第31話 5の日の棚
5の日は、人の流れが違った。
3の日に比べて足が止まる。止まるぶん、手が伸びる。
並べた品は同じだ。値札も変えていない。
それでも棚の前が、少しだけ長く埋まった。
夕方、戻ってきた帳面を見て、ハルは息を吐いた。
最近の市は、だいたい銅貨二百前後。今日はそれより上で、ひと山越えている。
やっと“底”ができた。落ちても、落ち切らない。
けれど、浮かれている場合じゃない。
貴族の仕事が入った。今度は薄鐘の時みたいに、一度走って終わりじゃ済まない。
森へ出る回数が増える。市に立てない日も増える。
棚を痩せさせるわけにはいかない。
だから、ユマに頼む。油も塩肉も、小物も。手を止めずに回すために。
ハルは森へ行く。週に一度では足りない。二度、三度。
今度は、稼ぎの筋を守るために。
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ギルドの待合は、昼前でも人が多かった。荷運びの依頼札が貼り替えられ、板の前で口論が起きている。
ハルは壁際に寄り、三人が来るのを待った。
先に来たのはリツだった。きちんとした身なりで、帽子を脱いで小さく会釈する。
「おはようございます。ハルさん」
「おう。早いな」
少し遅れてユマが来る。手は赤く、爪の間に薄い灰が残っている。朝から何かを触っていた手だ。
最後にオウ。人混みの中でも肩が目立つ。荷車を引く腕を組み、短く顎を上げた。
「また呼び出しか。今度は何だ」
「すまん」
ハルは最初に、それだけ言った。
三人の顔が揃ったところで、窓口に近い長机へ移る。ギルドの書記が一人、筆を持って待っている。顔を上げず、紙だけを整えた。
「前回、日当を決めたばかりだ。なのに、また変える。……申し訳ない」
言うと、喉の奥が少し痛んだ。謝って済むなら楽だが、相手の時間は戻らない。
オウが鼻で笑う。
「謝るだけならタダだ」
「タダじゃない」
ハルは即答した。
「今日は、春までの間の話をしに来た」
ユマが眉を動かす。
「春まで」
リツは言葉を挟まず、ただ聞く姿勢を崩さない。
ハルは机の上に、指で小さく日を描いた。
「貴族絡みの案件が入った。工房経由で、治療院からだ。期限がある。春までに形にしないといけない」
書記の筆先が止まる。
「治療院の案件であれば、契約の枠が変わります。供託の有無、口止めの条項、そして雇いの範囲」
「そこは工房と詰める。問題は、こっちの手だ」
ハルは三人を見る。
「森に入る回数が増える。今までの倍まではいかないが、増える。俺が家を空ける日も増える。……その分、店と加工と運びを任せる時間が増える」
リツが小さく息を吸った。
「私が店に立つ日が増える、ということですか」
「増える。三の日と五の日は固定のまま。それ以外に、もう一日。場合によっては二日」
オウが言う。
「森に入るなら、荷も増える。運ぶ日が増えるってことだな」
ユマは机を見たまま言った。
「腐るものが増えるなら、こっちも増える。塩だけじゃ追いつかない」
ハルは頷いた。
「だから、ここから春までの間だけ、臨時で上乗せしたい。今の金額で受けてくれてるのが薄いのは分かってる。責任も増える」
オウが目だけ細くした。
「臨時って言葉、信用していいのか」
「期限を切る。春だ」
ハルは手のひらを伏せた。
「春になって、貴族の件が片付いたら、一度見直す。その場でまた話す。逃げない。ギルドを通す」
書記が淡々と告げる。
「期限付きの手当として記載できます。春の月まで。延長が必要なら、再契約」
ハルは続けた。
「上乗せは、仕事が増えた分だけ。全員に一律じゃない」
言ってから、息を吐く。ここが肝だ。気前の良さで決めたら、また足元が崩れる。
「リツ。追加で入ってもらう日。三の日と五の日以外の出勤は、銅貨三十にする。釣り銭は預ける。帳面も見てもらう。責任が増える分だ」
リツはすぐ頷かなかった。少し考えて、言う。
「分かりました。釣り銭の扱いと、帳面の確認までが条件ですね」
