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第1話 嘘つきな揺らぎとの出会い

【主な登場人物】

名前 神野ジンノ 太陽タイヨウ

愛称 サン

年齢 29歳(男)

身長 182cm

体重 78kg

職業 キャリアコンサルタント

キャリア支援を行う個人会社を経営し、大学では非常勤職員として学生支援を担当している。

幼い頃、交通事故で記憶喪失になった際に「Gaea」を深層心理に宿した。

多くの挫折を経験し、自身の経験を元にしたキャリア理論を確立しようとしている。

スポーツが得意でなんでも器用にこなす。

行動力があり好奇心旺盛、迷いを抱えながらも理論を確立するために必要なデバイスの研究機関を設立するための「プロジェクトSpell」を発足する。


名前 深海シンカイ 明日美アスミ

愛称 アスミ

年齢 26歳(女)

身長 157cm

体重 43kg

職業 大学研究員

サンの持つ「Gaeaのチカラ」に興味を持つカオス理論の研究者。

普段から社交的で明るく振舞い、男性に好意を持たせることをゲーム感覚で楽しむ小悪魔タイプで、お誘いが絶えない。

幼い頃、兄が病気で入院していたので母が傍にいないことが多く、母の愛情を受けることができなかった。「愛情に甘える」という経験ができなかったことが原因で、どこか自虐的だが儚さと美しさを持つ。

相手に気を遣う繊細さを持ち、ありのままの自分を受け入れてくれる相手を求めている。


名前 ジン

年齢 50歳前後(男)

身長 180cm前後

謎の協力者。

重要な場面で突然現れ、サンとアスミに助言や手を貸して導く謎の人物。

全てを見通しているような印象を感じさせる雰囲気を持っている。

普段は冷静を装って、他人に興味が無いように振舞っているが、本当は誰よりも相手を気遣う性分。

重要な場面で本気になったときは情熱的で感情の起伏が大きい。


名前 権藤ゴンドウ タケシ

愛称 パウダーケグ(火薬樽)

年齢 59歳(男)

身長 180cm

体重 75kg

職業 大手が運営する福祉施設グループの事業部長

定年が目前に迫り自分の引き際を考えている。

その風貌は堅気のそれとは程遠く、納得できないときは誰にでも噛みつく勢いで職場では経営陣からも恐れられ、裏社会の人間からも一目置かれている存在。

教育現場での自我の育成の実現に取り組んでるサンに興味を持ち、次の世代を応援して手を貸してくれる存在になる。


名前 九条クジョウ レイ

愛称 絶対零度

年齢 30歳(男)

身長 177cm

体重 72kg

職業 システムエンジニア

サンにとってカオス理論でいう反物質とも言える「対」の理論の持ち主。

かつてサンと共にキャリア理論の基礎を学び、一緒に思想領域Ego Cubeの理論を研究していた。

その過程で「自我の育成」の手段を巡って決定的に袂を分かった男。

サンの理論が「全てを受容し、均衡をもたらす」ことを是とする「調和」の理論なら、彼の理論は「互いの負荷を跳ね返す耐性を強化し、均衡を作る」という「選別」の理論。


名前 深海シンカイ ナギ

年齢 現在年齢31歳(男)妹、明日美の4歳年上

身長 172cm

体重 58kg

深海家の長男で、幼少期から神童と呼ばれ多くの才能に溢れており、一族から後継者としての期待を一身に受けてていた。だが、父である真澄による「無限の記憶」の器として育てられる過程で、長年感情を拒絶することになる。太陽たちと出会うことで社会復帰し、一族が背負う呪いと向き合うことになる。


名前 深海シンカイ 真澄マスミ

年齢 56歳(男)

身長 175cm

体重 80kg

幼い凪に一族運命を背負わせようと冷徹にことを進めようとしたが、誰よりも強い家族愛がそれを許せず、家族の前から姿を消し、深海一族が組織したオメガに「漆黒の観測者」として身を置くことになった凪の父。過去の過ちを後悔しながらも、自分を犠牲にして家族の幸せを護るため、無限の記憶に関わろうとする凪を助けるための行動に出ることになる。


名前 深海シンカイ ミオ

年齢 54歳(女)

身長 155cm

体重 48kg

職業 システムエンジニア

凪と明日美の母。大手SIerシステムインテグレーターでシニアエンジニアとして、Gaeaの管理システムを担当していたが、真澄と出会い深海家の一員となった。

普通の幸せな暮らしを望んでいたが、深海一族の抱える運命に翻弄され、心の壊れてしまった凪を連れて家を出る決断をする。

凪が社会復帰したことで、自身も現役復帰し、AI歌姫「ASUMI」の開発に力を貸すことになる。


名前 深海シンカイ ゲン

年齢 年齢81歳(男)

身長 171cm

体重 55kg

明日美の祖父で深海家の長。一族が管理している組織「オメガ」の総帥。一族の祖先である「始まりの女性」の因子を受け継いでいる世界中に散らばる血族を統括している、現在の世界を管理する絶対的な存在の一人。



