ふたりっきりで遠くに出かけるのって青春以上?
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──ふたりっきりで遠くに出かけるのって青春以上?
俺と神宮寺はそれから毎日のように図書館で勉強を続けた。
そんなある日のことである。
「きさちゃん。今日は勉強はお休みして遊びに行こうぜ~」
そう神宮寺が提案してきたのだ。
「へえ。別にいいけど、早乙女たちは誘わなくていいのか?」
俺は遊びに行くと聞かされててっきり早乙女たちも誘うのだと思っていた。
「今回はあたしときさちゃんだけだぞ。ふたりで出かけるんだよ~」
「そうなのか? けど、早乙女たちも誘った方が……」
「……あたしとふたりじゃ嫌かい?」
俺がそう提案しようとするのに神宮寺が僅かに視線を落としてそう言う。
「い、いや。そういうわけじゃないけど!」
「なら、二人で出かけようぜ! 行先は決めてるからさ!」
慌てて俺が否定すると、神宮寺はにまっと笑ってそう告げた。
「具体的にどこに行くんだ?」
「動物園! 本当は水族館がよかったんだけど、水族館は遠いしさ~」
「そうだよな。水族館は遠いな」
俺たちの暮らす地元では水族館は遠くにしかないのだ。
「しかし、夏場に動物園か~。動物はみんな暑さで出てこないんじゃないか?」
「まあ、それでがっかりするのも一興ってことで」
「一興なのかよ」
動物がみんな暑くて出てこなかったらシンプルにがっかりだと思うのだが。
「別に動物園じゃなくてもいいんだけど、他にきさちゃん行きたい場所あるの?」
「俺が行きたい場所……? 今は特にないな……」
「じゃあ、動物園でいいだろ~?」
「分かった、分かった。行こうぜ」
神宮寺に押し切られる形で俺と神宮寺は動物園に行くことに。
電車とバスを乗り継ぎ、夏の暑い中を俺たちは動物園を目指す。
交通の便がさほどいいわけではない田舎な俺たちの地元でも、動物園まではある程度交通手段は確保されており、俺たちは快晴の青空の下を進んで無事に動物園に。
「わあっ。割と強烈な臭いが……。うへえ……」
「ははっ。夏の動物園ならこれを想定すべきだったな」
夏の動物園は獣臭が凄い。だが、これぞ動物園という感じだ。この臭いは水族館にはない野性味を感じる。
「しかし、この暑さだと飲み物飲みながらじゃないと危険だね。あたし、何か飲み物を買ってくるよ」
「俺も一緒に行くよ」
神宮寺と俺は自販機でペットボトルのスポドリを買って、それを片手に動物園を見て回ることに。
「ライオンの檻だけど引っ込んじゃってるね……」
「流石にこの暑さはライオンにも辛いんだろうな」
日本より暑そうなサバンナに暮らすライオンも、今年の夏には耐えられないらしく、日陰の場所に引っ込んでて顔を見ることはできない。
他の動物も似たり寄ったりで、トラやクマも暑くてかなわないという具合であった。本当に今年も殺人的な暑さなので、仕方ないと言えば仕方ない。
「わははは。みんなお尻向けてるよ~」
「あれだけ毛深いと滅茶苦茶暑いだろうしな」
しかしながら、例外も存在した。
「おお。見て見て、きさちゃん。レッサーパンダだ! レッサーパンダ!」
「うおっ! めちゃっ可愛いな!」
レッサーパンダは涼しい場所から出てきて、俺たちが観れる場所に顔を出していた。愛くるしいもふもふの動物はぬいぐるみみたいな姿ながら、しっかりと歩き回り、俺たちはそれに見とれていた。
「売店にレッサーパンダのぬいぐるみ、売ってたよね」
「あとで買って帰るか。思い出になるし」
「いいね」
俺たちはレッサーパンダが木の上に登ったりするのを見ながらそう言葉を交わし、暫しの間レッサーパンダ見物を楽しんだ。
それからフラミンゴなどの色鮮やかな鳥類、南方の珍しいお猿さんたち、それに暗所にて展示されている爬虫類や両生類などを見て回った。
「わっ。このヘビ、滅茶苦茶大きくない?」
「デカいな。怖え~」
「きさちゃんはヘビ、苦手かい?」
「得意ではないな」
巨大なヘビに驚いたり──。
「綺麗な羽の色だね!」
「ああ。すげえ綺麗な鳥だ」
「やっぱり異性にアピールするためなのかな?」
「お洒落な鳥ってわけだ」
