夏はテストとアオハルの訪れ
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──夏はテストとアオハルの訪れ
週末、俺は神宮寺に誘われて出かけることにした。
今回は図書館に出かけることになっており、俺たちは図書館前で待ち合わせた。
「おーい、きさちゃん!」
「神宮寺。早いな」
神宮寺は俺より先に図書館に到着しており、神宮寺は俺に手を振る。
「さあ、今日はしっかり勉強しような」
「おー!」
俺と神宮寺は張り切って図書館の中に入った。
以前も来ているから、今回はさほど緊張することもなく、俺たちは館内に。
図書館の中はページをめくる際の紙の音だけが聞こえている静かな空間だ。
「きさちゃんは主に理系の科目が苦手だったね。テストに出そうなところ教えといてあげよっか?」
「頼む。ある程度山を張って期待するしかないのが現状だ」
「ギャンブラーだねぇ」
ギャンブラーと言われようと俺はテスト範囲を満遍なく全てを理解することなど難しいのである。だから、山を張って、それが当たるのを望むしかない。
「じゃあ、まずは化学からね」
「おう」
それから俺は化学、物理、数学について神宮寺から教わった。テストに出そうな場所とその答えを求める方法について、俺は神宮寺に教えてもらったのだ。
図書館に置かれている参考本も手にして、俺は神宮寺から化学式の書き方や物理の覚えるべき法則、数学の方程式などについて学んだ。
「お前、教えるの上手いんだな」
「でしょ、でしょ? 教えるもの理解するのに役立つからね~。頭の中で整理できてないと人には教えられないし~」
神宮寺はそう言ってによによと笑いながら自分のノートを俺に見せた。
神宮寺の教え方は本当に上手だった。正直、学校の先生が行う授業より分かりやすい。字は綺麗でノートも整理されているし、俺はこれのおかげで理系の教科に対する自信を多少なりと得たのだった。
今なら数学や物理、化学も問題なく解けそうだ。
それにしても神宮寺の字、ちょっと可愛いな……。
「テスト、どうにかなりそうかい?」
「ああ。ちょっと自信が出てきたぜ」
「それは何より」
神宮寺の問いに俺はそう返して頷いた。すると、神宮寺も笑う。
「ところできさちゃんは2年生で生物と物理、どっちを選択する?」
「生物だな。そっちの方が楽しそうだから」
うちの学校では1年では物理と化学と決まっているが、2年生からは物理と生物が選択になっている。俺は今の物理は計算が多くてちょっと苦手なので、生物を取ることに決めていた。
「それじゃあたしも生物にしよっと」
「何だよ、主体性のないやつだな」
「へへっ。あたしがいないとこうして勉強教えれないぞ~?」
「それはその通りだが」
悔しいが神宮寺がいてくれる方が、俺にとっては助かる。生物も今は中学のときのぼんやりとした知識しかないので、高校の生物がどれだけ難しのか見当がついていないこともあったので。
本当に悔しいけど神宮寺は教えるのが上手いし、力になってくれるだろう。
「じゃあ、次は古典かな」
「だな。古典と漢文はそこまで苦手じゃない」
「オーケー。一緒に勉強しよ~」
俺たちはそれからテスト範囲について教科書とノートでおさらいをし、お互いに苦手な部分を教え合った。ここでも参考本を使って、図書館という環境で勉強するというという意味を最大限に活かしたのである。
「しかし、高校になって本当に勉強しなきゃいけないこと増えたよな……」
「だねぇ。もうちょっと自由な時間がほしいぜ」
「全くだ。青春が勉強だけで終わっちまうよ」
何だかんだで高校生活は忙しい。次々と課題が出て、覚えることは山ほどあり、そして高校生活後半には人生を左右する受験も待ち構えているのだ。
「短い時間で最大限に青春しないとね。というわけで、今日も青春しようぜ~」
「今日は何をするんだ?」
「そうだねぇ。図書館デート、とか?」
「デ、デ、デート……!」
俺は神宮寺がさらりと言った言葉に思いっきり動揺してしまう。
「冗談、冗談。ただ友達と図書館で過ごして、帰りにハンバーガーでも食べて帰れば青春かなって思っただけだぜ~」
「そ、そうかよ。じゃあ、図書館に来たことだし本でも読むか?」
「おー」
神宮寺が小さく声を上げて、俺たちは図書館の蔵書を見て回った。
「あ。これ、面白かったな。ちょっとグロくて、決して明るくなく薄暗い話なんだけど滅茶苦茶面白かったんだよ」
俺はそう言って本棚に収まっている分厚い文庫本を指さす。
