夏に海に行くのを青春と呼ばずして何と呼ぶか
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──夏に海に行くのを青春と呼ばずして何と呼ぶか
そして、夏休みが訪れた。
「夏休みだーっ!」
「わーっ!」
終業式が終わった教室で俺が歓声を上げるのに、神宮寺が同調する。
「よーやく夏休みだな。海に行くって話、続きを聞いてないけどまだ生きてるのか?」
「もちろん。神宮寺さんがばっちり準備してますよ~」
早乙女が尋ね、神宮寺が答える。
「海水浴ができる海だよね?」
「もちもち。そこまでの電車とか、かかる費用とかも調べてあるからご安心」
「やった!」
柊さんも神宮寺の提案した旅行に乗り気のようだ。
「きさちゃんも楽しみだろ~?」
「ああ。楽しみだぜ。海に行くのはやっぱり夏って感じだよな!」
「へへっ。そうでなくっちゃ!」
海に行くと言うのはやはり夏ならではのイベントだ。冬に海に行っても釣りなどしない俺たちにはやることはないのである。
「で、いつ出かけるんだ?」
「今週末はどう? 夏休みだから別に週末を待たなくてもいいけど」
「週末は混みそうだし、平日にしようぜ」
「なら、平日にしよう。この日はどう?」
「俺はオーケーだ」
それから俺たちは予定を合わせ、海に行く日取りを決めたのだった。
夏に海に行く。それだけで楽しみだ。
* * * *
そして、当日。
俺たちはいつものように駅前で待ち合わせた。
夏の日差しが照り付ける中で、俺は待ち合わせ場所に急ぐ。
「きさちゃん!」
「おお、神宮寺。早かったな」
待ち合わせ場所では神宮寺が誰よりも早く待っていた。
今日の神宮寺は涼し気な白い半そでのブラウスと青いキュロットスカート姿で、割とお洒落なコーデをしていた。
「早乙女たちは?」
「まだだよ。でも、そろそろ着くって連絡が柊ちゃんから来てる」
「そっか。それにしても今日も暑いな……」
今日は晴天で海に行くならばばっちりな日だが、やはり暑すぎる。このままでは暑さのせいでぶっ倒れそうであった。
「ほれ、塩分キャンディ」
「お。ありがと、神宮寺」
俺は神宮寺が塩分補給のキャンディを出してくれるのを受け取り、口の中に放り込んだ。水分補給、塩分補給は夏の間に必須のことである。そうしないと本当に熱中症でぶっ倒れてしまう。
俺は買っておいたスポーツドリンクを飲みながら早乙女たちを待つ。
「ごめん! 遅くなったー!」
それから柊さんと早乙女が合流。
「大丈夫、大丈夫。電車の時間には全然間に合うから」
「じゃあ、全員揃ったし、行くか?」
「おー!」
神宮寺が勢いよく掛け声を上げて、俺たちは海までの切符を買って、改札口を潜った。どの電車に乗ってどれくらい掛かるは神宮寺が調べており、俺たちは迷うことなく電車に乗り込んだ。
「お菓子買ってきたから一緒に食べようぜ~!」
「いいね。俺もポテチ買ってきたぞ」
それぞれがお菓子を持ち寄って、俺たちは電車の中で盛り上がった。
お菓子を食べながら見る電車の窓からは知らない光景がずっと流れていて、今俺たちはまさに冒険に出かけているんだよなという気分にさせられる。
「いいよな、こういうの。未知の場所に行くってすげーいい気がする」
「だろ~? 神宮寺さんに感謝しろよ~?」
「ありがたや、ありがたや」
このときばかりは俺は素直に神宮寺に感謝したのだった。
「本当に何だかわくわくするよね。家族で海水浴に行ったことはあるけど、こうして友達だけで行くのって初めてだから!」
「そうだよな。ちょっと大人になったような気分がする」
「だよね、だよね!」
柊さんと早乙女はそう盛り上がっている。
俺も大人抜きでこうして遠方に行くことはこれまでなかったので、何だかちょっとばかり成長したような気分であった。
俺たちはそうやって車窓の光景や身近な話題などで盛り上がりながら、電車に揺られて海水浴場に向かう。
電車でかなりの時間が経ったのちに俺たちは海水浴場になっている海に到着。
「海だーっ!」
「おお。潮風の匂いがするぜー!」
目の前に広がるのは一面の青い海。雲ひとつない青空の下に広がるそれに俺たちは思わずテンションも上がってきてしまう。
今日は平日のおかげで、そこまで人で混んでもおらず海は僅かな賑わいだった。
「じゃあ、水着に着替えてこよー!」
「あっちに更衣室があるよ!」
俺たちは男女に別れて更衣室で水着に着替えてくることに。
俺と早乙女は普通のルーズタイプの水着で、特に言及するようなことはない。
しかし、神宮寺と柊さんの水着には言及しなければなるまい。
「お待たせ~!」
神宮寺はセパレートタイプの黒い水着で、自撮りで見るのとは違った印象を受ける。何というか現実としてそこに存在しているんだよなって感じがして、思わずどきどきしてしまった。
柊さんもちょっとハワイアンな花柄の水着の上からラッシュガードを羽織っており、露出は少ないがとても可愛いものだった。しかし、俺はそっちには神宮寺ほど心を揺さぶられることはなく。
「どうよ、きさちゃん?」
「お、おう。似合ってると思うぞ、多分」
「何だよ、それ~!」
俺があいまいに答えるのに神宮寺は不満げな表情。
実際のところかかなり似合っていたし、可愛かったがそれを素直に言うのは気恥ずかしかった。神宮寺に負けたような気分というよりも、神宮寺相手にどきどきしちえるのが恥ずかしかったのだ。
「どうどう、大和君!」
「滅茶苦茶似合ってる、百花! ばっちりだ! 滅茶苦茶可愛い!」
「えへへー! ありがとー!」
柊さんと早乙女の方はふたりでしっかり盛り上がっていた。あっちは本当にお似合いのカップルだな。
「お似合いだねぇ、あのふたりは」
「本当にな」
神宮寺と俺はそんなふたりを見ながらそう呟く。
「ああいうのちょっと憧れたりしない、きさちゃん?」
「え……。それって…………」
神宮寺がぽろりとこぼすように尋ねるのに俺の頭は一瞬混乱した。まさか神宮寺もああやって俺といちゃついたりしたいのか……?
