失敗剣
「――これは失敗だな」
俺は眼前に置いた三振りの剣を見つめ、そうつぶやいた。
至急で行わなければいけないことがなくなったので、元々が鍛冶師としてこちらに来たという理由もあるので、練習がてら剣を打ってみたのだが、ものの見事に失敗してしまった。
「そうなんですか。立派な剣だと思いますけど」
インナーは黒地のティシャツにアウターとして青のパーカー、白色のミニスカに膝ほどまであるブーツといった格好で、ビーさんは屈み剣を見ている。
愛しの我が家から五十メートル程、北に行った更地。そこに俺たちはいる。本当は一人で試し斬りなんかをしていたのだが、暇だったのかビーさんが来たというわけである。
「これなんか、よく斬れそうですけど」
そう言って彼女が手に持ったのは、飾り気のない両手剣である。大きさは百二十センチメートル位だろうか。無骨だがその分よく斬れそうという感じがする、シンプルイズベストな一品だ。確かに、切れ味は悪くない。ただ、欠点があるだけだ。
「そうだな。この状態で使うなら、問題はない」
「この状態?」
「ああ、まあ、ちょっと見ててくれ」
そう口にすると、俺は魔力とイメージを剣に込め振るった。するとどうだろう、本来の刀身よりもはるかに長い刃が眼前にあった。
「――剣先が伸びた」
「そう。刀身を自在に伸ばすことができる魔剣、それがこの剣、形無だ」
伸びた刀身を今度は今度は縮め、元の姿に戻す。リーチを関係なしに攻撃できれば、使い勝手はいいだろうと思ったのだがそうは上手くいかないのが現実だった。ちなみに、鑑定をするとやはり名前がついており、イチイチ考えるのも面倒なのでそのまま使用することにした。
「すごいじゃないですか! これなら、遠距離も近距離もそれに相手の間合いだって、崩せるじゃないですか!」
ビーさんは興奮しているのか、肩を何度も叩き、声を荒らげた。うん、うれしい反応だ。でも、使ってみれば引きつった笑顔に変わることだろう。
「まあ、そうだな。――理屈上は」
「理屈上は? どういうことですか?」
「口で説明するよりは、実際使ってもらえば意味が分かるさ。はい、どうぞ」
俺は剣を渡し軽くレクチャーをした。使用方法はそう難しいものではないのですぐに理解したのか、頭の中の情報を確かめるように何度か頷いた。彼女は剣を何度か縦に振ると声を上げ能力を使用した。
「えいっ!」
ビーさんの意思通りに剣は伸び、刀身を二メートルと伸ばしていく。そして――
「キャア!」
こけた。盛大な音が辺に響き、ビーさんが地面に顔からダイブしていった。
これがこの剣の欠点。重心の変動と重量の増加である。
ギミックを利用し内蔵してある刃が伸びる場合や、剣が鞭状になる蛇腹剣だったりすれば、重量や重心はある程度どうにでもなるが、長さと共に重さが変動する場合制御は無理だ。魔法で軽くすることは簡単だが、問題なのは長さと共に質量が増大することのため意味はない。
「イタタッ、確かにこれは欠点ですね」
「だろう。使える奴が誰一人いないとまでは言わないが、ある程度の才能がないとダメっていうのは正直使い道がなさすぎる」
少し赤みがさしている顔を撫でながらそう口にしたビーさんに、俺も自身の作品だが酷評を告げた。
「他の剣もこんな感じなんですか」
こころなし、怯えた瞳で残りの剣をビーさんは見ている。俺はそれに正直に答える。
「ああ、だいたいはな。ホレ、これも使ってみな。火をイメージして、魔力を込めれば使えるから」
俺はそう言って、一つの剣を渡す。
刃から柄まで全てが赤く所々にルビーをあしらった、九十センチメートル程の長さの片手剣だ。
おっかなびっくりの態度だったが、ビーさんは受け取り何回か素振りをして振り心地を確かめていた。どうせろくなことにならないことがわかっているのに、使ってくれるとは、なんて良い人なんだろう。
「よしっ! 行きます! ハッ!」
ビーさんが気合をいれ魔力を込めると、刃が赤くきらめきだし陽炎のようなものが立ち上がると、刀身に燃えさかる炎が発現した。これぞ、属性魔法をその刃に宿す剣、現である。
