嫁を救いにVRMMOの世界へ!
音の無い道路を、歩いていた。
最終電車が走り終えた線路はその日の役目を終え、私の歩く道路と平行に横たわり、静かに眠りにつく。車も一切走らず、通行人も居ない。見上げた所で星なんか輝いてはおらず、目に入ってきた信号が赤色で点滅して、辺りの静寂さを物語っているだけだった。
シンッと静まり返ったその空間のように、私は孤独で寂しかった。
24歳で結婚し、同期の誰からも羨ましがられるような妻がいた。誰が見ても美しいと思える美貌を持ち、性格までもが美しい女性だ。今日のように終電での帰宅になろうとも、家に帰れば笑顔で迎えてくれ、そして暖かいご飯を作って待ってくれていた。彼女は家事をよくこなし、私に対して尽くしてくれた。掃除も、洗濯も、何もかも全て。
だが、そんな彼女はもう居ない。奪われてしまったからだ。
耐え難い虚無感に襲われながらも、私の中には大きな復讐心が膨れ上がっていた。何としても彼女を取り返さなくてはならない。そして今日も、私は妻を奪ったものへ、その場所へと、乗り込むことを決意していた。
音の無い道路で、アスファルトの地面とビジネスシューズがぶつかり、カッカッカッという音が響く。その音は次第に速さを増していき、私の焦る心境を音で表現していた。
自宅へとたどり着き、玄関扉を開く。ガチャリという音だけが、私を出迎えてくれる暗い玄関で、深い溜息をついた。ただいまという言葉を使わなくなって、もうどれほど経つだろうか。
明かりの無いリビングへと歩んでいく。前であれば、リビングのテーブルに並べられた夕食があっただろう。その夕食は栄養バランスの考えられた献立で、緑、赤、黄の華やかな色で構成されていた。だが、それも過去の話。そこには、コンビニで買われたであろう、プラスチック容器の唐揚げ弁当が無造作に置かれている。もう見慣れてしまった光景だ。
床には散乱した衣服、そしてフローリングの床には抜け毛が目立って落ちていた。テーブルは埃が積もっていて、今日も掃除が行われていない事が分かった。そんな場所に一瞥をくべ、私は自室へと移動を始める。
途中、捕われの彼女の部屋の前を通り過ぎる。私はふとした気持ちで、扉に耳を当てて中の様子を伺ってみると、キーンという甲高い電子機器の稼動音が聴こえてきた。どうやら今日も、彼女はあちらの世界に捕われたままらしい。
私は急ぎ足で自室へと入り、ベッドに仰向けで寝転がった。枕元に置かれたままだった、白い色で丸みを帯びた眼鏡状の電子機器を手に取り、それを目に装着する。その手で電源を入れると、キーンという甲高い音が頭に響いてきた。
ぼぅっという感覚と共に、フェードインしてくるように目の前に文字が浮かび上がり、テキストボックスが映し出された。私は慣れた様子で、IDとパスワードを打ち込む。そしてログインボタンを押下し、深い闇に落ちていくように、その世界へと転げ落ちていった。
さぁ、今日こそ、彼女を救うんだ――
この世界から―
私は、目を開いた。
何処までも続きそうな不安を煽る暗闇の中、紺と紫に交互に輝く岩肌が、目の前に途方も無く高く聳える。周りの燭台が、ぼう、ぼう、と音を立てながら火を灯し、その光が暗闇をゆっくりと浸食していった。次第に辺りが見開けてくる。岩肌を前に大勢の魔物達が、その目を鋭く光らせ、その時を待っていた。
紫や黄の色をした毒々しい毛を帯び、鋭い爪を持った獣族は目から殺気を放ち、グルルと声をあげて口から白い息を吐く。横に並ぶ巨人族は大きな鈍器を持ち、巨大な体躯をノソリノソリと動かし、その場で足を踏み、地響きを起こす。集団の上を羽ばたく鳥族は、白く美しい羽を羽ばたかせながら、それと反比例するかのような、黒く、細く、それでいて禍々しい体を見せ付け、甲高い声で奇声をあげる。それらの種族全てを馬鹿にするような目付きと仕草をした悪魔族が、黒く艶やかなローブを身に纏い、魔道書を手に持ちながら集団で笑みを浮かべていた。
