魔法を使ってみよう
突然の奇襲にも対応できるよう森からある程度距離を取ると、あぐらをかいて地面に座った。背中の背嚢も下ろし、中からお目当ての本を探した。
取り出した本の表紙には、『魔法の使い方 基礎編』と日本語で書かれている。ポイントでくれたものだから俺用に日本語で記述されているのであって、きっとこの世界の文字が日本語というわけではないだろう。翻訳のレベルは上げているから、こちらの文字で書かれていても多分読めるとは思うが。
「さて、一丁、お勉強の時間といきますか」
気合を入れるためそう口にして、俺は本のページをめくり始めた。
実を言うと俺は年甲斐も無く、心を躍らせている。なんといっても、魔法が使えるのである。男だったら超常の力に一度は憧れるものだ。
どれほど役に立つかはわからないが、それでも使えるというだけでテンションが上がる。
「よしっ! やるぞ!」
本を読んでわかったことだが、この世界の魔法は口頭魔法と記述魔法の二種類があるらしい。一般的なものが口頭魔法で、魔具等を作る際に使用するのが記述魔法らしい。
記述魔法についてはさわりしか記載されていなかったので、また後日教本でも読んで勉強だ。
さて、口頭魔術だが、これを使用するには三つのものが必要になる。
「魔力」、「真言」、「イメージ」だ。
魔力というのはRPGをイメージしてもらえれば、わかりやすいと思う。いわゆるMPだ。簡単に言えば燃料だ。これをどれだけ使い、どれだけ練れるかが魔法を使える際に重要となる。
火を起こすなら少々の油で十分だが、爆発となると大量のガソリンが必要になるように、使用する魔法に応じて魔力の量と質を上げていかなければならないのだ。
この魔力の質を上げることを練るというらしい。個人的な感覚としては、粘土を力任せに握り圧縮するような感じとでも言えば良いだろうか。
次に真言だが、これはいわゆる呪文だ。この世界に存在する力ある言葉というものを使用する。
例えば、火の魔法を使いたい場合は、ルフト、さらに強い炎の場合はイラ・ルフトになるらしい。ちなみに「イラ」は超とか強力的な意味で他の属性魔法でも使用される。
この真言だが真言ごとに発動するためにはある一定の魔力と質が必要であり、当然、ルフトよりはイラ・ルフトの方が発動魔力も質も段違いである。
そして、最後のイメージだがこれで魔法の形が決まる。同じルフトでも術者によっては球のような形状であったり、棒のようなものであったり、様々なものがあるらしい。
「さて、それじゃあ、実験といきますか」
俺は本を閉じると、立ち上がり試してみることにした。元々読書のスピードは速く、ポイントで取った記憶力増強に理解力増強のおかげか、真言もすぐに覚えれたし、戸惑うことなくすんなりと読めたおかげで体感時間だが一時間もかかっていないだろう。ちなみに本のページ数は、千八百円くらいする分厚いゲームの攻略本くらいはある。
体の内にある熱い塊のようなものに意識を向ける。粘性のあるどろりとしたものが体中を巡っていく、それを右手に集中させ真言を叫ぶ。
「カスラ!」
右手に集中していた魔力が消え、同時に右手の先に大きな水球が浮かんでいる。どうやら、成功したらしい。
「ヨッシャー! スゲー、魔法成功したよ! よし、色々試すぞ!」
口に笑みが広がるのを止められない。
むしろ、今は存分にこの喜びを堪能すべきだろう。
少し考えれば雪のように小さな疑問が降ってきては、心の奥に溜まってゆく。いくつものなぜに、いくつものどうして、けれどそれは考えてもしょうがないことで、悩んでもどうしようもないことだ。
忘れることはできないけれど、先延ばしにすることはできる。疑問の雪が降り注ぐ中、俺はそれを振り払うこともせず手の内にあるあたたかな火を眺めていた。ただ目の前にある、楽しいに縋っていた。
少なくとも、今はまだ。どうせ、辛いことなんてすぐにやってくる。
「――それじゃあ、パンツ洗うか」
いくら自分のものでも、小便を漏らしたパンツを洗濯するのはかなりしんどいものがあるな。仕方ないけど。