3.世界観の紹介


Gaeaガイア

Gaeaとは、この物語で最も重要なチカラの源で「バタフライエフェクト」を起こす存在。

・命を奪うチカラ

・命を生かすチカラ

どちらも「言葉」によって扱うことができる。

言葉はGaeaによって世界に影響を与える大きな現象となる。

扱う者によってはチカラの反動で暴走してしまい、大きな歪を生み出し自ら破滅してしまう。

Gaeaを正当に扱えるのは、チカラの反動に耐えられる自我を構成できる資質の持ち主。

数千年に1度現れるその者は「言葉を綴る救世主」と呼ばれている。


Spellスペル

「Spell」とは、サンが発足したプロジェクトの名称。

理念は、「自我の育成 - Ego Nurturing -」。

目的は、それまで都市伝説として扱われていた自我を理論として確立し、必要なデバイス「Ego Cubeエゴキューブ」と「Spell Cardスペルカード」を開発するための研究機関(大学)を創立すること。

ひとりでは到底成し得ない壮大な目標に向かうため、同じ意思を持つ仲間を募っている。

人間の感情をデータ化して固定することが可能なカードが理論の確立に不可欠であることを発見して研究開発に取り組んでいる。


【Ego Cubeエゴキューブ

サンが確立しようとしているキャリア理論の中核で、個人が深層心理に構成する自我の思想領域を具現化するデバイスを「Ego Cube」と呼ぶ。


※ noteの記事「Spell Episode1-記憶を綴るキャリア-」第5章2話でキャリア領域として図解。

https://note.com/ai_zinno3/n/n2be53a678fb3


キャリア領域の説明は次の通りだ。

生まれたときの「基準点ゼロ」を中心にして、左右に直線「ボーダーライン」を引く。

その線の両端を目標値である「絶対値」とする。

絶対値とは、基準点ゼロから「プラス・マイナス方向の両方」に、どれだけ離れているかを表す値。

例えば「+5」も「-5」も絶対値では同じ5となる。

絶対値を具体的な数値として求めるためには、この物語に出てくる「なにか」と「誰か」という変数が必要になる。

この変数の乗算から導き出された数値が絶対値「目標」となる。

目標が大きいほど目盛の間隔が狭くなり「負荷の密度」が高くなり、密度が高いほど「重力のようなもの」が強くなる。

ボーダーラインの基準点ゼロから90度の角度で、年齢という「時間軸」を奥行きの線として追加し、2次元化した平面にする。

さらに、この物語に出てくる「自己一致率」を高さの縦線として追加し、3次元化した直方体が「Ego Cube」となる。

時間の経過とともに絶対値と自己一致率は変動するので、状態は常に変化するため「強度と密度」には個人差がある。

仮に、自己一致率が100%の上限値を超えた場合と、0%より下がりマイナス値になった場合は、3次元を超え4次元の領域に入れる。

4次元に入っても自身のEgo Cubeを立方体の型で保てれば「他者のEgo Cubeへの干渉」が可能になる。

「基準点ゼロ」が複数になることで、密度が極限まで高まり重力が発生すると、奥行きの時間軸にプラス・マイナスの概念が発生し、数値上限か下限を突破したとき5次元の領域に入る。

5次元に入っても自身のEgo Cubeを立方体の型で保てれば「他時間への干渉」も可能になる。


【負のチカラ】

自分の周りで不思議な出来事が起こるようになったことはあるだろうか?

事故から20年以上の時が経っても、サンの周りでは望んでいないことばかり起こっていた。

自分の言動が「負のチカラ」として働いているような、そんな気分になっていた。

サンが「それ」を受け入れるまで相当な時間が掛かっていたが、検証しながら少しずつ状況を理解するしかなかった。

Spellを発足しようとしていたとき、

「何がやりたいんだ!」

「ひとりでやらせとけ!」

その頃多方面から浴びせられていた。

怒らせて奮起させるためなのか、単に悪ノリしてるだけなのか。

「お前らこそどうしたいんだよ」

そんなことを考えながら飽き飽きして逆に冷めていた。

社会環境を一変させるほどの大災害から5年の月日が経過した頃。

サンはSpell Card構想を描き始めた。

後に「プロジェクトSpell」として取り組みを始めるわけだが、このときの構想が大きなうねりとなって動き出すことになる。


【意思のチカラ】

自分の意思を持っているだろうか?

サンはGaeaを制御するためにはEgo Cubeを構成し安定させることが必要だと理解し始め、それに必要な「なにか」と「誰か」を見つけるため、気が遠くなるほどの自問自答を繰り返してきた。

目標が定まれば実現のための手段が必要になる。


Ego Cubeから生み出される感情をデータ化して、状態を固定するための物理的な入れ物になるのがSpell Cardだ。

短歌や俳句のような短い文章なら現在のテクノロジーでも実現可能なのは既に分かっている。

保存容量を増やしデバイスとの通信速度を上げたカードを製品化できれば、音楽や映像の保存も可能になり未来に残せる記憶媒体になり得る。

密度の高い意志が固定されたことでサンのEgo Cubeは安定し始め、Gaeaの反動に耐えられるだけの強度を保ち、何処まで続くかも分からない、いばらの道を進んで行くために必要な揺るがない意思のチカラを持ち始めていた。


【見えないチカラ】

身の回りで起こることに違和感はあるだろうか?