全ての種族が揃い、そして準備が整ったその時、頭上からバサリという大きな羽音が轟音となって降り注いできた。
巨大で雄雄しい翼を羽ばたかせるたびに、ブオンブオンという風を切る音が鳴り響く。その羽は鉤爪がついているかのように形を持ち、見るものを圧倒した。光の届かない谷底を思わせるような漆黒の鱗を身に纏うそれは、まるで鉄を身に纏いながら羽ばたいているように重々しく映る。その生き物は、目の前の岩肌の途中に、ズシンという音と出しながらその身をとどめた。目は燃えるような赤い瞳をしており、全てのものを率いるのに相応しい威圧感を放っている。
赤き目をした竜族が、その口を開いた。
「皆! 今日は集まってくれてありがとう!」
牙を剥き出しにし、口から炎を漏らす竜が、その言葉に合わせて雄叫びをあげた。その姿には到底似合わない可愛らしい発言に、悪魔族の先頭にいる大きな角を持ったものが、大きく声を出した。
「ドラさん! 流石にもうちょっとロールプレイングしてくださいって!」
その言葉の後、ワハハという多くの笑い声が響き渡った。それぞれの種族が笑い声に合わせて、グルルと息を吐き、ウホホと地を踏みしめ、キィと高い声を上げ、ホホホと小馬鹿にしたような笑みを出す。それを目にした竜の形をしたものが、コホンと咳払いをしながら炎を出し、もう一度声を出した。
「諸君! 感謝する! これだけの数があれば、王都を陥落させる事も容易いだろう! 必ず勝つぞ!」
その刹那、凄まじく大きな怒号が辺りを覆い尽くす。黒き集団は、王都に向かって進軍を開始した。
王都ガングライム――
正面の城門以外の周りを山で囲まれたその城は、高い城壁により強固に守られていた。
白色をしたその城壁の上には、砲台が並べられており、私達を牽制するように出迎えた。砲台の横には多くの弓使い達が並び、ギロリとこちらを睨み付ける。
こちらが陣を整えていると、城門より現れた馬に跨った騎士達と、重い盾を持ちながら歩く重剣士達が、まるで防壁のようにズラリと並んでいく。機動力のある騎士達が先頭に陣取り、その後ろで重剣士達がズシリと重みのある、自身を軽く隠してしまう程に大きな盾を、目の前に展開した。その後方では、それらを支援する魔法使いが、白いローブに身をまといながら立ち並ぶ。
城壁の上、その中央を見ると、緋色の目と艶やかな金色の髪を持った、白銀の鎧を身に纏う勇者がニヤリと美しい笑みを浮かべていた。
その様子を見た悪魔族の筆頭のものが、竜族へと声をかける。
「おいおい、ドラさん。こんな夜中に進軍したにも関わらず、人間の数多すぎじゃないか? 勇者もしっかりいるんだけど……」
「ありゃー、こりゃ情報が漏れてたのかもね。金曜日の晩だし、数を揃えるのは容易かったんだろう。にしても、ここまで多くの人数で戦うなんて、このゲームが始まってから初めてだろうね」
声をかけた悪魔族のものが、手を顎へと近づけ、知的な仕草でフムと相槌をうった。
「こっちの戦略がバレてる……とうよりは、この城のリスクをしっかりと把握しているようですね」
割って入るように、私が二人へと話しかける。
王都ガングライムのその造りは、三方を山で囲まれており、防衛にめっぽう強いものだった。だが、その反面リスクも存在した。城門まで突破し、王都ガングライムと別拠点のルートを塞いでしまえば援助が出来なくなり、完全に孤立してしまうという点だ。このゲームには転送魔法等が存在しない為、戦力の補強ルートさえ絶ってしまえば、勝ちに大きく近づく。
魔族側の戦略としては早期決着を想定して、大きな武力で一気に城門まで突破するというものだった。長期戦になってしまえば、戦力も徐々に落ち、こちらに突破する決定力が欠けてしまい、人間側に有利な展開となってしまう。だが、人間の配置を見ると、門には近づけまいと城の外へと出陣し、強固な守備を見せている。城のメリットとデメリットを人間側はしっかりと把握し、こちらの動きを想定していたようだ。
