世界ルール~マニュアル講座~
一つ、精霊のことをこの世界では『ジン』と呼ぶ。
一つ、自然現象とは精霊が巻き起こすものである。
一つ、精霊は皆善人というわけではない。
一つ、精霊の召喚は利己的な自殺行為とみなす。
これが世界のルール。マニュアルである。
一つずつ解説をしていこう。まず、一つ目。
『精霊のことをこの世界ではジンと呼ぶ』である。まあ、そのまんまである。フリガナをつけると、ジンになるということだ。じゃあ、人間は? となるが、残念ながら人間は「ニンゲン」だ。ただし、精霊がいる人間のことは『マスター』という。
二つ目『然現象とは精霊が巻き起こすものである』これも、読んでその如く。雨は雨を降らす精霊、風を起こすものは風の精霊。単純なことだ。
『精霊は皆善人というわけではない』これは少しばかり説明が必要だと思われる。しかし、簡潔にしていこうと思う。まず、身の回りにいる人間を思い浮かべてほしい、クラスメイト、同僚、なんでも構わない。その一人一人には個性があり、善悪があるはずだ。どれを悪とし、どれを善とするかはここの自由だが、精霊の場合は少しばかり違う。
“人間又は精霊に迷惑をかけた”ということで悪が決められる。しかしこれもある意味では個々によって変わるのだが。まあ、そういうことだ。
簡単に悪を述べるとなら「大雨」「雷」「大風」「台風」「地震」とかだろうか? 精霊の気分によって、小粒の雨が大粒の雨に変わる、そんな感じだ。長くなったが、三つ目はこれで終わりだ。
最後に『精霊の召喚は利己的な自殺行為とみなす』まったく持って理解しがたいよ、そんな声が聞こえてくる。安心してくれ、誰もが通る道だ。
精霊の召喚、それは契約と結びつく。契約とは大体が「自己の利益のため」だから『利己的な』という意味になる。
『自殺行為とみなす』これは一体……? となる。これは契約についてを示している。精霊はまったく見に覚えのない赤の他人に急に呼び出されて「あれをしろ、これをしろ」と命令をされる。恩もないのに。所謂、雑用をするのだ。だから、その代わりに人間の「命」を契約としてもらうのだ。だから『利己的な自殺行為』となる。
だが、精霊にも善悪があると書いた通り、契約をしてから人間の言動次第では命を要求されない場合があるのだ。その場合は精霊の「望むもの・こと」をあげるのだ。人間界では人間が有利、それを理解しての精霊の行動なのかもしれない。
「チノさん、起きてください」
「……ん?」
では、例を見ていこう。この二人の契約は仕事を手伝うこと、精液を与えてもらうこと、である。
「れーじ、わたしは寝てなんかないもん」
「そうすか」
チノ、と呼ばれたのは『チノ・アーサタント』という王女の精霊らしい。れーじ、とは彼女を召喚した人間である『聖原零司』という探偵をしている男。
「マナが足りない、せーえき」
「……歯磨きしてきてください」
マナ、とは精霊でいうと『魔力』。精霊と契約した人間の仕事は「精霊に必要なマナを与える」こと。精霊ごとに与えるものは異なっている。間違っても、精霊全員がみな精液を要求しているわけではない。
「しようとした! チノは天才だからね!」
「うす。天才だからしてきてください」
別に零司は、魔力が必要な契約をしたわけではないから、精液ではなく騙してヨーグルトを与えている。思い込みでマナは回復するようだ。単純な精霊。
「せーえきって向こうにいた時に聞いてたのより甘いんだね」
「……そうすね」
精液精液とうるさいから、どんなクソビッチ精霊かと思ったらなんと生娘らしい。王女だからね、と言い訳をしていたが。納得はできる。
だが、いつまでヨーグルト精液がバレるかは時間の問題である。
「チノさん、精霊って普通は実体化できないのが普通なんじゃないすか」
「ふんっわたしを誰だと思っている! わたしはねえ、人間界の英雄アーサー王と、精霊界の英雄サタン王の間に生まれた娘なんだよ! そんじょそこらの底辺な精霊のマナと一緒にされたくないね!」
うん、まったくわからない、と零司は頷く。どうやら、マナが多い分実体化できて、マナが少ない(ちの曰く底辺)精霊は人間の一部になるらしい。一部なんて聞くと恐ろしいが、イヤリングだったり、指輪だったり、お洒落アイテムに成り代わり、いざとなったら実体化するらしい。
いざ、というのは物騒なアレだ。人間の中には人間を殺したり、殺したり、殺したり……するアレだ。精霊は人間がいないと、人間界では生きれないので死に物狂いで守りぬくのだ。
「アーサタントって、アーサーとサタン……?」
「む! さすが探偵をやっているだけあるな、その通りだよ! 愚民にしてはなかなか頭が回るじゃん! か、顔も好みだしっ」
「照れないでください」
傍若無人でいて天の邪鬼な精霊を引き当てた可哀想な人間と、結構自分好みの人間を引き当てた頭が可哀想な精霊。
頭の可哀想な精霊がトンでもないやつだった、とはまた次の機会で知ることになるだろう――。