神話伝説~レジェントエイプリル~
平常心を取り戻した零司は、さっそくチノ・アーサタント神話伝説と重々しいタイトルの本を開く。
(どれどれ…)
チノ・アーサタントは精霊神話などに登場するジン界全てに共通する女王。また神々の女王ともされる。
サタン王という悪魔を倒しに現われたアーサー王、だが二人は禁忌を起こしてしまう。一目惚れをしてしまったのだ。消して許されないその恋、しかし人間界精霊界の最強たちに叶う者はいるわけもなく。無事に【禁忌の子供】を授かった。
(ほお。それはチノ、というわけか)
しかし、その禁忌を許すわけのない神々がいるわけで。生まれてすぐに子供は天界に連れて行かれることになる。そこで、子供の両親代はりに選ばれたのが【アーシラト】である。
アーシラトは「神々の生みの親」でもあるのだ。まさに両親、といったわけ。
(もしかして、アーサタントの「アー」にはアーシラトも含まれているのだろうか? というか、チノは女王で城暮らしをしていたわけではないのか?)
禁忌の子供は流石サタン王の子供だけあり、天界でも大人しくはしていなかった。この世に性を受けてから1000年は経った頃、天界と人間界と精霊界をつなぐ大きな扉を破壊したのだ。それから1000年精霊界を彷徨い続けた禁忌の子供は自分の両親を見つけた。しかし、人間であるアーサー王はとっくの昔に亡くなっていた。
サタン王はそれを酷く悲しんだそうだが、アーサー王に似た娘である子供が戻ってきてまた活気を取り戻したそうな。
(性格はサタン、容姿はアーサー……か。性格もアーサー王に似てくれればよかったけど)
何故天界からの脱走を試みようとした、その理由とは――
「オネエチャン! わたしにもお前の名前を教えてくれ!」
「え……。えっとエインセルフィア、フィアと呼んでください」
胸に手を当てペコリと軽くお辞儀をすると、チノは腕組みをしてさも、当然のようだ、と鼻で笑う。しかし、それと反して真面目な声を出してチノは語る。
「わたしの契約内容は人間と協力をして事件を解決することだが、確かお前たちエルフにはチカラがないと思ったが? 変形するチカラ程度だったような?」
「ええ、私たちエルフには、チノさんとは違い他人を殺めてしまう
能力はないです。でも、変形をして人間を助けることはできますよ」
「その助けとはなんだ?」
契約内容を知りたいようなチノは何かを試しているかのようだった。またジーニア・スリラのように愉しむような瞳をすると、紅い瞳を眼光鋭くする。
「夢凛家を助ける、それが契約内容です。私は夢凛の姉として支えるつもり」
「成る程、姉として変形するわけだな」
「そう、ですね。私は姉、夢凛の家族を騙しているようで申し訳ないけれど」
胸元についたリボンを揺らして苦笑いをするフィア。夢凛は二つに結ばれた髪を両手で持ち上げてこう自慢する。
「これね、お姉ちゃんが結んでくれたの! えへへ、可愛いでしょ」
「わたしの方が可愛いぞ」
「そこは可愛いって言ってあげるのが筋ですよね」
自慢を自慢と思わなかったのかさらりと事実を述べるチノに、オイコラとチノの頭を軽く叩く。普段のチノなら間違いなく瞬殺ものだが、友人というエルフをそんな扱いはしないそうだ。
「お姉ちゃん、もう帰ろうよ」
「ふふ、そうね。じゃあね、チノさん」
フィアと夢凛が手を握り公園を去る。その手を握る、という行為になんとも言えない心境に陥ったチノは、振り切るように図書館に走っていく。
(チノは、そんな理由で……)
神話伝説を読みながら彼女を想像すると、今の彼女とはかけ離れすぎていて混乱しそうだった。
神話伝説とはある意味ただの伝説だけであり、真実とは限らないのだが。
困惑と混乱と混沌が交わる零司を呼ぶ声がした。
「れーじ! れーじ! もう帰ろう、わたしは腹が減ったぞ!」
「え? ああ、はい。そうするっすか……」
図書館内ではお静かに、そのルールをすっかり忘れて戻ってきた子供を見ると、さっきまでのチノとは全く違うチノに見えてしまう。
ふむ、と目を細めるとチノが首をかしげて「まだ帰らないの?」と言いたげに、いや言ってきた。大声で。
「うす、帰りましょうか」
「手を繋ごう、れーじ!」
全く、誰の影響か。嬉しそうに手を差し伸べてきたチノに無言で手を差し伸べると、ぎゅっと握り返される。
「家族みたいでしょ?」
にっこりと笑う彼女にとって「家族」がどれだけ大きい意味か、それは「チノ・アーサタント神話伝説」を再び読めばわかるはずだ。