考えなしのこども~残忍で残酷な~
チノはこの人間界に来てからいつも事務所に閉じこもるようにいた。もちろん、人間である零司が出かける時は後を追うのだが。
だが最近になってようやく外をひとりで出歩くようになった。チノ曰く『王が庭を散歩するのも仕事だったからね』らしい。何故かチノは人間界に来てから自分のことを『王女』から『王』と呼んでいる。零司にとってはどちらでも良いのだが。
どうやらチノによると【低脳な妖精は人間界に召喚されると精霊界のことを多々忘れてくる】つまり【このチノ・アーサタントが王女であることを知らない! だったら王女より王の方が偉いじゃないか!】とか言っている。
ただたんに彼女が知られていないだけかもしれないが。サタン王がどんな性格かは知らないが妻を早くに失い娘を奪われた、しかしその娘が帰ってきたわけで。そんな娘を世間に知られないように籠の中に閉じ込めて生活をさせて……と思考を巡らせてみたりもしたが、それも過ぎた話。零司には関係はないのだ。
「ん? あれはフィアの……えっと……まあいい! なにやら楽しんでいるではないか!」
近所を散歩(チノにとっては庭を散歩)していたらフィアの妹である夢凛を見つけた。
チノにとっては楽しいことに見えているのだろうが、夢凛にとってはアレはただのイジメだ。
「おーユーリ! なにしてんの? わたしもやらせてくれよ!」
「なんだこいつ? お前の友だちか? 俺たちの邪魔すんなよ!」
黒いランドセルを背負った坊主に男子がチノの腹を押して、出て行けと言う。
夢凛の赤いランドセルは傷だらけで、夢凛本人も俯けに押し倒されて踏んだり蹴ったりされている。
「はあ? ユーリはわたしの友だちだぞ? だったらわたしだって、お前らと同じようにさせてもらえるもんでしょ」
「何言ってるんだこいつ!? 頭可笑しいんじゃねえの? もーやめたやめた! 帰ろうぜ! ちぇ、せっかく学校が午前で終わったからたっぷり遊んでやろうと思ったのによ」
助かった、と夢凛はよいしょと腰をあげてチノに礼を言う。
「お姉ちゃんありがとう。でもひどいよ、お姉ちゃんって変なひとだね。あ~でも、妖精さんだからしょうがないのかあ」
フィアのマスターである夢凛は、チノがまだ人間界にきて浅いことを知っており、尚且つ王であると思っているので、チノの言動が一般とズレているのは仕方ないと思っている。
「夢凛!」
「お姉ちゃん!」
「おっ。フィアではないか! ひっさしぶり~!」
今回はロングスカートにピンクのエプロンをつけたお姉ちゃん――エインセルフィアが買い物袋を持って走ってきた。夢凛の汚れた服を見てチノをチラリと見たが夢凛の様子から見て、チノがやったわけではない、と判断する。
(ほう……。やっぱりエルフの判断力は高いままか。おしい仲間を逃がしたもんだね)
「えっと……誰でしたっけ?」
んなっ! とチノがズッコケそうになった。自分の名前を忘れられていてしかも悪気もなく問われると流石のチノも気持ちが滅入る。
「たしか~アー…アサトさんでしたっけ」
「誰だよ! アーサタント! チノ!」
「ああ! そうでしたね、すいません。おほほ」
どうにかこうにか名前を覚えてもらおうとチノは左右の手をブンブンと振ったりして印象付ける。
「冗談ですってば」
「真顔でいうか~それ……」
立ち話をしていたらチノを呼ぶ声がした。零司ではない。女の。
「おー! 魔性の女!」
真昼間から魔性なんて言葉を公衆の面前で言われてしまい顔を真っ赤にして、顔とは正反対な紺色の髪を揺らしてこちらに走ってくる。
「スリラ! もう貴方って本当にアーサタントなわけ!?」
「覚えてたよ、スリラでしょ。スリラ。はいはい。てゆーか、あんだけ可愛がってやったのに何? まだされたいの?」
可愛がる、とは以前、事件の犯人だったスリラを戦闘不能まで追い込んだ時のことである。しかし、それを知らない空気になりかけた夢凛とフィアは顔をリンゴのように染め上げて口を開けたままである。
夢凛は多分、フィアの真似をしているだけだと思うが。
「ちょっと! そこの二人! 勘違いしないでよね!」
「おお~? 今流行りのツンデレというやつだな。愛いやつめ。フハハハ!」
バカ笑いを始めるチノの首元を掴んで、それじゃ初めましてだけどさよなら、とスリラが零司の事務所まで運んでいく。
連れてこられたチノを「あ、どうも……」と軽く頭を下げられて回収する零司と、なんで私はイヤリング状態を解除してまで外に出たのかしら? とまた知性を吸収するスリラがいた。