理想的なSpell Cardは現在のテクノロジーではまだ作れない。

しかもその研究開発には、世界に影響力を持つ巨大企業でもなければ用意できないような膨大な資金が必要になる。

サンは人生を掛けてそこまで辿り着く覚悟を持つようになった。

入手可能なICチップ内蔵カードで試作品を作った。

想像通り、実現できればEgo Cubeを安定させることができる「理想的な記憶媒体」になると確信した。

ここから「プロジェクトSpell」が本格的に始動することになる。

ひとりでは到底辿り着けない壮大な構想なので、サンは協力者を探していた。

知人に声を掛け、試作品を見せて協力をお願いすると何人かが興味を持ってくれた。

しかし、協力を約束してくれた人たちの周囲でも不思議な出来事が起こり次々と離脱していった。

姿は見えないが、どうやらこのカードの研究開発を好ましく思わない存在があるようだ。

この「見えないチカラ」に抗う必要があることを感じたサンは、敢えて一人になることを選択し、大切な人ほど自分から遠ざけるような振る舞いを始めた。

見えない相手と対峙するには、誰かを護りながら戦えるほどの余裕が無かったからだ。

まずは自身のEgo Cubeを強固な状態で維持できるようになることが先決だ。

サンは見えないチカラの正体を見極めるため、その起源となる「記憶」を綴ることにした。

その経過でGaeaのチカラと、それを正当に扱える「言葉を綴る救世主」が過去に存在したという事実に辿り着いた。

そして、そのGaeaが自分の自我に在ることに気が付き始めた。


【記憶のチカラ】

人類が今まで累計何人存在してきたか想像できるだろうか?

地球上に生命が誕生したのは、40億年以上前だと言われている。

現在80億人以上存在している人類が生まれたのは約700万年前らしい。

その生命が積み重ねてきた「記憶の数」はこの宇宙が存在する限り無限に等しいことを、過去の記憶と向き合う覚悟を持つことで初めて認識することができる。

その「記憶」を生物が扱うために必要な「言葉や文字として綴る」ことで未来に残す方法を得た人類は、進化の速度を加速して地球上の生命の中心となった。


「ガイア理論」

一言でいうと「地球を巨大な生命体」として捉える思想に近い理論だ。

主張が大きいため科学的な検証を欠いており研究題材としては避けられがちだが、その意味することを巡って多くの議論を呼ぶ原因にもなっている。


「カオス理論」

予測できない誤差によって複雑になっていく様子を、力学などの現象として認識できる理論だ。

ランダムな変数ということではなく、数的誤差によって生じる分岐回数が増えることによって起こる現象に大きな変化が生じる原因になるという考え方だ。

地球上のどこかで蝶が羽ばたいた程度の小さな出来事が起因になり、遠く離れた大陸で竜巻が起こり得ることを「バタフライエフェクト(バタフライ効果)」と呼ぶ。

それを起こすのが、このふたつの理論を結びつける記憶のチカラ「Gaea」だ。

Gaeaを正しく扱えずチカラが暴走してしまうと自分やその周辺に自然災害が起こり多くの命を奪う場合もあるが、正しく扱える者がいれば多くの命を生かすことができる。

現在のコンピューターでは無限の値を扱うことはできないが、量子コンピューターが実用化され「重力」と「量子もつれ」が解明されれば可能性はあるかもしれない。

サンはGaeaと向き合うため、自分自身を研究対象にして理論を確立することにした。


【模倣のチカラ】

カオス理論でも取り上げられるバタフライエフェクトは、なぜ起こり得るのだろうか?

生命は「生きる」という生存本能に従い「模倣」することで命を繋いできた。

それを真似ることで命の危険を回避できることを学び、進化してきたことは生物の長い歴史が証明している。

学ぶことを放棄した生物が淘汰されていくのは自然界の摂理だったのだろう。

サンはこれを掘り下げて、バタフライエフェクトにひとつの仮説を立てた。

「起因となる些細な事象をもとに自然界が模倣の連鎖に入ることで、個体では起こせないような大きな現象が起こり得る。」

創作で語り尽くされたような台詞だが、

「ひとつひとつは小さなチカラでも、数が集まることで大きなチカラとなる」。

これも数の論理として生物の歴史が証明している事実だ。

数の論理だと記憶の数は無限と等しいわけだから、そのチカラも無限に等しいことになる。

自然界が模倣の連鎖に入る仕組みは次の流れだ。

1.起因となるのは、巨大な重力を持ち自らエネルギーを生み出せる太陽(恒星)の存在。

2.その重力と熱の影響を受け、自らも大きな重力を持つ地球は、互いに引かれ合い、大地は常に活動し続け、水と大気が循環する存在。

3.その地球上で起こる自然現象を模倣して、言葉や行動として創作する「意思という小さい重力」を持った生命の存在。

4.それを自然界の多くの生物が真似ることで大きな現象が起こる。


この連鎖が嚙み合ったときバタフライエフェクトは起こり得る。

これは人間社会でも同じような経緯で起こる。

「流行」もバタフライエフェクトを身近で感じる現象のひとつだ。

模倣は本来、地球上の生命が数十億年かけて繋いできた尊い行いだ。

「生物を飼う」ことで文明が発展し、命の安全が保障させた現代の人間社会では、真似ることは生きるためというより娯楽になりつつある。

現在は「模倣」を「真似る」ことを「ものまね」と呼んでいる。

意識している人は少ないだろうが、真似る対象を軽んじて尊重しない行為は、これまで生命を繋いできた八百万の神を冒涜しているのと同じだ。


【結びのチカラ】

人の繋がりが大事だと簡単に言う人が多いが、その意味を理解しているのだろうか?

