第3話 認められたい、負けたくない
「カット!」
神谷ディレクターの声で、稽古場の熱がいったん冷めた。
気づけば私は、息が上がり、全身汗でびっしょりだった。
でも、不思議なことに。
(……さっきの一瞬、楽しかった)
推しと真正面からぶつかり合ったあの瞬間。
怖いよりも、嬉しいが勝っていた。
舞台の光を分け合えた気がして。
「桜庭」
声をかけられて振り向くと、蓮が立っていた。
距離が近すぎて、心臓が喉まで跳ね上がる。
「……悪くなかった」
「えっ」
「さっきのセリフ。ちゃんと届いてきた」
一瞬、時が止まったようだった。
推しから……褒められた!?
推しの口から、私の演技を認めてもらえた!?
頭の中で花火が打ち上がる。
けれど同時に、胸の奥で鋭い痛みも走った。
(でも……褒められて、嬉しいなんて。私、バカだ)
だって彼はライバル。
このオーディションは一人しか勝てない。
彼を好きな気持ちと、負けたくない気持ちがごちゃ混ぜになって、呼吸が苦しい。
「……でも私は、絶対に勝ちますから」
思わず、強い声が出ていた。
蓮は少し驚いたように目を見開き、それから、ふっと口元を上げる。
「その方がいい」
低く、優しい声。
まるで挑発じゃなく、心から望んでいるように聞こえた。
「中途半端にやられるより、本気で来てくれた方が……僕も燃える」
ドクン。
心臓が暴れて、体温が一気に上がる。
(やばい……推しのこういう顔、舞台でも見たことない……)
稽古場の喧騒が遠ざかる。
目の前にいるのはただ一人、天城蓮。
推しであり、敵であり。
──私の舞台人生を狂わせる人。
負けたくない。
でも、もっと認められたい。
矛盾した気持ちが、ぐるぐると胸の中で暴れ続けていた。