「これはキッツイな……ブルさんなら、どうやって攻める?」
赤き目をした竜が、大きな鼻息をたてて、ギラつく目をこちらに向けた。
ブルというのは、私のキャラクターの愛称だ。本来のIDは【Brute_Lullaby】と言い、その最初のスペルをとってブルと呼ばれている。種族は獣族だ。紫の体毛がフサフサと靡き、両手の爪がギラリと鋭く光る。
竜族から意見を求められた私は、少し考えた後に意見を述べた。戦況はおもわしくなかったが、自分の中にある最適解を伝え、共有する事が大事だ。
「スピードのある獣族が、細かく分けた蜂矢の陣で相手を霍乱しつつ、時間稼ぎとして攻め入ります。側面からの攻撃は無いと想定できるので、これが有効でしょう。上手く騎士を無力化できれば、最高の状況に持っていけるはずです。その霍乱の隙を縫って、後ろからスピードのない巨人族を盾にしながら、鳥族と悪魔族を攻撃・補助が可能な範囲まで移動させます。その後は相手を包むように巨人族と鳥族を鶴翼の陣へと移行し、そのまま巨人族が相手に詰め寄るような形を取るのが良いかと」
上を羽ばたく鳥族のトップが空中で頬杖をつき、体に刻まれた禍々しい紋様を見せつけながら、それしかなさそうねという声を出した。悪魔族のトップもそれに続き、戦術にあまり長けていない一つ目の巨人族のトップは、賛同も否定もしないような反応を見せる。
周りの意見を情報として加味した後、竜が判断を下した。
「なるほど……悪魔族の補助魔法と攻撃魔法が、いかに速く前線に届くかが肝だね。想定していた一点突破の戦い方とは違うし、ベストじゃないけど仕方ないなぁ。となれば、問題は機動力がある騎士をどう突破するか……。もしくは、騎士を孤立させられるかどうかって所かな? そこはちょっとギャンブル要素が高いし、前線の素早い判断能力が求められるよ。ブルさんが先頭になると思うけど、指示は任せていいかな? 後方指示は竜族の僕が出すからさ」
その言葉の後、各種族のトップ達の目線が一斉に私に向けられる。そう、獣族のトップは私だ。この戦いを決定づけるのは、私の手腕にかかっていると言っても過言ではないだろう。私は紫色の毛が生い茂る右手を、顔の前でギュッと拳に変え、強気な姿勢を見せながら言う。
「了解」
その言葉が引き金となり、戦術は私の案で決定となった。各々が陣へと戻っていき、皆へ戦術内容を伝えていく。徐々に高まる緊張感が、戦いの時を感じさせていた。
現実の時間が夜中の2時を差す頃、戦いが始まる――
「獣族、続け! 行くぞ!」
私の掛け声と共に5つに分けられた小隊が、矢の形をした陣形を取りながら、城へと突撃を開始した。
肢体は鞭のようにしなやかに地面を蹴り、重量のある身体が豹を思わせるような速さで駆けていく。ドドドという音が鳴り響き、砂埃が舞った。周りの獣族を見ると鋭い牙の隙間より、白い息がゴヒュウと音を立てて流れ出た。その鋭い目は相手の喉下を、爪で切り裂かんとする意思を感じられるようだった。
「騎士隊、迎え撃て! 弓隊、タゲ、ブルート!」
勇者のその号令と共に、弓使い達の視線が一斉に私の方へと向きだす。ギギギと地面と擦れる音を出しながら、鉄の固定砲台もこちらへと視線を向けた。
「ブルさん、タゲられてます!」
四本の足を使いながら疾走する私の横から、心配する声が聞こえてくる。だが、弱気なところを見せてはいけないと、私は大きな声で叫んだ。
「この距離なら遠距離攻撃には威力減衰がある! 私に構わず突っ込め!」
その瞬間、固定砲台から爆音が響き渡る。込められた火薬に火が着き、発射されたのだ。巨大な鉛球が最初は目で捉えられない程に速く飛び、空気を切り裂く音を出しながら迫ってきた。距離を重ねるにつれ、その勢いは緩和され、鉛球が目視できる程に確認できる。だが、それでも尚、速いという事には変わりなかった。
デスペナルティを恐れた獣族は立ち止まってしまい、弾を避ける意識だけが取り残されてしまう。
ドン―― ドン―― ドン――
