お弁当のシェアはある意味では青春
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──お弁当のシェアはある意味では青春
神宮寺は変わったが、学校は特に変わらない。
いつも通り授業があって、いつも通り時間が過ぎ、いつも通りに会話する。
神宮寺の突然のイメチェンに興味を持った一軍の女子たちが神宮寺と話しているのを見たりもしたが、彼女たちの興味も3限目までには収まっていた。
そして、お昼休みの時間である。
「きさちゃん。こっちおいで~」
「何だよ? 今日は早乙女たちと一緒に食べないの?」
「そうだよ~。今日は青春っぽいことしようぜ~!」
いつも俺、神宮寺、早乙女、柊さんの4名は一緒に昼食を食っている。一時期、早乙女と柊さんが付き合いだしたころにはふたりで抜け出していたのでそっとしておいたが、それ以後はまた4名で食べるのがいつものことだった。
だが、どうやら今回は俺たちが抜け出す側になるようだ。
「おーい。如月、飯食わんのか?」
「すまん。今日はちょっと用事がある」
「ふん? 分かった」
俺の言葉に早乙女は怪訝そうにしていた。
教室を抜けだした俺と神宮寺は、どういうわけか人気が少ない屋上に向かう。
屋上への扉は事故防止のために閉まっている。なので、屋上に入れるわけではない。ただ屋上に続く階段の踊り場には、教室で必要ない机や椅子などが一時保管されている場所があった。
薄暗いそこに俺と神宮寺は入る。
「ここ、ここ!」
「……なあ、ここで昼食食べるのが青春っぽいことなのか……?」
「そだよ。『教室を抜けだして屋上でお昼を食べる』ってね!」
「ここは屋上じゃないけどな」
「細かいこと気にしていると将来ハゲるぞー」
「不吉な予言やめろし!」
けらけらと笑う神宮寺の隣に俺は座った。
「きさちゃん。お昼、その菓子パンだけだろー?」
「お金節約してるからな。それにあいにく実家暮らしじゃないから、弁当作ってくれる人もいないしさ」
俺は叔父さんの家から通っていて、叔父さんも俺も料理はほとんどできない。なので食事は外食か、スーパーの弁当か、宅配のそれである。
今日の俺の昼食はあんパンふたつだけだ。
「そんなきさちゃんにいい知らせがありまーす」
「いい知らせって?」
俺が首を傾げる中で、神宮寺が弁当箱を開く。
「あたしのお弁当を分けてあげよう。ほら、いろいろあるぞー?」
「おお? マジで?」
「その代わりそのあんパンを少し分けてね。シェアし合おうぜ~!」
神宮寺の弁当箱には一口サイズのおにぎりや唐揚げ、卵焼き、ポテサラ、竹輪の磯辺焼きなどが入っている。どれも食欲をそそるものばかりだ。
しかし、これまでいつも弁当を分け合ったりしなかったのに、どういう風の吹き回しであろうか?
「何だい? 要らないのかい?」
俺が怪訝そうに神宮寺を見ていると神宮寺がそう尋ねてくる。
「ひょっとしてこれも青春っぽいことなのか?」
「イエス。『お弁当をシェアする』ってことだよ」
「へえ。なら、分け合おうかね」
俺はそう言ってあんパンを半分の千切って神宮寺に差し出す。
「半分もくれるのかい?」
「おうよ。その代わりおにぎりもくれ」
「いいぜ~。あたしのおすすめのやつをセレクトして分けたげるね」
神宮寺はそう言いうと弁当箱の蓋をひっくり返して、そこにおにぎりや唐揚げなどを載せていった。結構豪華なラインナップとなり、俺はあんパン半分で神宮寺がこれだけ分けてくれたのを、少し申し訳なく思った。
「悪いな、神宮寺。あとでジュースでも奢るよ」
「気にするなって。さあ、召し上がれ!」
「いただきます」
神宮寺が用意していた割りばしを貰って俺はまずはおにぎりから食べた。形は少し歪んでいるが中身は昆布か。なかなかに渋いセレクトだな。
「どうだった?」
「美味いぞ。実家暮らしが羨ましいぜ」
「それ、あたしが作ったんだぞー?」
「え? マジで?」
神宮寺が言うのに俺はちょっと驚いた。
あの物ぐさな神宮寺がちゃんと朝から起きて、弁当を作っている光景が全然思い浮かばなかったからである。それにこいつ、前に目玉焼きもまともに作れんって言ったぐらいに料理音痴だったはずだが……。
