第30話 媒(なかだち)
治療院から呼ばれた。
「結果が出ましたので」
使いの言葉はそれだけだった。
余計な説明はない。
余計な説明がないほど、面倒な話だと分かる。
ハルは外套の紐を結び直し、門をくぐった。
治療院の中は、乾いた匂いがする。
薬草の甘さと、焦げた皮の苦さ。
それを隠すための香が、さらに薄く混じる。
廊下の先で、例の男が待っていた。
白衣の裾が揺れない。
足音も小さい。
「お待ちしておりました」
声は丁寧なのに、距離がある。
“客”じゃない。
“用件”だ。
ハルは頷くだけで、名乗らない。
ここで名を言うと、向こうの段取りに飲まれる気がした。
男は扉の前で立ち止まった。
「先に申し上げます」
短い間。
息を吸う音だけがした。
「これは、お願いではありません。職務としての話です」
職務。
その言い方が、冷たい。
「治療院として、扱います。責任もこちらが負います。……ですから、条件もこちらで決めます」
扉が開いた。
小さな机。
灯り。
布包みが一つ。
男は包みを机の上に置いた。
丁寧に、だがためらいなく。
「あなたが預けたもの。鑑定が済みました」
言葉の先に、値が見える。
銀貨じゃない。
もっと大きい。
ハルは喉の奥の乾きに気づき、飲み込んだ。
男は包みをほどかない。
見せないのが礼儀なのか、牽制なのか分からない。
「これが何か。どれほど危険か。どれほど貴重か。……すべて、こちらで把握しました」
“把握しました”の言い方が、もう契約の音だった。
ハルは目を逸らさずに言った。
「で。俺に何をさせたい」
男は一拍置き、口の端だけを上げた。
「材料の追加供給です。量は少量で構いません。ですが、期限があります」
期限。
その単語が出た時点で、もう逃げられない。
「工房にも同席していただきます。手順を踏みます」
ハルの胸の奥で、硬いものが鳴った。
工房を通す。
それは助けでもあるし、鎖でもある。
男は最後に、釘を打つみたいに言った。
「ここから先は、あなたの善意で動く話ではありません」
「……」
「治療院の案件です。報酬も、責任も、条件も。正式に決めます」
正式。
つまり、逃げ道が消える。
ハルは頷いた。
頷いてから、遅れて腹が冷えた。
(これで、俺は“端っこ”に戻れない)




