貴方と出会った交換ノート四日目のこと後編
ーーもう君は俺と交換ノートを通してでさえも、言葉を交わしてはくれなくなってしまうのか?
そう一言だけ綴られていた。
急いで書いたのか、走り書きで。
どうしてそう、寂しいことを言うの? 織都先輩……。
僕はやめたりなんかしないよ?
僕は僕自身のために、貴方と交換ノートをしているのだから。
織都先輩、僕は決意したよ。
僕は内心でそう思い、息を切らしながら階段を勢い良く駆け上り……。
勢い良く、貴方がいる美術室の扉を開けて、僕は飛びつくように抱きついた。
「織都先輩ぃ、そんな寂しいことを僕に二度と言わないで!」
僕は傲慢なのかもしれない。
でも、それでも良い。
貴方が僕の前からいなくならなければ。
「お前が、そう望むなら」
自己満足でしかないことを言ったはずなのに、織都先輩はそれを受け止めてくれた。僕の長所短所、全てを包み込むように。
だから、僕は依存したのか。
織都先輩の、僕の全てを包み込むような優しさと包容力に。
そして、心の何処かで父さんと悠飛さんの関係に憧れてたから。
僕は織都先輩に依存した。
顔も知らなかった。
声も知らなかった。
最初は名前すらも全て。
知らなかったのに、異常なほどに織都先輩に依存したのは……。
偶然じゃなかったのかもしれない。
そんな僕を、ギュッと強く、そして優しく包み込むように織都先輩は抱きしめ返してくれた。
僕はその温もりに安堵した。
そして季節は巡り、冬。
織都先輩から織都さんと呼び方が変わり、僕は大切な“相棒”のためにマフラーと手袋を買いに来ていた。あの人は自分のことには無関心だから。
相棒と言う呼び方は、別に恋人だからと言う訳じゃないの。親友とも、家族とも違うなあと思ったし、勿論恋人と言う関係になるつもりはさらさらないから、だから僕と織都さんの関係は相棒。
ふふっ、僕が高校卒業したら織都さんとルームシェアをする予定。
偶然なんだけど、僕と織都さんは学年と学科は違うけれど、受験する大学が同じなの。
僕は音楽科、織都さんは美術科。
別にピアニストになる訳じゃない。
細々とした個人のピアノ教室を開けたらなと、僕は思ってる。
僕の夢を織都さんも、父さんも、悠飛さんも、姉さんも皆……。ううん、母さん以外は賛成してくれた。牧都さんも勿論、賛成だと言っていた。
母さんと和解するのは無理だろう。
織都さんと出会って、何回か訪ねたけどあの人の時間は止まったまま。
一秒も、父さんと離婚した時から動いていなかったのだから。
だから、僕は母さんにさよならをした。もう会わないと告げた。
そうすることでしか、母さんにつけられたあの鎖は外れないと思ったからだ。
その時、母さんは悲しい顔一つ見せなかった。それを見た時、その直後は凄く悲しかったけれど、織都さんが居てくれたから立ち直ることが出来た。
その時から僕と織都さんの関係は、相棒になったんだと僕は思う。
織都さんが風邪を引いたら大変だ、暖かいマフラーと手袋を買わなければ……。そんな使命感で、僕は寒い中を足早に歩く。
そんな中、綺麗な声が耳に届く。
この声はもしかして……。
と、花の蜜に誘われる蜂のように、僕はその声の主を探せば……。
やっぱり声の主は彼だった。
深さのあるギターの音色を奏でながら、その音に負けず、そして目立ちすぎないような可憐さえも感じさせる綺麗な声で歌うのは牧都さんだった。
牧都さんの声に誘われたのは、僕だけではない。他にもたくさんの人達がその声に聴き惚れて、魅了されて行くのがわかる。
そんな人達の中に、僕が良く知っている人物がそこにはいた。
僕の姉、柚姫だった。
姉さんは聴き惚れるあまり、……涙を静かに流していた。
やはり、出会う運命だったんだ。
僕は密かに一人、笑った。自分の勘が当たったことに対する喜びで。
牧都さんなら姉さんを変えられる。
姉さん自身も、姉さんの運命も。
そして、牧都さん自身も姉さんと出会うことで変われるような気がするんだ。
「織都さんにも協力してもらお」
きっと織都さんも、僕を信じて協力してくれるはずだ。
作戦を立てる前に、織都さんのためにマフラーと手袋を手に入れなくてはいけないよね⁈
僕は鼻歌を歌いながら、デパートの中に入って行ったのだった。