繋がりは「結ぶ」ことで生まれる。

日本では神話の時代から「むすひ=結び」として、それに関する文化が多く存在する。

分かりやすいところでは、願いを込めて紐を結ぶことで人の感情をそこに留まらせることができると考えられ、現代まで伝わっている。

「繋がり」とは登山でお互いの身体を結ぶ命綱に近い存在だ。

一緒に山を上ることを示す意思であり、道連れで崖に落ちそうになる危険をも共有する覚悟が無ければ本物の繋がりとは呼べない。

その結びにどんな願いや想いを込めているかにもよるが、自分の意志で簡単に結んだり解いたりできるものではない。

結びによって安定している状態を解けば、そこに留められていたチカラが解放され反動が起こる。

その存在が大きければ大きいほどその反動も大きくなる。

日本の歴史を遡ると、平安時代に文化の発展のために決断したのであろう「神仏習合」という大きな「結び」が行われたが、明治維新後に「神仏分離令」により結びを解いた。

結果的にその反動によって多くの命や思想が失われたのは歴史が物語っている。

結びのチカラは軽々しく扱っていいものではない。


【命のチカラ】

自分の生きている人生が何度目なのか考えたことはあるだろうか?

人生にはその人の目にしか見えないものがある。

生物としての命は1度限りだが、挑戦と挫折を経験することで人生を何度もやり直すことになる人も存在する。

それを認識できるのは、境界線を超える覚悟を持てる人だけだ。

人生をやり直すと口で言うのは簡単だが、その都度「死」を経験することになる。

自分の死に直面すると大抵の人は絶望するだろう。

それを受け入れるのは容易なことではない。

サンは自分が把握しているだけでも10回前後の死を経験してその都度受け入れてきた。

把握していない数を入れればもっと多いだろう。

サンのEgo Cubeには、その数だけ「基準点ゼロ」が存在する。

幾度もの死を受け入れる度、樹木が年輪を重ねるようにEgo Cubeが何層にも構成され密度は高くなり強度を増し重力を生むようになる。

人生とは自分のキャリアの地図を持つことだ。

何らかの理由で持っていた地図を手放すことになっても、また新しい地図を持つことができれば再び歩み始めることができる。

命を扱うチカラは軽くない。

最低でも自分の死を受け入れ、さらに他者の命も背負いその重さに耐えられるだけの密度を持ったEgo Cubeを構成できなければ正しく扱うことはできず、周囲の影響を受けて欲と感情のままに暴走するだろう。

身をもってそれを経験してきたサンは、誰よりもそれを強く感じていた。


【反動のチカラ】

「好きと嫌いは表裏一体」という言葉を聞いたことはあるだろうか?

感情論だと思う人が多いだろうが、量子力学が注目されるようになって印象が変わってきた。

サンは「量子もつれ」と「重ね合わせ」を解明するために「絶対値」の概念が必要だと仮定した。

絶対値とは、基準点になるゼロ(無関心)からプラス・マイナス方向の両方に、どれだけ離れているかを表す値だ。

「なにか」と「誰か」は変数なので、人によって対象が変わることになる。

恋愛に例えると、恋をした相手が「誰か」になり、その相手と共有したい未来が「なにか」になる。

普通の人なら誰もが経験することだろう。

この大きさは理論上では無限大だ。

現在のコンピューターでは「無限」の概念を扱うことができない。

最近話題になっている量子力学を応用した量子コンピューターがその可能性を秘めているらしいが実用化はまだ先のようだ。

他者への感情は、正でも負でも大きければ大きいだけ無関心から離れていき密度が増す。

自身の限界を超えて大きくなり過ぎると平常心を保つことが難しくなり、思いもよらない行動を起こしてしまう。

最も危険なのは自分でも制御できないくらい絶対値(愛)が大きくなった状態で「誰か」を失ったときだ。

その場合は感情が基準点ゼロに戻ることになるのだが、そのときの「反動のチカラ」が大き過ぎて制御できない場合がある。

その反動のチカラの行方が自分に向くか他者に向かうかはその人次第ということになる。

これを制御するためにサンはEgo Cubeを研究している。


【無限のチカラ】

「愛の大きさは無限大」という言葉を聞いたことはあるだろうか?

創作で使い古されたフレーズに感じるが、有名な物理学者でも「愛は物理を超える」と言うくらい深い。

サンはGaeaを制御するために必要なのはこの「無限」を扱うことが必要だと仮定していた。


「量子力学」

相対性理論と並び始めている現代物理学の基礎的な柱で、簡単に説明すると、目に見えないほど小さな世界のルールのことだ。

二重性という日本語で表現されているが、ふたつの性質が同時に存在するという一般的に常識とされてきた古典物理学では説明できない「量子もつれ」と呼ばれる現象が実際に起こる。


人類はこの「あやふやで不思議なルール」を解明するために研究を進め、身近なところではスマホやMRIなどの医療機器に使用する半導体に応用され、これほど便利な生活を送れている。

近い将来、量子コンピューターが実用化されることで、一気にシンギュラリティ(技術的特異点)を越えて「限りなく無限に近い値」を扱えるようになる。

バタフライエフェクトは無限を扱えるようになることで証明できる。

1.キャリアコンサルタントの仕事


「神野さん、結局、何がやりたいんですか?」


相談者に来た学生の冷ややかな声が、相談窓口に響いた。二十九歳になった僕は、国家資格を持ったキャリアコンサルタントとして大学で学生のキャリア支援の仕事をしていた。

幼少期の記憶喪失と今まで経験してきた挑戦と挫折によって、自分自身のキャリアが複雑になってしまったからこそ、学生のキャリアの地図を作る手伝いをしたい。その一心でこの職場を選択したが、現実は甘くなかった。


