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一緒に帰宅するのも青春でしょ

……………………


 ──一緒に帰宅するのも青春でしょ



 その日の授業が全て終わり、俺は図書室に向かった。


 先週のことがあるので顔は出し難かったが、かといって今週まで当番である図書委員の仕事をさぼるわけにはいかなかったのだ。


 図書室の扉を潜れば、カウンターにいる真田さんが目に入った。


 真田さんは俺と目が合うと、申し訳なさそうに視線を逸らす。


「あ。如月君……。その、今日もよろしくお願いします……」


「は、はい」


 そして、すぐに沈黙がその場を支配する。


 き、気まずい。ものすごく気まずい。


「お、俺、倉庫の片付けしてますから」


「わ、分かりました」


 俺はいそいそと図書室の古い雑誌などが保管されている倉庫に向かい、可能な限り真田さんと顔を合わせないようにした。そうしないと俺も真田さんも気まずすぎて、もう吐きそうになってくる。


 しかし、倉庫からその後姿を見せて、真田さんは見事な文学少女だ。今も本を読んでいて、それはラノベなんかじゃなくて普通の小説。その瞳はじっと文字を読み飛ばすことなく追っていて、真剣に本を読んでいる。


 本当にそういうところが好きだったんだけどな…………。


「おー。如月君、倉庫の片づけしてくれているのか。助かるよ」


(たちばな)先生。他にやることなさそうなので」


 そう言って顔を見せたのは司書の橘先生。


 背丈はあまり大きくないのだが、凄く女性的なスタイルをしている。何をどうと言えばいいのか。ぶっちゃけると胸がデカい。凄くデカい。健全な男子高校生には目のやりどころに困る大きさである。


「そうみたいだね。でも、あとは先生がやっておくから。君はもういいよ」


「え? いいんですか?」


「うん。君の彼女が外で待ってたぞー?」


 ええ!? 俺の彼女って誰ーっ!?


「ほらほら。彼女に怒られないうちに行きな」


 俺は橘先生にそう言われて図書室を追い出され、疑問を感じながら外に出ると──。


「よーっす、きさちゃん。待ってたぜ?」


「彼女ってお前かよ、神宮寺」


 待っていたのは何てことはない。神宮寺である。


「ちょっと話したいことがあるから一緒に来ておくれよ」


「はいはい。了解ですよっと」


 神宮寺に誘導されて俺たちは教室に戻った。


 教室には早乙女のやつと柊さんもいて、俺たちに手を振ってくる。


「おう。で、話したいことってんだよ、神宮寺?」


「今度この4人でさ。遊びにいこーぜ!」


 神宮寺は右手の拳を突き上げてそう提案した。


「へえ。何しに行くんだ?」


「週末にショッピングモールに行って、映画を観て、買い物して、お茶でもしてくるって感じのさ。どうだい?」


「映画か。悪くないな」


「だろー? 全員、週末は空いてるかい?」


 映画の類は今ではほとんど配信サービスで見てるけど、たまには大きな画面でド派手な映画を観るのもいいかもしれない。


「私も空いてるよ! 行こう、行こう!」


「百花がそういうなら俺も行く。俺も用事はないしな」


 柊さんと早乙女は乗り気の様子だ。


「オーケー。なら、俺も行こう。土曜日か?」


 俺も予定はないし、みんなで出かけるのは楽しみである。


「土曜日だぜ。全員、予定は空けておけよー」


「おー!」


 神宮寺は俺たちにそう言い、俺たちは盛り上がったのだった。


「それじゃ、一緒に帰ろうぜ、きさちゃん」


「おうよ。また明日な、早乙女、柊さん」


 早乙女と柊さんは電車通学なので、俺たちとは別の帰路となる。教室で別れを告げた俺たちは、それぞれの帰路で家に帰っていく。


 俺と神宮寺も一緒に下校した。


「ふわあ……」


 神宮寺は自転車を押しながら大きく欠伸をする。


「何だよ、眠そうだな?」


「6限目の古典の授業が退屈でさ。本当に眠たかったから」


「ああ。あの先生の授業は本当に眠いよな」


 古典というだけで眠いのに、先生のお経でも読み上げるように淡々としすぎた口調が眠気を誘うのである。俺もかなり眠たかった……。


「それに今日は朝、早起きしたからね。ちょっと寝不足だよ」


「弁当作るのに早く起きたとか?」


「そんなところだよー」


 わざわざ寝不足になるほど早起きしてまで弁当作ってきたのか。前の神宮寺ならば考えられないな。こいつ、いつもぎりぎりまで寝てるって言ってたし、事実学校に来るのはいつもぎりぎりだったし。


「お前、本当にいきなり変わったよな……」


 俺は思わずそう呟いた。


「あたしも青春を楽しまなきゃって思ったからね。それにきさちゃんも美少女と一緒にいられて嬉しいだろー?」


「べ、別にー?」


 俺はまだ神宮寺を女の子と認めたわけではないのだ。


 女子であることは否定しないけど、これまでずっと男友達みたいな存在だったから、これからもそういう存在だと認識するつもりである。


 神宮寺相手に女の子と意識してドギマギしたりしたくない。それは神宮寺に負けたようなものだからな!


