相手を意識しすぎてゲームに集中できない青春の夏
……………………
──相手を意識しすぎてゲームに集中できない青春の夏
俺はそれから神宮寺に漫画を借りた。
「はい、どーぞ」
神宮寺は紙袋を持ってきて、それに20巻の漫画を詰め込み、渡してくれたのだ。
「あ、ありがとな」
俺はそれを受け取りながらも気が気じゃなかった。もしかしたら、神宮寺はマジで俺のことが好きなのかもしれないってそう思うと……。
「さっきからどしたし?」
「な、何でもない!」
神宮寺が距離を近くして尋ねてくるのに俺はぶんぶんと首を横に振った。
「でさでさ。次はゲームしようぜ~? 何にする?」
「そうだな……。パーティゲームがいいかね」
「なら、レースゲーでもやるか~」
神宮寺は人気家庭用ゲーム機のソフトであるレースゲームのソフトを棚から取り出した。俺もちょっとだけだけどプレイした経験があるのでプレイできそうなものだ。
「リビングの大きなテレビでやろう!」
「おお」
俺は神宮寺に誘われて、1階のリビングに降りる。
リビングには神宮寺妹も神宮寺母もおらず、俺と神宮寺だけがソファーに座った。
「さて。きさちゃんのお手並み拝見と行こう~!」
「俺はそこまでゲーム得意じゃないから張り合いねーかもよ?」
「あたしも上手いって程じゃないから安心しておくれ」
俺が普段プレイしているのはFPSみたいなアクションゲームで、三人称のレースゲームはあまりプレイしていないのだ。
操作方法が全く分からないというわけじゃないけど、細かな駆け引きのコツなんかはさっぱりだったりする。
「では、キャラクターを選んでっと」
「いろいろとキャラがいるんだなぁ」
俺は最新バージョンをプレイしていないので、キャラクターの種類が増えていることにびっくりした。このシリーズではお馴染みにキャラクターたちが、バイクやカートに乗っている。
俺と神宮寺は適当にキャラを選んで、レースをスタートした。
「うおっ! 神宮寺、お前、凄いスタートダッシュするじゃん!」
「イエイ! 成功したぜ~!」
びゅーんと神宮寺の選んだキャラが走り出し、俺はあとから懸命に追う。
途中、アイテムで加速したり、妨害したりとレースは白熱した。
「おおっと! ステージギミックが……!」
「あはは! 引っかかったー!」
さらにはステージギミックの妨害を受けたりして、俺はさらに神宮寺と差がついてしまう。神宮寺の方は事前に言っていたのと違ってそれなりに経験があるらしく、上手に回避していた。
「うおおおっ! 負けたー……!」
そして、俺は最後まで神宮寺に追いつけず、NPCにも抜かれ、最下位でゴール。
「難しいな、これ……。何となくフィーリングで行けるかと思ったけど、そうそう甘くはなかったか…………」
「もう1回やるかい?」
「ああ。もちろんだ」
俺はリベンジを目指して再び挑戦。
「だーっ! またスタートダッシュ失敗!」
「へへっ! お先!」
神宮寺はまたしてもスタートダッシュに成功したが、俺は失敗してまた出遅れ。
だが、今回はアイテムがいい感じに出てきて、一気に加速して神宮寺に迫る。ステージギミックもいい感じに回避でき、俺は神宮寺を猛追。
「わわっ! 迫ってきた!」
「今度こそは負けんぞー!」
俺と神宮寺はデッドヒートを繰り広げるが、神宮寺がアイテムで加速し、俺は引き離されてしまった。
「くそう! また負けた!」
「今回は惜しかったね。もうちょっとで追いつかれるところだったぜー」
俺が天を仰ぐのに神宮寺がそう言う。
「もう1回、もう1回だ。今度は勝つ!」
「オーケー、オーケー。もう1回なー」
神宮寺はそう言ってレースをセットし──。
「よーし。今度も勝つぞー」
神宮寺はソファーの上を微妙に移動して、俺の方に身を寄せたのだ。
神宮寺から女の子の匂いがしてきて、さらには神宮寺の体温が感じられて……。
「お、お、お、おう。やってやるぜ」
俺はきょどらないように精一杯に努力しながらゲームに集中しようとする。だが、どうしても神宮寺を意識してしまい、完全にはゲームに集中できない。
「スタートダッシュ!」
「このっ!」
そしてやはり神宮寺はスタートダッシュし、俺は思いっきり遅れた。
「抜かせないぞ~」
神宮寺はカーブする際などに体を揺らすのでカーブの度に俺の体に神宮寺の体が引っ付いてくる。俺はどきどきしているのが伝わっていないか心配で、もはやゲームどころではなかった。
そして、俺はまたドベでゴールインとなったのだ。
「あはは。残念だったね、きさちゃん」
「お、おう。負けちまったな……」
俺は心臓が飛び出そうなほどにどきどきしていた。神宮寺との距離が滅茶苦茶近くて本当にきょどってしまいそうだった。
「どした、きさちゃん?」
そこでにまにました笑顔の神宮寺が俺の顔を覗き込んでくる。
こいつ、ひょっとしてわざとやってるのか……?
