまっても良いかなともそう思うこともある。僕の歌を聴いてくれた時、泣いてくれたあの子を、僕は狂わせてしまうんじゃないかと思うと正体を突き止めていても、会う勇気が湧かないんだ」
自分を嘲笑うかのように、そして自分で自分の感情を殺したような複雑な表情を浮かべて、牧都さんは悲しそうで切ない声でそう話した。
まるで、牧都さんは自分のことを他人ごとのように話す癖がある。
それは自分のことを、客観的に見えると言う長所でもあるが。
自分のことに関して、無関心であると言う短所でもあると僕は思う。
だから、他の誰かに依存しすぎると壊れてしまうのだ。朱李さんが牧都さんの前から消えたのなら、彼はきっと自分の命すら容易く捨ててしまうことが出来てしまうのだろう。例え、大切な弟を悲しませてしまおうとも牧都さんの世界の中心は、朱李さんなのだ。
「牧都さんに壊れて欲しくない。そう、織都さんも僕も思っているよ」
にかっと歯を見せて笑って見せれば、牧都さんは僕の方へと倒れ込んで来て、肩に頭を乗せてきたそんな彼の頭を無言で撫で続けた。
ーー牧都さんを迎えに来た朱李さんが、その光景を見ていたとは知らずに。
その日の放課後。
いつも通り、僕は音楽室に向かおうとしたけれど今日に限って想定外の出来事が起きた。行こうとする僕を朱李さんが通させまいと行く先、行く先目の前で仁王立ちをしてくるからである。
僕は思わずため息をついた。
「なんなんですか、本当に」
内心で、用件があるならさっさと言ってしまえば良いのにとそう考えながら言ったためか、自分でも吃驚するくらい不機嫌そうな声だった。
だけど、朱李さんは怯む表情を見せることなく淡々とこう言った。
「なんで、牧都は泣いていた?」
淡々とした口調ながらも、何処か悲しそうな声で言われたその言葉に僕は心が痛んだ。
……はっきりと、泣いていた理由を伝えて良いことなのかな? きっと、理由を知ればこの様子だと朱李さんは彼女さんと別れそうだし。
それでも、牧都さんが壊れてゆく姿を見たくはないと思うから。
「朱李さんに話す必要があれば、牧都さんも話してくれるんじゃないですかね?」
そう答えれば、ガシッと力強く痛いくらいに僕は肩を掴まれた。
思わず、痛いと言ってしまったが、どうやら朱李さんには届いていないようだった。
「なら、どうして牧都は話してはくれない? いつもなら、なにかあるたびに頼ってくれていたのに、それを聞こうとすればわかりやすいくらいに話をそらそうとする」
肩は凄く痛いが、それ以上に悲痛そうな表情を見せる朱李さんを放っておけなかったから、少し言葉はきつくなるかもしれないけどこう言う。
「朱李さん、僕と織都さんとの関係と貴方達の関係には大きな違いがあるんです。貴方達はあまりに周りが見えてなさすぎて、恋愛と友情の境目があまりに曖昧すぎるんですよ。だから、貴方が壊れれば牧都さんも壊れてしまうんです。逆の展開でもそう、牧都さんが壊れてしまえば貴方は自分の彼女さんのことを見えなくなり、牧都さんのことばかり思考回路を支配されることになるでしょうね。平常心である今は、親友だと思っていたとしても。
友情と恋愛の境目が曖昧すぎるとは言え、貴方の好きな人は今の彼女さんでしょう?
だから、この件にはあまり触れないことですね。牧都さんを貴方がダメすることになりますよ? 少し距離をおくのも牧都さんと貴方には必要なことだと僕は思いますよ。それ以上、貴方に何か言うつもりなどはありませんからいい加減僕の前からどけてもらえますか」
僕は淡々とそう言った。
それを言い終わった時にはもう、朱李さんは平常心に戻っていて。
すまない、そう一言だけ僕に告げて去って行ってしまった。去って行くそんな朱李さんの背中を見て、お互いに縛り付けすぎている“依存”と言う名の鎖を、少しぐらい解けていると良いなとそう思った。