帰り道で寄り道するのも青春だよね
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──帰り道で寄り道するのも青春だよね
俺たちは夏の海を思う存分楽しむと、夕方になり帰路についた。
「ああ、楽しかったー! これは思い出になるよー!」
「ああ。本当に楽しかった。百花の水着も見れたしさ」
「えへへ。可愛かったでしょ?」
「まさにな」
柊さんと早乙女がラブラブでいちゃつく中で俺たちは電車で家に帰っている。
「ねえねえ。今度は夏祭りに行って、帰りに花火しないかい?」
「花火かぁ~。いいね! 楽しそう!」
「でしょー? 日程はあとで連絡するからね。楽しみにしておけよ~!」
神宮寺は早速夏休みの次の予定を話し始めていた。海で言っていたように本当に夏祭りと花火をするつもりらしい。
「夏祭り、か。確か近所の神社でやるよな」
「そう、そこの夏祭りに行こうぜ~。きさちゃんは最近引っ越してきたばかりだから、初めてだろうけど結構盛り上がる祭りなんだぞ~」
「へえ。それはいいな。楽しみだ。祭りってあんまり行ったことないから」
「そうなの?」
「そうなの」
俺は夏祭りというものに行った経験がほとんどない。凄く小さいころに1、2回行った記憶がぼんやりとあるぐらいで、小学生高学年以降は一度も行ったことがない。近くに神社はなかったし、親が連れていってくれたわけでもなかったので。
「それじゃあ、今後の夏祭りは楽しまないとね。いろいろと出店も出るし、打ち上げ花火も見れるからさ」
「おお。それはいいな。納涼ってやつになりそう」
神宮寺はうきうきでそう提案し、俺も楽しみになってきた。
「日程をあとで送ってくれよ、神宮寺。俺たちはちょっとそっちとは離れているから」
「オーケー。あとで連絡するよ」
早乙女が求めるのに神宮寺が頷く。神社は俺たちにとっては近所だが、早乙女と柊さんにとっては微妙に距離があるのだ。
それから俺たちは今日の海の感想を述べ合い、海の家の焼きそばが美味しかったことや、海で涼めたことなどを話し合った。
俺たちの乗る電車はそんな話をしているとあっという間に目的に到着し、俺たちは慌てて電車から降りる。
「じゃあ、また夏祭りで会おう」
「おう。またな、如月、神宮寺!」
早乙女は柊さんを家まで送っていくのに別れ、俺と神宮寺は一緒に帰路につく。
「ねえねえ、きさちゃん。ちょっと寄り道して帰らない?」
「? いったいどこに寄るんだ?」
「コンビニ。ちょっとアイスでも食べて帰ろうぜ~」
「悪くないな」
俺は神宮寺のその提案に同意。やはり今年の夏も激熱なので、涼むためにアイスをの食べるのは悪くないアイディアだ。
俺たちはそういうわけでコンビニに寄って帰ることに。
帰り道にあるコンビニには季節限定商品を紹介するポスターが貼られているが、止まっている車や自転車は少なかった。
それから自動ドアが開いてコンビニの中に入ると、外の熱気が嘘のようにひんやりとした冷気が感じられる。
「どのアイスにする?」
「んー。スプーンとかが要らないやつがいいぜ。握ってばりばり食べられるやつ」
「俺もそうしようかな」
俺たちはそう言って棒状のアイスを選び、会計を済ませると外で早速包みを開く。
「おお。冷たっ!」
「いいね、いいね。この冷たさがいいんだよ~」
冷え冷えのアイスを思いっきり齧ると冷たさ口全体に染みる。しかし、神宮寺がいうようにこの冷たさこそ夏のアイスの嬉しいところだ。
「きさちゃん。夏祭りに行くのとは別にさ。ふたりで出かけたりしない?」
そこで不意に神宮寺がそう提案してきた。
「ふたりでって……。早乙女と柊さん抜きでってことか?」
「そう。あっちはべったりでラブラブのカップルじゃん? いつも遊びに行くのにあたしたちが付いて行くのは申し訳ないし。たまにはあたしたちだけで出かけないかい?」
神宮寺は夏の暑さのせいか、はたまた別の理由か、顔が少し紅潮していた。
「別にいいけれど……。何か具体的な予定でもあるのか?」
