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探索にでよう

 弱肉強食という言葉がある。それは自然界の摂理であり、簡単に乱してはいけないものだという。

 そして、自然界に存在する動物は無益な殺生を犯さないのだという。

 腹が満ちればそれ以上の獲物は取らない。そうした純然たるルールがあるからこそ、弱肉強食を情で乱してはいけないのだという。

 俺は思う。何をバカなことを言っているのだと。そんなことがあるわけないのに。


「よし、それじゃあ、続いての実験と行きますか。リリク!」

 真言を唱え両手を地面に置く。すると、大地が淡く輝き、側にあったクマを巻き込み一気に盛り上がり長い鉄骨のようなものが出来上がった。

 クマはその間に逆さのまま挟まれ、静かに揺れている。

「キルト!」

 再度俺は真言を唱え、今度はクマの頭に右の手のひらを向ける。甲高い音が聞こえたと同時に周囲に風が舞い、クマの頭が地面に落ちた。

 粘度の高い血液がまるで絵の具のように大地を赤黒く染めていった。いやー、血抜きって結構大変な作業だね。

 土の魔法を使い血抜きのための土台を作り、風の魔法で頭を斬った。物の数分でできたんだから、魔法というのは凄いもんだ。この調子だと他にも色々できそうだ。試したいこともまだまだあるし、しばらくは退屈せずにすみそうだ。

「さてと、血抜きだからしばらくは放って置くとして、雑務の方をやるとしますかね」

 といってもまあ、大したことじゃないんだが。この辺りを軽く散歩するだけだ。格好良く言えば、探索になるのかね。

 遮蔽物が無く、なぜか周りに獣の気配が無いなんて絶好の場所なので、ここに拠点を作るつもりなのだが、問題点が無いわけではない。

 なぜ、動物がこの辺りにはいないのか。これは大事な問題だ。もしかしたら、気配を消して伺っている可能性もあるのかもしれない。そういうことを調査するためにも、周囲の索敵はしなければいけない優先事項なのだ。

 それと後は魔法以外の才能も色々試さなきゃというのもある。少なくとも、サバイバル位は使いこなせないとこの先生き延びるのはしんどいだろう。


 肌がざわめくとでもいうのだろうか、なんとなく気配というものがわかりそうだ。大雑把な感覚なのだがなんとなく、この先には何かがいるというのが肌に突き刺すような感じでわかるのだ。思えばさっきも、考えなしに感覚で進んでいたから野生の獣に一匹も遭わずにすんだのかもしれない。これ鍛えれば、精度が上がったり強さみたいなのもわかったりするかもな。まだわからないが、やってみる価値はあるだろう。

 しかし、静かだ。今は凪ぎで風が無いから、薄気味悪くなるほどに音が無い。そう、静かなのだ。

 森の中を歩き、草を踏み、かき分けているのにもかかわらず、ほとんど音がしない。さっきはクマを引きずっていたからわからなかったが、何にも意識していなくてこれとは凄いな。おそらく、サバイバルの効果で隠密的なもの作用しているのと後は、格闘術のおかげもあるのだろう。歩方というのも格闘術の一つではあるし。拳法とか柔術とかそういうのを究めた人は、足音はせず、重心なんかも安定しているとか聞くからな。

「――まあ、イイコトだから気にする必要も無いか」 

 小さくつぶやくと、歩みを進める。そういや、運動性能上昇も取得したんだったな。サバイバルや格闘術と合わせて、とんでもない代物になっているんじゃないろうか。もしかしたら、漫画の忍者みたく木から木に飛び移ったりして移動とかもできるかもな。今度練習してみるか。

 そんな、益体もないことを考えている時だった。

「――この、匂い!」

 鼻腔に血の芳香を感じたのは。

「――風も無いのに香るってことは、すぐ近くだよな」

 さて、どうする。選択肢は二つある。逃げるか、向かうかだ。

「十中八九、戦っているよな、きっと」

 人が襲われているか、はたまた、魔物同士のいざござなのかはわからないが、怪我をしているものがたまたま近くにいるというのは、一番考えにくい。

 鉄サビにも似た匂いは濃く、少なくは無い血液が流れているのは確かだ。行けば、厄介ごとに巻き込まれるのは確実だろう。

「……厄介ごとには関わらない。それが賢い生き方だ」

 なんてことを言えるほど、俺はドライでもない。

「そういえば、俺って強いんだっけな」

 空の両手を見て、つぶやく。見下ろす手には何も無い。タコも無ければマメもない、何かに費やしたわけでもない空っぽの手のひらだ。

 正義のヒーロー、ふとそんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 そして、一笑する。そこまで、俺は青くない。

 どちらでもないのだ、俺は。非情になりきることも、情に傾倒することも無い。まあ、二十五年も生きていれば、大なり小なり皆似た様な所はあると思うが。

 大人になるということは、受け入れていくことだと思う。何をしたいかではなく、何ができるかで選択していき、そういう生き方をしている内に胸にある葛藤を飲み干し、仕方ないと流していく。それが大人になるということだと、俺は思う。

