10話 幕が降りても
ステージから降りると、空気がまるで別世界みたいに静かだった。
熱狂の余韻だけが、身体の奥にじんじんと残っている。
瑞希は控室のソファに腰を下ろした瞬間、ふーっと長い息を吐いた。
「……終わった……」
張り詰めていた緊張が、一気にほどける。
心臓の高鳴りもまだ止まらない。
あんなに本気で、全力で歌って踊ったのは久しぶりだった。
そのとき、ドアが「コン」と軽くノックされた。
入ってきたのは――律だった。
「……よぉ」
少し髪が乱れていて、汗が額に残っている。
勝敗が決まっても、彼の目はまだまっすぐだった。
「律……」
瑞希が声をかけると、律は口の端をほんの少しだけ上げた。
「負けたけどさ……楽しかったわ。お前とだったから」
瑞希の胸の奥が、じんと熱くなる。
言葉が出ない。
代わりに小さく笑って、肩をすくめた。
「……あたしも。負けそうで怖かったけどね」
「いや、ギリギリだったぞ。あと一歩で逆転してたし」
ふたりは笑い合った。
でもその笑いの奥には、言葉にできない想いが滲んでいた。
◆
「なぁ……」
律が少しだけ真面目な声を出す。
「次は、負けねぇからな」
その目は、まっすぐ瑞希だけを見ていた。
瑞希は少しだけ頬を染めて、視線を外した。
「……望むところ」
いつもならただの勝負の言葉。
でも、今はそれだけじゃなかった。
胸の奥に、小さな灯りがともるような――
そんな温かい感情が、静かに芽吹いていた。
◆
廊下の向こうでは、ファンやスタッフたちの歓声がまだ続いている。
だけどこの控室の中だけは、ふたりだけの空気が流れていた。
――勝者と敗者じゃなくて、
――ライバルでもあり、きっと、それ以上の“何か”になる予感。
瑞希は立ち上がり、律の方に一歩だけ近づいた。
「……次も、本気でぶつかってよね」
「当たり前だ。手加減なんか、しねぇよ」
ふたりの間に、言葉にならない熱が静かに灯った。