「アツゥ!」
ビーさんは叫び、真っ赤に燃える剣を放り投げた。そうなんだよな、刀身が燃えているから、熱くてたまらないんだよね。おまけに髪の毛とかも焦げるし。見た目は格好いいんだけどな。
「そして、最後の剣がこれだ」
それは鍔があり波紋がある長さ百二十センチメートルの剣――いわゆる、刀だ。
「変わった、形ですね。でも、キレイですね」
美しい絵画を見た時のような、瞳に色を込めてビーさんは刀を見つめている。一級品なら美術品としても価値があるのが、日本刀だ。その反応はわからなくはない。かく言う俺も、見た目は合格点だ。……あくまでも、見た目だけはだが。
「それで、これはどんな能力があるんですか?」
「能力は、魔力吸収と魔法封印だな。対象はこの刀身に触れているもので、接触し続けている限り対象は魔法が使えず、魔力を持ち主にこいつを通して吸い取られることにになる」
「魔法封じに吸収ですか。強力な対魔法使い武器ですね。でも、欠点があるんですよね。あっ、吸収効率が悪いとか、自分も魔法を使えなくなるとかですか?」
首を傾げ問いかけてくるビーさんに、俺は目の前で指を素早く左右に振り答える。
「まさか! さすがにそんな単純な失敗は犯さないさ。吸収効率は最高だし、魔法だって装備者はキチンと使えるさ」
「じゃあ、何が失敗なんですか?」
「それは使ってみてのお楽しみということで。ホイ、どうぞ」
「ええっ、使わないとダメなんですか! 答えを教えてくれるだけでいいんですけど」
「それじゃ、つまらないでしょう。それに実際に確かめたほうが、わかりやすいしね」
論より証拠という言葉もある。口でいくら説明しても、なかなかわかってもらうことは難しい。ええ、それだけですよ、他に悪意なんてありません。
頬を膨らませ、非難気に俺をにらみながらもビーさんは刀を受け取った。刀を握る手つきがおぼつかないのは、仕方ないだろう。効果を見せるために俺も、峰の部分に触れる。そして、いくつか魔法を唱えるが発動はしない。裏技がないわけじゃないのだが、俺位のチートや作った本人でなければできないことなので、気にしないでいいだろう。
「わあっ、すごい! ドンドン魔力が流れてきますよ!」
「まあ、そこら辺が売りだからね。手抜きはできないよ」
「……しかし、そうなると、何が欠点なんですか? 全く思いつかないんですけど」
「なに、直にわかるさ」
その言葉に嘘はなく一分ほど経つと、ビーさんの顔が青白くなり、次第に土気色に変わっていった。そして、今にも嘔吐してしまいそうな様子で口をすぼめている。
この刀――悪食の欠点それは安全弁がないことだ。使用者の魔力が減っていようがそうでなかろうが供給し続ける。そうして、限界以上まで魔力を吸収した使用者は軽い魔力中毒となり、今のビーさんみたいな状態となる。
俺は悪食から手を離し、闇魔法を使いビーさんから魔力を奪う。ビーさんの顔色が少しだけよくなった。これで大丈夫だろう。
「……限度を超えて魔力を供給されるのって、辛いんですね」
そう気だるげに言ったビーさんは、どことなくげっそりとした感じがした。、
「まあ、腹がいっぱいなところに、無理やり食い物を入れているようなもんだからな」
「……それは立派な拷問の類じゃないですか。ウプゥ」
「ああ、だから、失敗なんだよ」
ビーさんは両手で口元を押さえ、吐くのをこらえているようだ。もう少しすれば、落ち着くだろう。……マジ、すいませんでした!
ただ、失敗は失敗でもおしいというレベルだが。使い方しだいでは、欠点を気にしないで使用することもできるだろう。それにある程度考えて作れば、どうにかなった問題もある。
「――要修行って、ところだな」
その言葉は何かのフラグだったのだろうか。耳に、激しく草木を踏み潰すような音が聞こえた。それも一つではない。――複数だ。
二十五、二十、十五、距離は近づいてくる。ビーさんも気づいたのか、不安に揺れる瞳で俺を見上げる。
俺は手で制し後ろに移動させると、かばうように前に出た。