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バケモノ

 草をかき分け、飛ぶように出てきたのは少女だった。

 あちこち破けた服やブーツ、左手に持っている片手剣も刃こぼれがひどく、どれもこれも修理するよりは新しく作った方がはやいだろうといった感じだ。体にもいくつか小さな傷があり、まだ血がにじんでいる箇所もある。だがそんな格好でありながらも、目を奪われる光景があった。

 褐色の肌にこぼれそうなほど大きな瞳、背まで届く黒髪は星のある夜を溶かしたようなツヤに満ちている。鼻梁も整い彫刻のような美しさを感じるがそれよりもなによりも目を引くのは、額だ。青い、南国の海を思わせる鮮やかな青色の宝石が額にあった。

「――魔光族」

 ビーさんが驚いたように口を開いた。ふむ、珍しい種族なのかね。

 呑気にそんなことを考えていたため、俺は肝心なことを思考から外していた。なぜ彼女が傷だらけで、装備品も劣化しているのか。そして、足音は複数だったことを。

「グギャギャア!」

 甲高い、ガラスに刃物を這わせたような生理的に受け付けない声が、少女の後ろから聞こえた。少女は怯えたように瞳を揺らし、今更ながら眼前に立つ俺たちに気いたかのように驚きの声を上げた。

「えっ、人! こんなところに!」

 先程の不快な声の主が原因か、鋭く尖った黒いなにかが少女に向かって高速で近づいていた。――そしてそれは直線上にいる俺をも、巻き込まん勢いだった。

「――チィ」

 俺はすぐそばに置いていた現を手にし、振り下ろす。抵抗もなく凶器は切断され、宙を舞う。

「ゴギャギャギャ!」

「――怒ってんのかよ。奇遇だな、俺も同じだよ」

 不気味な声と共に森から出てきたのは、三体の怪物だった。

 コールタールを固体にして、目と口をつければこんな容姿になるかもしれない。ただし、その瞳は真っ赤で黒目の部分が全くなく、口も唇はなく、歯だけが生えているならばだが。まあそんな生き物がいるとも思えないから、文字通りのバケモノってわけだ。

「シュギャギャ!」

「ゴギュギャギャ!」

「グギャギャギャ!」

 耳障りなアンサンブルを奏でると、バケモノは同時に体から無数の触手を生み出し俺に向かって放つ。

「エロゲーのヒロインになる、趣味はねえよ」

 剣を一閃し触手を全て切り落とすが、体液やらなにやらもでなければ奴さん方も痛がる様子はない。

「痛覚がないのかね。それならこうするか」

 現から形無に武器を変え、魔力を込め念じる。形無はすぐに刀身の大きさを変える。長さは五メートルほどあるだろうか。近寄らなくとも十分バケモノ達を射程圏内に捉えることができた。そのまま横一文字に薙ぎ払う。

 突風が吹いたかのような風圧と鋭い音と共に剣戟が、それぞれの胴体を真っ二つにした。

 形無は剣としては使うには、欠陥がある。だがそれならば、剣として使用しなければいいだけだ。幸い俺にはチートの馬鹿力がある。そして、伸びる武器と馬鹿力なら似たようなそれを使ったおとぎ話がある。参考にするにはもってこいだ。

「剣がダメなら棍代わりさ。要は如意棒みたいなもんだしな」

 しかし、なんなんだ、こいつらは。襲ってきたから倒したが、色々とおかしい。見たこともない姿だし、剣で切った感触もどこか変だ。ソフトビニールの人形なんかに近いかもしれない。生き物というよりは、それを真似たなにかという感じがする。それに全く体液が出ない生き物なんているわけがない。

 そんな考察をしていると、心地よいソプラノが耳朶を打った。

「ダメです! 逃げてください! そいつらは切った位じゃ死にません! 燃やし尽くすか、どうにかしないと――」

「ゴギャギャギャ!」

 少女の言葉を遮るように聞こえたのは、バケモノの奇声だ。終わったことと思いバケモノ達から外していた視線を、再度合わせる。するとそこにはナメクジのように体を這わせ、集まるバケモノ達がいた。そしてそいつらは集まるやいなや、まるでお互いがお互いを吸収するようにして一つになると、体から無数の触手を生やし、手当たりしだいに近くの森から樹木や草花をもぎ取ると自身の体に取り込んでいった。

 力任せに採取される乱雑な音と共に、消化でもしているかのような、濁った低い音が響く。胃酸のような酸っぱい臭いが鼻についてしょうがなかった。

 俺はそのグロテスクな光景に意識を刈り取られ、ただ呆然と眺めていた。

 時間は一分と経っていなかっただろう。俺が自身を取り戻すと、目の前には十メートルほどの黒い山があった。その山はただ赤いだけの瞳を俺に向け、不気味なほど白く光る牙を見せびらかすように口を開いていた。

