13話 雨の夜、傘の中
練習を終えるころには、すっかり外は夜になっていた。
スタジオの窓越しに見える街の灯りが、雨に滲んでキラキラと輝いている。
「うわ……ガチ降りじゃん」
瑞希が呟くと、律が無言で傘を差し出した。
「……一本しかねぇけど、どうする?」
「え、ちょっ、まさか――」
「帰れねぇだろ、濡れて」
そう言って当然のように傘を広げる律。
瑞希の胸がドクンと鳴った。
(ちょっと……近いじゃん……!)
仕方なく肩を寄せると、律の体温がすぐそこにある。
雨の音が、やけに静かに感じた。
◆
「……なあ」
律がぽつりと呟いた。
「お前、あの夜……ステージの時、俺のことどう見てた?」
「は? いきなりなに」
「気になっただけ」
律は前を見たまま、少しだけ口元をゆるめる。
瑞希は視線を落とし、小さく息を吐いた。
「……めっちゃ、ムカついてた」
「は?」
「だってさ、カッコよすぎたんだもん」
律が一瞬、足を止めた。
「……お前、今さらそういうこと言うなよ」
「へっ?」
傘の中の空気が、ふいに熱を帯びる。
瑞希の頬がじんわりと赤く染まり、律もわずかに目をそらした。
(やば……心臓、うるさい……)
◆
コンビニの前で一度、立ち止まる。
「送ってく」
律が当然のように言う。
「い、いいよ!家近いし!」
「夜道だし、雨だし」
「……ありがと」
素直にお礼を言うと、律は「おう」と短く返した。
それだけなのに、胸の奥がじんと温かくなる。
◆
家の前に着いたとき、雨は少しだけ弱まっていた。
瑞希はドアの前で立ち止まり、傘を律に返す。
「……ありがと、律」
「別に」
それだけのやり取りなのに、なぜか名残惜しい。
夜の雨音がふたりの沈黙を優しく包んでいた。
律が小さく笑った。
「次の勝負も――負けねぇからな」
「こっちこそ!」
瑞希も笑い返す。
その瞬間、ふたりの心の距離は、ほんの少し近づいていた。