「いえ、僕はただ、あなたが納得できる目的地を一緒に……」


「目的地なんて考えてませんよ、自分に合っていて給料が貰える仕事なら何でもいいんですよ。理論ばっかり立派で、神野さん自身はどうなんです? 自分の足元、見えてますか?」


相談者の学生が去った後、僕は深いため息をついて、机の上に置かれた「あるもの」に手を伸ばした。

それは、金属のワイヤーで組まれた、一辺が十センチメートルほどの立方体のフレームだった。 数年前から、僕の深層心理に浮かび上がるようになったイメージを、現実のパーツで再現しようと試作しているものだ。

プロジェクト「Spell」の象徴であり、僕のキャリア理論の核となるデバイス……「Ego Cube」の雛形だ。

今のそれは、外枠のフレームがあるだけで、中身は空っぽだった。


「基準点ゼロ……」

僕がそう呟き、フレームの中心にある空洞を見つめたとき。


「……情けない顔ね。そんな空っぽの箱を眺めて、何に納得しようとしているの?」

相談室の入り口に、一人の女性が立っていた。 長い艶やかな黒髪をかき上げ、挑発的な笑みを浮かべる彼女……深海 明日美。

有名大学の研究員でカオス理論を研究しているという彼女は、僕が先日送った「言葉によるバタフライエフェクトの制御」という突拍子もない論文を添えたメールに興味を持って、わざわざ訪ねてきてくれたようだ。


「深海明日美です。あなたのメール、支離滅裂で面白かった」

彼女は僕の返事を待たずに部屋へ入り込み、机の上の不完全なEgo Cubeを指先で弾いた。

「チィン」、と硬質な音が響く。


「カオス理論を「自我の育成」に応用するなんて、素人の発想としては最高にイカれてる。でも、その空っぽのフレーム、エネルギーの出力先が全く無いじゃない。あなたの理論には、まだ端になる目標が無いのよ」


「端……絶対値、のことか?」


「そう。どこまで行って、誰のためにチカラを使うのか。それが決まっていないから、あなたの持つ「Gaea」はチカラの行き場を失って、周囲に負の連鎖を撒き散らしているの」


アスミは僕に顔を近づけた。微かに香る高価な香水の匂いと、彼女の瞳の奥にある冷徹なほどの知性が、僕の心拍数を狂わせる。

彼女は、その声や仕草一つひとつが洗練されていて、話しているだけでも皆の視線を集める。多くのファンがいるという噂通り、社交的で魅力的な女性だ。


数日前、僕の相談室に一人の中年男性が訪れてきた。

年齢は五十歳前後、仕立てのいいスーツを着たその「ジン」と名乗る男性は、相談というより、僕にアドバイスらしき言葉を残していった。


「神野 太陽。最後のパーツは、最近ここに出入りをしている女が持っている。……だが気をつけろ。結びは、時として呪いにもなるぞ」


全てを見通しているようなジンの低い声が、僕の脳裏に妙に残っていた。

僕の手元にあるEgo Cubeのフレームが、アスミが出入りするようになってから時折反応するように、一瞬だけ、点滅するようになっていた。



2.歪を生む原因


「神野、お前の分析は確かに正しい。だが、組織には順序というものがあるんだ」

上司のくぐもった声が、会議室の空気を重く沈めていた。僕は手に持ったタブレットを置き、相手の目を見据える。


「順序よりも結果を優先すべきです。このデータを見れば、現在のキャリア支援モデルが形骸化しているのは明白でしょう。僕の提案した新システムなら、三ヶ月で成果を出せます!」


「……もういい。下がれ」


僕は、若さに任せた勢いと器用に何でもこなせる才能ゆえに、ときに周囲との歪を生んでいた。

仕事は「最短距離で最適解を導き出すべきゲーム」のようなものだと思っていた。

無駄な感情やしがらみを避け、目標に向かって結果を重視して進む。その姿勢は多くの相談者から信頼を得る一方で、「伝統」や「足並みを揃える」ことを重んじる上層部の人たちにとっては、扱いづらい存在になっていた。


「……理解を得るには、まだ僕の「実績」が足りないということか……」


自席に戻り、僕はカバンから金属ワイヤーで組まれた「Ego Cube」の雛形を取り出した。

僕が構想しているのは、人の深層心理にあるキャリアを構造化し、最短で自己理解を深めて「自我を視覚化」するためのデバイス。依存先が無くても「自我」を安定させるための理論だ。


