友達の家で映画見るのって青春?
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──友達の家で映画見るのって青春?
俺と神宮寺は一緒に最寄りの駅で電車を降りて、そこから自転車で帰路についた。
まだ明るい時間帯であり、俺が神宮寺の家に遊びに行く分には時間的余裕があった。
神宮寺の家は俺の叔父さんの家から5軒ほど先にある。
これという特徴のない一軒家であり、青い軽自動車が駐車場には止まっていて、その隣に神宮寺と俺は自転車を止めた。自転車置き場には俺たちの自転車の他に、小学生ぐらいの子が乗ってそうな自転車がある。
「さあさあ。おいで、おいで」
「お邪魔します」
神宮寺に招き入れられて俺はやつの自宅に入った。
神宮寺の家は玄関からして綺麗に掃除されていたが、掃除をしているのは恐らく神宮寺ではないだろう。こいつは物ぐさなやつだからな。
「でさ、お前の部屋で見るの?」
「う~ん。部屋にあるタブレットの小さい画面で見てもあれだし、リビングに行こーぜ。でっかいテレビあるから」
「あいよ」
もし、神宮寺に部屋に招かれていたらと思うと緊張しただろうから、ちょっとだけ安心した。こいつがいくら男友達みたいな距離感の友人でも、女子であることには変わりないからな……。
俺たちは玄関を上がり、廊下をリビングに進む。
「ん?」
リビングにはちびっ子がソファーに座っていたいた。小学校3年生か4年生ぐらいの女の子だが、俺の方を見るやいなやさっと立ち上がり、そそくさと2階に続く階段の方に走り去っていった。
「あれは?」
「妹の彩華。愛想がなくてごめんね。あいつは人見知りだから」
「そうなのか」
神宮寺に妹がいるとは聞いていた気もするが、見たのは初めてだな。
神宮寺宅のリビングは玄関とと違って少し散らかっていた。玩具やゲーム機のコントローラーが投げ出されており、さっきの神宮寺の妹が遊んでいた痕跡が残る。
だが、決して不衛生な環境というわけではなく、掃除そのものはちゃんとされていた。というか、よく見れば有名な自動掃除機がぐるぐると床を回っており、リアルタイムで掃除がされている最中だった。
「でさでさ。何見る?」
「ホラー映画の印象を消すためだから、コメディとか?」
「そうだね。コメディ、コメディ、と」
配信サービスのカテゴリーでコメディ映画を探す神宮寺。
「これ、有名な俳優が出てるやつだよ。面白そうじゃない?」
「俺も知ってる俳優だけど、この映画は見たことないな。見てみようぜ」
「オーケー」
それから神宮寺が映画を再生する。
映画は1980年代が舞台のもので、イケメンのパイロットが主人公の話だった。
主人公がCIAに雇われたり、犯罪組織に雇われたりしながら大金を稼いだり、命の危険にさらされたりする話のようだ。ノリは完全にコメディだが、この話は割と深刻なことを扱っているような気がする。
やってることはスパイに麻薬密輸にいろいろなのだ。
「わお。滅茶苦茶やるね、この人」
「家族がいるから金が欲しいといってもやっちゃいけないことはあると思うね。見てる分には面白いけれどな」
飛行機で麻薬を運び始めた主人公を見て、神宮寺と俺が思わずそう言う。
「本当に見てる分には面白いよね。滅茶苦茶やってて日常からかけ離れた人生を送っている人を見るのはさ」
「そうだな。俺もこういう犯罪以外なら非日常を味わってみたいぜ」
そうこうしている間に主人公が警察に捕まった。あらら。
「でも、これからもっと滅茶苦茶になるってさ」
「それは楽しみなようで怖いな」
俺たちに知らない1980年代の政治やアメリカの大統領が出てくるが、それでも話の筋が分からないわけではなかった。分かりやすい映画だ。
主人公の犯罪が発覚しかかって、奥さんとごたごたするシーンが続く。
「こういう主人公と奥さんが揉めるのってアメリカの映画によくあるやつだよね。向こうはすぐ離婚して、揉めてって大変そうだぜ」
「そうそう。ドラマでも映画でもシリーズが続くとすぐ離婚してたりな」
「分かる、分かる。本当によくあるよね」
洋ドラ、洋画あるある話を俺がするのに神宮寺が楽しげに相槌を打つ。
「あたしは付き合うなら、そう簡単にわかれたりするのは嫌だなぁ~。喧嘩するぐらいならいいけどさ。そんなに簡単に別れたりはしたくない感じ」
