一緒に夕食を食べるって青春なのか?
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──一緒に夕食を食べるって青春なのか?
あの神宮寺に家に遊びに行った翌日。
神宮寺からメッセージがスマホに届いた。
『きさちゃん。今日の晩御飯、おかず作って来れるけどどう?』
そういうメッセージであった。
「本当に作ってくるのか……」
神宮寺の言っていることは冗談半分に受け取っていたが、どうやらマジらしい。
これまで神宮寺が作ってきてくれた料理は美味しかった。なので、ちょっとばかり期待している自分がいることに気づく。
それに断る理由もない。せっかく作ってきてくれるというのだらから受け入れよう。
ただし、その前に掃除はしないとな。叔父さんの家は男ふたりの家だから掃除がいまいちなのだ。叔父さんはさっぱり結婚する様子がないし。
「叔父さーん。ちょっといい?」
俺は叔父さんの仕事部屋をノックして声をかける。
「どうした、湊?」
叔父さんは仕事中だったらしく、ちょっとして扉が開かれた。
「今日、友達がさ。夕食作ってきてくれるらしいんだけど、いい?」
「それは前に湊が夕食をごちそうしてもらった子の?」
「そう、神宮寺って子」
「なるほど」
叔父さんは少し考え込むように顎をさする。
「それならお邪魔虫は退散しておこう。ふたりで楽しむといいよ」
「お邪魔虫って……。俺と神宮寺は別にそういう関係じゃ……」
「分かってる、分かってるから。そんなに恥ずかしがらずともいいぞ。何かあったらスマホに連絡をな」
叔父さんはにやりと笑うと仕事部屋を出て、家から出ていった。
「全く、叔父さんは勘違いしてるな……」
まるで俺と神宮寺が付き合っているみたいな勘違いをしている。俺と神宮寺はただの友人だって言うのにさ。……言うのにさ!
それはともあれ、神宮寺が来るなら掃除しないといけない。俺は掃除機を取り出して、家の中を急いで掃除し始めた。
それから叔父さんの出すビールの空き缶を片付け、食器を洗い、テーブルを吹いて表向きは綺麗な家を装った。俺は自分の部屋は綺麗にしているのだが、叔父さんとの共用スペースはそうでもないのだ。
一応トイレも掃除してばっちり整えた頃合いに、神宮寺からまたメッセージが。
『いつ頃お邪魔していい?』
と来ていた。
『いつでもいいぞ』
ので、俺はそう返しておいたのだった。
もう準備は万端だ。部屋は綺麗で、恥ずかしいところはない。
それから1時間ほど経って神宮寺がやってきたのかチャイムが鳴る。
「はいはい」
「よーっす、きさちゃん。来たぜー?」
玄関を開けるとそこには重箱のように重ねられたお弁当箱を抱えた神宮寺がいた。
「おお。また大量に作ってきたのか……?」
「食べ盛りだろー? ご飯は持ってきてないから別に炊いてねー」
「いつもパックご飯なんだけど、それでいいか?」
「オーケー!」
神宮寺はお弁当箱を抱えて家に上がり、俺は電子レンジでパックご飯を温めながら、食器を並べる。神宮寺には来客用のお皿を出した。
「何を作ってきてくれたんだ?」
「ふふふ。いろいろだよ~。見てごらん~」
神宮寺はそう言ってお弁当箱を開ける。
その中には根菜の煮物やホウレン草のお浸しと言った野菜がたっぷりあり、同時に美味しそうな鶏肉のピカタなどがたっぷり入っていた。
「うおっ! 美味そうだ!」
「だろ~? いっぱい食べていいからね」
そこで神宮寺はきょろきょろと周囲を見渡す。
「……ところで、きさちゃん? 叔父さんは?」
「あー。それが急に出かけるって言って出ていちゃったんだよ」
「つまり、今日は……」
神宮寺がそこで僅かに頬を紅潮させた。
「どうした、神宮寺?」
「な、何でもないよー。全然何でもないぜー?」
「そうかよ」
いや。待てよ。今日は家に俺しかいなくて、そこに神宮寺が遊びに来ているのである。それっていろいろと不味いのではと俺は気づいた。
「そ、そ、そうだな。何でもないよな!」
「そうそう! 何でもないぜー!」
俺と神宮寺はともに笑って状況を流そうとしたが、不意に沈黙が訪れて、何だか気まずい空気が流れてくる。やはり俺は神宮寺を異性として意識してしまっているようなのだ。それに神宮寺自身も恐らくは……。
そこで電子レンジの調理終了の知らせが鳴り、沈黙していた俺と神宮寺がちょっとばかり驚く。
「お、おおっと。米が炊けたな」
俺は電子レンジからパックご飯を取り出し、茶碗に盛る。
「じゃ、じゃあ、食べるか!」
「いただきます!」
お互いに気まずい感じになりながらも、俺と神宮寺は夕食を食べ始めた。
「煮物、美味いな……。普段は進んで食べないんだけど、何というか優しい味だ」
「たまにはそういう野菜食べないと健康に悪いぜー」
「そうだよな。こうして食べられるのは幸せだ」
柔らかくて丁度いい味わいの煮物に思わずご飯も進む。
「毎日でも食べたいって言ってたもんね」
「ああ。毎日こうして食べられたらいいだろうな」
「それって告白みたいだよね」
神宮寺がにやりと笑って言うのに俺は一瞬考え込み、すぐに気づいた。
そうか。これって『毎日君の料理が食べたいから結婚して』って言ってるパターンの告白になっちまうのか!?
