食事4
「二つ目は、服装ですね。そこまで見事な着こなしは難しいでしょう――見たことがなければ」
着物のように帯の結び方のような特殊なものがあるわけでもないから、着るだけなら簡単だろう。けれど、コーディネートは違う。
着こなし方なんていうものは、極論、無限にある。サクラ達はストールを腰に巻いていたが、それもコーディネートの一つの形だ。正解もなければ間違いなんてものも、結局のところ存在しない。
けれど、だ、コーディネートいうものが過去の積み重ねであり、他人の視線を意識せざるえない以上、そこには一種のコミュニケーションが生まれる。ストールを腰に巻くことが異常に見え、首に巻くことが正常に見える、それは一種の文化である。つまるところ、俺のセンスと彼女のセンスが一致すること自体がおかしいのだ。――同じ世界で育ったのでなければ。
「たまたまですよ。なんだか、首が寂しかったのでこうしただけです。他意はありません」
マリーさんはそう口にすると、涼しい顔で微笑む。まあ、ここまでは予想通りだ。本命は別にあるから、構わない。というよりもだ、本命を否定させないために、今までがあったと言っても過言ではない。
偶然は一つや二つなら、あっても構わないだろう。けれど、三つは重ならなない。それはもはや、必然だ。
俺は指を三本立て最後の推論を述べる。視線を向けるマリーさんの表情は揺るがない。どんなことを言われても、のらりくらりとかわすつもりなのかね。もっとも、そうはさせないが。こっちも異世界人という手札を切ったんだ。あっちがパスじゃ、つまらないだろう。
「それでは、最後の三つ目になります。これは昼間の戦闘の最中から思っていたことなんです。――と、その前に質問なんですが、俺の強さは準英雄級で間違いないんですよね?」
質問が来ることが意外だったのか、それとも内容の方かはわからないが、わずかに戸惑った調子を含みながらマリーさんは答えてくれた。
「え、ええ、そうですね。あのランクの魔物を倒したのですから、最低でも準英雄級――一流の戦士だと思います。少なくとも、私よりはお強いと思いますよ」
「そうですか。それなら、良かった。いやね、お恥ずかしいことなんですが、実は俺昼間襲ってきたあのコールタールみたいなバケモノの気配に気付かなかったんですよ。草木をかき分ける音がして、ようやく近づいてきたことが分かりましたし、そのせいで不覚をとってしまいましたよ」
「コールタールがなんのことかはわかりませんが、確かにあのバケモノは隠形が優れていましたね。あれは並みのレベルではありませんでした。普通じゃありませんよ。下手をすれば、英雄級でも気づかないかもしれませんから」
コールタールを少し強調するようにマリーさんは言ったが、別にそこはトラップとしていたわけではない。無意識に使ってしまっただけだ。それにトラップの方は無事、成功している。
俺は笑う。不敵に見えるよう半ば演技のように、大げさに顔を綻ばせる。勝負の時は大胆に、こいつにはかなわないと思わせる位がちょうどいい。そうじゃないといつまでも、相手さんの牙は抜けない。学校だろうが会社だろうが、異世界だろうがそれはきっと変わらない仕組みだろう。
「普通じゃない、英雄級ですか、それはすごいですね。そして、疑問が浮かびます。――ならば、なぜ同じようにあなたの気配も感じることができなかったんでしょう?」
そう、俺が気配を感じ取れなかったのは、なにもバケモノ達だけじゃない。この眼前にいる少女の気配にも気付かなかった。だからこそ、ろくな備えもせずに迎え撃ち、助けられたときも事前になにも感じることができなかった。チートの力で様々な気を感じ取れる、俺がである。
「あなたの実力は、俺より下なんですよね。それなのに、気配を感じられない。不思議です。とっても、不思議です。なら、こう考えたほうが無難ですよね。あなたは俺と同じ存在なんじゃないかって」
気配を消せるチートを持っているからこそ、俺はマリーさんに気づかなったんじゃないか。暗にそう言うと、マリーさんは静かにため息をついた。
「……やっぱり、隠し通せなかったか」