せっかく乙女ゲーの主人公にトリップしたのに、悪役令嬢が転生者じゃ、主人公の意味ないじゃん!
今日、私は死んだ。
病気だったから、仕方ないんだけど。16歳という身空で散った命はやっぱりちょっと切ない――。なんて幽体離脱しながら自分の死に顔見て感慨にふけっていたら、後ろから肩を叩かれた。
え? 私幽体だけど、どなた?
振り返ると、やけにちっさいピンクのアフロヘアの男の子が、にこっと微笑んだ。
はい――?
「あのさー、近頃の若い子で珍しいね。自殺じゃないの。ああ、トラックに轢かれて転生とかもね最近多いんだー。むやみに誰か庇ったりしないでほしいよね。こっちの仕事が増えちゃうじゃん」
ピンクのアフロはしゃべるたびにもこもこ動く。軽く愚痴を吐きながら、やれやれと両手を広げてみせる。
えっと、今自分のご臨終の時だから、あんまり邪魔しないでほしいんだけど……。
「でさ、君はもう死んでるんだけど、君若くして頑張って病気に耐えたから――まあ結果的には死んじゃったんだから耐えてはないか。
そこら辺はポジティブに考えてもらって。とりあえず寿命をまっとうしたからね、神様からご褒美があるんだよ! パンパカパーン!」
ずいぶんと安っぽい効果音をつけて、自称神様だというピンクのアフロが笑顔になった。
なんだろう、この近所の博物館に行ったら「おめでとうございます! あなたが来館500人目でーす」とか言われて、素直に喜んでいいのか、やっぱり田舎だからそんなに人来ないよね、としみじみとした方がいいのか、よくわからない気持ち。
下界ではうちのママンとパパンが泣いてるし、そんな両親を見て私もほろっとしようと思っていたのに、台無しだよ。
「それでね、ご褒美として、このまま輪廻転生するか、異世界にトリップするか、違う世界に転生するか、まあいろいろ選べるんだけど、どうする?
今なら、タイムスリップとかもできちゃうけど」
ふぁっ!? このピンクアフロのちびっこ、今なんて言いました?
転生? 異世界トリップ!?
そしたら、決まってるでしょ!
ガッツリと食いついた。
「乙女ゲートリップでお願いします!!」
「乙女ゲー転生じゃなくていいの?」
「いいんです!! このまま主人公になりたいです!!」
ぐわっと瞳孔開いたままピンクアフロのちびっこに詰め寄ると、「近い、近い」と押し戻された。おっと、すみません。ガッツリ食いついちゃいました。
「じゃ、りょーかい!」
敬礼ポーズを作ったアフロはそう言うと、持っていた弓で私に向かって矢を討ちはなった。
ぽすっと軽い音を立てて心臓に突き刺さったその矢は、確かに貫かれているのに痛くない。
「よし。これでオッケー! いってらっしゃーい!」
そして私は神様に見送られて乙女ゲーの世界に旅立った。
☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡
「あ、彼女に一つ伝え忘れちゃった。乙女ゲー転生希望者も最近多いんだった。一ゲームに必ずいるんだよね、転生者。
何だろ? 最近悪役ブームっての? 近頃の若い子たちはよくわかんないんだよねー、僕」
ピンクアフロの頭をかしかしと掻きながら、自称神様はそう言って困ったように笑った。
「まいっか」
すぐに気を取り直すと、「さあ、昼寝でもしよっ」と言って、天界に帰っていった。
☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡
気がつくと、朝だった。
寝ていたのはベッド。窓の外ではチュンチュンといい声で雀が鳴いている。
なんだか、すがすがしい朝の始まりだ。
着替えて階下に降りていくと、自分の両親の顔を見て驚いた。……ちゃんと、ゲームの世界になってる!!
「おはよう、碧衣ちゃん。さあ早くご飯食べないと、遅刻するわよ」
母親の顔は何度もやった『流れ星は見ている』という乙女ゲームに出てくるキャラの顔をしている。それに、私の名前が碧衣って!!
やった! 正に主人公!!
ピンクアフロのちびっこ、ホントに神さまだったんだ!!