「そうだ」
「……失礼ですが、預かる釣り銭の上限も決めてください。多すぎると怖いです」
ハルは苦笑しそうになって、堪えた。子ども扱いする話じゃない。まともだ。
「上限を決める。銅貨で……必要分だけ。ギルドの書面にも残す」
書記が筆を走らせる。
次にユマ。
「ユマ。春までの間、加工の日を増やしたい。半日二十はそのまま。だが、一日入ってもらう日が増える。一日は四十にする」
ユマは肩をすくめた。
「安いとは言わないけど、楽ではないね」
「知ってる」
ハルは素直に言った。
「ただ、出来高で釣る気はない。出来高は荒れる。代わりに、腐り物を優先で回せた日、骨針や留め具まで仕上げられた日は、手当を別に出す。たまにでいい」
ユマは目を上げ、ようやく少し笑った。
「たまに、ね。……いいよ。私は手が動く方が好きだ」
最後にオウ。
「オウ。森の外の運びが増える。半日二十五は、そのままだと薄い。春までの間は、半日三十。一日四十五にする。運びだけじゃなく、降ろしと解体の力も借りたい日がある」
オウは顎を鳴らした。
「……悪くない」
それだけ言って、書記を見る。
「供託は付くんだろうな。貴族絡みってのは、揉める」
書記が顔を上げた。
「雇いの契約はギルドが記録します。支払い、供託、違反時の措置。雇用側が不履行の場合は、供託から支払われます」
オウが短く頷く。
リツが小さく手を挙げるようにして言った。
「春まで、というのは……春になったら、私たちは切られるのですか」
その言い方が、礼儀正しいぶん刺さった。
ハルは首を振る。
「切るための期限じゃない。俺の方の話だ。貴族の件が落ち着いたら、俺が店と森の配分を戻せる。戻せたら、また金額を整える。……今は、増えるぶんを増やす」
ユマが言う。
「要するに、今だけ忙しい。今だけ危ない。今だけ金が動く」
「そうだ」
ハルは言い切った。
「だから、今だけじゃないようにする。春までに、店を太くする。太くできたら、今の上乗せを戻すんじゃなく、次の形にする」
オウが笑うでもなく言う。
「言ったな」
「言った」
ハルは頷いた。
書記が紙を三枚、机に並べる。
「では、春の月までの期限付き手当。店番の追加日。加工の一日契約。運搬の臨時上乗せ。……署名を」
ハルは羽ペンを取った。
ここまで来て、ようやく実感が背中に乗る。
金を払うってのは、腹を括ることだ。
払ったら、戻れない。
戻らない。
ハルは名前を書いた。
ガルムとの契約期限
残り、300日。
◆日当まとめ(最初 → 前回 → 今回)
リツ(店番)
最初(臨時)
•1日:銅貨20
•条件:売る物と値段だけ/釣り銭ほぼ無し(または少額)/帳面はハル
前回(確定版)
•定期(3の日・5の日):銅貨25
•条件:釣り銭を預ける/帳面確認あり(責任が増える)
今回(春までの臨時上乗せ)
•追加で入る日(3の日・5の日以外):銅貨30
•条件:釣り銭を預ける/帳面確認/釣り銭の上限も取り決め(ギルド記録)
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ユマ(解体・加工)
最初(臨時)
•半日:銅貨20(※この時点が初出の基本ライン)
前回(確定版)
•半日:銅貨20
•1日:銅貨35
•手当:腐り物優先や皮・骨加工まで回せた日 +銅貨5
今回(春までの臨時上乗せ)
•半日:銅貨20(据え置き)
•1日:銅貨40(+5)
•手当:前回と同様に「回せた日」は**+銅貨5**(頻度はたまにでOK)
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オウ(荷運び・荷車・力仕事)
最初(臨時)
•半日:銅貨25(荷車+運搬だけ)
前回(確定版)
•半日:銅貨25
•1日:銅貨40(運搬+解体の力仕事も手伝う)
今回(春までの臨時上乗せ)
•半日:銅貨30(+5)
•1日:銅貨45(+5)




