拠点を探そう
分け入っても分け入っても、森の中。どこを歩いても緑一色が続くそんな場所を、俺は先ほど倒したクマの足を片方ずつ両脇に抱え歩いていた。
クマは食料と毛皮確保に後は囮のために運んでいる。正直水も無いから流しきることができず、血の匂いで動物を呼び寄せる気がしないでもないので、置いていくという選択肢もあったけれど、デメリットがあるわけでもないのでこうしている。
いやー、転生時にふったポイントはすごいね。おそらく、身長から目算しても二百キロ以上はあるだろうに、全然重さを感じない。これなら疲れることは無いから引きずっていても問題はない。
目的地の無い検索で体力の消費は、避けるべき事項の一つだ。それを考えたら荷物は少なく。面倒ごとは避けるべきだ。
だが、負担にならず、仮にに動物をおび寄せることになっても囮としておいて行けば良いだけなら持って行く価値は十分にある。
人は弱い。夜に地面で直に寝れば体温を奪われ、体力を減らすだろう。たかがそれくらいと思うだろう。チートなんだから、それくらい構わないだろうと考える人もいるだろう。
あえて、言わせてもらおう。人は所詮人だ。どんなに強くなった所で人という種の脆弱さを打開することはできない。
水がなければ三日と持たず、雨ざらしでいればそれだけで弱り、少しの傷を放って置けば化膿し下手をすれば壊死していく。
人は自然の中では無力だ。ゆえに群れ、町を作る。そこにあるのは純然たる理由だ。――そうしなければ、生きられないという。
そしてそれは俺も変らない。強くはなった。けれど、ただ、それだけだ。――俺は強くて弱い人のままだ。
だから、まずは探さなければいけない。生きていくために身を休め、体力を回復させる拠点となる場所を。
「――腰を落ち着けられる、洞穴とか洞窟ってそこら辺にあるものなのかね」
二十五年間生きてきたがよくファンタジー小説とかで見かけるような、そういう拠点にできそうなものなんて見たことはない。
地元は田舎で自然は溢れていたから、それでも目にしなかった以上、人為的でもなければそういうものは存在しないのだろう。
「となると、まあ、それなりに広くて、周りに火の気がなければいいか」
ここは森だ。となると、植物の成長に必要な水場がどこにあるだろう。もしかしたら、開けた川原があるかもしれない。けれど、俺はそこに向かうつもりは無い。
理由は簡単だ。水辺には豊富な水を求めて動物達が集まる。その中に元いた世界でのワニやカバみたいな、たやすく人を殺せる猛獣がいないとも限らないからだ。
クマを一撃で殺せるのなら、おびえる必要は一見ないように思える。
だが、それはあくまで一見でしかない。先ほど倒したクマがどれほどの強さかわからないからだ。もしかしたら、この森では最弱の部類という可能性もゼロじゃない。まあ、さすがに無いとは思うが。
正直、強さなんてものはどうでも良い。問題は襲われるということが重要なんだ。小さな傷も積もり積もれば大怪我になる。血液だって輸血が簡単にできないこの世界じゃ、流せる限度はある。魔法でどうにかなるかのせいもあるが今はまだ使い方がわからない以上、当てにはできない。
結局の所、情報が何一つないこの状況では慎重にならざるを得ないのだ。ここを抜けて人里を探すにも、森の規模がわからない以上は地道な調査を続けるしかない。適当に歩けば迷いに迷って衰弱死という可能性も十分にある。まずは安心できる拠点が必要だ。本当なら同じくらい飲み水も必要だが、希望的観測だが魔法でどうにかなるんじゃないかなと思っている。異世界トリップモノの小説なんかじゃ魔法で飲料水確保は定番だしな。
「……それに肉体だけじゃなく、心の方も結構問題ありそうだしな」
さっきのクマの時もそうだったが、どうも情緒が不安定だ。恐怖に怯えたと思ったら、興奮してハイテンションになったり浮き沈みが激しすぎる。初めてのことだったり、命がかかっているから、そこまで異常なことではないと思うが、こんな状態が長く続けば体にも負担がかかるのは明白だ。
今はよけないことを考える間もなく、異世界という場所に来た興奮で色々無視できるが、それも数日間の内だろう。問題点は直に目に見える形で出るはずだ。
出ないでいられるほど、俺は強くない。
「まあ、それも先の問題か。今はとりあえず――」
俺の背丈より長い雑草を手で押しのけると、そこには大地が見えた。
なぜか草木は全く生えておらず、生き物の気配も無い。広大で不毛な大地が延々と続いていた。ただただ広く、駐車場も含めた大型ショッピングモールをニ、三店舗は建てられるんじゃないかというくらいはある。
見晴らしが良いから、突然敵に奇襲がかけられることはない。それにここなら少々物騒なことをしても被害が他に飛び火することもなさそうだ。雨が降ったときは大変だが、それはシェルターのようなものを簡易的に作ればいいか。
「魔法の修行でもするか」