「生きたい様に、生きる、か」

 口の中で転がした言葉は、甘いような、苦いような、どちらともいえない不確かさをもって、存在していた。

 今の俺は選ぶ自由がある。何ができるかじゃなく、何をしたいかで生きる力を与えられた。だからといって、何かになれるわけじゃない。程ほどに枯れ、程ほどに夢焦がれている、なんとも面倒くさい年頃だな。

「とりあえず、ワンチャンスもらったんだ。どうするかは別として、行くだけ行ってみるか」

 血の匂いの向うには様々な情報がある。襲っているものに襲われているもの、それが人が獣かだけでも、この森のことがいくらかわかる。

 行く価値は十分にある。それに気配を消す訓練にもなるだろう。

「よし! 行ってみるか!」

 俺は心を決めると、屈伸し、そして、足に力を入れ、跳躍した。予想以上のスピードと高さが出たが、何とか、予定通り木の上に立つことができた。さすが、チートだ。

 せっかくなので、忍者みたく移動して向かってみることにしよう。どこぞの漫画のように、木から木からへと飛び移りながら移動をしてみるか。

 ……最初の方は上手くいったが、三回目くらいで、飛び乗った木が体重に耐え切れず折れた。地上から十メートル以上離れているから、本気で死ぬかと思った。とっさに三角飛びをしてみたが案外できるもんだな。


「――山猫、いや、豹か」

 木の上から見下ろすと、そこには四つの影があった。

 一つは言葉通り、しなやかな体躯に黒色の毛をした、全長でいうと二メートル近くは有りそうな大型の豹を思わせる獣だ。思わせるというのは、簡単だ。背には蝙蝠のような翼が生え、額には一本の長い角がある。俺の知っている豹は翼も角も無い。さすが、ファンタジー世界だ。

 残り三つの影は、きっと同じ種族だろう。褐色の肌に、尖った耳、粗末で雑な作りだが服も着ている。二足歩行で体系や顔立ちも俺――人間とそう変らないように見える。もしかしたら、ダークエルフという奴かもしれないが、おそらく違うだろう。根拠は額だ。正確にはそこから生える二本の角だ。俺の世界の知識がどれだけ当てになるかはわからないが、仮に役立つと仮定したならば、ダークエルフには角など存在しなかったはずだ。

 そういえば、鑑定を覚えていたなと、頭の隅で思ったが、とりあえずそれは無視した。今はそんなことをやっている場合じゃない。

 三つの影、その内の二つは倒れていた。体形からみて父と母なのだろう。最後の影である子供を守るためか、豹もどきの前で折り重なるようにして倒れている。そのすぐそばにいる子供は震え、そして、力の無い瞳で両親を見つめている。

 野生の獣に善悪は無いと、たまに誰かが口にしている。ただ空腹だから狩をし、それ以上の殺生をしないと。

 だとしたら、この光景はおかしいのだろう。

 食料となるはずの二人には目もくれず、震えている子供に牙を向けている豹もどきの姿は。

 豹もどきは怪我をしているようにも見えない。子供はただ震えているだけで、豹の脅威になる要素など微塵も感じられない。

 けれど、豹の瞳は子供を捕らえて離さない。そして、そこに映るものが食欲ではないのは明白だった。

 嗜虐。ただ、いたぶり楽しむためだけの、歪んだ喜色が浮かんでいた。

 しょせん、現実なんてものはそんなものだ。猫や犬を見ればわかる。アイツ等も反応を面白がって、虫やネズミ等の小動物をいたぶることがある。子供が虫の羽や足をむしり、楽しむのと同じだ。

