当たり前じゃないの?~チノ・アーサタント~
自分の精霊は自分できちんと管理すること。それはルールにも書かれていない当たり前のこと。
じゃあ、管理するには? それは相手を知ることから始めることだろう。だが、誰もが「私を知って! 理解して!」とは思ってはいない。だが、彼女はどうだろうか?
気高き王女としてのプライドがそれを許すのだろうか? あるいは――
「おかしいなあ……マナはいっぱいなのに。魔法が使えないとか」
現在、チノ・アーサタントこと「チノ」は大ピンチに至っていた。いや、他の視点から見ればまったくピンチではないのだが、プライドがピンチだった。
「もっと、こう……激しく殺ってあげようと思ったのになあ。まあ、実力行使も悪くないけど。格好がつかないや」
「ま、まだ続けるってのかよ。勘弁してくれよ、もう無理だよ。悪かったよ、お嬢ちゃん」
チノの足元でうめき声をあげる一つの影。チノよりずっと、ずっと体格がいい男だ。もちろん零司ではない。
「嫌だね。第一、王に口出しとか。もっと苦しめたいくらいだけど、れーじの家の前だしね? 血だまりにしたらまた叱られちゃうし」
チノが偉そうに仁王立ちしていたと思ったら、片腕を宙にあげると、その空間から捻れた別の空気が現われたような、そんなイメージをしてくれ。その空気から輝く“何か”が出てきて、それをひと振りする感覚で振り下ろすと、男は完全に意識を飛ばした。
「あ、チノさん。何してんすか」
事務所の二階から起きたての零司が窓から身を少し乗り出してチノに声をかけた。
「おはよーれーじ! 何この“城”を荒らそうとしていたブタがいたからね、殺っておいただけだよ! 褒めるな褒めるな! 王として当然のことだからね! あっはっはっはっ!」
どうやらこの事務所のことを“城”と認識しているらしいちの。まあ、城を守るのは当たり前と言えば当たり前だが。
「……また殺ったのか。ま、まあ意識を飛ばす程度だろうし良しとしよう」
「なに言ってるのかわかんないんだけど! もっと近くにきてよ!」
ボソリと呟くと、それが気に食わないのか、チノが地面を軽く踏む。
「あ」
近くの水道管が破裂した音がした。これには零司もお手上げなのか知らんふりをするため窓を閉めた。チノがものすごい勢いで事務所に駆け入る。どうやら空間移動とかはできないらしい。
「ねえ、れーじ! マナはあるのに魔法が使えないんだけど!」
「え~それは……まだこっちに来たばかりだから、とかじゃないすか」
本当はマナとしての物を与えているわけじゃないからな、と心の中で呟く。しかし、チノが来て一週間が早くも経とうとしているが、どうやら彼女の趣味は「殺し」らしい。親が親だからかもしれないが、と零司は推理する。だがここは人間界、そんな簡単に殺人を犯されても人間としては困るもんだ。
彼女を理解するにはまず「殺し」から躾をしなおす必要が見えた。彼女にも人間界の英雄である「アーサー王」の血が流れている。少しばかりは良心があってもおかしくはない。
「チノさん、そろそろ人間界のルールにも従ってもらわないと」
「なんで? わたしがルールでしょ?」
「……ソウデスネ」
このジャイアニズムめ! とツッコミを入れたいが、殺されてもおかしくないので黙る。黙れば、チノから嫌でも話し出すから。
「あのさあ、この間“精霊は契約を切ることができる”とか言ってたじゃん? あれってどういう意味?」
「あ、ああ。それはですね」
契約を切る、というのは人間の死を表すことなのだが、人間が死ぬ必要のない契約を切る方法が一つだけある。
どうやら精霊の中にも悪がいる、と説明したがその延長として考えてほしい。人間界で悪さをすると牢獄にいれられるように、精霊界で悪さをすると人間界に行き『罪滅ぼし』として人間の元で働くのだ。その罪滅ぼしが終えたあとに精霊界に戻ることができるそうだ。その罪滅ぼしがいつ終わるかは誰も分からない。
罪滅ぼしを終えて勝手に精霊界に帰る精霊=刑期を終えて契約を切るのは人間の死には繋がらない。
もちろん、罪滅ぼしを終えても精霊界には戻らずに人間との契約を続行するパターンもある。
「っていうことすよ」
「ふーん。ってハア!? わ、わたしが何か悪さしたってことなのォ!? 信じられない!! ばっかじゃないの!? これだから神とか嫌いなんだよね!! 早く死ね! わたしが王として神になってあげるんだからね!? あー!」
ちのがまた暴れだしそうなので精液を与えることにしよう。ヨーグルトをサッと差し出すと美味しい美味しい、と頬張る。精液美味しいすか? なんて聞くととびきりの笑顔で「うん! れーじのせーえきおいしい♡」とか言うから本当面白いな、とれーじは笑う。
「こういう字を書いて、せーえきって読むんだねえ」
ヨーグルトのパッケージをフムフムと眺める姿は普通の中学生のようで。先ほどまで一般人に躾という名の殺害手前をしていたとは思えない。
「チノさんって文字書けたり読めたりできないんすか?」
「むっ! 王にできないことなどないぞ! あえて言うならやらないだけだ! 正直言ってやるなら書けないし読めないぞ! ふははは!」
なんて偉そうなんだこの生娘は、と顔に出さないように視線だけ伝えてみる。もちろん伝わないが。
(なんだかんだで慣れそうで怖いな……)
同じ人種に会えば何か解決するかもしれないが、チノのように実体化する精霊は極稀。それに人間には「あっこいつ精霊だわ」と見ても分からない。
精霊たちはわかるかもしれないが……。チノは王女だったからか、事務所からは出たがらないし(事務所と家は同じ構造となっている零司家)むやみに外を出歩くと事務所を留守にすることにもなる。
(まあ時間が解決してくれるだろう。こればっかりは俺も推理出来ない)
仕事の準備でもするか、と腰を上げるとちのが、せいえ――ヨーグルトを食べ終えたのかゴミ箱に捨てていた。どうやらこの世界に来て覚えたことは『食べ終えた精液はここ(ゴミ箱)に捨てる』らしい。零司も子供を持った気持ちで接している。
「すいません、探偵事務所って書いてあったんで来たんですけど」
「ああ、こんにちはー。探偵事務所すよ」
む、とちのが反応を示したソレは――