「基準点ゼロ。ここからすべてを再定義するには……」

僕がそう呟き、Cubeのフレームに指をかけたとき、耳元で鈴が鳴るような、甘く、惑わされそうだけれど毒を含んだ声が響いた。


「――相変わらず、可愛げのない顔。そんなおもちゃを睨みつけて、今度はどの上司から嫌われてきたの?」

振り返ると、そこには長い黒髪をかき上げ、挑発的な笑みを浮かべる女性――深海明日美がいた。


「明日美さん。シミュレーションの件、進展はありましたか?」


「おっと、仕事の話はそこまで。私、さっき上司のご機嫌取りをしてきて、すごくおなかがすいてるの。この埋め合わせ、太陽さんがしてくれるんでしょ?」


アスミは僕のデスクに身を乗り出し、わざとらしく僕の顔を覗き込んできた。彼女のやり方は、僕とは対極だ。彼女は自分の美貌と、相手が望む「素直で儚さを纏った女性」を完璧に演じることで、年上の有力者たちの懐に入り込み、予算や便宜を鮮やかに引き出していく。その「嘘」と「策略」で人を手のひらで転がす様子を見て、僕はゲームのように楽しんでいるようにすら感じていた。


「これから大口の支援者の人と食事をするの、車で送ってくれます?」


「……わかったよ。三十分後に車を回します。その間、論文の第4項について議論させてくれ」


「ふふ、即答。あなたのそういうところ、本当に面白くないけど……でも、嫌いじゃないよ」


彼女は小悪魔のように微笑む。

アスミは、僕が周囲から浮いていることを知っており、あえて無理難題を押し付けることで僕の「余裕」を崩そうとする。しかし、それは彼女なりの臆病さの裏返しでもあった。彼女は、誰かに認められるために「望まれる自分」を完璧に演じて、本心を霧の中に隠しているように感じる。だからこそ、自分の能力を信じて疑わず、剥き出しの意志で突き進む僕の存在が珍しくて、年下にもかかわらず遠慮せず絡んでくるのだろう。


レストランへ向かう車中でも、僕は大学に研究所を創る計画を淡々と、しかし熱く語り続けた。


「……個人のキャリアは、偶然の産物であってはならない。自我によって制御されるべきなんです。明日美さんの研究しているカオス理論の演算データがあれば、可能性があるかもしれない。君の男性を惑わす「嘘」さえも、僕には必要なんだ」


「……ねえ、太陽さん。あなたって、本当に自分の正しさに疑いを持たないのね。それが時々、普通の人からするとすごく暴力的に感じるって気づかないの…?」


アスミが窓の外の夜景を見ながら、ぼそりと呟いた。その声には、いつもの余裕はなかった。


「暴力的か……」


「そうよ。私みたいな「嘘」で固めた人間からすれば、あなたは真っ直ぐすぎて、自分の影が濃くなるだけなの。……まあ、そんなこと言っても、今のあなたには理解できないでしょうけどね……」


彼女は再び、いつもの計算高い笑みを顔に貼り付けた。レストランの駐車場に車を停め、僕がEgo Cubeに手をかざすと、中心部に鋭い黄金色の光が淡く瞬いた。


「明日美さん……見てください。僕とあなたの会話に共鳴しているような……」


「……ええ。あなたのその「傲慢な信念」に、私も興味を持ち始めているのかもね」


彼女がスマホ操作する指が、かすかに震えているのを僕は見逃さなかった。


「明日美さん。あなたが何を恐れているのか、僕にはまだわからない。でも、僕の計画には、そのその「感情の揺らぎ」さえも必要なんだ。あなたがいないと、僕の理論は完成しない」


「……っ、相変わらず口が上手ね。照れもなく真顔でそんな台詞よく言えること!相手によっては勘違いする人がいるかもしれないでしょ!気をつけてよ」


彼女は顔を伏せて僕を突き放して車を降りてレストランに向かったが、その目はどこか救われたように、あるいは諦めたように潤んでいた。


僕も車を降りようとしたその時、先日相談に来たジンという男性の言葉を思い出した。



3.ジンからの助言


「信念を持つのは良いことだ。……だが太陽、一人で歩むには、お前の「重力」は強すぎる」


「その女の「策略」さえも取り込み、真実に変える覚悟はあるか? お前の才能が、周囲を押し潰す凶器になる日が来る可能性もある」


彼女と同じようなことを言っていた。意味は何となくわかるが、だからと言って急に変われるものでもない。僕はCubeを鞄にしまい、後を追った。


(傲慢だと言われようが、僕を翻弄しようとして、逆に僕の重力に惹かれ始めているこの女性。すべてを飲み込み、理論を完成させてみせる。)


そんな風に考えていた。

都会の夜は、欲望と欺瞞で満ちている。

高層ビルに入る会員制レストラン。琥珀色の照明が、グラスの中で揺れる氷を怪しく反射させていた。


「……本当、明日美さんのような聡明で素敵な女性が、私どもの商品開発に興味を持ってくれるなんて、光栄ですよ」


大学の研究費を支援している有力者がアスミのグラスにワインを注いでいる。アスミは少し頬を染め、潤んだ瞳で彼を見つめ返した。


「そんな……。私、専務のような素晴らしいビジョンをお持ちの方のお役に立ちたい一心なんです。私、世渡りが下手で損ばかりしてしまうから、専務のような方に支援していただけると安心します……」


少しうつむき、長いまつげを震わせる。その「守ってあげたい女性」という完璧な演技に、その有力者は満足げに身を乗り出していた。追加予算の言質を取るのは時間の問題だろう。