踊りだしたい気持ちになって、ちょっと小躍りしてみたら母キャラに「どうしたの!?」と心配された。
あはは、なんでもないよ。と笑ってごまかして、オープニングと同じようにテーブルの前の椅子に座って朝食を食べた。
そうそう、こっからオープニング。
朝起きて、朝食を食べるシーンで、主人公が「今日から新しい学校だから緊張する!」ってセリフを言って、母キャラが「碧衣ちゃんなら大丈夫よ」なんて言って、「あ、遅刻しちゃう! いってきまーす!」
って家を飛び出すんだ。
セオリー通りにちゃんと行い、私は家を飛び出した。
今日から転校生。
転校先の学校で、同級生、先輩、後輩、先生、と言った攻略キャラの中から一人選んでプレイするんだけど、私は絶対同じクラスで隣の席になる『天川稜』を攻略したいんだ! と夢に燃えて登校初日。
先生にお決まりの転校生として紹介されて、空いている席の隣は天川君。そしてその隣に座った私と彼は急接近。ってストーリーのはずなんだけど……。
「星野碧衣です。M市から来ました。よろしくお願いします」
とぺこりと頭を下げた。私が座るのは窓際の一番後ろの席――のはずだった。
私の席に空きがなく、急きょ作られたのは廊下側の一番後ろ。隣には誰もいなかった。
当の天川君は窓側の一番後ろ。その横には、長い髪のきれいな人が座っていた。
――あれ?
よくよく見ると長い髪の美女は主人公のライバルキャラで、どの攻略対象を選んでも必ず邪魔をしてくるライバルだ。今回私は天川君を選んだから、彼女はクラスメートとしてのライバルポジになったのか……。
だけど、おかしいな、初日のイベントは私が彼の隣の席になることなのに。
それからもライバルキャラである一条紗希にはイベントをことごとく潰された。
転校して間もなくの日直の時にノートを集めないといけない私を手伝ってくれるはずだった天川君の代わりに、なぜか率先して一条さんが手伝ってくれる。
そして、近々行われる体育祭の実行委員に立候補して二人で委員をやってポイントを稼ぐはずなのに、天川君と一条さんが委員になった。
このままじゃマズイと思い、委員に立候補してみたものの、クラスメートは全員一条さんを推したので、その空気にいたたまれなくなり早々に辞退した。
その後、出しゃばりとクラスメートから陰口を叩かれて辛い……。
よくよく観察していると、一条さんは誰からも好かれている完璧なお嬢様で、学園のアイドル、天使と呼ばれている。性格ももちろんよくて、彼女のことをやっかむ人はいても、悪くいう人はどこにもいない。
で、私はそんな彼女に空気も読まずに突っかかっていった、身の程知らずの転校生という立ち位置に納まっていた。
あれ?
おかしい。イベントが起きても主人公である私が選択しようとする行動はすべてライバルキャラである一条さんが先に行動してしまう。
そしてライバルであるはずの一条さんが、あれ以来クラスメイトから軽くはぶられている私を庇ってくれて、気がついたら親友という立ち位置になっていた。
気がついたら名前で呼び合う仲になっていた。
あれれ??
そして、しばらくしたら紗希ちゃんから恋の相談まで受けちゃって、案の定天川君が好きだと告白された。
紗希ちゃんと天川君は、今ではクラスの誰もが認めるお似合いカップルだった。唯一の救いは、天川君が否定していることだけれども。
それすらもクラスのみんなは照れ隠しだと思っている。
私はこれはまたマズイフラグが立ったと「実は私も彼のことが……」と紗希ちゃんに打ち明けたら、
「そうだったの!? 碧衣ちゃんなら絶対お似合いだよ。
どっちが天川君とうまくいっても、恨みっこなしで頑張ろう!
抜けがけはなしだよ!」
と可愛く言われてしまった。
しかも紗希ちゃんは有言実行の人。自分の恋もそこそこに、私の恋を応援し始めてしまった。
しかし――これもクラスメイトからは「紗希ちゃんが天川君をずっと好きなのは、みんな知っていて、天川君も紗希ちゃんのこと憎からず思っているのに……」と責められた。
おかしい。
なんか、気がついたら私が悪役ポジじゃないですか!
