貴方と出会った交換ノート四日目のこと前編
「はじめまして、柚利さん」
にこやかに胡散臭い笑顔を浮かべる男子生徒が僕の目の前に現れた。
何故、僕が話しかけられたのか、厄介ごとに巻き込まれる展開になる自信しかない。
だって、基本僕は人間に興味を持たれることがあまりないから。
「違います」
「違わないでしょう? 柚利さん」
何なんだ、この人。
悪徳セールスマンよりしつこい。
多分、新聞部員だよね。
関わらないようにしなきゃ……と考えながらも、今日は音楽室には行かない方が良いともそう思った。
万が一、記事にでもされたら目立ってしまうことは間違えない。
「しつこいです、これ以上しつこくしてきたら悠飛先生に言いつけますよ。良いんですね」
「あの面倒くさがり屋の教師が動くとは思えませんがね? はったりはよしてくださいよ、柚利さん」
忠告しても聞き入れてはくれない。
僕が助けて欲しいと言えば、悠飛さんは必ず助けてくれると言うのに。
新聞部員は信じてはくれない。
しかもはったりだと言う。
彼のしつこさには、コミュニケーション能力が皆無に近い僕にとっては参ってしまう。
だから、早足で逃げようとしても何故か追ってきては、柚利さんと名前を呼び、引き止めようとする。
……逃げなくては……!
僕はそう考え、無視して必死に逃げていたその時だった。ちょうど、その時音楽室のある校舎の前を通っていて、気づいたら新聞部員のワイシャツは真っ赤染まっていた。
「良い加減にしろ、言ったはずだ。
他の新聞部員には柚利には近づくなと警告したはずだぞ。お前、新聞部が潰れても良いからそのようなデリカシーの欠片のない行動を出来るんだな、だから彼女に振られんだよ」
そう淡々とした口調で言う、土岐先輩に瓜二つな顔をした金髪で長身な男子生徒がバケツを持って立っていた。
痛いところをつかれたのか、
「俺が彼女に振られたことそれは今、関係ないだろ!」
「女子は大方束縛されることをあまり好かないんだよ。それにお前のその行動は、異常なくらいしつこすぎる。ストーカー気質がバレバレだぞ、隠しきれていない」
と、切り捨てるようにはっきりと、淡々とした口調で躊躇うことなくトドメをさすような言葉を言った。
ーーよ、容赦がない。
新聞部員のストーカー気質があるかどうかなど関係のない僕までも、冷や汗を掻いてくるほどの鋭いトドメの言葉だった。
思わず、新聞部員に同情をする。
「でもぉ、君がいけないんだよ?
僕の弟であるー、織くんにちょっかいなんて出すから君のつらーい記憶を思い出すハメになったんだもの、君の自業自得でしょー? それに、柚利くんにちょっかい出したら怒るよって言っておいたはずなんだけど。
なんで、柚利くんにストーカー行為を働いてんのかなあ! 柚利くんの周りを探るなって予め言ったよね? へぇ、約束破るんだ?」
こてんと首を傾げて言っているけど、何故か怖く感じる。
そんな土岐先輩を後ろから抱きしめ、この前隣を歩いていた男子生徒が頭を撫でて、その雰囲気を和らげた。
腐女子なら喜ぶ展開だろうが、あの二人の間に恐らくそのような感情はないだろうね。
あれは間違えなく、依存だ。
友情以上で、恋愛を超えた深く沈み過ぎた友愛。だから、欲などはわかない。
ただ、お互いの存在を必要としているだけなんだろうと僕は思う。
何故、そう思うのか?
それは僕が幼い時から、友情に依存する人を見てきたからである。
そして僕も今、交換ノートをする相手に依存をしているからとも言える。
「僕ねぇ、大切な人の大切な人が望む平和を乱されるのがとても不愉快なのー。わかるよねー、君は身を持って知っているはずだし、それでも繰り返すとか隠れ無自覚マゾなのかなあ? 自覚してないとか?
あのねー、初めて僕と幼馴染以外に弟が必要としたのが彼なの。だから、彼の平和を乱すのは不愉快だよ、新聞部員さん。彼のこと嗅ぎまわるのはやめてよ、次したら新聞部を再起不可能まで徹底的に潰しちゃうかもよー?」
美声でそんな恐ろしいことを言われると、尚更怖いとそう考えながらも土岐先輩に駆け寄った。
「あの、助けてくれてありがとうございました。土岐先輩」
そう言えば土岐先輩はにっこりと満面の笑みを見せて、
「それを言うなら、織くんに言ってあげて。自ら助けるなんて、あまりないことだから、ね?」
土岐先輩のその言葉に、僕は顔に熱が集まるのを感じた。
そうなったのは、大部分は照れからであるが、自分を助けてくれるのは悠飛さんだけじゃないと知れて嬉しかったと言うのもある。
まるで恋する乙女のようだと自分でも思うが、これはただの憧れであり、悩む僕の背中を押してくれた人である織都先輩への依存でもある感情ではあるが、これは恋ではない。
人の感情とは複雑なものである。
感情を測る物差しなどない。
だから、他人がどう言えど、織都先輩に抱く感情は依存なの。
僕がどう思っているのか、それが本当の意味でわかるのは僕だけなのだから。
誰かに理解して欲しいとは思ってない。
「わかりました、頑張ります」
だけど、織都先輩には知って欲しいと思った。僕の為に色々手を回していてくれた彼だけには。
「ねぇ、柚利くん?」
幼馴染の彼に、未だに大人しく抱きしめられている土岐先輩は僕の名前を優しい声で呼んだ。
僕は振り返り、何ですか? とそう聞こうとするが、土岐先輩の美声で遮られてしまった。
「君の耳には僕の音が、……どう聞こえているの?」
声ではなく、音と表現したのは何故か土岐先輩らしいと思った。
だから、素直にこう答える。
「人間らしくて綺麗な音ですよ。
だからこそ、人を魅了する音です」
僕はそう答えた。
僕の言葉では土岐先輩の声の綺麗さを表現は出来ないけれど。
歪みを隠すことがない土岐先輩の声は、人間らしくて同時に惹き寄せるような音でもある。
天才の称号は、周りの評価だ。
あの人はなんでも出来ると言うのも、才能のあるか否かも、全ては周りからの評価でわかること。
自分の意見ではないから。
その評価で苦しめられることもある、自分は楽しみたくてしていたこどがいつしか苦痛に変わることもあると僕は思うのだ。
変人こそ僕にとっては褒め言葉だ。
だから、放っておいて欲しい。
騒がないで欲しい。
僕はただピアノを弾いていたいだけだと気付いたから……。