その様子を、離れたカウンター席で僕は眺めながら、Ego Cubeの解析用タブレットでさっきの点滅のデータを検証していた。


「……三十分。あの支援者を完全に落とすまでにかかった時間だ。相変わらず、鮮やかな手際だな」


僕は独り言を吐き、手元の端末に数値を入力する。アスミが「知的で素直な女性」を演じて男たちを懐柔し、研究資源を引き出すのは、僕にとって公認の「データ収集」の一環でもあった。彼女のカオス理論は、人の心理的な揺らぎを観測して初めて完成する。彼女が嘘をつけばつくほど、その背後にある人間の複雑な変数が浮き彫りになるのだ。


やがて、支援者の男性が満足げに席を立った。アスミは名残惜しそうに彼を見送ると、彼が見えなくなった瞬間にその表情を「無」へと戻した。

彼女は悠然と僕の隣へ歩いてくると、僕の飲みかけのミネラルウォーターを奪って飲み干す。


「ふぅ。死ぬほど退屈。あの人、自分の自慢話の時だけ脳のドーパミンが出るみたい。単純すぎて笑っちゃう」


「お疲れ様。第4セクションの予算、ほぼ確定だね」


「当然でしょ。私は「彼らが望む理想の女性」を鏡のように見せてあげるだけ。……で、サンくん。あんた、ずっとここで私のこと「悪い女」って思いながら見てたでしょ?」


アスミは挑発的に僕の顔を覗き込む。彼女は、僕が彼女の演技をすべて見抜いていることを知っている。だからこそ、彼女は僕を「弄ぶ」ことに執着する。自分の嘘が通用しない相手を、いかにして自分に依存させるか。それは彼女にとって、これまで負け知らずだった「男を転がすゲーム」だった。


「いや、合理的だと思っていたよ。ただ……」

僕は彼女の瞳を真っ直ぐに見据えた。


「あんな嘘を重ねて、君自身の「基準点」が摩耗してしまわないか、それだけが懸念だ。あまり自分をすり減らすな」


「……はぁ? またそうやって、有能な僕さまが「心配してあげてる」風なこと言うのね。ムカつく。あんた、本当可愛げないのね」

思い通りにならない僕に、負けん気の強い彼女は吐き捨てるように言い、席を立った。


「週末、私の別荘で合宿よ。Cubeの横軸「ボーダーライン・ロッド」を完成させるわ。逃げたら、あんたの計画、全部破綻させてあげるから」



4.別荘での実験


数日後、僕たちは郊外にある彼女の別荘で作業に入った。Ego Cubeの左右に伸びる二本のロッド。これを「基準点ゼロ」に接続するには、僕の「絶対値(目標)」の精度を高め、揺るぎないものにする必要がある。


「太陽さん、あなたは優秀よ。でも、あなたの理論には、人間のドロドロした感情の変数が足りない。……例えば、私が今ここで、あんたを誘惑して計画を台無しにしようとしたら、どうする?」


薄暗い資料室の中で、アスミが背後から近づき、耳元で囁いた。年上の男たちを骨抜きにしてきた、あの「素直で献身的な女」の香りと声。


僕は作業の手を止めず、淡々と答えた。

「それも「想定内」だ。君が僕を弄ぼうとするエネルギーさえも、Cubeを構成するための検証データになる。明日美さん、君がどれだけ多くの面を持っていても、僕が君を観測し続ける限り、君の居場所はなくならない」


「……っ」

アスミの囁きが止まった。


彼女は、僕が彼女を「利用している」と言ってほしかったのだ。そうすれば、自分と同じ「汚れた人間」として僕を切り捨てられるから。しかし、僕は彼女の策略も、嘘も、その裏にある孤独さえも、キャリアコンサルタントとしての仕事柄「受容」してしまっていた。


その瞬間、僕たちの間にあるEgo Cubeのロッドが、激しい黄金色の光を放った。絶対値(目標)が、アスミという「制御不能な変数」を飲み込んだことで確定したのだ。

ガチャン!という硬質な音と共に、ロッドがコアに物理的に接続される。部屋中に、凄まじい「重力」が発生した。


「な、なによこれ……体が、重い……」


「……Cubeの密度が上がったんだ。明日美さん、君が僕を弄ぼうとすればするほど、なぜか僕のEgo Cubeの重力は強くなるようだ。」


重力に煽られ、抗えずに僕の胸の中に倒れ込んできたアスミ。 彼女は僕のシャツをぎゅっと掴み、震える声で呟いた。


「……あんた、本当に最悪ね……」

彼女の嘘の仮面が、初めてその端から音を立てて崩れようとしていた。


別荘の資料室に満ちた重力は、物理的な質量となって僕たちの身体に覆いかぶさるようだった。 僕の胸の中に倒れ込んだアスミの、速い鼓動が伝わってくる。彼女の「嘘」が剥がれ落ちる予感に、Ego Cubeのコアが呼応するように激しく点滅した。


「……なによ、これ。私のプログラムに、こんな数値は入ってないはず」

アスミは震える声で毒づいたが、その瞳には逃れられない運命を悟ったような、諦めと期待が混ざり合っていた。


「解析を始めよう、明日美さん。重力が発生したということは、Ego Cubeが「過去」と同期し始めた証拠だ」


僕は震える指先で、Cubeの底面にあるスロットに、細長い光のレール「クロノス・レール」を差し込んだ。時間軸を司るこのパーツが接続された瞬間、室内の景色が音を立てて崩れ去った。


「っ……なによ、ここ!」

アスミの叫びが、歪んだ空間に響く。そこは、色彩を失った青い砂漠のような世界だった。空には無数のホログラムディスプレイが浮かび、そこには僕がこれまで経験してきた記憶が、残酷なまでに鮮明に映し出されていた。


