第25話 赤い夢──彼女の声
――暗闇。
どこまでも深く、
底のない闇が広がっていた。
ユウマはその中心に立っていた。
(……ここは……どこだ?)
足元も、空も、壁もない。
ただ、静寂だけが満ちている。
その時――
遠くから、微かな光が揺れた。
赤い光。
(……この光……知ってる)
光はゆっくりと近づき、
やがて“人の形”を作り始めた。
長い髪。
白い肌。
深い赤の瞳。
ユウマは息を呑んだ。
「……あなた……」
女性は静かに微笑んだ。
「ユウマ……
また会えましたね」
その声は、
森で聞いた声と同じ。
王城で影から守ってくれた声と同じ。
ユウマは一歩前に出た。
「ここは……どこなんですか?」
女性は答えた。
「あなたの“意識の中”です。
遺物に触れたことで……
あなたの心が、私の声を受け取れるようになりました」
ユウマは胸に手を当てた。
(だから……声が聞こえたのか)
女性はユウマに近づき、
そっと手を伸ばした。
「ユウマ……
あなたは、私にとって“特別な存在”です」
ユウマはその言葉に胸がざわついた。
「特別……?
どうして俺を……守るんですか?」
女性は少しだけ目を伏せた。
「……本当は、全部話したい。
でも……まだ言えません」
ユウマは問いかける。
「影は……俺を“鍵”と呼びました。
あなたも……そう言いましたよね?」
女性は静かに頷いた。
「ええ。
あなたは“鍵”。
この世界の“扉”を開く存在」
ユウマは眉をひそめた。
「扉って……何のことですか?」
女性は答えなかった。
ただ、ユウマの手をそっと包んだ。
「ユウマ……
あなたが真実に触れるのは、まだ早い。
でも――」
女性はユウマの目を見つめた。
「――あなたは、必ず“選ばれる”」
ユウマは息を呑んだ。
(選ばれる……?
俺が……?)
女性は続けた。
「影は……あなたを恐れています。
だから、あなたを消そうとする」
ユウマは拳を握った。
「俺が……何をしたっていうんだ」
女性は首を振った。
「あなたは何もしていません。
ただ“存在しているだけ”で……
影にとっては脅威なのです」
ユウマは言葉を失った。
(存在しているだけで……脅威?
そんな馬鹿な……)
女性はユウマの頬に触れた。
「ユウマ……
あなたは自分が思っているより、ずっと強い。
だから……生きてください」
ユウマはその手を握り返した。
「あなたは……誰なんですか?
どうして俺を知っているんですか?」
女性は悲しそうに微笑んだ。
「……言えません。
でも――」
女性はユウマの胸に手を当てた。
「――私は、あなたを“愛している”」
ユウマの心臓が跳ねた。
「……っ!」
女性は続けた。
「あなたがこの世界に来る前から……
ずっと……あなたを見ていました」
ユウマは震える声で言った。
「どうして……
俺なんかを……?」
女性は首を振った。
「あなたは“なんか”じゃありません。
あなたは――」
女性はユウマの額にそっと触れた。
「――私の“希望”です」
光が強くなる。
ユウマは思わず目を閉じた。
(希望……
俺が……?)
女性の声が遠ざかっていく。
――ユウマ……
目覚めてください……
――あなたを……待っている人がいます……
――私は……
いつでも……あなたのそばに……
光が弾けた。
ユウマの意識は、
現実へと引き戻された。
「ユウマ!!
ユウマ、聞こえる!?」
エレナの声が響く。
ユウマはゆっくりと目を開けた。
視界がぼやけ、
天井が揺れて見える。
(……ここは……)
ガルドの声が聞こえた。
「おい!
ユウマが目を覚ましたぞ!!」
エレナが涙を浮かべてユウマの手を握る。
「ユウマ……
本当に……よかった……!」
ユウマはかすれた声で言った。
「……俺……どれくらい……?」
ガルドが答える。
「三十分ほど気を失ってた。
遺物に触れた瞬間、魔力が暴走してな」
エレナが言う。
「でも……ユウマの体には傷一つないの。
どうして……?」
ユウマは胸に手を当てた。
(あの女性が……守ってくれた)
ユウマは静かに言った。
「……大丈夫です。
俺は……無事です」
エレナは涙を拭い、微笑んだ。
「よかった……本当に……」
ガルドが腕を組む。
「ユウマ……
お前、遺物に何を見た?」
ユウマは答えられなかった。
(“愛している”……
“希望”……
あの言葉は……
本当だったのか?)
だが一つだけ確信していた。
(あの人は……
俺を守ってくれている)
ユウマはゆっくりと起き上がった。
「……行きましょう。
影はまだ動いています」
エレナが頷く。
「ええ。
私たちも動かないと」
ガルドも笑った。
「よし、行くか。
ユウマ、お前が倒れてる場合じゃねぇ」
ユウマは深く息を吸った。
(俺は……逃げない)
封印庫の奥で、
遺物が微かに赤く光った。
まるで――
ユウマの目覚めを祝福するかのように。




