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旦那様は野蛮  作者: 禮蘭


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3/3

フランと葡萄酒

レオルクスとの視察が終わって3日後、コトルナは厨房に呼び出されていた。

初めて入る屋敷の厨房は、夕食に向けての準備で殺伐としていた。

普段訪れることのない主人とその妻、そして料理長が膝を交えている。


「おいバルドー、俺が言ってんだぞ」

「ですから、いくら旦那様の言いつけでもこれは承服できねぇです」

「少し場所を貸せと言ってるだけだろうが」

「俺等の仕事がなくなっちまう」

「別に毎日じゃねえ」

「それに…王国のお方じゃねぇですか」

「それがどうした」

「怪我でもされちゃ…」

「だとよ」

いきなりコトルナに話の矛先が向けられた。

料理長と数人の料理人からの訝しげな視線が刺さる。

「…包丁での切り傷は、問題になるような物ではないです」

「奥方様、包丁は刃物です。ご令嬢だった奥方様は扱ったことなんぞ無いでしょう?」

「こいつ、お前達ほどじゃないが包丁は使えるぞ」

竈の薪が爆ぜる音が響き渡る程、厨房が一瞬静かになった。

「ーーー旦那様、嘘はいけねぇ。あの王国の貴族様が包丁を使えるわけが…」

「なら、自分の目で確かめろ。芋持ってきてこいつに剥かせて見ればいい。…やれるな?」

「あ…はい…」

勝手に決まった。断れる空気ではない。

料理長の指示で、芋、包丁、まな板が揃えられた。

「では、ご自由に剥いて下さい」

スッと右手で包丁を握り、左手で芋を一周回して観察する。

迷いなく包丁を入れて皮を剥くが厚さが均一でない。

料理長のバルドーはやれやれといった顔をしながら、コトルナの手が止まるのを待った。

「できました」

やがて皮を剥かれた乳白色の芋が一つ転がされる。

「奥方様、こんなに皮を分厚くしてちゃ勿体無ぇです」

「芋の皮、うっすら緑色なのがわかりませんか?」

「緑色ですが…それがどうしたってんです?」

「本当に薄く皮を剥いて宜しかったんですか?」

「ーーー」

「はあぁ…わかりました。シチューが献立にあがる日は奥方様にお知らせします」

バルドーが大きな溜息と共に帽子を取った。

「どういう事だ?バルドー、説明しろ」

「少し試すのに、わざと緑色の芋を持ってきたんでさぁ」

「試す?」

「勘弁して下さい。旦那様の体に入れる物の良し悪しが分かるか心配だったんです」

「ーーー。どう試した」

「緑の芋は、しっかり厚めに皮を剥いてやらねぇと腹が痛くなるんです。包丁の扱いと一緒に常識を知っているか試しました…」

ーーーふん。と納得した様子を見せて、何も言わずに一人で厨房から出ていった。

「…奥方様、俺クビですかね?」

さっきまでの威勢がない。

「旦那様を思ってのことでしょう?クビにはならないと思いますが…。何も言わずに出ていかれましたし…」

主人を思っての行動だ。

きっとあの人は、この忠義に厚い男を解雇することは無いと思った。


その日からコトルナは毎日厨房に通うようになり、バルドーとも萎縮せずに話せるようになっていた。

「奥方様、今晩シチューですぜ」

「あら、じゃあ少し厨房を借りるわね。それと、卵と牛乳、砂糖を用意してくれる?」

「何するんです?」

「フランを用意しようと思うの」

「フラン…って何です?」

「この国では何て呼ぶのかしら。甘い蒸し菓子なんだけど…」

バルドーが悩みながら唸っている隣で、コトルナは慣れた手つきで砂糖を火にかけ始めた。

ほんの数分で香ばしい香りが立ちのぼり始め、砂糖がこんがりとした色の液体に変わっていく。

そこに、何の躊躇いも無く水を注ぐと、一瞬蒸気が上がって大きく沸騰した。

「お、奥方様!!何やってんです?!」

バルドーは慌ててコトルナの手元を覗き込む。

「カラメルっていうの。これがないと、フランはただ甘いだけなのよ」

「だからっていきなりやらねぇで下さい。肝冷やしたぜ…」

クスクスと小さく笑いながら、出来上がったカラメルの鍋を水にあてる。

次に牛乳と砂糖を火にかけ、砂糖が完全に溶けるまで温めた。