「おいおい、お次は巨大化って、どこの特撮ヒーローの悪役だよ」

「ゴギャギャヒャア!」

「第二ラウンドってところかよ」

 敵を知り己を知れば、百戦危うからずなんて言葉もある。ここはそれにならって、情報収集を行うとしよう。

 俺は頭の中で鑑定とつぶやき、眼前のバケモノを探った。



【ステータス】

種族:魔傀儡

性別:

名前:

年齢:

職業:魔法生命体

体調:

属性:

才能:

能力:再生、不滅、触手、形態変化、吸収、状態異常無効、隠者の加護

熟練度:



 種族は魔傀儡で職業が魔法生命体ね。しかも、能力はなんともいやらしいものが揃っている。なるほどね、これじゃあ魔力中毒なんか起きる訳がない。元気なわけだ。少女の方も体調に変調はないようだが、そっちは大方、魔力耐性かなんかが強い種族なんだろう。種族名に魔の一文字がついていたし。テンプレだな。しかしこれ、能力名見た限りだと不死身なんじゃないか。まあ、少女が燃やし尽くすとか、なんとか言っていたから方法はあるのだろう。とりあえずは魔傀儡の詳しい説明を見る前に、まずは能力名だとさっぱり判別のつかない隠者の加護って奴を調べてみるか。


 

 【隠者の加護】

 気配遮断効果付与。他にも足音や体臭などの周囲に存在を知らしめるものを極力抑える。



 そういや、こいつらの気配に全然気づかなかったもんな。ものすごい勢いで草をかき分けたり踏みつぶしたりしていたから音でわかったが、それ以外は何も感じ取れなかった。チートも万能じゃないっていい例だな。というよりも、こっちの方がチートくさいな。

 さて、それじゃあ、最後に種族である魔傀儡っていうのを調べてみるか。詳しい倒し方はわかるかね。



 【魔傀儡】

 魔法により生まれた存在。意思はなく、創造したものの命のみを受け付ける。

 生命と呼べる存在ではなく、なかば不老不死に近い。肉片になっても、有機物を吸収し己の肉体へと再構築する。

 状況に応じては個体同士が集まり、巨大化を行う場合もある。

 弱点は火や氷に弱く、体組織の大部分を焼かれたり、凍結した場合は活動を停止する。



 物理攻撃は止めたほうがいいってことだな。下手に切り刻むとその破片から、復活することもありえそうだ。

「――となると、派手に燃やすか、絶対零度で凍らすか、どちらかか」

「ギャアアオン!」

 二ラウンド目のゴング代わりか、魔傀儡は叫ぶと鋭い針のような触手を何百本も打ち出してきた。触手自体は細く針金のような太さしかない。だが、多方向に数多く出射されるとなると話は違う。点による面攻撃だ。交わすことは無理といっていいだろう。

「なら、受け止めるしかないよな。ルルス」

 俺は魔法を唱え、灰色の壁を作る。――文字通りの鉄壁だ。

 狙い通り触手は突然現れた鉄壁を打ち砕くことはできず、甲高い音を立てて弾かれてゆく。

「それじゃあ、次は俺の番だよな」

 壁を消すと、俺は一気に駆け出し魔傀儡へと近寄る。

 下手な攻撃は悪手となるこの状況での、最善手は一撃必殺と来ている。本来なら、火炎魔法で焼却というのが一番いいのかもしれない。けれど、だ。今俺の手には変わった剣が握られている。その刀身に炎を宿す、魔剣、現だ。もっとも、欠点としてその炎の熱さに装備者が耐えられないというのがある。

 だが、抜け道がないわけじゃない。

 眼前にそびえる小高い山を思わせる黒い塊に、俺は現を突き刺す。やわらかく。まるで粘土を貫いているような感覚だ。すぐに刃は肉に埋まり、柄もいくらか入り込んでいる。――準備万端だ。

 鍋つかみというものが、世の中にはある。火にかけて熱くなった鍋を手でつかめないなら、手袋のようなもので覆い熱さを遮断するという知恵だ。そう、ようするにだ、熱いなら、そうならないように包み込んでしまえばいいのだ。

「――燃えろ」

 俺は赤く巨大な山火事のような炎を連想し、魔力を現に込めた。

 黒い塊に埋もれた刀身からは何も伝わってこない。だが、見えない圧力のようなものが揺らいで見えた気がした。

 それは正しく、ふと、匂いがした。

 水分が蒸発するときのような、わずかに湿った空気。そして、焦げ臭い炎の香りだ。

 勢い良く剣を引き抜くと、俺は背を向け歩き出す。

 世界一早いネズミが野山を駆け巡るような、そんな音が後ろから聞こえた。同時に炎の熱気が風に舞っていた。これで全て終わりだ。背後では魔傀儡が炎に焼かれ、その生涯を終えていることだろう。