「神宮寺、あんまりからかうなよ。俺が本気になったら困るだろ?」
俺はぴしゃりとそう言ってやった。
俺は神宮寺を異性として意識するつもりなどないが、神宮寺がそう意識させようとしていることに気づかないほど鈍感じゃない。神宮寺は一応、そう一応女子なのだから、むやみやたらに男子を挑発することはすべきでない。……と思う。
「何々? きさちゃんが何に本気になるんだい?」
「そ、それはその……。いろいろだよ……」
「いろいろってー?」
くそう。こうなると完全に俺が不利だ!
「いろいろはいろいろ! 俺だって、その、男なんだからな!」
「へえ。きさちゃんもそういう風にあたしのこと見てくれるんだね~?」
俺の主張に神宮寺はより一層にまにましてそう告げてきた。
「ち、ち、ちげーし! 見てないし!」
「あはは。顔真っ赤だよ、きさちゃん」
神宮寺は笑いながらも俺のすぐそばに身を寄せたまま。
「……けど、きさちゃんになら本気になられたっていいよ?」
「え…………」
不意に神宮寺がささやくような声で言うのに俺は思わずどきりとした。
俺と神宮寺の間に微妙な空気が流れる中、神宮寺の吐息の音が聞こえ────。
「あー! お姉ちゃんが彼氏といちゃいちゃしてるー!」
神宮寺妹の声が突然リビングに響くのに俺たちは揃ってびくりと飛び上がった。
「いけないんだ「-! そういうの、ふじゅんいせーこーゆーっていうんだよ! そういうことしてると学校の先生に怒られるよ!」
「もーっ! 2階にいなさい、彩華!」
「べーっ!」
神宮寺妹は場を引っ掻き回したのちに2階に走り去っていった。
俺はそこで自分が落ち着ていることに気づいた。冷や水を浴びせられた形にはなるが、そのおかげで頭が冷えたらしい。
「神宮寺、俺はそろそろ帰るな。漫画、借りていくぜ」
「う、うん。また来いよ~」
「おう。漫画読み終えたら返しに来るから。またな!」
俺はすっかり胸のどきどきも取れて、俺はちゃんと神宮寺の顔を見てそう言えた。
俺は玄関に向かい、神宮寺が見送り続く。
「ねえ、きさちゃん」
「どうした?」
神宮寺が不意に話しかけてくるのに俺は振り返った。
「……今日は楽しかったかい?」
「それは当然楽しかったぞ」
「そっか、そっか。それはよかった!」
不安そうだった神宮寺の顔が満面の笑みに変わる。
「今度さ。夕食のおかず作っていくから、一緒にきさちゃんの家で食べない?」
「いいのか?」
「もちろんいいぜ~。楽しみにしてろよ~?」
神宮寺はやはり最近なって料理を教わっているらしく、そう提案してきた。
「楽しみにしてる。じゃあな!」
「じゃあ!」
神宮寺に俺は手を振り、神宮寺も俺に手を振った。
夏の夕方の空はまだまだ明るいが、時間的にはもうすっかり夕暮れだ。セミの鳴く声がときどき聞こえてきて、暑い日差しが未だに照りつける。
「今日も楽しかったな……」
俺はそう呟きながら神宮寺の体を寄せてきた感触を匂いを思い出していた。
神宮寺はやはり女の子で、どうしても意識してしまう相手なのだと思い知らされた。
だが、それでも俺は神宮寺を異性として意識するわけにはいかない。だって、そうなると今の友情が壊れてしまうそうだから。
俺は神宮寺が好きだが、だからこそ今の関係を続けたかった。
気軽な友人同士の関係を…………。
……………………