「おにぎりぐらいあたしにだって作れるってことさ。他は冷凍食品だけどね」
「それでも朝から弁当作れるのは尊敬しちまうぜ。俺なんて朝起きて朝食食べるのでさえやっとだからな……」
神宮寺がによによして言うのに俺はそう言って残るおかずも口に運んだ。
いつも菓子パンだけの昼食だから今日は豪華である。しかも何気に女の子の手作りのお弁当を食べているわけで。
「弁当作るってのも青春っぽいことだったりするのか?」
「そうそう。どうだった?」
「よかったぜ。いつもの貧相な食生活が改善された感じ」
「きさちゃん、いつも菓子パンだけでたんぱく質不足そうだったからね~」
俺の感想に神宮寺がそう言って笑い、弁当の蓋を閉じる。弁当の蓋が閉じるカチッという音が小さく踊り場に響いた。
「ねえ。美味しかったなら、これからも作ってこようか? もちろんお代に菓子パンを分けてもらうけどさ。どう?」
「……マジでいいの? お前が弁当を作り続けるって想像できないんだが」
「当然ながらあたしのやる気がある間だけだぞ~」
「それならお願いしようかな。あと菓子パン、リクエストがあればお前の好みのやつを買ってくるぞ」
「それじゃあ、焼きそばパン!」
「オーケー」
神宮寺からそうリクエストを聞き、俺は次は焼きそばパンを買ってくることに決めた。正直、弁当を作る労力を考えるならば焼きそばパンでも安いもんだ。
「しかし、お前、いきなり変わったよな。お洒落してきたり、弁当作ってきたり……」
「そんなに深い理由があるわけじゃないよ。あたしも青春を楽しまなきゃって思ってさ。これまでは楽しむことを怠けてたから。短い青春を、怠惰に過ごしたら勿体ないと思い立ったのですよ、如月さん」
「そうですかい、神宮司さん」
神宮寺がそう言って何やら悪戯げな表情を浮かべて言うのに、俺は神宮寺の顔を見ながらそう返した。
俺は早乙女が話していたことをぼんやりと思い出していた。
神宮寺に好きな男子ができて、それで神宮寺が変わったという話だ。これから俺たちが疎遠になるかもしれないとも早乙女は言っていた。
だが、俺は神宮寺にそうなのかと直接尋ねることはできなかった。絶対に変な空気になってしまうし、そのせいで距離ができるのを望まなかったからだ。
神宮寺を友達だと思っているならば、そこら辺はビビらずに聞けばいいと思ったりもしたのだが、今の神宮寺は以前の神宮寺とはちょっと違う。そのせいで、まだ距離感がつかめないというのがある。
俺はまだ混乱していたのだろう。
「どうしましたかね、きさちゃん?」
俺が黙って神宮寺のを方を見ていたのに神宮寺が俺の顔を覗き込む。距離が近い。
「べ、べ、べ、別に。こ、ここは何だか秘密基地みたいだなぁとか思ってさ!」
「確かにそれっぽい」
俺がごまかすように周囲を見渡して言うのに、神宮寺はぽんと手を叩く。
「これからもここで昼食食べようぜ。あたしたちの秘密基地にしてさ」
「お、おう。そうだな」
おいおい。俺はどうして神宮寺相手にキョドってるんだ。相手は神宮寺だぞ。俺の男友達みたいだった神宮寺だ。
何もビビることはないさ。いくらイメチェンしたからって神宮寺の中身が急に変わるわけでもないし。これからも友達としてやっていけるさ。
「神宮寺。あのさ、これからも友達でいてくれるよな……?」
俺は少し不安ながら一応懸念していることを尋ねてみることにした。
俺のこの問いに神宮寺はふひひっと笑う。
「当たり前だろー。神宮寺さんはあなたの親友ですよー?」
「そ、そうか。ありがとな。じゃあ、ジュース奢るから中庭に行こうぜ」
「オーケー」
相手は神宮寺だ。そこまで緊張するなよ。見た目が変わったぐらいで、態度を変えてたらその方が失礼だぞ、と俺は自分にそう言い聞かせる。
けど、神宮寺が変わったことは事実であり、俺はやはりどこかもやもやしたものを抱え続けていた。
そして、何だかそれは神宮寺の策略に見事に嵌ったようで、微妙な敗北感を感じさせられるものでもあった。
「お前に負けないぞ、神宮寺」
「突然どうしたし?」
俺は神宮寺を女子として意識したりするものかと決意した。
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