 ただ、一つだけ誤算があった。それは――

「アチィ!」

 俺はあまりの熱さに現を放り投げる。

 金属の熱はなかなか冷めないことを忘れていた。


 俺はチートな能力を持っていると思う。自分で言うのもなんだが、なんでもできるし、それなりに生み出せる。自分一人で生きていくだけなら、なんの問題もないだろう。けれど、そこにはなんの裏付けもない。本来なら努力なり、経験なりが能力には付随する。それゆえにその力を、使いこなすことができるんじゃないだろうか。まあ、何が言いたいかというだ。今俺は、絶体絶命のピンチというやつだ。

 魔傀儡とかいう、黒いバケモノ。俺は三体しかいないと思っていたが、どうやらそんなことはなかったらしい。実はもう一体隠れ潜んでいて、そいつが俺の顔面めがけて鋭く尖った触手を放ってきた。

 そういや、こいつら何かの加護でステルス能力が高いんだった。そのことを頭に入れて行動しておけば、魔法にせよ、身体的能力にせよ、そのどちらかを用いれば簡単に対処できただろう。結局、借り物みたいな力だから、こんな目にあうのだ。何一つ自分のものではないから、たやすく自分を裏切るし、俺も応えてやれない。高速で近づく凶刃を前に、ふと、頭の隅でそんなことを思っていた。

 思考は冷静だったが、回避はできそうになかった。身体能力的には問題ないのだろうが、体が硬直して動けない。

 昔学生時代に、田舎で親の車を運転していたときにエゾシカを轢いたことがあった。

 道路の脇にある森から移動のために出てきたというのに、エゾシカは俺が運転している車を見るとこちらを向いて足を止めた。突然の出来事だったために急いでブレーキを踏んだが、車は止まることなくエゾシカと衝突した。幸い、エアーバッグとシートベルトのおかげで体にはなんの影響もなかったが、肝が冷えた。あの時は、動物の脚力ならどうにかできるだろう。どうして立ち止まるんだ、さっさと行けばいいのになんて思ったが当事者になってみればわかる。

 予測していない自体に、行動なんてできやしない。そしてそれが、チートの限界なんだろう。

 世界を自分を借り物の力で騙したところで、しょせん仮初は仮初。ここぞという時でボロが出る。反射的になんていうものは、無理難題だ。反射できるほど、反復練習を行なっていない。

 心のどこかで、思う。こんなもんだと。結局俺はこの程度なんだと。だから、許してくれ。

 なぜか俺は謝っていた。脳裏に浮かぶのは無表情なくせに不機嫌そうな、けれど今にも泣き出しそうに瞳を潤ませたサクラだった。

 まだ生きたいとか怖いとか、そんな感情よりも、サクラを困らせたくないということが一番強かった。そしてそんな自分が、少しだけ嬉しかった。

「――――なっ!」

 瞬間、俺は眼前に触手が迫るのを捉えながら、ふいに来た衝撃に刺されたのだと勘違いした。けれど、痛みというよりはただ強く押された――吹っ飛ばされたという感覚に、それが間違いだと気づく。そうして、赤い血潮を見た。夕焼けにほんの少し黒を混ぜたような、キレイとも醜いも言えない色彩は揺さぶるように現実に引き戻す。

 俺を貫くはずだった凶器は、突然の来訪者がかっさらっていった。それも、ダメージごとだ。

 突然の来訪者――褐色の魔光族の少女は俺をかばい、腕を怪我した状態で倒れ込んでいた。

 予期せぬ事態の連続で頭がパンクしそうになるが、そんなことになっては元も子もない。

 早鐘を打つ鼓動を静め、次々と疑問がわき、思考の海に没頭しそうになる頭にたった一つの命令を告げる。

 やることさえ決まってしまえば、俺のチートな体は素直に動いた。

 素早く口は魔法を唱え、練り上げられた魔力はそのまま火球となって凶刃を振るった魔傀儡へと向かう。人を丸呑みにしそうな程大きな炎は、魔傀儡をたやすく飲み込み、すぐに一片の燃えカスへと焼却した。

 探査系の魔法を使い、入念に当たりを調査し、もう敵がいないことを確認すると魔法で雨を降らせた。少しばかり火の勢いが強すぎたので、放っておくと火事になりそうだったのだ。

 俺は荒い呼吸で倒れている少女に近寄ると、腕を取りそのまま背負うと帰路へと着くことにした。はやくこの子の治療をしなければいけない。

 ビーさんも慌てて散らばっていた、三振りの剣を拾うと俺の後を追ってきた。その姿を後ろから確認しつつ、俺は口の中で低くつぶやく。

「――勝手に自分だけで自分を見限るなっ、か」

 少女は俺を助ける際に、そんな言葉を言っていた。

 あながち、間違っていないのがなんとも困る。 

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