8話 ステージは戦場
重たい幕の向こうから、ざわめきが聞こえる。
歓声、ざらりとした緊張、ライトの光が差し込む隙間。
そのすべてが、今まで積み重ねてきた時間を一気に現実へと引き戻していく。
瑞希はステージ袖で、深く息を吸い込んだ。
喉の奥が少しだけ震えている。
緊張なんかしてない――そう思い込みたいのに、心臓が勝手に跳ねてしまう。
「大丈夫、大丈夫。あたしは……やれる」
その声は震えていたけれど、目だけはまっすぐ前を見ていた。
視線の先には、まもなく踏み出す“戦場”がある。
◆
律は背中で瑞希の気配を感じながら、マイクを握りしめた。
彼の指先は汗ばみ、でも、目は揺れていなかった。
「……来いよ、瑞希」
小さく呟く。
この瞬間を、何度も夢見てきた。
同じ舞台に立って、互いのすべてをぶつける瞬間を。
スタッフの合図と同時に、照明が強く灯る。
観客の波が歓声に変わる。
幕が上がった瞬間、空気が一変した。
瑞希と律の視線が、ステージ中央で交わる。
笑った。
まるで、「負けないからな」と言い合うみたいに。
◆
音楽が始まる。
最初の一音が鳴った瞬間、瑞希の身体が自然と動いた。
緊張も、迷いも、すべて置いてきた。
歌に、踊りに、ただひたすら集中する。
観客の視線が一斉に集まり、心地よい熱が身体の奥から溢れた。
律も負けてはいない。
彼の歌声は空を突き抜けるように力強く、でもどこか優しくて。
瑞希の声と混ざり合い、ひとつの世界を作り出していく。
まるで、ライバルなのに――
ふたりでしか完成しない“ステージ”みたいだった。
◆
会場中が沸き上がる。
拍手と叫び声と、光の海。
それでも、瑞希と律は互いしか見ていなかった。
視線がぶつかるたび、胸の奥が熱くなる。
――この勝負、絶対に譲らない。
最後のサビを歌い上げた瞬間、ステージの空気が爆ぜた。
歓声が轟き、幕がゆっくりと閉じていく。
ふたりの息は荒く、汗が頬を伝って落ちる。
誰が勝つかなんて、まだわからない。
でも――この瞬間だけは、互いが“最高のライバル”だった。