色とりどりの羽根をした鳥に見とれたり──。
「ペンギンとシロクマは暑そうだ」
「夏は本当に大変そうだな……」
「地球温暖化が少しでも和らぎますように」
「俺的にもそう願いたいぜ」
寒い地方に住んでいる動物に同情したり──。
「おお。あのお猿さん、滅茶苦茶走り回ってる」
「すばしっこいな。それに尻尾が縞々で可愛いぜ」
「ワオキツネザルって言うらしいぞ~」
「おし。覚えて帰ろう!」
異国のお猿さんの名前を覚えたり──。
「ぬいぐるみがいろいろとあるね~」
「俺はやっぱりレッサーパンダのがいいな」
そして、売店でお土産を買って帰ったりした。
「今日は楽しかったか~?」
動物園を出ると、神宮寺がそう尋ねてくる。
「ああ。滅茶苦茶楽しかった。動物園とか久しぶりだしな。幼稚園か小学校の遠足で言ったぐらいで、それ以降全然来たことなかったし」
「それは何より~」
俺がそう答えるのに神宮寺がにまにまと笑う。
「神宮寺、お前は楽しかったのか?」
「それはもう当然。楽しかったぜ~。だって、きさちゃんと一緒に来れたし……」
「お、おう。そうか……」
神宮寺がぽろりとこぼすように言うのに俺はただ頷いた。
「……本当だよ? きさちゃんとこうして一緒に出掛けられてよかった!」
「そうなのかよ。そ、その、俺も神宮寺と一緒に出掛けられてよかったぞ……」
俺がそう言うと神宮寺は一瞬顔を紅潮させたのに照れ隠しするように顔を隠す。
「うへへ。何だかお互いに恥ずかしいこと言っちゃったね」
「べ、べ、べ、別に恥ずかしくねーし!」
「そんなこと言って、きさちゃんも顔真っ赤じゃん」
俺はいつの間には夏の暑さ以外の要因で頬が赤くなっていることに気づいた。
「でも、今日は一緒に来てくれてありがとう。あたしも滅茶苦茶楽しかったぜ~。今度は少し遠出してでも水族館に行ってみようか?」
「そうだな。夏に行くなら水族館の方がいいかもな。動物園はやはり動物がこの暑さにやられている感があったし」
「よし。なら、来年は水族館だー!」
俺も同意するのに神宮寺は張り切っていた。来年の夏ってまだまだ遠いんだけどな。
それから俺たちはバスに乗って自宅を目指す。
バスに乗り込むときはすっかり夕暮れどきであり、赤く染まった空が広がっていた。今はセミの鳴き声もわずかだ。
「ねえ、きさちゃん。このままバスや電車に乗って知らないところに行ってみたりしたくなったことない?」
隣に座る神宮寺が不意にそう話しかけてくる。
「何も計画立てずに旅行に行きたいってことか?」
「そうそう。気分の赴くままに旅行してみるの。楽しそうじゃない?」
「流石に高校生でそれは難しいぜ。大学になったらそういうこともできるだろうけどさ。高校生は金ないし、いろいろと制約も多いしだろ?」
「そうなんだよね~」
高校生はあくまでまだ子供なので、やれることが限られる。夜遅くまでうろうろしていたら補導されてしまうし、そもそも遠くまで行くためのお金もあまりない。
「きさちゃんは地元の大学にいくつもり?」
「今はそのつもり。けど、まだ大学でやりたいこととかはっきりしてないし、どうなるかは分からないな」
「そっかー。あたしもまだ将来の夢とかはっきりしないなー」
「難しいよな。将来のこと考えるのってさ。俺たちが大人になるときに未来がどうなってるかなんてわかんないし」
俺たちの悩みは将来のことだ。未来は不確かで、どういう道を選べば安泰かなんてさっぱり分からないのである。
「今からじっくり考えていかないとね。将来のこととか」
「そうだな……」
神宮寺にそう言われて俺は頷いた。
「あたしはさ。できればきさちゃんと同じ道を進みたいな。できれば、だけど……」
「神宮寺は神宮寺の道を進めよ。俺について来ても後悔するだけかもだぜ?」
「それでもだよ。きさちゃんと一緒がいい」
そう言って神宮寺は俺の手に自分の手を重ねてくる。
「そ、そうか……」
俺がバスの中で言えたのはそれだけで、神宮寺は目的の停留所に着くまで俺の手に自分の手を重ねていた。
これは俺にとって夏の思い出として強く刻まれたのだった。
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