何気ない日常を青春に変えるには
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──何気ない日常を青春に変えるには
週末が終われば日常が戻ってくる。
俺はいつものように自転車で学校に通うのだが、今日は少し違った。
俺が叔父さんの家から出ようとしていたとき、チャイムが鳴ったのだ。
「はーい?」
扉を開けて玄関の外を見ると──。
「よーっす、きさちゃん。一緒に行こうぜー?」
「神宮寺」
叔父さんの家にやってきたのは、俺を迎えに来た神宮寺である。
「珍しいな。ちゃんと起きてるなんて」
「正直、まだ全然眠いけどね」
そう言って神宮寺はふわあと大きく欠伸をした。
「なら、一緒に行くか。だけど、途中で昼食のパンを買うからコンビニに寄るぞ」
「オーケー、オーケー。けど、今日もお弁当シェアしようぜ?」
「おう。今日も作ってきたのか?」
「そうだぜー。楽しみにしておけよー?」
「へえ。本当に朝から起きれるようになったんだな。前は全然起きられないって言ってたろ? いつも遅刻ギリギリの時間だって」
俺は前々の神宮寺のことを思い出してそう言った。
神宮寺は以前は朝から起きられないと言っていたはずだ。事実、前は遅刻ギリギリに来ていたから、こうして俺と一緒に登校することもなかった。
「昔の物ぐさな神宮寺さんも変わったってことさ。人間は変化するものなんだぞ」
「そうかい。確かに変わったな……」
神宮寺は以前とは違うのだと思う。その理由は今も分からないが、早乙女が言っていたように神宮寺に恋人ができたからだったりするのだろうか……?
仮に恋人ができたとしたらどんなやつなんだろう。神宮寺の好きなタイプの男子ってこれまで聞いたことがなかったんだよな。こいつにもやっぱり好みのタイプとかあるだろうけど……。
「神宮寺、その……」
「どした?」
「何でもない」
一瞬神宮寺がどういう男子が好みなのか聞こうかと考えた。
だけど、こいつの好みのタイプを聞くのは神宮寺を異性として意識しているようで気に入らなかったので、聞くのを止める。
今だって神宮寺は俺にとって今も男友達みたいなやつという距離なのだ。それを俺のから変えるのは、俺にとって敗北みたいなものである。
「そう言えばさ。きさちゃんに勧められ本、早速読みだしたよ」
「面白く読めそうか?」
「うん。明るい雰囲気でいい感じだね。楽しく読めそう」
「それは何より。けど、お前も本当に小説読んだりするんだな」
「そうだぜー。これからばんばん読んでいくよー」
どういう風の吹き回しだろうか。神宮寺は本当にこれまで小説なんて全く興味を示さなかったのに、急に本を読むようになって。
「だってさ。きさちゃん、本を読む女の子が好きなんでしょう?」
「…………え」
不意に神宮寺がそう言うのに俺は一瞬呆気にとられた。
俺が文学少女が好きだから、神宮寺も本を読み始めた……?
「なーんちゃってね! ただ興味が出たからだぜー?」
「な、な、何だよ、そうなのかよ」
「一瞬どきってした? したでしょ?」
「してねーし!」
また神宮寺にからかわれたと知って、俺は顔が熱くなった。ここ最近、こいつにからかわれてばかりで情けない。
そうこうしている間にコンビニに到着し、俺たちはコンビニに入る。
早朝のコンビニは出勤するサラリーマンや俺たち同じ学生でにぎわっていて、品ぞろえも丁度いい時間帯だ。焼きたてパンを売っているコンビニでは朝からパンとコーヒーのいい香りがする。
「焼きそばパンがよかったんだっけ?」
「おう。たまに食べたくなるんだ」
「オーケー」
俺は昼食に食べるあんパンと焼きそばパンを購入。焼きそばパンは神宮寺とお弁当のシェアをする際の交換材料である。俺自身はそこまで焼きそばパンが好きなわけではない。これ、普通に炭水化物+炭水化物だしな。
「うちの学校も購買とかあればいいのにね」
「そうだな。せめてコンビニみたいな店が学校の近くにあればなぁ」
「学校の周りにお店少ないもんね」
うちの学校の周りにある最寄りのコンビニは全然最寄りではなく遠いのだ。何か必要になって買わなければというときにこういうのは困る。
俺たちはそんな不満を口にしながら、学校に向けて自転車をこいだ。
それからいつも通り、学校の駐輪場に自転車を止め、俺たちは教室に向かう。
「お? 今日は一緒に来たのか、如月、神宮寺」
俺たちが揃ってやってきたのを見て、早乙女が声をかけてきた。
「そうだよー。きさちゃんとは近所だからね。たまには一緒に登校するさ」
「でも、今日が初めてだろ、一緒に来たの。何か心境の変化が……」
そこではっとした表情を浮かべる早乙女。その表情がすぐににやりとしたものへと変わった。おいおい。何を思いついたんだ、その表情……?