大きな音を立てながら着弾する弾により、大きく砂煙が舞い上がった。その砂埃は戦場を包み込み、双方の軍の状況が一気に不明確になる。そして、戸惑いを隠せない獣族は完全にその機動力を失ってしまっていた。
だが、その最中――
私は前進しつつ、その弾を避けきっていた――
「怯むな! デスペナを恐れて勝てるか! 突っ込め!」
砂埃により視界を失ってしまった獣族だったが、私の意志は伝わったようだ。前方から私の声が響いたことにより、後方の獣族の士気は一気に上昇した。後方より、「おお!」という強い声が聞こえてきた。その声はゲームのマスキング機能により、大きな獣の声へと変化して人間達の下に届いた。
グオオォ――
低く、鋭い声が戦場に響き渡る。土煙の中から多くの黒い影が、凄まじい速度で前進を始めた。
私も肢体を強く使い、地面を蹴り、土煙の中をひたすらに走った。そしてそれが少しだけ途切れた瞬間、私は目に映った騎士へと爪を向けた。
ヒュンという爪が風を切る音の後、ギャリリと音を立てながら爪が剣によって遮られた。馬に跨った騎士が、美しい赤の瞳をこちらに向ける。艶のある長い黒髪がはらりと舞う。白く統一された鎧と盾。そしてそれらには、リバーレースを彷彿させる美しい紋様が描かれている。跨った馬が、ヒヒンと鳴いた。
「ここは通さないわ、ブルート」
「アイリーン……今日こそはお前を仕留めさせてもらう」
私のその言葉はマスキング機能によって、グルルという唸り声へと変換され、女騎士の耳に入った。
爪と剣が弾きあい、その力によって私達は距離をとった。四本の足で地面を掴む私に対し、馬に跨りながら余裕の表情を浮かべ、剣を頭上へと掲げる女騎士。
私達はしばらく見つめあった。周りの音が消えていくような、二人だけの空間に包まれる感覚――
ドン―― ドン―― ドン――
固定砲台の爆音が、その空間を切り裂いた。
瞬間、私は全身を脱力し、地面とスレスレの低い体制となりながら、女騎士へと素早く間合いを詰めた。踏み込まれた右足が、右手に力を大きく伝える。爪を一箇所に纏め、槍の形となり、彼女の胸元へとそれを突き刺す。
だが、女騎士は左手の盾を懐に入れ、私の爪を上手く去なした。それによって体勢を崩した私は、女騎士の後方へと引っ張られるような形になり、力が大きく逸れてしまう。体勢を崩したのを瞬時に悟った女騎士は、その隙を見逃さず、私の胸元に剣を一振りした。
胸に大きな衝撃が走り、ドサリと地面に倒れる。だが私は直ぐさまに身体を上手く反転させ、転びながらも有していた尻尾を女騎士に強くぶつける。盾で防がれたものの、その大きな力によって馬から飛ばされた女騎士は、地面へと転げ落ちた。馬はパカッパカッと軽い足踏みでその場で舞っている。
地面を掴みながら、私はグアア――と雄たけびをあげる。
女騎士はフフフ――と笑みを浮かべながら口を動かした。
「どうして人間側にこなかったのかしら? 身体の使い方や、プレイスキルは群を抜いてるわね。こっちにきたら即エースよ」
周りからは地響きが、弓を射る音が、剣と爪が交じり合う音が、砂埃を通して聴こえてきた。暫く見つめあった後、私は女騎士へと言葉を伝える為にマスキング機能を外しながら返答をした。
「私の目的は、人間側には無い」
「あら? そうなの? なら、やるしかなさそうね」
「構わんが、周りを見てから言うんだな」
女騎士が、えっ、という表情をしながら辺りを見渡した。ヒュウという風の音がした後、砂埃が晴れてゆく。すると、巨人族が翼の形を取りながら、既に城を包囲していた。巨人族に守られながら鳥族が翼から羽を射て、騎士たちに大きな損害を与え、騎士達の陣形は既に崩壊していた。悪魔族が大人数で魔法を詠唱する姿も見え、それはそこだけが赤い光に包まれ、大きな炎を上げているようにも見えた。
「しまった、砂埃が視界を……! さっきの雄たけびは……!」
