夏服にときめくのも青春だ
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──夏服にときめくのも青春だ
あっという間に雨続きだた梅雨が終わり、今年も暑い夏が訪れた。
「おはよ~、きさちゃん」
「おう、神宮寺。……お前も夏服になったんだな」
「暑いからね」
うちの高校の夏服は男子は特に代わり映えのしないシャツとズボンなのだが、女子は空色のセーラーワンピースになる。これがなかなかにこの地域では評判で、この制服目当てに受験する中学生もいるとかいないとか。
「夏服、可愛いだろ~?」
そんな俺の考えを読んだように神宮寺がスカートをひらひらさせる。
確かに可愛い制服だ。神宮寺が着ていても可愛い。
「べ、べ、べ、別にそんなことないけど。」
だが、こいつに可愛いというのは俺のプライドがなかなか許さない。
「素直じゃないなぁ、きさちゃんは。でも、あんまりあたしには似合ってないかな」
「……似合ってなくはない。可愛いぞ」
神宮寺が少し声量を落として呟くように言うのに、思わず俺はそう口にしていた。
「え!? 今、何て……?」
「何でもない!」
「嘘だ~! 似合っているって言っただろ~!」
「言ってない!」
俺は神宮寺に追及されながらもそう言い張り、学校まで通う。
「おはよう、神宮寺ちゃん、如月君!」
「おはよ~!」
教室に入ると早速柊さんが俺たちを出迎えた。柊さんも夏服に着替えている。というかクラスの女子全員がそうで、教室全体が涼しくなったかのような印象があった。
だが、俺の頭に強く残っているのはやはり神宮寺のそれだ。
「暑くなってきたねぇ。今年の夏も倒れそうになるぐらい暑いんだろうな~……」
「そうだねぇ。暑いのは嫌だねぇ」
如月さんと神宮寺は熟年老夫婦のようにそうのんびりと言葉を交わしていた。
「あれって神宮寺さん、だよな……?」
「これまでよく見てなかったから気づかなかったけど、すげえ美人じゃない?」
と、ここでクラスの男子がそう話しているのが聞こえてきた。
「付き合っている彼氏とかいるのかな?」
「さあ? ちょっと前まではあんなに可愛くなかったと思うんだけどな……?」
「急に可愛くなったってこと? それなら俺たちにもチャンスありそうじゃん」
神宮寺についてクラスメイトが語るのを俺は少し焦りを感じて聞いていた。
まさに神宮寺に他の男子が興味を示すのは思ってみなかったのだ。だって神宮寺は俺にとって男友達みたいなもので、それがクラスの男子の興味を引くなどとは全く思っていなかった。
しかし、事実として神宮寺は注目を集めている。
今の神宮寺は女の子らしい女の子であり、ミディアムボブの髪はさらさらとしており、肌は綺麗で、そして纏っている空色の制服はとても愛らしい。他の男子が注目してしまうにもやむを得ないところがある。
だが、それでも俺は神宮寺を女として見たりしない!
「ノーマークだったけど神宮寺さん、マジで可愛いな。今度、遊びに誘おうか?」
「いいね。誘ってみようぜ」
俺はそのように男子たちが話しているのを聞いて、動揺していた。
別に神宮寺が誰と遊ぼうが俺が気にすることでもないというのに、俺は神宮寺が他の男子と遊びに付き合うことに、どこかしらの危機感を覚えたのだ。
何故だ? どうして神宮寺が遊びに誘われるだけでそんなに緊張するんだよ? そう俺は自分に問いかけるが答えは出てこない。
「どうした、如月? そんなに難しそうな顔をして」
ここでそう話しかけてきたのは早乙女だ。
「いや。ところで、早乙女、お前もやっぱり柊さんが別の男に遊びに誘われたたら、嫌な気分ってするものか? それとも気にしない?」
「気にするに決まってるだろ。俺も誘われているならともかく、別の男とふたりで遊びに出かけたとかなら絶対に心配する」
「そうだよな…………」
俺は神宮寺の彼氏ではないが、親しい友人ではある。だから気にするのかもしれない。俺は決して神宮寺を異性として見たりしてないし。
「何だよ? そういう話があったのか?」
「そうじゃない。ただどんなものなのかなと純粋に好奇心で思っただけだ」
「ふうん?」
早乙女はあまり納得した様子ではなかったが、それ以上追及はしなかった。
「それより期末テストの方、準備できてるか?」
「あんまり。勉強はちゃんとしてるけどさ。それでも自信はないというか。やっぱり理系の教科が難しいぜ。頭がこんがらがる」
「じゃあ、テストまでにしっかり勉強しておかないとな。成績落ちたら叔父さんの家から通えなくなるんだろう?」