早乙女はそのまま俺の方に歩み寄ってくると俺を教室の隅に連れていく。
「なあ、やっぱりお前たち付き合ってるんだろう?」
「はあっ!? だ、誰と誰が付き合ってるって……?」
俺は思わず大きな声を上げて反応したしたが、すぐに声を落としてそう尋ねた。
「お前と神宮寺だよ。他に誰と誰が付き合ってるって言うんだよ」
「そ、そんな事実はねーし。どうしてそうなるんだよ」
「だって、あの神宮寺の変わりようは他に説明できないだろ?」
「変わりよう、って……?」
俺は半分ぐらいは理解していたが、それでも疑問を呈する形を取った。認めてしまうわけにはいかなかったからだ。
「あの神宮寺が急にお洒落を始めて、接近した相手は誰だ?」
「さ、さあ?」
「お前だろ、鈍感少年。他に誰か心当たりでもあるのか?」
「…………ない」
そう、ないのだ。他に神宮寺が親しくしている男子と言うのは見たことがない。せいぜい早乙女ぐらいの話である。それもいつも親しくしていた友人の範囲に過ぎず、他に心当たりはなかった。
だけど、だからって神宮寺が俺に? あり得ないだろう。
「違ってたら困るから告れとは言わないけど、神宮寺がもし本気ならどうする?」
「そ、それは……考えてない…………」
神宮寺を異性としてみることを俺はまだ拒んでいるのだ。
「そうだよな。お前の好みは文学少女だもんな。仕方ないさ。俺だって無理に付き合えとは言えないし」
早乙女はそれで納得したように柊さんの方に立ち去って行った。
俺はそこで考え込んだ。神宮寺は本当に俺を……? 俺の自意識過剰な思い込みとかではなく、本当に俺のことを……?
「何の話してたん?」
「わ!」
「何を驚いてるし」
ここでいきなり後ろから神宮寺が声をかけてきたのに俺は飛び上がりそうになった。まさに神宮寺のことを考えていたところだったこともある。
「神宮寺さ。お前、その、どうしていきなり変わったんだ……?」
俺はそう問いかけた。
「へへっ。気になるかい?」
「べ、別にそこまで気にならないけど! 何となく聞いてみただけだ!」
「ふうん。それなら教えてあげな~い」
神宮寺は意地悪するようにそう言って、俺の下から立ち去っていく。
「何だよ……。クソ、神宮寺の癖に……」
俺はとても悔しかった。あの神宮寺を相手にドギマギさせられているのが、とても気に入らなかったのである。
問題の神宮寺はそのまま席まで行き、椅子に座ると俺の方を見てにやりと笑いながら手を振ってくる。俺はさっきの神宮寺の態度が気に入らなかったので、しっしっと言うように手を振ってやった。
それでも神宮寺は満足そうにしている。
「はーい。お前たち、席につけー」
それから担任の先生が入ってきてそう言い、俺たちは席に着く。
それからショートホームルームが始まって、学校での一日が始まる。
でも、今日の俺はいまいち授業に集中できなかった。あの神宮寺の思わせぶりな態度のせいで、心が揺さぶられてしまったせいだ。
神宮寺はもし俺のことが好きなら、どうなんだろう? と考えてしまう。神宮寺と付き合う自分の姿を想像したが、そうすると途端に以前の神宮寺の姿でそれを想像してしまい、以前の男友達みたいな神宮寺と俺の姿が思い浮かぶ。
それはどこか安心できる光景だったが、やはり異性に対するものではない。
「──君、如月君!」
「は、はい!」
「授業に集中して。この問題を解いてください」
物理の先生にそう怒られてしまった。
神宮寺が俺の方を見てにやにやしている。お前のせいだぞと言っていやりたいが、ああしている神宮寺はいつもの神宮寺で安心できた。
俺は結局のところ、まだ心の底では神宮寺を男友達だと思っているのだろう。だけど、それが神宮寺の変わりようで否定されていることに混乱している。そうに違いない。
だけど、俺は本当にそれだけだでこうもドキドキしているのだろうか……?
「こうです」
「間違っています」
俺が解いた問題はものの見事に間違っていた。
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