「へえ。ホラー系の話だったりする?」
「お化けとかは出てこない。タイトルの魑魅魍魎は作品のモチーフになっているだけで。どちらかと言えば推理小説だな。そうそう、最後までどんでん返しがあって、すげー面白かった」
「ふうむ。この本、滅茶苦茶分厚くて正直ウケるけど、きさちゃんがそこまで言うなら読んでみようかなぁ」
「おう。ただ本当にちょっとグロいから気を付けろよ」
「アイアイ、サー」
神宮寺はそう言って本棚から文庫本を取り出した。
「あたしもきさちゃんに小説を勧められればいいんだけどな」
「ははは。ナイスジョーク。お前、全然本読まないじゃん」
「神宮寺さんも今は結構読んでますよ~だ」
俺がからかうのに神宮寺がそう言ってそっぽを向く。
「まあ、お前が本を読んでくれれば話が合うから助かるよ」
「でしょ? あたしもきさちゃんともっと一緒の話題で盛り上がりたいし……」
神宮寺はそう言ってそっと俺の方に身を寄せた。神宮寺のシャンプーと制汗剤の香りが漂ってきて、俺は思わずびくとしてしまった。
「そ、そうだな。同じ話題で盛り上がれたいいよな」
「うん」
また神宮寺にからかわれているのだろうかと思って神宮寺の方をちらりと見ると、神宮寺は至って真剣な表情をしていて、少し頬を赤らめていた。その横顔がまさに美少女のそれであり、甘い匂いとの相乗効果で俺の心臓は激しく脈打った。
このままだと心臓発作を起こしそうだ!
「そ、そろそろ行くか?」
「もう少しここにいよう、きさちゃん」
神宮寺は俺に身を寄せたまま、そう返してきた。
なので俺はじっと我慢し、神宮寺とともに図書館の誰もいない本棚の陰で身を寄せ合って過ごしたである。
紙をめくる音だけが聞こえる場所のせいで心臓が高鳴っているのを神宮寺に気づかれるのではないかと俺は心配で心配でならなかった。
「な、なあ、神宮寺。そろそろ……」
俺がそう言ったとき俺たちがいる本棚の陰に司書の人がやってきた。司書の人は俺たちを一瞥すると何も言わずに本棚に本を仕舞ったりしていく。カタカタと本の立てる音だけが響く中、俺と神宮寺は顔を真っ赤にした。
「そ、そうだね。そろそろいこっか」
神宮寺も司書の人が来て、ちょっと気まずくなったのか俺とともに本棚を離れた。それからカウンターで貸し出し手続きを終わらせ、人が殺せそうなほど分厚い小説を鞄に仕舞って、図書館を出る。
「ふ、ふう。このあとどうする?」
「ハンバーガー食べに行こうぜ~。お腹空いただろ~?」
神宮寺は俺の問いにいつもの様子で返すが、ちょっとまだ表情が赤い。こいつ、こんなに恥ずかしがるくらいなのに何故あそこで寄ってきたし。
「オーケー。ハンバーガー、食いに行こう」
俺は何とか平静を取り戻し、神宮寺と最寄りのファストフード店に向かう。
俺と神宮寺は自転車を押してファストフード店の駐輪場に自転車を止める。それから店内に入ると昼時を少し過ぎていたのに、客は結構な数がいた。
「きさちゃんは何食べるんだい?」
「俺はダブルチーズバーガーとポテトにコーラ」
「あたしもそれにしようかな」
「お? 待てよ、季節限定品もあるみたいだぞ?」
「へえ。話のネタに食べてみようか?」
今日は期間限定のバーガーが売られており、俺たちはそれに興味を示した。
俺と神宮寺は期間限定のバーガーを注文し、流石はファストフード店という速度で出されたそれを席に運んで一段落。
「今日はよく勉強したな。テスト、ちょっとはいい成績が取れるといいんだが」
「頑張れ~。やっぱり成績悪いとお小遣い減ったりするん?」
「いや。叔父さんの家から通えなくなるだけ」
「え……」
俺の言葉に神宮寺が驚きに目を丸くする。
「そ、それって本当に? 冗談とかではなく?」
「冗談じゃないよ。本当のことだ。俺も叔父さんの家で自由を満喫しているから、何としてもいい成績を取らないとな」
何故かうろたえる神宮寺に俺はそう憂鬱そうに返した。
「……分かった。これから毎日テスト勉強を一緒にやろう。約束して?」
「お、おう。分かった。約束する」
目に執着のようなものを輝かせる神宮寺の表情は初めて見たが、鬼気迫ったその表情に俺は思わず押されてしまう。
「絶対だよ?」
「分かってるって」
この日から俺は毎日放課後に神宮寺と勉強をすることに。
これは青春とは遠い話のように思える…………。
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