「俺もそうだな。やっぱり一度決めた人とはずっと一緒にいたいっていうか。あんまり簡単にころころ乗り換えるのは軽薄な気がする」
「おおー。気が合うじゃん、きさちゃん」
俺が言うのに神宮寺がによによと笑う。
「だって、そうだろ。少なくとも俺はあれこれたくさんの女の子と付き合って、トラブルを起こさずに済む自信はないね。そもそもそれだけの数の女の子に惚れられる自信もねーけどな!」
「あはは。正直でよろしい」
そうそう。俺はこれまで女の子にモテたことはないんだ。直近では告って見事に玉砕しているような残念少年なのである。
「けどさ。そんなきさちゃんだって、誰かに好かれているかもしれないぞ? きさちゃんは優しいやつだしさ。優しい男の子は女の子に嫌われたりしないものだぜ」
「慰めてくれてどうも。だけど、本当に俺は一度はモテたりするのかねぇ……」
俺はこれまでモテ期というものを体験したことがない。これまで全然女の子にモテたことがないのである。
「いつか俺にもモテ期が来たらいいんだけどな」
「モテモテにならなくても、大事な女の子ひとりに惚れられればいいだろー?」
「その大事な女の子に振られたばっかりなんだが」
「それは運命じゃなかったってことさ」
「運命とか。笑えるな」
俺は神宮寺のからかうような言葉に、小さく笑った。馬鹿らしくて。
「運命を馬鹿にするもんじゃないぜ。世の中には確かにそういうものがあるんだから」
「さいですか」
運命があるとすれば、俺が真田さんに振られたのも運命か?
運命なんて結局は失敗したときの言い訳なだけだと思う。人事を尽くして天命を待つとも言うけれど、それだって人間がやるべきことをしっかりとやったうえで結果を待とうって話だし。
少なくとも俺は真田さんに振られるのは運命だったことで、俺のやったことは全ては無駄だったとは思いたくない。それは何だか空しい。
「……文学少女がそんなにいいのかい?」
不意に神宮寺がそう尋ねる。
「何だよ。お前も俺の趣味が悪いって言いたいの?」
「違う、違う。純粋な興味だよ。きさちゃんのことが知りたいだけ」
「そうかよ。確かに文学少女は好きだぞ。真田さんに振られた今でもな。それは全然変わっていない」
「そっかー」
どうして急にこんな話題を神宮寺は振ってきたのだろうか?
そんなことを俺が疑問に思ったとき、玄関が開く音がした。
「あら? 光莉、お客さん?」
そう言って現れたのは神宮寺の母だ。
「お邪魔してます」
「ああ。如月君ね。光莉に誘われたの?」
「はい」
俺は立ち上がって神宮寺母に挨拶。
「今日ホラー映画観たら怖くてさ。きさちゃんに上書きするために別の映画を観るのに付き合ってもらってるんだ」
「なるほどね。今、麦茶を入れるから待ってて」
神宮寺がこの状況をそう説明するのに神宮寺母はそう言ってコップに麦茶を入れて出してくれた。
「いただきます」
俺は冷たい麦茶をぐっと呷り、飲み干した。
「それにしても光莉が男の子を家に連れてくるなんて。あなたも成長したのね」
「へへへっ。まあ、ただの友達だけどね」
神宮寺母が言うのに神宮寺はそう返す。
やっぱりそうだよな。俺と神宮寺はただの友達だよな。
何だか今日は変なところが多かったけれど、俺たちの関係は特に変わっていない。これまで通りの友人って立ち位置だ。
それが分かって、俺は少しだけ安心した。
そう、安心した……はずなのだが、ちょっとだけ寂しくも感じてしまった。何故かは分からないけれども……。
「きさちゃん、映画終わったよ」
いつの間にか映画は終わっており、再生は止まっていた。リビングに繋がるキッチンの方からは、神宮寺母が夕食の準備を始めたのか野菜を切る音や、油の跳ねる音など料理の音が聞こえてきている。
「あ、ああ。それじゃあ俺はそろそろ失礼するよ」
「了解」
これ以上邪魔していては失礼と俺が立ち上がるのに神宮寺が見送りに続く。
「それじゃあね、きさちゃん。またいつでも来てよ」
「おう。またな」
神宮寺が笑みを浮かべて言うのに俺は手を振って返す。
そうやって神宮寺宅を出たときには空は夕焼けに染まっていて、楽しかった一日が終わりつつあると言うのが思い知らされたのだった。
今日は本当に楽しかったな…………。
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