第一話
結局、私は職員室の前に来てしまった。
桐谷は来ていない。
ぼーっとしていると、隣のクラスの麻川未奈美ちゃんが歩いていた。
割と親友。
割と趣味が合う。
「はぁ・・・」
あからさまに溜息をついている。
「未奈美!」
「あ・・・苺ちゃん・・・」
元気がない。
「何かあったの?」
「私、転校するかもしれない!!」
未奈美がワッと泣きだした。
「え!?どういうこと!?」
未奈美は泣きながら訳を話した。
未奈美の話を要約するとこうだ。
彼女の母親の指輪が無くなった。
それは、父親が結婚記念日にプレゼントされたものだった。
彼女の家は小金持ちで、割と大きな家に住んでいる。
無くしたと思われてもしかたがない。
「でもッ・・・私が最後に見たときは夜だったの・・・
お母さんはもう寝ていたのよ・・・?
朝も私のほうが早く起きたの・・・
でももう朝に見たときはなかったの・・・」
ん?
それって、未奈美が寝てから起きるまでの間に無くなったってこと・・・?
「夜の間にお母さんが起きたってことは?」
「それも・・・ない・・・
お母さんは最近・・・睡眠薬を飲んでたから・・・」
「じゃあお母さんが無くしたんじゃないじゃん!!」
「そうなの・・・でもお父さんは・・・せっかく買ったのにッて・・・それで喧嘩に・・・」
これは・・・事件?
「水守」
桐谷が来た。
桐谷は私と未奈美を見比べて、口パクで、
「泣かせた?」
と聞いた。
「違うから!」
ふっと、頭の中に、桐谷の声が響いた。
「俺、推理小説オタクだから」
うーん・・・こいつなら解けるかな?
私は桐谷にこの事を話した。
「事件だなッ」
桐谷の目が輝いた。
「とりあえず部室に行くか!」
「ッて、えぇッ!?部室!?」
「あぁ、部室。」
どうやって・・・?そう言いかけた。
「これを使ってな」
桐谷が黒い小さなノートを取り出した。
『ブラックノート』
なんだそれはー!!
なんか怖いし・・・
私たちが桐谷に連れて行かれた場所は、階段の下・・・倉庫・・・?
机と椅子が山積みになっている。
「さて、最初のクライアントだ。」
「クライアント?依頼者?」
え、だってこの部は推理小説を読みあさる部じゃ・・・
「そんなの上っ面に決まってんじゃねぇか」
桐谷がにやりと笑う。
「小説じゃなくて現実な事件を解くんだよ」
えー!?
は、初耳・・・
未奈美はきょとんと私たちを見ている。
「麻川さんですね。
事件のことは聞かせてもらいました。
さっそくですか、明日家の見取り図を持ってきていただけませんか」
いきなり同級生に敬語で話しかけられ、しかも見取り図まで要求された彼女は困ったように私を見た。
次の日、私が『部室』で推理小説を読みあさっていると、未奈美が紙袋を持ってやってきた。
彼女は紙袋からA4サイズの紙を取り出した。
え、それって・・・
「家の見取り図です。」
桐谷が目をキラキラさせながら、
「家具の配置を書き込んでください」
と言った。
数分後、未奈美は書き込み終わった見取り図を桐谷に渡した。
「無くなったと思われる時間は夜だったんでしょ?
みんな寝てたんだよね」
「うん・・・鍵もかかってたし・・・」
「じゃあ、外からは誰も入れなかったってことか」
「あ、でも、みみだったら・・・」
「みみ?」
桐谷は知らないようだが、みみというのは未奈美んちの猫である。
「猫?みみなら外から家に入れたのか?」
「だって未奈美んちの勝手口には猫用のドアがあるんだもん」
「どれぐらいの大きさだ?」
未奈美が手で四角く形をとる。
だいたいノートパソコンより一回り小さいぐらいの大きさだ。
桐谷はメモに、『猫用のドア、縦約20cm、横約15cm』と書いた。
「そこから小柄な人は・・・」
「無理ですね」
「っていうか、桐谷は誰かに盗られた方向で話を進めちゃってるのね」
「じゃあ、最後に指輪を見た場所は?」
人の話を聞け!
未奈美は見取り図の、居間に置いてある食卓テーブルを指差した。
「この上に・・・」
桐谷は赤ペンでテーブルにまるをした。
「勝手口は居間にあるのか。」
「みみがくわえて持ち出した可能性は?」
未奈美は少し考えて、
「無いんじゃないかな?結構大きい箱だったし・・・」
と言った。
たしかにみみは小さい種類の猫だ。
くわえるのは無理かもしれない。
「箱の特徴は?」
「軽めの鉄の箱だった・・・
軽い割に大げさな箱だったな・・・」
「釣り竿や針金で釣ったりとかは?できない?」
桐谷は人を小バカにするように笑った。
「釣り竿だと猫用のドアから食卓テーブルまで振り上げられないし、針金だと曲げたら家の中に入れられないだろうが。」
むか・・・
「じゃあ他に盗み出す方法なんてあんの?」
「それを今考えてるんだろ?」
ごもっとも・・・
「そういえば、無くなる前の日にお母さん、指輪を近所の人に自慢してたような?」
それだ!
きっと犯人はその中のうちの誰か・・・
「あと、無くなった日に、みみが夜帰ってこなかったんだよね・・・次の日に帰ってきたからいいんだけど。」
キーンコーンカーンコーン・・・
チャイムが鳴った。
最終下校の合図だ。
「今日のところはお開きだ。」
「じゃあ私はお母さんたちにもっと詳しいことが聞けないかやってみるから・・・」
未奈美はそう言ってさっさと帰ってしまった。
「あ」
「何よ」
「わかった、トリックが」
えぇぇッ!?
「明日放課後麻川んち行っていいか聞いといてくれ」
「教えてよ、トリック」
「明日」
「ずるい!教えてよお!」
桐谷は何も言わず帰ってしまった。
本当にわかったのかな・・・
もぅ!
気になって眠れないじゃないの!