卵は卵白と卵黄に分け、卵黄のみを溶きほぐしていき、人肌に冷ました先程の牛乳を混ぜる。

最後に濾し器を通してガラスの容器に注いぎ、蒸し固める。

「こりゃぁ、プリンですな」

「プリン…そう呼ぶのね」

「正確にはちっと違うが、材料や作り方はそっくりだ。ーーあの、カラメルとやらは初めて見ましたがね」

「驚きすぎだったわね」

笑いながら手元の人参の皮を剥き始める。

夕食に向けて、厨房に音と匂いが満ちていった。


町の鐘が日の入りを告げて、あちこちに蝋燭が灯り始めた頃、私兵の訓練を終えたレオルクスは湯を使ってから食卓に着いた。

コトルナが向かいの席に着いたのを見計らって、静かに給仕が始まる。

こっくりとした深い色のシチューが、白いスープ皿に注がれると少し眼が細まった。

銀のスプーンで一口食べて、手が止まる。

「おい、今日のシチューお前が作ったか」

「あ、はい。…お口に合いませんか?」

「いや、そうじゃねぇ。いつもより具が小せぇから…それだけだ」

静かな食事が終わりに近付くと、厨房からバルドーが出てきて、フランとカラメルをそれぞれの前に静かに置いた。

「何だこれは」

「奥方様が作ったフランでさぁ」

「フラン…?」

「こっちで言うプリンで」

「この茶色いのは」

「カラメルだそうで」

フランとカラメルを交互に見て、フランだけを口に入れる。

「…甘いな」

バルドーに視線をやると、知らんとばかりに肩をすくめた。

「カラメルを少しかけてみて下さい」

「この茶色のか」

「ええ。最初は少しにしてくださいね」

コトルナに言われるまま、とろりとかけ、口に運んだ。

甘さにほろ苦さが重なって、絡む。

菓子を食べているのに、無言で眉間の皺が深くなる。

「あのーーー」

「バルドー、あれあるか。バルニュスの白」

「バルニュス・ブラン・アンブレですか?あれ、甘いですぜ?」

コトルナの言葉を遮って始まったのは、葡萄酒の選定だった。

「食ってみろ」

「はぁ…。失礼します」

目の前に押しやられたフランを、予備のカトラリーで口に運んだ。

「こりゃぁ…」

バルドーは黙って食堂を出ていき、戻ってきたその手には一本の瓶を携えていた。

ラベルの確認もそこそこに、栓を開けて透明な盃に金色とも琥珀色とも言えない液体を注ぐ。

「旦那様、言いつけのものです」

「おい、これ合わせて食ってみろ」

コトルナの盃にも同じ色の液体が注がれていく。

訳がわからないまま言われた通りに口に運んだ。

ヴェレス王国では、甘味と葡萄酒を一緒に食べることが無かった為、コトルナは目を見張った。

フランの甘さが葡萄酒の酸味でスッキリと軽いものになる。

「美味しい…」

「ーーー悪くねぇだろ」

それ以降の会話は無いかったが、食堂の空気は少し緩んだ。

ゆっくり味わっているのを、レオルクスが見ながら気付いたのは、ほんのり赤くなったコトルナの頬だった。

「お前、酒飲んだことあるか」

「ん?…お酒なら何度か…」

かろうじて返答は来たが、あきらかに酔っていた。

食事を終える頃、コトルナは小さな盃に注がれた葡萄酒を飲みきって、上機嫌のまま食卓に突っ伏した。

「⋯…。セドリック、こいつを部屋に運んでやれ」

呆れた声で指示を出す。

「旦那様、そうしたいのは山々ですが…」

申し訳なさそうに言葉を返す。

60過ぎの老体には少々骨が折れる指示だ。

「…。仕方ねぇな」

大きな溜息を一つ漏らしながら軽々と抱えあげ、セドリックと共に食堂をあとにした。


部屋までの道中、一度だけコトルナが身動ぎをし、ポツリと寝言を零した。

「ぅん…だし…て…」

出して。

途切れ途切れだったがはっきり聞いた。

どこから出たいのか。

どうして出たいのか。

レオルクスは腕の中を一瞥したが、何も言わない。

ただーーー

「セドリック。こいつちゃんと飯食ってんのか」

「食が細いお方なのか、食事を残す事も珍しくありません」

「そうか。…明日の朝飯、こいつを食堂に呼べ。あと、街に出る仕度もさせろ」

「かしこまりました」

コトルナを寝台に降ろし、自室に戻っていった。

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