「ちょっとした旅行にいくとか? 電車で遠くまで出かけてみて、そこでいろいろと遊んで帰ってくるみたいな」
「それももしかして青春っぽいことなのか?」
「まさに。『友達と地元を離れて遊びに行く』だぞ~」
にししっと神宮寺がそう笑って提案してくる。
「そっか。青春っぽいことならば仕方あるまい」
俺は心のどこかでは神宮寺が『これはデートだよ』と言ってくれることを期待すると同時に恐れていた。そういう関係に踏み込みたいという気持ちがあるのと同時に、そのせいで今の気楽な関係が崩れてしまうのが怖かったのだ。
だから、今も神宮寺との距離感は保っておきたかった。
「神宮寺。一応聞くけどお前、余命何年とか宣告されているわけじゃないよな?」
「何故そうなるし」
「いや。やたらと今を楽しみたいっていうからさ。もしかするととと思って」
「余命宣告はないけど、青春を楽しめる時間が短いのは確かだぞ~」
俺がちょっと心配するのに神宮寺は呆れたように笑い飛ばす。
「そうだよな。高校生活はあと3年程度しかないしな」
「そうそう。高校生活を楽しめるだけ楽しまないと!」
神宮寺はそう言いアイスを食べ終えた。
「はあ。冷たくて美味かった」
俺もアイスを食べ終えて、ゴミ箱に包みと棒を捨てる。
「…………きさちゃん。今でも文学少女が好きかい?」
「それは、まあ。一応好みではある」
「なら、あたしといても楽しくない?」
神宮寺はそうどこか真剣な表情で尋ねてくる。
「そんなわけないだろ。お前といるのは滅茶苦茶楽しいよ。神宮寺と一緒に遊ぶのは凄く楽しいし、何というかとても落ち着く……」
俺は自分の気持ちを素直に神宮寺に伝えた。
嘘偽りない気持ちだ。俺は神宮寺と一緒に過ごす時間が好きだし、楽しいし、落ち着くのだ。そこに嘘は一切ない。
「へへっ。そっか、そっか。よかったぜ」
神宮寺は満足げに笑い、照れたように頬を掻いていた。
「変なこと言うなよなー」
「ごめん、ごめん。ちょっと気になったからさ」
俺が言うのに神宮寺はぽんぽんと俺の肩を叩く。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか。あんまり遅くなると心配されるからね」
「そうだな。叔父さんも待ってるだろうし」
それから俺たちは別々の帰路につくことになり、俺は神宮寺に手を振って別れようとしたときだ。
「きさちゃん!」
「どした?」
神宮寺は何かを言いたげな表情をして、俺の方を見る。
「…………だよ」
「……え?」
神宮寺がとても小さな声で言うのに俺は問い返す。
「な、何でもないぜ! またね!」
神宮寺はそれから慌てたように手を振り、自転車で走り去った。
「今、神宮寺が言ったのは……」
もしかすると、ひょっとすると俺の聞き間違いかもしれないけれど、神宮寺は『好きだよ』って言わなかったか……?
俺が問い返すのに神宮寺は答えなかったので、真相は闇の中だが、そう意識するともの凄く心臓がどきどきし始めた。神宮寺が俺のことが好きだとしたら……。
そこで俺は必死に神宮寺を異性として見ないようにしていたのに、今ではしっかり神宮寺と女の子として認識してることに気づいてしまった。
「馬鹿馬鹿。俺の馬鹿野郎。あれは神宮寺なんだ。俺の友達なんだ。決して異性として見るんじゃないぞ!」
俺はやはりちょっと怖かったのだ。神宮寺を異性として見て、神宮寺との今の心地よい関係が崩れてしまうことが。
異性との友情は長続きしないというが、俺と神宮寺は例外だと思っていた。あいつなら別に意識することなく、ずっと友達でいられると思っていた。
だが、今の神宮寺はどこからどうみても魅力的な女の子で……。
「考えるな、考えるな。これまで通りで、いつも通りでいいんだからな」
俺はそう自分に言い聞かせ、叔父さんの家へと戻った。
それでも頭に浮かぶのには神宮寺の顔であった。
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