「あぁ、戦っている最中に指示を出させてもらっていたよ。VRっていうのは色んな物の再限度が高すぎるな。砂埃を利用して、軍をノーリスクで前進させてもらった」
女騎士が驚く表情をしながら、ガクリと身体を崩す。城壁にその身を置いていた勇者も、こちらの陣形を確認した瞬間に顔が歪んでいた。焦ったような口調で、魔法使い達に大きな声で指示を出している。
「ま、魔法隊っ、守備魔法展開用意ぃ!」
遠くから聞こえるその声に、竜族は隙を与えずに指示を与えた。
「悪魔族、放てッ! 鳥族、タゲをアイリーンに!」
グオオ――という竜の声に合わせ、集中砲火が女騎士を襲った。そしてそれに間に合った守備魔法が彼女を包み込む。凄まじい赤と白の発光が、辺りを飲み込んでいった。
だが、その時――
ジジジ――という音と共に、辺りの空間にパルスノイズが走った。
自分の身体を見ると、キャラクターにもノイズが発生しているのが分かった。そして、発動した魔法は時を止めたかのように、停止してしまっている。戦場は混乱した。
「な、何だよこれ、どうなってんの!?」
驚く声を上げる竜族の声が、そのスキルによって声が大きく変換されて私の耳に届いた。勇者も、何これ、何これ、と声を荒げていた。
私はその最中、情況を分析していた。パルスノイズによって、キャラクターといったオブジェクトに行動制限がつけられ、魔法のエフェクトは停止してしまっているが、声だけは出せるようだ。恐らくは、何らかの要因でサーバーに不具合が発生しているのだろう。私は分析内容を人間にも伝わるようにマスキング機能を外したままに声を出した。
「恐らくは、このゲーム稼動後に一番大きな戦闘を行った事によって、データを処理しきれずに不具合が生じてしまったのでしょう。魔法を一斉に放った後に発生したのを見ると、魔法エフェクトの処理が大きく影響していそうです。運営がキャパシティプランニングを怠っていたとしか思えない……ここまでの人数で一斉に戦闘するテストをしていなかったのかと思われます」
シンッと静まり返った戦場で、私の声が響いた。そうとしか思えない情況に、周りの皆も納得がいったようだ。
暫くすると、大きなコール音が響き渡り、運営と思われる者の声が届いた。
<<Fantasy War Online をお楽しみ頂いている皆様、いつもありがとうございます。現在、当サーバーにおいてネットワーク障害が発生している模様です。当サーバーは2分後に強制終了し、臨時メンテナンスを実行致します。メンテナンスは、プレイヤーの皆様をホームタウンに強制送還した後に開始します。そのままの状態でしばらくお待ちください。プレイヤーの皆様には、ご迷惑をおかけ致します。大変、申し訳ございません>>
それを聞き、周りがざわつき始めた。魔族側の有利な状況が、消滅してしまった瞬間だ。なんだよそれ、や、ゲームマスター出て来い、などの当たり前の文句が飛び交っていた。
目の前に崩れた格好をした女騎士が、ハァと溜息をついた。
「障害に救われちゃったみたいね。魔族側のモチベーション、下がっちゃったんじゃない?」
「ふん、私は諦めないよ」
私のその言葉を聞き、彼女は訝しげに眉を寄せながら、口を動かした。
「あなたの目的って何なの?」
周りの魔族はまだ、怒りで落ち着きを見せていなかった。人間は大きな安堵感に包まれたような雰囲気を見せる。そんな最中、私はその女騎士にだけ聞こえるような声で言った。
「人間共を殺しまくって、デスペナルティのショックで引退させて、プレイヤー人数を減らすことだ」
それを聞いた女騎士が、強張った表情から徐々に柔らかい笑顔に変わっていく。私を馬鹿にでもしたかのように、ぷっ、と噴出しながらもこう言った。
「何それ、凄い悪役っぽいね。けど……」
その直後、私達は強制送還の白い光に包まれた――
私は、目を覚ました――
ベッドの上で、眼鏡状の電子機器越しに天井をしばらく見つめていた。
時計へと視線を延ばすと、夜中の3時である事が分かった。もう、誰もが寝静まっているような時間だ。私はベッドから身体を起こし、渇いた喉を潤す為に冷蔵庫へと足を進める。