「ああ。実家に戻って電車通学しろって言われている……」
俺は今は叔父さんの家から通うことを許されており、親元を離れて放任主義な叔父さん元で自由に暮らしている。だが、それも成績が保たれていることが条件であり、成績が落ちたら学校から離れた実家から通わなければならない。
それは正直大変なので嫌だ。
電車の乗らないといけないし、一応神宮寺の家からも遠くなる。
「はーい。席についてー」
それから朝のホームルームが始まり、いつものように日常が始まった。
* * * *
その日のお昼も俺と神宮寺は秘密基地で食べることになっていた。
のだが…………。
「神宮寺さん。ちょっといい?」
朝に神宮寺について噂していた男子たちが神宮寺の席を囲むように立っていた。
「何だい?」
「今度の週末、一緒に遊びにいかない? 予定どう?」
「週末か……」
神宮寺が遊びに誘われているのを見て、俺はどきどきしていた。心臓が発作でも起こしたみたいに激しく、早く脈打っている。神宮寺が誰と遊びに行こうが俺とは関係ないはずなのに。
そこで神宮寺がちらりと俺の方に視線を向け、俺は神宮寺と目が合った。そして、神宮寺は小さく悪戯げな表情を浮かべると──。
「週末はちょっと用事があるから無理かな~」
「じゃあ、次の週末は?」
「そっちはまだ未定だから何か分かったら教えるよ」
それから神宮寺は笑顔で誘いを断ったのに、俺はちょっとだけ安堵していることに気づいた。どうして神宮寺が男子からの誘いを断ったことに安堵したのか、自分でも理解できない。ただ、嫌だと思っただけだ。
「そうか。なら、予定が空いてたら教えて。一緒に遊ぼうぜ」
「りょーかい」
それから神宮寺の下を残念そうに肩を落とした男子たちが離れていき、神宮寺は席を立って俺の方にやってくる。
「きさちゃん。お昼にしようぜ~」
「お、おう。お昼な」
神宮寺が先ほどまで男子にナンパされていたとは思えないほど平然と俺の方にやってきて告げるのに、俺の方は少し落ち着かなく頷いた。
俺たちはいつものように屋上階段──秘密基地に向かい、そこで神宮寺はお弁当箱を広げる。神宮寺の弁当箱には今日も美味しそうなおかずが並んでいたが、今日はやや形や色が整っていない。
おにぎりはやっぱりやや歪だし、ほうれん草とタマゴの炒め物はちょっと焦げていて、タコさんウィンナーも切り口がよれている。だが、それでも俺にはとても美味しそうに見えた。
「今日も豪勢だな。楽しみにしていたぜ」
「それは何より。そのお弁当は全部きさちゃんのだから遠慮なく食べて」
「じゃあ、俺の方からも焼きそばパンな」
俺も神宮寺に焼きそばパンを手渡す。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます!」
俺たちはそう言葉を交わしてそれぞれ弁当とパンを口に運んだ。
「おお。やっぱり美味いな。こういう家庭の味っていいぜ」
「家庭の味って。それ作ったのあたしだよ?」
「家庭の味は誰が作ったかなんて関係ないさ。落ち着く味ってことだから」
俺はもぐもぐとおにぎりとおかずを口に運ぶ。今日のおにぎりの具はおかかで、醤油味でしょっぱいそれがおにぎりによくマッチしていた。
「しかし、毎回これだけ作ってくるのってやっぱり大変じゃないか? ありがたくはあるのだけど、無理させてないよな……?」
俺はちょっと心配になってそう尋ねる。
「無理なんてしてないって。これぐらいは余裕ですよ~」
神宮寺はそう言ってにやりと笑っていた。
「けど、あたしのことを労ってくれるなら、今度の週末一緒に出掛けない?」
「え? お前、週末は予定があるんじゃ……?」
「別に何もないぜ」
あれ? さっき他の男子から誘われたとき、予定があるって断ってなかったか?
「どうよ、きさちゃん?」
「そうだな。だけど、あまり長くは遊べないぞ。テストもあるし」
「そうだねぇ。じゃあ、テスト対策のために本屋さんか図書館に行こうか?」
「いいな。参考本の良さそうなやつを探そうぜ」
「決まりー!」
俺と神宮寺はそう決定し、ふたりでまた出かけることになった。
神宮寺とこうしてふたりだけが知っている秘密基地で過ごす時間は心地よく、楽しかった。これぞ青春という感じがしていて。
けど、神宮寺が他の男子と付き合い始めたら、この時間もなくなると思うと、それだけがちょっと憂鬱だった。
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