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図書館で逢瀬はほぼ青春

……………………


 ──図書館で逢瀬はほぼ青春



 勉強会を開くのが図書室ではなく、図書館だったことにちょっと安堵していたのは、やはり真田さんの件があったからだった。もう話題になることはないが、やはり真田さんといるのは気まずい。


「きさちゃん。行こうぜ?」


「あ、ああ」


 放課後、帰り支度を進める中で、神宮寺にそう話しかけられて俺は頷く。


「しかし、勉強会かぁ。いくら高校生活がアオハルだったとしても、やっぱり学生の本分は勉強にあるんだよな」


「だけど、人はパンのみにて生きるにあらずとも言うぜ?」


「ここで引用するようなことなのか、それ?」


「前に映画で主人公が引用していた。どういう言葉なのかはあたしも知らんけど」


 聖書の言葉だということは分かるが、聖書など読んだこともない俺と神宮寺に分かるはずもなく、俺たちは揃って残念な頭を傾げた。


 それから俺と神宮寺は自転車を押して図書館へ。


「おーい、如月、神宮寺」


「そっちの方が早かったな、早乙女」


 図書館には先に早乙女と柊さんが到着していて、俺と神宮寺はふたりに遅ればせながら揃って到着。


「勉強会のついでに明日までの課題、片付けておこうぜ」


「そうだな。となると、現国と化学か」


 俺たちはやらなければいけない課題などについて考えながら、図書館の門を潜った。


 この図書館に来るのは久しぶりだ。前に来たのは中学の夏休みの自由研究で調べて物をしたときだろう。


 文学少女が好きだと言っておきながら、それとなく出会えそうな場所をうろつかなかったのはなぜかといわれると困る。


 図書館というもの敷居が俺にとって高かったからなのか、あるいは図書館に俗っぽい出会いのイメージがなかったからなのかは自分でも分かない。


「図書館ってさ。何かと入りにくいイメージがあったけど、実際に入ってみるとそうでもないね」


「ああ。俺もたまにしかこないけど」


 図書館に入ると神宮寺がそう言い、俺も頷く。


 図書館は児童書から難しい学術書まで様々な場所だ。一見すると神宮寺が言うように入りにくくはあるのだが、入ってしまえばそうでもない。


 何かと普段出入りしない場所に入るのは躊躇するけれど、入ってみれば同じ学校の生徒がいたりして、別に利用は拒まれていないと納得するのである。


「如月、神宮寺。ここで勉強しようぜ」


「おう」


 早乙女が席を取り、俺たちはその席で勉強をすることに。


「早速明日の課題を片付けよう」


 俺たちは課題を見せ合ったり、調べ合ったりしてひとつずつ片付けていく。


 現国は割と俺たちも得意なのであっさりと片付いたのだが、科学はそうもいかない。正しい化学式を導き出すのに俺たちは四苦八苦していた。


「やっぱり理系の教科は難しいな……。数学もだけど、何というか暗号を解読しているみたいだぜ……」


「分かる。理解するのに時間がかかって難しいよね~」


「あとは覚えないといけないことがシンプルに多いのが」


 柊さんも同意する中で、俺がそう愚痴る。


「如月って将来の進路に理系考えているのか?」


「最初は考えてたけど、正直今は無理そう」


「俺も無理そう。文系が楽とは思わないけど向いてるとは思う」


 早乙女が話を振るのに俺はそう返した。


 将来の進路が文系なのか、理系なのか。俺たちの学校では文系コースと理系コースでそれぞれ分かれるので、選ばなければならない。


 俺も最初は理系に進むことと考えいたが、今となっては難しすぎて。


「じゃあ、きさちゃんは文系に?」


「そうなるだろうな。正直まだ将来何がやりたいとか明確なビジョンがねーんだよ。将来の夢は小学校までは小説家だったけど、今はもう現実が見えてるからそういうのは夢見てないし」


「へえ。いいじゃん、小説家。目指してもいいと思うけど」


「馬鹿言うなよ。目指そうと思ってもそう簡単になれるものじゃない」


 小説家なんて簡単になれるものじゃない。芸術家の類であって、才能なければなることはできないのである。そして、俺はそんな才能が自分にあるとは思っていない。


 これまでいろいろな本を読んできたが、ああいう面白いものが簡単に書けるとは思えない。言葉選びとか、テーマに関する知識とか、シンプルな作品を構成する能力とか、そういうものに自身がないのである。


 それに俺自身、小説家に憧れてはいたが書いたことは一度ないのだ。


「無難に公務員でも目指すさ」


「確かに公務員はよほどのことが起きなければ首にはならなないらしいけど。けど、それが本当にきさちゃんのやりたい仕事なのかい?」


「別にやりたい仕事ってわけじゃないが、いずれは働かなきゃならないたとえ仕事とものが退屈そうでもな」


「なら、好きな仕事を選んだ方がよくない?」


「好きなことが仕事なのがそりゃ一番だろうけど、仕事にした時点で好きなことじゃなくなる可能性だってある。俺は仕事が面白いっていってるやつらは、全員うそつきだと思っているのでね」