 弱者をくじくということは、ある種の本能なのだろう。否定ができないくらい当たり前の真実として、それは静かに横たわっている。

 そして、それはまるで敬虔な教徒が神の不在を祈るような、どこか滑稽めいた正義や悪という言葉の無意味さを証明していた。

 ゆえに俺は思う、世界は悪意に満ちていると。

 正義や道徳なんてものは、どこにも存在してなどいない。それはただ、そのことを認めきれない人が作り出した幻想なのだ。そんな事実を目の前の豹もどきは示している。

 世界はやさしくも無ければ甘くも無い。ただただ、無慈悲に笑むだけだ。

 そして、だからこそ、願う。そんな世界は嫌だと。

 中途半端な俺が言うのだ。世界はもっと、やさしいものだと。

 そうでなければ、そんな世界に価値は無い。

 ああ、そうか、俺は世界を救うんだ。

 人は大小はあれど、どこかで正義を喪う。

 なぜならば、世界は残酷で理不尽だからだ。

 いわれない嘲笑、覚えのない暴力、あからさまな差別、そんなものはいつだって、どこにでもある。

 そして、救いだけがいつだって、どこにもない。

 自分は間違っていない。だから、誰かが助けてくれる。

 そんなことを心の片隅で思い、誰かがどこにもいないことを悟る。

 アニメや漫画のような、都合のいい現実なんてどこにもありはしない。

 俺達はそうやって、世界を知っていく。世界を見限っていく。

 そうして、目をそらしていく。

 自分とて、傷つき打ちひしがれる者に、手を差し伸べたことを無かったくせに。

 誰かという言葉の中に、自分も含まれていることをどこで否定していたことを。

「ゼクス」

 真言を口にすると、見る間に温度が下がっていき。豹もどきの足を分厚い氷が覆っていた。水系に属する氷魔法を唱えてみたが、狙い通りの成果だ。

 突然四肢が氷付けになったことに驚いたのか、豹もどきは目を見開き、だらしなく舌を出し息を荒げている。

 正直、殺してもよかったが、幸い食料は今血抜きの最中で余裕があるし、これからのことを考えたら荷物は無い方がいいため足止めにすることにした。しばらく、溶けることは無いだろうから、追いかけてくる心配も無いだろう。もしかしたら、他の獣に狙われることもあるかもしれないが、その時は運が悪かったと諦めてもらおう。さすがにそこまで考える必要も無いしな。

「さてと、次は子供の方か」

 俺は木から飛び降り、子供の目の前に立った。

 子供は突然現れた俺に対し、驚くことも無く、ただ力の無い瞳で豹もどきを見ていた。

 そして、わかったのだろう。今の豹もどきが無力であるということに。

 子供は辺りを見回し、目的の物を見つけると側に近寄り抱えるようにして持ち上げた。

 ――赤ん坊の頭ほどある大きな石だ。

 それは子供にとってかなりの重さなのだろう。抱えて歩いているものの、その体はふらつき歩みはおぼつかない。それでも、一歩一歩、目的地へと近づいている。

 ――豹もどきのそばへと。

 復讐する権利も理由も、子供には十分ある。わざわざ、俺が止める理由は無い。なにせ、この世界には司法なんてものはないのだから。

 もっとも、あの豹もどきとて、生きるために襲ったという理由が無いわけでもないのだろう。子供一人ならともかく、家族まで嗜虐の対象として殺すほど野生というのは甘くないだろう。この世界で生きている以上、戦闘か逃げる手段はあるのだろうから。アイツが嗜虐に走ったのは、敵となる存在がいなくなり、余裕が生まれたというのもあるはずだ。

 まあ、要はだ。止める理由も止めない理由も、いくらだってある。そこには同じくらい正当性だってある。だから後は覚悟をするだけだ。

 俺がどんな道を選ぶかを。ただそれを決め、歩めばいい。

 豹もどきのそばにきた子供は、予想通り石を豹もどきに振り上げている。狙いはわき腹だ。四肢を動かせない豹もどきではどうやっても反撃ができない以上、もっとも安全で確実に殺せる場所だろう。

 子供の目は相変わらず、空虚だ。敵を殺せるというのに、何の感情も浮かんでいない。きっと、知っているんだろう。そんなことをしても何の意味もないと。

 わかっていながら、行わずにはいられないのだろう。誰のためでもなく、自分のために。

 石が振り下ろされる。確かな殺意を持って、勢い良く、穿つ様に。

 けれど、それが豹もどきを傷つけることは無い。――俺が止めたからだ。

「止めておけ。復讐が何にもならないとは言わないが、そんなことをしてもお前は救われないぞ」

 俺の言葉は届いていないのか。子供はもう一度石を振り上げると、また振り下ろした。そして俺も再度、それを止めた。

「殺したところでお前の気は晴れない。それどころか、空しいだけだぞ」

 石はまた振り下ろされる。俺はまた手のひらで包むように受け止める。

「なあ、いいかげんに許してやれよ。誰もお前を怒っていないぞ」

 子供の手が震える。石は振り下ろされない。

「お前が何もできなかったから、お前の両親は亡くなったわけじゃない。お前が弱かったから、お前が悪かったわけじゃない」

 俺は子供の手から、石を奪い投げ捨てる。そしてその手を握った。

 伝わるのはあたたかなぬくもりと、自らを責めるような激しい震えだ。

 伝わるだろうか、俺の気持ちは。もういいんだと、もう救われても良いんだと、もう休めと、俺のぬくもりは伝えてくれているだろうか。

「弱くて無力なお前は、自分自身を許せないのかもしれない。だからって、こいつを殺しても、お前はお前を許せないよ」

 子供はただ、悔いているだけなんだ。

 両親が亡くなったくせに、生きている自分を。

 ただ、守られることしかできなかった自分を。

 そして、自分しか救ってくれなかった世界を。

 それは努力もせず、勝手に世界を見限った自分とどこか似ている気がした。だから、気持ちがわかったのかもしれない。もっとも、俺は自分が惨めで相手を憎むだけだったけど。

「コイツを許せとは言わない。ただ、こだわんな。自分を許せないからって誰かに当たるなよ。たぶんきっとさ、変わるしかないんだよ。――お前が自分自身を許せるお前にさ。そんで、それがお前の両親も望んでいることだと思う」

 俺の言葉が子供に、届いたのかはわからない。ただ、子供は泣いていた、俺の腹に涙を鼻水を擦り付けるように。――まるで、弱い自分を俺に擦り付けるように。流し終えた後は弱い自分は、そこにはもういないとでも言うかのように。

 ふと思う。俺は遠いいつかの、救いがないのだと世界を見限った自分に、今ようやく手を伸ばせたんじゃないだろうかと。

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