おねえちゃん≒オネエチャン~兵器じゃないよ~
最近はめっきり依頼が減ってきた不景気な零司探偵事務所。ジーニア・スリラを見習うわけではないが、たまには図書館に行ってみるか、と腰を上げた零司のあとを追うようにチノも図書館に来た。
「む。この黒いものはなんだ!」
「しーっ、チノさん。ここでは声のボリュームを落として」
「えっ……わ、わかった。このくらいで大丈夫?」
「うす、流石チノ・アーサタントですね」
すっかりこの土地にも慣れて、丸くなったチノ。零司の言うことはキチンときくチノ。
「で、この黒いのは?」
「ああ、これは文字です」
「文字か。ふむ……」
「外で遊んで来てもいいすよ」
慣れてきたといっても、文字は読めない書けない、物の名前は知らな い言えな い、とレベル5程度の王女チノ・アーサタント。
しかも零司が読む本はチノにとってはレベル99だろう。文字が読めないのだから黒い点々を目で流しているようなもので、すぐに飽きてしまうのが分かり切る。
だから、零司はチノが暇すぎて暴れだす前に外で遊ばせて退屈しのぎをさせる、そういう作戦だった。
チノにそんなことが効くのかどうか――。
「うむ、では行ってくる!」
効いた。
さて、これでようやく久しぶりの一人の時間ができたわけで、零司は歴史コーナーの棚に移動し、チノは外に出掛けた。
(王女チノ・アーサタント神話の本はどこかな……)
ズラリと並べられているのは英雄伝説や神話、それから精霊伝説、という伝説のオンパレード。一体どれほどの伝説でこの世界が創りあげられたのやら。
とりあえず零司は、彼女の両親であり、最も有名であろう英雄の「アーサー王」という本と、悪魔でこの名前を知らぬという者はいない「サタン王」の本を手に取った。ところで、どちらが「父親」でどちらが「母親」なのだろうか。
(アーサー王伝説から読むかな。まあ、俺もアーサー王に関しては全くの無知ではないから軽く読むとするか)
一方その頃、自分のことを調べられているとはしれずに呑気に図書館近くの賑わっている公園に来た。ブランコ、滑り台、砂場、どれも人気で小さな子供たちが元気に遊び回っていて、それを見守る父と母が何人も見れた。
チノは子供たちが遊んでいるところを顔色一つ変えずに入り込む。当然、両親たちは「なんだこのヤンキーは」と金髪で、そして紅目をしたチノを怪しいひとを見るような目で見張っている。しかし、その視線を「ふふん、どうやらわたしのオーラに魅入っているようだな。仕方のない下民たちよ!」なんて思って鼻歌まで歌っている。
「おねえちゃんどこ~」
「む?」
得に公園に遊びに来たわけではないチノは一周グルリと園内を歩くと、長い黒髪を耳の後ろで二つ結びにした幼女を見た。年齢は8歳くらいだろうか。背丈はもちろんのこと、手足も小さく頼りないように思える。
「おい」
「え? だあれ?」
結ばれた髪が大きく揺れる、チノが幼女に声を掛けたのだ。別に珍しい光景ではない。チノは興味を持つと声を掛けていくタイプだ。しかしヤンキーが幼女に声を掛ける、見た目はよくない。周りにいる大人たちがザワつき始める。そんなことも知らないでチノは語りかけ続ける。
「そのオネエチャンというものはなんだ? この時代の兵器か?」
「おねえちゃんは兵器なんかじゃないよ?」
「ふむ、違ったか。では、そのオネエチャンとはなんなの? 教えてよ」
な、なんだこのヤンキーは! と声が聞こえてきそうな程のボケを見せたチノ(本人は真面目なのだが)。
「おねちゃんはおねえちゃんなんだよ?」
「オネエチャンはオネエチャン……難しいな! ふははは!」
「難しいねえ~あはは!」
ツッコミがいない会話に誰かツッコミを! 笑い上戸であるチノの笑いに誘われて幼女も笑い出す。周りは「なんだ。ただのアホか」と胸をなでおろし平穏が戻る。
「あ~! 夢凛! もう、こんなとこにいたのね」
「……!」
しばらく笑い合っていると公園のわきからオネエチャンと思われる人物がこちらに走ってきた。チノと同じくらいの薄緑の髪の長さをストレートに、前髪をパックリと真ん中でさけて走っているオネエチャン。胸元についている大きなリボンを揺らしてロングスカートをなびかせてご登場だ。
「おねえちゃん!」
「夢凛ったら、買い物の途中なのにどこかに行っちゃうなんて! あら? もしかして、あなたが夢凛の面倒を?」
息を切らして肩を上下にしながらオネエチャンは言ってくるが、チノは大きな目をまた大きくしてオネエチャンを見て固まったままだ。
「オネエチャンと言ったな?」
「ええ、おねえちゃんですけど……」
髪は染めたとしても、顔だちが全く似ていないではないか! と零司がいたらそう言うかもしれないが、チノはそんなの知らない。髪や顔だちを見ていたチノではない。その耳だ。
「お前、精霊か……?」
「え~すごい。わかるんだ~」
夢凛は両手をパチパチと叩いて喜ぶ。一方オネエチャンには冷や汗がたらりと垂れる。
「え、ええ。そういう貴方は……?」
チノは見た瞬間に人間が精霊か判断できる能力があるが、どうやらオネエチャンにはないようで。混乱を見せている。
「わたしは王女チノ・アーサタントだ! まさかエルフの生き残りとはな! 喜ばしいな、我が友よ!」
「え……? と、友?」
また混乱が増えた。優しそうな顔が困り顔になるオネエチャンを気にせずにチノはオネエチャンの手を握る。そして、握った手を激しく上下に振り上げたり、下ろしたり。どうやらとても嬉しいようだ。ただ、チノの身長が低いのでオネエチャンが屈んでいて、体勢が苦しそう。
「そうかそうか! 覚えてないのだな! まあよい! これから友になろう! あっはっはっ!」
今日の公園は騒がしい。図書館にいてもわかるくらいに騒ぎがまだまだ収まりそうにない。
(……ふう。アーサー王とサタン王は読み終わった。チノさんのことも書いてあったし、やはり彼女は本物の王女。でも引っかかるな……今度はチノ・アーサタント神話を見よう。いや、この神話って時点でおかしくないか?)
パタリと分厚い本を閉じると一息つく。速読術を身につけていてよかった、なんて今更ながら関心をするも束の間、次は「チノ・アーサタント神話」というものを
手に取る。別にやましいことをするわけではないのだが、裸体のチノを見るような気持ちになってしまうのか、顔が少しだけ赤くなる。
(いやいやいや、俺は普通に本を読むだけだ、そう読むだけ……)