「相変わらずのひねくれ具合だねぇ」


 神宮寺は呆れたようにそう言う。


「そういう神宮寺、お前はどうなんだよ?」


「あたし? あたしはきさちゃんが選ぶ方だぜ~」


「何だよ。主体性のないやつだな」


「へへっ」


 俺が意地悪くいうが、神宮寺は気にする様子もない。


「実際、神宮寺の成績ならば理系でも文系でも選べるだろう」


「そうだよね。神宮寺ちゃん、成績いいもんね」


 そう、突出しているわけではないが、この中で一番成績がいいのは早乙女で次点が神宮寺だったりする。ビリは俺と柊さんで争っている具合で。


 神宮寺、こいつは物ぐさなくせに勉強はさほどさぼっていないようだ。


「そうでもないぞー。あたしだって分からないことはいろいろとあるしさ。それにまだやりたいこともさっぱり決まってないしね」


「将来に何をやるのかって漠然としか思い描けないよなぁ」


「だね~。あたしも自分にどんな仕事が向いているのか、さっぱりですぜ」


 親や先生は将来やりたいことを早く決めて、それに向けて今から懸命に進めというが、俺たちにはまだまだ将来何を自分がやりたいのか、そもそもやれるのか分からない。


「早乙女は決めてたりする?」


「まだ確かじゃないが獣医になりたいとは思っている。保護猫とかの番組見てると自分も何か役に立ちたくてさ」


「へえ。凄い明確な夢じゃん。いいな」


 早乙女はしっかりと将来のことを考えていた。


「流石は大和君。考えてるねぇ。私はまだまだ何も考えてないよ~」


 どうやらこの中で明確に自分の夢があるのは、早乙女だけのようだ。


「それより勉強会の続きだ、続き。苦手な科目と得意な科目、教え合おうぜ」


「おうともよ」


 俺たちはそれから1時間ばかり一緒に勉強を続けた。


「かなり勉強ができたなぁ。頑張った、頑張った」


 俺たちは集中力も切れたところで再び雑談に戻る。


「ねえねえ。せっかく来たし図書館見て回ろうよ、きさちゃん。ね?」


「ああ。いいぞ」


 ここで神宮寺がそう提案し、俺はそれに乗る。


「しかし、神宮寺。お前が図書館に興味示すなんてな。ちょっと前まで漫画にしか興味がなかったくせに」


「言ったろ~。あたしも日々変わってるんだぜ~?」


「ふうん。けど、具体的にどういう本を読むつもりなんだ?」


「んー? 面白そうなの?」


「具体的なものはないのかい」


「いいじゃん。その場の流れとお任せでさ」


 神宮寺は何か探している本があるとかではなく、適当に考えていたようである。


 俺たちはぶらぶらと図書館の本棚を見て回った。難しそうな学術書から、この手の図書館にある郷土史の本、それから絵本などが置かれている児童書のコーナーまで。


「あ。これ見たことある。ヤギが滅茶苦茶強い絵本だ」


「俺も知ってるな。トロールが惨殺される話だよな」


 三匹のヤギが描かれた絵本を神宮寺が本棚から取り出すのに、その表紙を見た俺が頷く。この絵本は子供のころに読んだ記憶がある。


「懐かしいなぁ。昔、滅茶苦茶好きだった絵本だよ。何かと爽快感があって楽しい話だった。どんな教訓がある絵本なのかはいまいちわからなかったけど」


「俺も分からなかったけど、好きだったぜ。長男ヤギが無双するシーンが楽しくてさ」


「そうそう。あそこが一番の注目ポイントだよね~。幼稚園で読みきかせがあったときに一番盛り上がるのはそこだったもん」


 俺たちは懐かしい絵本を開いてそう語り合う。


 そうしているとまだ小学校低学年ほどの男の子が俺たちの方を見ているのに気づく。いや、俺たちの方ではなく、神宮寺が持っている絵本だな。


「神宮寺。その本、そこの子が読みたがってる」


「ごめん、ごめん。どうぞ~」


 俺が言うのに神宮寺は絵本を男の子に渡した。


「ありがとう」


 男の子は丁寧に頭を下げてそう言い、立ち去った。


「懐かしかったぁ。他にも見てみようぜ、きさちゃん」


「おう」


 それから俺たちは児童書のコーナーをガサゴソと漁る。


 昔懐かしの絵本をまた神宮寺が見つけたり、俺は昔読んだ児童向けの小説を神宮寺に説明したりして30分余りを過ごした。


「何だかさ。こういうのいいよね」


「どういうのが?」


「同じ興味を持っているもので盛り上がるってこと」


 確かに今の時間が懐かしくも楽しい時間帯だ。昔を振り返りながら、神宮寺と共通する部分で盛り上がっている。


「それにさ。これがきさちゃんが求めてた文学少女との時間じゃない?」


 さらりと神宮寺にそう言われて俺ははっとした。


 そうである。俺が文学少女と過ごしたかったのはこういう時間だ。そう言われると俺は胸が急にどきどきし始めた。


「なんちゃって。あたしは文学少女じゃないよ~」


「そ、そうだよな。分かってるよ。それぐらい……」


 神宮寺にまたからかわれてしまった。


 それでも俺の胸はまだどきどきしていた。


……………………

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