「素直じゃないなぁ、きさちゃんも。素直に喜びべばいいのにさ」


「うるせー」


 によによと意地悪げに笑う神宮寺のそれは以前の神宮寺のままであり、ちょっと安心した。見た目こそ随分と変わったが、中身はいつも通りの神宮寺なのだと。


 見た目は美少女になったと認めざるを得ない。確かにこいつは可愛いのだ。


「そう言えば叔父さんから晩飯にする弁当買ってきてくれって頼まれたんだった。スーパーに寄って行っていいか?」


「もちろん。あたしも付いて行くぜー」


 先にも話したように叔父さんも俺も料理はできないので、スーパーの弁当などが主食である。健康にはよくないと思うが、かといって作るのは無理だし。


 俺たちはそんな事情で近所のスーパーに寄っていった。


「しかし、毎日ここのお弁当?」


「大体は。外食したりもするけど」


「野菜も食べないと健康に良くないぞ」


「ちゃんとサラダも買って帰るし」


 神宮寺に嫌味な小言を言われながらも、俺はチキンカツ弁当をふたつとごぼうサラダを買い物かごに入れた。


 ごぼうサラダは食物繊維が多そうという理由で選んだが、マヨネーズたっぷりなので健康に悪いのかも。けど、好きなんだよなごぼうサラダ。生野菜より美味しいし。


「いまいち色どりがなくて健康に悪そうだねぇ。今度、あたしが晩御飯作りに行ってあげよっかー?」


「お前、おにぎりぐらいしか作れないだろ?」


「そうでした」


 そうである。俺もこいつも料理は作れない残念な人種なのだ。


 将来、ひとり暮らししたときが心配になってくる人種であるが、叔父さんという偉大な前例があるから油断しているところがあった。叔父さんは全く料理できないが、これまでひとりで暮らしてたからな……。


「小学校のころから家庭科の調理実習の授業、もっと真剣に受けておくべきだったな」


「だねぇ。あたしも野菜切るぐらいしかやってこなかったし」


「俺なんて食器洗っただけだぜ」


「それはさぼりすぎー」


 家庭科での調理実習の授業は小学校のころからあったけど、さぼれる時間としか認識してなかった。俺は仕事をしているふりをして皿を出したり、皿を引っ込めたりするだけで、料理らしい料理はしなかったである。


 今思うとちゃんとあのとき、実習をしてればなと思うのだった。そうすれば今ごろはそれなりに料理して、健康的な食生活をしていたかもな。


「でも、あたしはお弁当を作ったから、きさちゃんより上だぞ」


「そういう勝負なのかよ。それなら俺だってそのうち何か作れるようになるし」


「どっちが早く料理ができるようになるかな? あたしは既に1点のリードだぜ」


 俺に向けてによによする神宮寺。


「もしかして、これも青春っぽいことなのか?」


「んー? どうだろうね。ある意味では青春っぽいことなのかも」


「今回はあいまいだな」


「『友達の家で一緒に料理を作る』は青春っぽいと思うんだけどね」


 料理勝負は青春ではないのか。


 確かに青春というのはちょっと日常的なのかもしれない。


 俺は無人レジで会計を済ませると袋に弁当とサラダを入れて、スーパーを出る。


「それじゃあ、ここでお別れだね」


「ああ。また明日な、神宮寺」


 俺たちは途中までは一緒だったが、近所とは言えど別れる場面がくる。


 そこで俺は神宮寺に手を振って別れを告げた。


 神宮寺は勢いよくぶんぶんと手を振りながら帰っていき、俺も神宮寺の姿が見えなくなるまで手を振っていた。


「これが青春ってやつなのかねぇ」


 高校生活はアオハルだぜ! とはよくいうものの、実際に青春とはどんなものなのか俺にはいまいち理解できていなかった。


 ただ今の時間は確かに楽しい。それだけは事実だ。


……………………

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