冷蔵庫にたどり着き、冷やしてあった麦茶をコップに入れ、口に含んだ。染み入るように、体中を水分が巡っていく。
ぷはぁ、と声を漏らすと、後ろから気配を感じた。振り返ると、少しだけ目を赤くした女が立っていた。
「帰ってたんだね、お帰りなさい」
「あぁ、ただいま」
私は優しく返事をした。散らかった周りを見渡した彼女は、申し訳なさそうな顔をしている。
そんな彼女に対して、私はコップにお茶を入れてあげて渡してあげた。彼女は許されたような安堵した表情を見せた後、ちょっとだけ上機嫌になりながら私に、不幸にも攫われてしまったあっちの世界のお話をしてくれた。
「えっとね、今日、凄い人と戦ったんだ」
楽しそうに話す彼女を見ながら、私は少しだけ胸が詰まるような気分だった。専業主婦として、私の為に一生懸命になってくれていた彼女を、私は責めることなんて出来ない。今の楽しそうな表情を見ながら話を聞いてあげる事しか、私には出来ないような気になっていた。
若くして、結婚した反動が出てしまったのだろう。私の帰りはいつも遅く、一人取り残される毎日だ。私だけではなく、この子もずっと孤独だったのだ。
結婚の肩書きが、バーチャルによって解き放たれる。だから、向こうの世界は、今、彼女が求めている世界そのものだったのだと思う。
ゲームでしつこく粘着すれば、もしかしたら――
そんな気持ちでこのゲームを始めてしまった訳だが、逆効果だったかな。
頭でそんな事を考えながらも、彼女の頭を撫でて、私はこう言った。
「いつも帰り遅くてゴメンな。なぁ、あいり、明日一緒に、家の掃除しようか」
二人で笑顔になりながら、暗い部屋の中で、私達は麦茶を飲み続けた。
Fantasy War Online ――略してFWO
バーチャルリアリティの空間を提供する、VRシステムを採用したVRMMORPG。提供しているサーバーにパッケージソフトを介してアクセスする事で、サーバーが管理している仮想空間へと飛び込み、現実とはかけ離れたリアリティな世界を楽しむことができる。
そんなVRMMOの中でも、一風変わった世界観を持っているのが、このFWO。
どのように特殊かと言うと、まず最初にプレイヤーは人間か魔族を選択し、その種族間同士で領土戦争をするという、人対人にフォーカスしたゲームだという所だ。種族を選ぶと、更に細かく設定を決めることができる。
【人間側の職業】
・騎士
・重剣士
・弓使い
・魔法使い
・勇者
【魔族側の種族】
・獣族
・巨人族
・鳥族
・悪魔族
・竜族
それぞれに長所と短所があり、自分のプレイスタイルに合った職業や種族を選ぶのが好ましい。ちなみに、勇者や竜という誰もが選びそうな職業と種族は、どのステータスも秀でている箇所は無く、レベリングにも労力が要り、名前と見た目に反して弱い職業と種族となっている。では何が出来るのかというと、声が一番大きく届くというもので、仲間に指示を出しやすいというだけ。
そして、一見すると不利と思われる人間側だが、人間特有の知能を利用した武器や固定砲台、そしてアイテム等を作成して使えるというメリットがあり、拠点防衛する側だと凄まじい強さを誇った。魔族側のメリットとしては、人間より身体能力が高く、空を飛べたりするという点だけで、見た目も悪く、プレイの幅も狭い。その為、見た目が可愛く、それでいて生産等の支援をメインとしたプレイもあり、楽しみ方に幅がある人間側としてプレイするプレイヤーが多い為、戦争になると要員差で魔族側はいつも苦戦を強いられていた。
そんな悪い状況下だが、主人公は魔族側を選び、その中でも獣族を選択していた。スピードに特化したこの種族は、いつも前線で戦う事を強いられ、その場の素早い判断能力が求められる。半年前から始めた私は前線で経験を積ませてもらい、今では我先に相手に切り込んでいく要員として、魔族側で活躍していた。