「別にあたしとじゃなくてもいいよ。きさちゃんの憧れの文学少女とでも」
「そ、そ、そうだな。その、憧れる、な……」
そう言いながらも俺は神宮寺の方をちらちらとみてしまった。
「へへへっ。そうか、そうか。きさちゃんも男の子だねぇ」
「なんだよ、またからかいやがって」
「うへへへ」
何故か神宮寺は満足げに笑っていた。やはりからかわれたのか……?
「じゃあ、早速海に入ろうか! きさちゃん、泳げるかい?」
「おうよ。泳げる、泳げる」
「まあ、プールじゃないしがっつり泳ぐのはやらないけどさ」
「溺れたときに役立つだろ」
「溺れたときは無理に泳ぐより浮いた方がいいんだぞ~?」
俺と神宮寺はそんな言葉を交わしながらも、海の方に向かった。
「うおっ! 意外と冷たい!」
「本当だー。もっと温いかと思ってたのにー!」
気温の割りに海は冷たかった。俺も神宮寺が思っていたようにもっと温いものかと思っていたのだが、これは嬉しい誤算。冷たさのおかげで暑さが多少晴れる。
「いいね、いいね! 楽しいねー!」
「ああ。なんだかこういうのって青春だよな!」
「そうそう、アオハル、アオハル!」
海で友達と遊ぶのって滅茶苦茶楽しいし、思い出になるな…………。
「おーい、神宮寺ちゃん! 私たちも混ぜて―!」
「もちろん!」
柊さんと早乙女も混じり、俺たちは海をエンジョイした。海の押しては退く波を見ているだけでも、非日常的で楽しい。というか、今の状況は箸が転がっても楽しいって感じでハイテンションになっている!
「はあ。遊んだ、遊んだ」
俺はちょっと疲れて砂浜に敷いたビニールシートの上に横になる。
「もうお疲れですか~?」
「そうです。如月さんはお疲れです」
そこに神宮寺がやってきて、俺の隣に座る。
「今日は楽しいかったな」
「夏休みはまだまだこれからだぞ~。海の次は夏祭りに行って、みんなで花火もしたいしさ~。やりたいことは山盛りだぜ」
「マジで? それは楽しそうだ」
友達みんなと夏祭りに行ったり、花火をしたりするのはきっと楽しいだろう。
「如月、神宮寺さん。海の家があるけど何か食べないか?」
「いいね。何か食おうぜ。腹減っちまったよ」
ここで早乙女がそう提案し、俺たちは海の家に。
海の家にはそこそこお客さんがおり、焼きそばのソースの香ばしい香りやカレーライスの匂いが漂っていた。それだけ腹が減ってきてしまう。
「やっぱり焼きそばだよね!」
「お前、本当に焼きそば好きだよな」
「それほどでも」
「別に褒めてはいないぞ」
菓子パンも焼きそばパンが好きだったり、神宮寺は焼きそばが好きらしい。
だが、結局俺たちはどういうわけか全員が焼きそばを頼み、鉄板で焼かれたそれを食べることになった。これが同調圧力ってやつだろうか…………。
「鉄板で焼いた焼きそばはやっぱり違うぜ~」
「マジでな。美味いぜ~」
神宮寺は大満足の様子で、俺も頷いて見せた。
「やっぱりいいね、こういうの! 夏って感じがするよー!」
「来年もまたみんなで来ような、海」
柊さんと早乙女も満足げにそう言っている。
「うんうん。また来年もみんなでね」
神宮寺はそう言って俺の方を見て笑いかける。神宮寺は水着姿で、ちょっと髪が濡れていて、そしていつもとはちょっと違っていて……その様子に思わず俺はどきっとしてしまった。
「お、おう。そ、そうだな……」
俺はそうどもりながら返すことしかできなかった。
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