「これは……あなたのキャリアの記憶?」

アスミは息を呑み、次々と流れる悲劇を直視できずに顔を背けた。


「……どうして? これだけ挫折しているのに……。どうしてあなたは、まだ「正しく」あろうとするの? 普通なら、世界を呪って壊れてしまうはずよ」


「僕は、壊れる代わりに「死」を受け入れたんだ」


僕は砂漠の真ん中で立ち尽くし、映し出されている過去の自分の背中を見つめながら答えた。

僕の言葉が響くたびに、Cubeの密度はさらに増し、足元の砂が渦を巻いて沈み込んでいく。

アスミは僕の腕を掴み、崩れそうになる自分を必死に支えていた。


「……やめて。もう見せなくていい……」

彼女の声は、いつもの戦略的な甘さも、小悪魔的な余裕も完全に失われていた。


「あなたは強いわ……。自分の欠落を「重力」に変えて、他人を受け入れようとしている。でも私は……私は、ただの「人形」なの」


アスミは膝をつき、砂を強く握りしめた。


「幼い頃から、「望まれる明日美」を演じてきた。成績が良く、可愛く、従順で、隙のない娘。……そう演じていないと、私の居場所はどこにもなかった。だから私は、他人の欲求を読み取って、それに合わせた嘘をつく技術ばかりを磨いてきたのよ」


彼女は顔を上げ、涙で滲んだ瞳で僕を睨みつけた。


「今の私だって、あなたが有能だから、その隣に相応しい「特別な女」を演じていたいだけかもしれない。……ねえ、太陽。こんな「嘘」で固めた私の本心を、あなたは本当に知りたいの?知ってしまったら、あなたのそのCubeは、私の汚いカオスで壊れてしまうかもしれないよ」


彼女は語りたかった。けれど、語ればすべてが終わると信じていた。その絶望が、彼女の周りの空間を黒く濁らせていく。

僕は彼女の前に膝をつき、その震える両手を、僕の手で包み込んだ。


「壊れませんよ。明日美さんのカオスがどれだけ深くても、僕の重力がそれをすべて引き受ける」


「……っ、そんな綺麗事!」


「綺麗事じゃありません。僕は有能だと言われるけれど、自分に自信が無いので相手を認めて受け入れてしまうんです。」


僕は微かに微笑み、彼女の瞳を真っ直ぐに見据えた。


「君が誰かを弄ぼうとするズルさも、誰かに愛されたくて震えている臆病さも、僕にとってはすべて等しく愛おしい変数です。明日美さん。君が君自身の「本心」を嫌っていても、僕はそれを、僕のキャリアの理論に必要な、欠かせない要素として受け入れる」


その瞬間、アスミの目から大粒の涙が溢れ出した。 彼女がこれまで必死に守り続けてきた「仮面」が、サンの圧倒的な受容の重力によって粉々に砕け散る。


「……本当に、あんたは最悪の男ね。……私が神経をすり減らしてついてきた嘘を、全部無意味にしちゃうんだから」


アスミは僕の胸に顔を埋め、声を上げて泣いた。それに応えるように、クロノス・レールが Cube に完全に融合し、直方体の底面が黄金色に輝き始めた。 二人の感情が混ざり合い、密度の限界を超えたその時、その空間は元の資料室に戻り、かつてないほど巨大で包み込むように安定した「重力」を感じた。


窓の外から、ジンの視線が二人を見ていた。

「遠隔からの干渉だったがうまくいったようだ……受容か。太陽、お前はついに、自分以外の運命を背負う覚悟を決めたようだな。だが、お前のその光が強まれば強まるほど、影もまた深くなることを忘れるな」


ジンの不吉な予言を裏付けるように、資料室の窓の外で、どろりとした黒い霧が渦を巻き始めていた。

アスミが泣き止み、ようやく静かな呼吸を取り戻したその時だった。別荘の資料室を包んでいた温かな「密度の余韻」を切り裂くように、窓の外の景色が歪んだ。


「……なによ、これ。空が……死んでいる?」


アスミが顔を上げ、窓の外を指差す。都会の喧騒から離れたはずの夜空が、まるで劣化したデジタル映像のように黒いノイズで埋め尽くされていた。どろりとした負の意志を持った影が、建物の隙間から這い出し、資料室の扉を叩き始める。


「来たな。この世界の「現状維持」を望む歪みだ」

いつの間にか部屋の隅に現れたジンが、冷徹な声で告げる。


「お前たちがEgo Cubeを完成に近づけ、「真実の結び」を得たことで、これまで嘘と偽りで保たれてきた均衡が崩れ始めた。奴らはお前という異分子を排除し、その女を元の「嘘つきな人形」に戻そうとしている」


ジンはその手に持つ何かにカードをかざした。

すると、歪んでいた空間は正常に戻り、扉を叩いていた黒いノイズの影は薄くなり、空間が安定して空も元に戻っていった。


「今はまだ、助けが必要なようだな……」

そういってジンは二人と目も合わせずにその場を去っていった。


何が起こっているのか理解できていなかったサンとアスミは、正常に戻った空を見て、ひとまず安心していた。


「誰かが助けてくれたようだ……」

去っていく人影を見てサンはそうつぶやいて、アスミが落ち着くまで傍にいた。

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