「い、い、いや、そういう意味で言っていたわけじゃないぞ」
「分かってる、分かってる。冗談だぜ~」
「くそう。からかいやがって」
またしても神宮寺にしてやられたと俺は悔しがるが、そこまで腹が立っているわけではない。実際に俺は神宮寺がこうして作ってくれる料理をまた食べたいと、毎日でも食べたいと思っていたのだから。
「でも、もし俺が本当にそういう風に告白したら、神宮寺の返事は?」
「え……」
今度は俺が神宮寺をからかう番だとばかりにやり返す。
神宮寺は一瞬沈黙し、俺が冗談だとネタ晴らししようとしたときだ。
「……きさちゃんが本気なら、いいよ?」
神宮寺はふとそう呟くように言ったのだった。
俺はその答えに冗談だと言おうとしていた言葉を詰まらせる。
「そ、そっか。うん。そっか……」
「なーんちゃってね。冗談だよ~」
神宮寺はそう言ったがその顔は酷く紅潮していて、滅茶苦茶恥ずかしそうだった。
「は、ははは。これはしてやられたなー」
「あ、あははは。してやったぜー」
俺と神宮寺が棒読み気味でそう言い合って、笑うがふたりとも顔は真っ赤だ。
「さ、冷めないうちに食べようぜ。せっかく美味しく作ってくれてきたんだしさ」
「そ、そうだね。食べよう、食べよう」
俺たちはご飯をお替りしながら、神宮寺が持ってきてくれたおかずを平らげた。
「あー……。美味かった……」
俺は満腹で満足していた。
「きさちゃん。台所の洗い場、借りていい? 食器洗うから」
「それなら俺が洗っておくよ。ごちそうになったしな」
「そう? ありがとー」
俺は食器を洗い場に運び、洗い始めた。一応食洗器もあるのだが、実を言うと叔父さんも俺も使い道がよく分かっていないのだ。
「こうしてるとさ。一緒に暮らしているみたいだよね」
そこで洗い場に立つ俺の背中に神宮寺がそう声をかける。
「そ、そうなのか?」
「一緒にご飯食べて、こうして家事を分担してさ。一緒に暮らしているみたいだと、あたしは思っちゃうんだよね」
「そう言われればそういう気も……」
今日は神宮寺が料理を作ってきて、一緒に食べて、そして俺は皿洗いをしている。意識しないようにしていたが、非日常感とともに神宮寺との繋がりを感じる。それこそ本当に同棲してるかのように。
「で、でも、そういうのはあり得ないだろ? その、俺たちが同棲するなんてさ」
「そう? あたしは…………」
神宮寺は何か言おうとして、言葉を濁らせた。
そのせいでまた微妙な沈黙が生まれてしまう。
けど、本当に神宮寺と一緒に暮らしたら、こんな感じなのだろうか……? 一緒に食事して、こうして家事を分担したりして……。
「……悪くないかもな」
「え?」
「何でもない!」
俺は思わず呟いてしまい、神宮寺に気づかれる前に否定。
「何だよー? 何て言ったんだよー?」
「秘密だ、秘密。教えなーい」
「えー!」
神宮寺に俺はそう言ったが、俺の口元は思わずにやけてしまっていた。神宮寺と暮らすのは本当に悪くなさそうだと思ったからだ。
だが、それに気づかれないように俺は神宮寺に背を向けたまま、お弁当箱や食器を洗ったのだった。
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