しかも、天川君と紗希ちゃんの仲をことごとく邪魔しちゃってるよ、私。
私と天川君はイベントが成立しないんだから当たり前だけど、ぜんっぜん甘い雰囲気になんかならない。
恐ろしい。
イベントが起きるとすべて紗希ちゃんに持って行かれていた。さすがに、天川君をよく見ているだけある。
そのせいか、天川君と紗希ちゃんは、なんだかいい感じに仕上がってきている。
あっれー?
でも、紗希ちゃんはほんとにいい子なので、もう恋愛どうでもいいかと、当初の乙女ゲートリップの目的を忘れてしまいそうだった。
このまま彼女との友情フラグを育んでいく?
翌日も体育祭の看板を作るというイベントがあって、外で作業をしていた私と天川君は突然雨に降られ、体育倉庫で雨宿りをするイベントが起こるはずだった。
そして当日。
私と天川君はようやく二人きりで作業をするというイベントが発生して、ほっと胸をなでおろした。
それにしてもやっぱり天川君カッコいい。
作業しながら時折天川君を見ると、彼と目が合って慌てて逸らした。
「何だよ、何見てんだよ」
むっとした口調で言われ、「ごめんなさい」とつい謝ってしまった。
だって私は彼が攻略対象だって知ってるけど、彼からしたら私は単なるクラスメイトで、あんまりなじみのない会話したこともほとんどないという転校生だから名前を知っているぐらいの存在だった。
考えてみれば、私と彼はクラスでのグループも全然違く、天川君はクラスの中心の男女グループで、私は地味ーズが集まるグループに入れてもらっている。
紗希ちゃんが絡んでくれるからかろうじてクラスから浮いていないという程度の存在だ。
……よくよく考えてみたら、悪役ポジでもなくない? これ。
これじゃあただのモブだよ。もう、悪役も噛ませ犬も通り越してモブになっちゃった。
主人公のはずなのに、どうして!?
黙々と作業していると、
「どう? 進んでる?」
と顔を出したのは紗希ちゃんだった。長い髪をポニーテールにして、にこっと笑って私たちを見ている。
そして書き途中の看板を見て、
「わ! もう結構できてる! すごい!!」
と喜んでいた。そして、天川君が書いた場所を指さして「こことここは、特にすごいキレイ!」と手放しで褒めている。
「だろ? そこやったの俺。もっと褒めて」
なんて天川君がちょっと得意になって言っている。
なんだか、いい感じ。
私はその会話に入れずに、黙々と作業を続けた。
「碧衣ちゃん、碧衣ちゃんのところもすごくいいと思うよ。この青なんてとてもきれいだし」
紗希ちゃんはそう言って、私の後ろに立った。
「ほんと? えへへ、やっぱ褒められると嬉しいね。ありがと、紗希ちゃん」
そう言って振り返ると、紗希ちゃんがにっこりと笑っていた。
三人でああでもない、こうでもないと看板作りの作業をしていると、突然雨が降ってきた。
ああ、やっぱり二人きりにはなれない模様。
「わ! 雨!」
紗希ちゃんが空を見上げる。
「いけない! 看板が濡れちゃう!」
紗希ちゃんはそう言うと、慌てて看板を持ち上げようとした。
「濡れちゃう前に、体育倉庫で雨宿りしよう!」
紗希ちゃんに言われて、私も看板を持ち上げる。
「バカ! 星野、看板は反対側にしないと雨に濡れて書いたやつが滲むだろ!?」
紗希ちゃんと天川君が看板を裏返しにしようとして、私も慌ててそれに習った。
そしてここから一番近い体育倉庫に三人で向かう途中だった。
「あ!」
紗希ちゃんがどっと音を立てて、転んでしまった。
「いた……」
紗希ちゃんが転んだ先を見ると、ポールを立てる用の丸い穴のふたを閉めるのを忘れていたらしく、そこがぽっかりと空いていた。
紗希ちゃんはどうやらその蓋に足を引っ掛けて転んでしまった。
あ! やばい……。
やっちゃった。
「大丈夫!?」
慌てて紗希ちゃんに駆け寄る。
「うん、大丈夫。私のことより、看板を早く濡れないところに持って行って。私は大丈夫だから。
