姉と僕の交換ノート2
家を出た瞬間、僕はあまりの寒さに息を吐きだせば一瞬でその息は寒さで白へと色を変えた。あまりの寒さに、新しいマフラーを口元まで上げていれば、織都さんはふふっと声を上げて笑っていた。
そんな織都さんは、ちゃんと僕が買ってきたマフラーをしていてくれて、思わず頰が緩み、あまりお世辞でも上手いとは言えない巻き方をしているのを見て、僕は背伸びをして直してあげる。
「マフラーし慣れてないの?」
そう聞けば、穏やかに笑う。
あ、話そらされたと僕は思った。
だけど、不意に織都さんは動いて、僕の頰へと触れた。その手には、しっかりと手袋がつけられていて、手袋越しに感じるほのかな体温に僕は思わず目を細めた。
そんな僕の表情に、織都さんはまた穏やかに笑ってこう言った。
「マフラーと手袋を買って来たのがお前じゃなきゃ、つけてないさ」
そんな言葉に僕はああと納得した。
そう言えば、彼女から手袋とマフラーを貰ってたのを見たことがあるけど、つけているところは実際には見たことがないことを思い出した。どうりで、僕は織都さんの元カノから付き合っていた時に妬まれることが多かったのかなと考えが過ぎり、思わず口にしてしまう。
「織都さんは、結婚出来るようじゃないタイプなのかもしれないね……。僕みたいに、恋愛的な意味で好きな相手よりも友情を優先してしまうから」
そう言ったと同時に、ハッと我に返り、口元を手で覆い隠した。
そんな僕の手首を掴み、僕の歩調に合わせたペースで歩き出すと同時に織都さんは静かで、何処かいつもよりも低い声でこう言った。
「知ってる。でも、今は柚利も好きな人がいないから良いが、未来のことはわからないだろう? いつかは、柚利にも好きな人が出来る可能性はゼロではないのだから。だから、他に誰かを好きになろうと思った、柚利が常に俺の側にいられなくなった時が、もしも来た時のために」
そう言った後、勘違いだと思いたいが、そうじゃないと自殺したくなるからと口パクで伝えてきたような気がするけど、あまり上手くは読み取れなかった。だけど、好きな人が出来たとしても僕は確実に父さんのような選択をしてしまうと思う。
だから、僕は僕を好きになってくれた人を傷つけないために、結婚はしないと決めたのだ。織都さんにもし出会わなければ、僕は誰かと結婚していたかもしれない。だけど、そう言う相手が現れる前に、互いに依存し合える相手に出会ってしまった。
その時点で、僕は誰とも結婚は出来ないと察してしまったのだ。
「大丈夫だよ、織都さんを一人ぼっちなんかにさせないから」
僕は穏やかな声でそう言う。
織都さんは僕の手首を掴んだまま、顔だけこちらへと向けた。
その時の表情は、嬉しそうで何処か苦しそうな複雑な表情だったような気がする。
どうせ、織都さんのことだから、自分が僕の行動を縛り付けているみたいなことを考えているんだろうけど、僕は自分らしく生きているし、望んで側にいるから、自分の行動が自由に出来ないだなんて思ったことすらないのだ。だから、織都さんはきにする必要なんてない。
だからね、織都さん。
「無理して誰かを好きになる必要なんてないんだよ。相手も傷つけるし、第一優しすぎる織都さんも傷ついてしまうから」
優しすぎる織都さん対して僕は、言い聞かせるようにそう言う。
織都さんは変わった人だ。
でも、彼が生み出す絵達は、まるでそれぞれが生きているかのように生き生きとしていて、その天才的な色使いに見ている人達は目を奪われていく。
だが、それは同時に、織都さんの場合は人間社会に生きる時に辛い思いをする要素となってしまったのだ。それは妬みからと言うのもあるし、作品ごとに人が魅力される色を見抜くその目は、あまりに良く見え過ぎてしまった。
だから、織都さんは良く見え過ぎてしまうことに疲れ、美術室に一人閉じこもるようになってしまったのかもしれない、彼が優しすぎてしまったから。
天才とは口には出さないけど、織都さんは世間からそう呼ばれる人材であるのは間違えない。だけど、その呼び方をされて人生が狂うことだってある。
そして、その才能は時に自分を苦しめることがあるんだ。
才能は時に栄光を与え、才能は時に自分を殺す凶器ともなり得る。
だから、僕は信頼出来る人以外には隠し通す。父が音楽関係で有名な人だと言うことを。
父もそうするようにと望んでくれた。
そうじゃないと、精神的に不安定になりやすい僕は、自分を追い詰めて何を仕出かすかは自分でも定かではないからである。
僕は隠し通すことが出来るが、自分の力で有名な画家として成り上がった織都さんは、簡単にその地位から逃れることは出来ない。
だから、優しすぎる織都さんが壊れないように、僕は自分自身が思った全てのことを話すくらいに自分の気持ちを伝えることにした。
「大丈夫だよ、織都さんのせいで僕は誰かを恋愛感情で好きにならない訳じゃない。
僕は、僕自身のせいで誰かを恋愛感情で好きになれないんだ」
そう僕は言葉にした。
それ以降、僕は何も言わなかった。
それに織都さんも、僕のその言葉について何か言うことはしなかった。
暫く沈黙が続き、その沈黙が破られたのは後ろから聞こえた姉さんの声だった。
その声で僕は後ろを振り返り、カバンから交換ノートを取り出して姉さんに渡す。
交換ノートを渡された姉さんは、何も言わず僕達とは違う道で学校へと向かって行った。
「相変わらず、自分の双子の姉とは付かず離れずな関係なんだな」
と、ボソリとそう呟く織都さん。
そんな織都さんの言葉に、
「深く入り過ぎても、お互いに辛いだけだからこの関係がちょうど良いんだと思う」
僕は苦笑いをしてそう答えれば、織都さんはそうかと言うだけだった。