天川君、お願いね」
こんな時にまで看板の心配なんてしなくていいのに、紗希ちゃんのそう言うところがいい子なんだよな。
「バカ、置いてけるわけないだろ。星野、お前看板持ってける? 一条、足くじいているみたいだから俺保健室連れていくよ」
天川君はそう言うと、さっと紗希ちゃんを抱き上げて雨の中を保健室に走っていった。
そして私はというと、一人で看板を体育倉庫に運び、しとしと降り続ける雨を眺めていた――。
今回も、フラグを立てられなかった。今回もきっと紗希ちゃんが来るだろうと思ってたから、私がこけて天川君に保健室に連れて行ってもらおうと思って、あらかじめ躓くようにふたを開けていたんだ。天川君のことだから、きっと怪我した子は放っておかないだろう。
ゲームのイベントにはなかったけど、イベントがすべて回収されてしまうなら、自分で作るしかない。
でも、結局無駄に終わった。やっぱりよからぬことを考えると、補正がかかるんだね。
しばらくしてから、雨の中を天川君が走ってきた。
「大丈夫だったか?」
頭のしずくを手で払いながら、天川君が言う。
「うん。一度落しちゃったから、ちょっと砂がついちゃったんだけど、手で払ったからあらかたとれていると思う。紗希ちゃん、大丈夫だった?」
「看板のことじゃなくて、星野のことだよ。濡れなかったか? 一条は捻挫。結構腫れてるから親に迎えに来てもらって帰るって言ってた――って、それよりかお前、相当汚れてるぞ!?」
私の格好を見て、天川くんが驚いている。それもそのはずで、一人で看板を抱えて持って歩いたから、半袖の白い体操着に思いっきり絵の具がついていた。
「大丈夫だよ、これぐらい。紗希ちゃんの怪我に比べれば、全然」
ほっと胸をなでおろしていると、天川君が優しい顔をしてこちらを見ていた。
「よく頑張ったな」
突然ぽんと頭に手を置かれた。頭のてっぺんからじんわりと天川君の体温が伝わってきた。
それだけで、今までの苦労が報われたような気がした。
それから私と天川君は、イベント通り雨が止むまで二人きりだった。
天川君は最初の印象と違って明るくて話し上手で、天川君は転校してくる前のクラスや学校の話など、面白おかしく話してくれて、会話が結構盛り上がった。
「星野って、けっこう話しやすいやつなのな」
天川君はそう言って笑った。
だって、天川君の趣味や好きなものは把握してるもの! 話を合わせるのもなんのその!
「天川君が盛り上げてくれるからだよ」
笑顔で返すと、天川君はちょっと嬉しそうな顔をして私を見ていた。
雨が止んでから教室に戻り、制服に着替えてから廊下に出ると、天川君が廊下に立っていた。
「遅くなったから送るよ」
少し照れたようにそう言う天川君に、私は嬉しくて大きく頷いた。
もう外は暗くなっていて、さっきの雨が嘘のように夜空には星がたくさん瞬いていた。
その日を境に私と天川君は急速に接近していった。
体育祭は成功し、私たちのクラスは私と天川君が作った看板を後ろにして記念写真を撮った。
私たちは二人並んで、ピースをした。
そして一学期が終わるころに私は天川君に呼び出されて、最終イベントをクリアできた。
☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡
「ねえねえ、どうしてフラグも立ってなかった私たちが、うまくいったんだろうね。紗希ちゃんの方が絶対ポイント貯まってたのに」
「あのね、言わなきゃ分かんないわけ?」
呆れたように稜君が言う。
「どんなに一条が俺のこと好きだったとしても、俺の好みじゃない。
俺は完璧なお嬢様じゃなくても、学園のアイドルじゃなくても、碧衣がいいと思ったんだよ。
それだけ」
ぶっきらぼうに返された。
どうやらあの日、私たちのフラグはちゃんと立っていたようだ。ピンク色のアフロに、ちょびっと感謝した。